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鈍器系男子の運命論 作者:野谷トオル

1 諏訪雪路の盲目ファッションショー

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01 最初からクライマックス


「千花ちゃん、クッキー美味しい?」
「今日も甘くて美味しいよ。…そういえば、最近顔色悪いね大丈夫?」
「ち、千花ちゃんが俺の心配してる!!うわああ」
「……ごめん、(すこぶ)る元気だったね」

 いつもは甘さや形、焼き色の部門ごとにしつこく聞いてきていた。
 しかし、ここ最近はお菓子を作ってきても「美味しい?」しか聞いてこない。
 いつもは綺麗に整えられた髪型も、寝癖が見え隠れするようになった。
 昼休みには髪の毛をいじって遊ぶために、持ってきていた自作のヘアアクセはなく、自らのヘアピンをとって付ける程度に収まっている。
 期末テスト前だから疲れているのかと思っていたのだが、どうやら違う様だ。

「あー最近忙しそうだよな、手芸部」
「嗚呼、だから放課後まとわりつかないんだ。ついに諦めたかと思ったわ」
「諏訪がずっと忙しいと、紀子が千花ちゃん独り占めできて嬉しいな」

 君嶋の言葉を皮切りに、面々は好き放題のコメントを繰り出している。隣で咽び鳴いている雪路は、何か言いたげにハンカチを噛んでいた。
 千花は面倒だと思い、雪路お手製の千花専用テディベア型クッキーを見つめる。どうやったら色々な意味で、食べづらいクッキーを攻略できるのか考えていた。
 どう考えても惨たらしい結末になることは決死だ。
 アイシングで描かれたつぶらな瞳が千花の決心を鈍らせてくる。
 真剣にクッキーを咀嚼する千花をよそに、三人の会議は勝手に進んでいた。

「6月って、手芸部は何かあったかな」
「校内ファッションショーのドレス制作……壮行会の代わりに毎年ファッションショーしてるじゃん。水野も桐生さんも、興味ないの?」
「あー、生徒会選挙と一緒にやってたやつ!」
「あれ、去年のミスコン出場者がやるんだよね…てことは紀子もでんの?」
「紀子、そんな話聞いてなぁい」
「あれ?でもきっちゃん、三位だったよね」

 確か昨年の文化祭で、一年生で唯一表彰台に食い込んだことを、千花は覚えている。
 紀子のルックスは、他の出場者の中でも際だっていたが、相手が我が校きっての美女達で、その知名度には勝てず、三位という位置にとどまってしまったのだ。
 一年ながらに表彰台という栄誉に、友人ながら鼻が高かった。
 しかし、出場するまでに絵里子と千花は、当時の実行委員に頼まれ紀子のご機嫌取りに、尽力したのを覚えている。
 紀子のドレス姿を想像して、とても華やかな仕上がりになるだろうと想像ながらにうっとりとしてしまいそうだ。紀子ならば、花も羨む程に美しい姿になることは間違いがない。

「あれ?そういや雪路達の担当って二年生じゃなかったか?しかも雪路が班長なんだろ?」
「じゃあ、紀子が諏訪の作ったドレス着るんだ」
「え、紀子は絶対に諏訪のドレス着たくないよ!絶対にやだ!」
「いや、きっちゃん…それはヒドいよ」
「俺だって、水野に着せたくねえわ!!だから、部長にも話して出演要請止めてるんだけどさあ」

 職権乱用が過ぎないか。
 一同は批判的な目で雪路を見たが。本人は気にしていないようだ。どこ吹く風と、本人は千花の髪の毛をイジり出す。
 自分の話なのに、全く興味があるように見えない。しかし、千花は彼は元々自分の話には興味ない人間だったと、思い返して再度クッキーに手を伸ばした。
 自分のリンゴジュースもあるのに、千花の手元から紙パックのミルクティーを奪った絵里子は「あれ?」と、声を出しながら雪路の方を見た。

「じゃあ誰が着るのさ、隣の茅野さん?それとも三組の白雪姫?」
「いや、白雪姫ってモロ男子じゃん。桐生さんってば本当に節操ないな」
「なに?君嶋くんは、最近、私に喧嘩売ってるの?」
「それより、紀子じゃないなら誰がきるの?」
「はぁ?千花ちゃんに決まってるでしょうが!だって、この俺がつくるんだよ?」
「……え?」

 千花は名前を呼ばれて慌てて雪路を見た。彼はとてつもなく甘ったるい表情で、千花を見つめている。
 どういうことだ。
 千花の知らない間に、話が進められている。
 先ほどまで、学年の美しい人々の話をしていたんじゃないの?
 なんで私の名前がよばれた?
 千花の脳内は混乱した。
 驚いていたのは、千花だけではなく周りも同じのようで、驚愕の目を向けていた。
 雪路が此処までするとは、誰も思ってなかったのだろう。
 目立ちたがらない千花を表に連れ出す事など、雪路がするわけがない。みんな思っていたからだ。

「あの……え?なんで?」
「雪路、マジで言ってんの?どう考えても一条さんは不向きだろうが!!」
「アンタ意味分かってんの!?」
「千花ちゃんがどうなっても良いわけえ?最低!!」

 口々に雪路に抗議するが、雪路は黙って甘ったるい表情で千花の髪の毛に櫛を入れているだけだ。
 反論するわけでも、何かを答えるわけでもなく黙って千花の髪をイジる。
 雪路の目を見ればわかる。
 完全に自分の世界に入っていて話にならない。
 確実に千花のドレス姿を想像して、歓喜に打ちふるえている事などお見通しだ。
 なぜ生徒会選挙後のレクリエーションであるファッションショーに、千花を駆り出そうとしているのか、その真意は定かではない。
 それでも、観衆に見せびらかす事が目的ではないことは何となくわかるのだ。
 彼、諏訪雪路は千花の嫌がることを知っている。
 千花が心から意に沿わないことは決して実行に移さない。そういう人間なのだ。
 それなのに、雪路は千花が最も嫌がりそうなことを提案している。
 むしろ強行しようとさえしている。

「あのさぁ、紛いなりにもファッションショーは女子生徒の憧れになってんのよ?女子の嫉妬はエグいわよ、わかってんの?」
「さっきまで、忘れていた人の科白とは思えないな……」
「当たり前だよ!だいたいミスコン出場者で固めてる意味わかってる?」
「雪路、おまえは一条さんが、どんな目で見られるかわかってんの?」

 ファッションショーに、ミスコンに出場した人間でもなく、ましてや生徒会でもない一般生徒の千花が出れば目立つ。その上、避難の声が挙がることは間違いなかった。
 千花はふつうなのだ。
 学年では噂程度に、名前が広がってはいる事は知っている。それでも、ささやかな話程度で、美貌がほめられているわけでもない。
 本来なら出るはずのない千花が、ショーに出れば様々な均衡が崩れることは目に見えて明らかだ。
 絵里子や君嶋の口振りでは前例もないのだろう。
 千花は雪路がわからない。
 雪路から理由が聞きたくて、自分の髪を操る彼の手をそっと掴めば、ため息が聞こえてきた。
 溜息を吐き出したいのはコチラだ。

「手芸部全体からの許可は貰ったよ」
「手芸部が許しても紀子が許さない。千花ちゃんを守りたがってるアンタがなんでそんなリスキーな事に手を染めるわけ?」
「なあ、水野が一番わかってるんじゃないの?」
「ッ、どういう意味よ…」
「千花ちゃんを危険に晒しても、叶えたかったんだ。俺は千花ちゃんしか認めない」

 ゆっくりと吐き出された言葉は、確かな意志を纏っていた。
 紀子と雪路は、千花にはわからない信頼関係を気づいている事は知っていた。
 それは不確かだけれども何か通じあっている。
 千花には雪路の言葉の意味が分からない。
 彼が何を考えて提案しているのか理解できない。
 絶対にイヤだ、目立ちたくない。
 千花は眉を潜め、伺うように雪路を見ようとすれば、視界を覆われた。

「ちょっと雪路君、なに考えてるのか聞いても良いかな?手、離して」
「ねえ千花ちゃん……俺からの一生に一度のお願い、聞いてくれる?」

 弱々しい声で問われた言葉は、昼休みの喧噪には余りにも不釣り合いだと思った。
 一生に一度の願い。
 そんな重たい言葉を使って、千花にお願いしてこないで欲しいとさえ思う。
 千花は何も出来ないのだから、本当は何でも出来る雪路に請われる意味がわからない。

「千花ちゃん、お願い。俺の作ったドレスを着てショーに出て」
「いやだ」
「ずっと夢だったんだ。千花ちゃんは忘れてるかもしれないけど、これは俺の夢なんだよ、約束なんだよ!千花ちゃん!」
「なんの約束か覚えてない」
「実際に作るのはほとんど俺一人なんだ。俺が、初めて一人で作るドレスは、千花ちゃんしか着ちゃダメなんだ。」
「そんなの知らない」
「俺は、俺の作ったドレスを、千花ちゃん以外の人が着るのは許せない」
「ワガママ言わないで。今からでも説明して断って。」

 雪路の夢を叶える意味が分からない。
 クリエイターの感覚は千花には想像出来ないが、雪路の一瞬の夢を叶えることで千花の高校生活が変化するリスクなど背負えない。
 千花は目立ちたくない。
 ファッションショーなんて華やかな舞台は願い下げだ。
 千花は目の上に置かれた彼の手を振り払って、ぼやけた視界で雪路をにらんだ。

「イヤだ。俺は千花ちゃんが着ないドレスを作るのは嫌だ。千花ちゃんが着ないなら今作ってるドレス破く」
「は!?雪路、もうすぐ完成するとか言ってただろ!?」
「その前にいつサイズ計ったんだ、コイツ」
「面倒くさいヤンデレだよねえ。紀子が千花ちゃんならぁ、とっくにぶっ飛ばしてる」

 紀子が笑顔で物騒なことを言っているが、千花でもぶっ飛ばしたくなるほどまでにしつこい。
 だいたい、千花が雪路が一生のお願いをしたところで、絆されると思う事が甘いのだ。
 千花はいつだって自分が可愛い。
 思いやりも欠片もないわがままな女だ。
 雪路がそれを一番わかっているはずだ、それにも関わらずこんな頼みしてくるなんておかしい。

「私、着ないし、出ないから」
「千花ちゃんが着てくれないなら死んでやる!!千花ちゃんも殺して俺も死ぬ!!」
「は!?」

 どこからか取り出した裁断用のハサミを喉に向けて雪路は叫びだした。
 ちょっと色々とよろしくないから、やめて欲しい。
 千花はまさかの行動に目を白黒させた。
 目の前のウキウキパッションピンクは、何を考えているのか理解しかねる。
 助けを求めて友人一同を見てみれば、机を避難させてクッキーを貪りながら観戦モードを始めており手助けの気配はいっさい感じない。
 完全におもしろさを感じる傍観モードに入っている。
 クラス委員長や副委員長も、ニヤニヤと千花を見ていて間違いなく殴りたいと思った。クラスの問題なんだから、君たちが出るべきではないのですか?

「すごおい!メンヘラ女みたいな事言ってるね」
「俺、まとめサイトで見たことある。メンヘラ女には引っかかりたくねぇよな」
「君嶋くんこそ、真のメンヘラマスターっぽいのにね」
「おっと、桐生さんも俺にちょいちょい喧嘩売ってるよね?」

 観戦モードの面子は好き勝手にくつろぎ初めたのだが、雪路の暴走をどうやって対応すべきかのみ千花は考える。
 外野に意識を傾けるとイライラするからだ。
 正直ちょっと刺激してみたらどうなるのか見てみたい。
 しかし、危ない橋を渡ると洒落にならないので千花は何も言わずに見つめている。

「千花ちゃんが出てくれないなら死んでやるうう!!」
「おい、何騒いでるんだ?もうチャイムなんぞ…」
「熊さんじゃん。ちょっと今から修羅場始まるんで、待ってて貰ってもいいですか良いところなんで」
「またお前等かよ……なんで俺が生徒の修羅場で、授業縮めなきゃなんねえんだよ、
。いいけどよ」
「いいんだ。あ、加藤ちゃんも修羅場見る?」
「は?桐生、修羅場って……え、刃状沙汰!?」

 生活指導の熊切が来てしまった……これは生徒指導室行き決定だと、千花は確信した。
 被害者なのに生徒指導室。そんなこと面倒以外の何ものでもない。
 だいたい何故、生活指導担当である熊切がこの修羅場の延長許可を出したのか、理解しがたい上に、担任の加藤まで現れてしまっては混乱を極める可能性が高い。

「千花ちゃんも殺しておれも死んでやる!!」
「いや、え、っちょ」
「別れ間際のめんどくさい彼女みたいな台詞言ってるのって、諏訪か……?あー、これはついに、総スルーの一条に痺れて脅しに入ったか」
「なんで熊切先生そんな冷静なんですか!?鋏振り回してるし!!諏訪くーん、落ち着いてってば!」
「加藤ちゃん、おちつきなよお」
「加藤先生、案外諏訪ってこんなんちゃいます?基本的にクソめんどくさい病んてる女子みたいな男だと思いまっせ」
「桐生さんのえせ関西弁はなんなんですか!?」

 刺激するような事言わないでほしい。
 この中で雪路を懐柔できるのは、千花だけだという自覚がある上に、原因も自分なのだ。下手に刺激して死ぬとまではいかないが、怪我されては困る。
 だからといってショーに出るのは絶対に嫌だ。
 だからこそ雪路は、謎の強行手段に出たのだろう。
 今も千花たちの目の前で、ワンワンと吼え続けている雪路の表情は真剣と書いてマジと呼んでも良いレベルだ。
 彼は、承諾するまでこの茶番を続けるつもりらしい。

「千花ちゃん!!俺と契約してショーに出てよ!!」
「絶対に、嫌だ」
「うわああ!ドレス切り刻んで死んでやるうう!!!」
「っちょ、嘘でしょ!?持ってきてたの!?」

 やたら大きな鞄から、仮縫い状態であろうコバルトブルーのドレスを取り出してきたので、いよいよ発言のマジ具合がリアルになってきている。
 ウェディングドレス的なものかと思えば、どちらかというと披露宴のお色直しなんかで着るようなドレスだ。
 雪路が千花に着せたい理由が、余計に思い当たらなくなった。
 今でこそサラッとした状態だが、生地の多さからみるとこれから膨らませたりレースやフリルが追加されることは間違いがない。
 これを千花が着る事を前提として作ったと言われると、素直に感動するべきか、夢を見すぎていると罵倒すべきか、千花は思い悩むレベルだった。

「うわあ、まじシンデレラ……」
「ここ数年では最高の出来だろうな。そりゃ手芸部も逆らえない訳か……」
「あ、熊ちゃん知ってるんだ。」
「職員室で諏訪がついに暴走したって話題になってたんだよ。手芸部顧問の桂木先生がご乱心だって騒いでた」
「もう先生公認なら大丈夫じゃないの?」

 絵里子が後ろから茶々を入れてくるが、それとこれとは別なのだと千花は意志を曲げられなかった。
 いくら顧問でさえも承諾したからといって、千花本人が頷かなければ、千花は出なくてもいいのだ。
 しかし、血と汗と魂が篭もっている目の前の美しいドレスが切り刻まれるのも寝覚めが悪い。

「ほら、鋏……危ないからおいてこっちに来て」
「いやだ!!千花ちゃんが頷くまで絶対に曲げない!!」
「雪路君いい加減にしてってば!子供みたいに騒がないの!!」
「うぅう、千花ちゃあん」

 痺れを切らして千花が、雪路を怒鳴りつければ情けない表情でこちらを見てくる。
 大体、どうして千花が雪路如きに気を使わねばならないのだと、いつものやりとりのせいか千花のストレスは沸点を越えた。
 千花は雪路をいつもより鋭い目で睨みつければあちらも馴れていないのか怯んでいる。
 今のうちに交渉してしまおうと、口を開こうとすれば何者かに肩を掴まれた。

「ちょ、ちょっと一条さん……刺激しないでぇ…貴女が頷けば、解決するなら頷こう?ね?」
「加藤先生には関係ないでしょう!?離してくださ…って、あ…」
「い、一条さんが怒鳴ったああ」

 お前もか!!と恐慌モードに入ってしまった加藤を見て、千花は頭を抱えたくなった。
 ただでさえ面倒なのに、さらに面倒な人が現れてしまった。
 今の別れ間際の、めんどくさい病んだ彼女みたいな雪路も相手にしながら、加藤を慰めるだなんて絶対に無理だと思う。

「メンタル弱いな、加藤……アイツ、普段授業できてんのか?」
「本当にダメだな、加藤ちゃん」
「つうか修羅場をさらに修羅場にしてる千花ちゃんに紀子、才能感じちゃうな」
「雪路も愚図りだしたし、さて一条さんはどうでるんだ?」

 助けを求めて後ろを振り向けば、相変わらず観戦するスタンスを外さないギャラリーに戦慄さえ覚える。
 どこまでも巻き込まれたくないのに、ちゃっかり実況だけはする面々に、たぐいまれなるサディズムを感じた。

「雪路くん、なんで私が断ってるかわかってる?」
「……わかってる、でも……俺は」
「それなら、どうして、今言ったの?なんで前もって言わなかったの?」
「そ、それは…」

 千花は自己保身の固まりだ。めんどくさい事も嫌いだし、注目を集めることだって不本意なのだ。
 本来なら雪路のような華やかな異性とは、学校で話すこともしなかっただろう。
 それでも雪路は千花の心をいつも汲んで行動していた、ゆっくりと近付いてきた。
 庵もいつのまにか入り込む事に長けていたが、雪路の入り込み方は全く違う優しく暖かで問いかけてくるように入り込んでくるのだ。
 千花に合わせて、仲良くなろうとしてくれた。それが嬉しかったから千花は雪路がそばに居る事をなんの違和感もなく受け入れることができた、許せた。
 雪路と関わり初めてすぐの時は女子からのやっかみも多かったがいつのまにかなくなっていた。
 それは雪路が千花を守ってくれていたことだって知った、だから大きな声で呼び止められても千花は仕方ないと笑って、受け入れていた、本当に千花のそばに居たいんだと信用させてくれた。
 その雪路が千花を裏切るようにファッションショーに出るように手配していた事が千花は許せないのだ、もしファッションショーに出て陰口を叩かれてもきっと雪路が守ってくれる事を知っているから別によかった。
 だが千花は雪路は千花を信じて最初から話してくれていなかった。準備の段階で千花に着てほしいと頼めば、最初こそ渋ってしまうだろうけど千花だって了承したと思う。
 雪路は千花を信用していなかった、それが千花を意地にさせる原因だ。千花だって女の子だし、ドレスを見せられれば心が動かない事もないのだ。

「前もって言ってくれたら、私だって考えた」
「……千花ちゃんはいつも考えるだけだろ?本当に返事をだす事なんてないじゃないか!」
「でも、こんな周りを固めて断れないようにするような真似ですることなかったでしょ?」
「ッそれくらい、本気だったんだ!!着てほしかったんだ、わかってよ!!俺、こんなに必死になるの千花ちゃんにだけだよ!?千花ちゃんがこうさせてるんだからな!!」
「人のせいにしないで!」
「いつだって人のせいにしてるのは千花ちゃんだろ!!」

 ピシャリと放たれた真実の言葉に千花は身動きができない。
 いつだって千花は人のせいにして逃げている、そしてそれを正当化とさえしようとしているずるい人間だ。
 それをいつもなにも言わずに受け止めている雪路に言われたショックは思ったより大きい。
 気づかれていた。いや、気づかれている事には気づいていたのだ…それでも雪路がなにもいわなかったから千花は甘えて、そのままでいた。
 千花と雪路はか細く繊細な糸でいつ切れてしまうのか分からない緊張感でお互いの距離をはかっていた。不思議と互いの心に踏み込まないように、慎重に、交流していた。
 だからこそ、一歩踏み込んできた雪路に対して千花は動揺してしまう。

「っ…それは…」
「千花ちゃん、もし何があっても守る。絶対、後悔させない。だから俺のドレス着て、ショーに出て」

 まっすぐと大きな瞳が千花を射抜く、今までこんなにも真剣な表情をした雪路を見たことあるのか千花は記憶を探っても出てこない。
 雪路は千花に踏み込んできたのだ。
 微妙でいつ切れてしまうか分からないか細い糸が切れたって構わないと、そう思う程、切れればどうなるのか分からない糸を自らハサミで裁断したのだ。
 いつのまにか手からは断ち切り鋏はなくなっていて千花の目の前にたっていた。

「ゆ、雪路くん…」
「一生に一度の最大のお願い」
「っ…ちょっと」
「俺に魔法、かけさせて…俺を千花ちゃんの魔法使いにさせてください」
「い、意味が…」

 わからない。
 雪路を千花の魔法使いにする。まるで小説のような、夢物語のようなお願いに千花は比喩表現を現実化させる事を考えたがまったくわからない。
 雪路が千花を着飾りたがる意味も千花はつかむことができない。
 混乱で白黒させていると雪路はたまらなくなったのか、千花の両手首を掴んだ。

「いいから頷いて!!千花ちゃんが、頷けばそれでいい!!それで終わり!」
「…っは、はい」

 あまりにも凄い剣幕だったので、千花はついうっかりと頷いてしまった。

「よし、頷いたね!!俺が世界で一番すてきなお姫様にするからね!!楽しみにしててね千花ちゃん!!」
「ちょ、え…は!?」
「おー、うちのクラスからファッションショー出演者でるぞ」

 熊切の言葉で教室から疎らに拍手が起き始める。千花は思考がどんどん通常使用に戻っていく感覚を味わった。

「はあ、やっと終わった。長かったわあ、面白かったけど」
「桐生さんは面白かったらそれでいいんだな」
「一条さん、きっと似合うと思う!!先生嬉しい!うんうん」
「なんか紀子は腑に落ちない…」

 千花は喜び狂う雪路に抱き潰されながら、これから頭を抱えなければならないことは間違いなかった。
+注意+
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