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鈍器系男子の運命論 作者:野谷トオル

5 純情メルヘン進行形

18/25

17 なんだかんだで、16歳だった


****

「絶対にはずれのない場所って、水族館だったんですね……」
「ああ、最近のデートスポットの中でも人気があるらしい」

 大型連休のせいかいつもより格段に混雑している道を歩き、既視感を覚え始めたころ、真壁に問いかけた言葉は正解だった。
 水族館とはなんともベタだと思ったけれど、よくわからない雑誌に準じたトンデモデート計画よりは、遙かにマシだと思う。
 百戦錬磨の上級プレイボーイ君嶋も、水族館や動物園は定番だと言っていた記憶がある。
 本当に真壁は“普通のデート”を勉強してきたのだと、千花は妙に感心した。あんな適当な返事と、適当なスタンスに対し、彼は本気で取り組んできたのかと思えば、申し訳ない気もしなくもない。

「そうなんですか、でも水族館なんて久しぶりです」
「その…いやだったか?」
「いえ、とても楽しみです」

 デート野場所が水族館と聞いて、自然と“こども”の心は弾みだす。
 千花は両親が忙しかったせいとは言いたくはなかったが、そういったレジャー施設に千花自身行くことが滅多になかった。最後に行った記憶があるのは、小学校の頃の遠足だったような気がする。
 テレビや雑誌で見ていた特集で、動物園や美術館、そして水族館などの静かに鑑賞するような場所には密かな憧れになりつつあった。だからこそ素直に頬を緩ませ楽しみだなんて、真壁にでも口に出来るのだと思う。
 簡単にこんな風に浮かれた姿を見せるなんて……結構尺だな……なんてことを思わなくもない。

「そうか、それならよかった。千花さんが楽しみなら、俺も嬉しい」

 千花の手を緩く握っていた真壁は穏やかに微笑んだ。本当に見た目だけは至高のレベルなのだから普段もそういう表情をしてくれれば、カッコイイいのに……千花は頬を赤らめさせ、罰が悪く真壁から目をそらした。
 それでも嬉しそうに、どういう媒体から水族館が良いと調べた等と語っている真壁に呆れ、そんな子供のような彼にムキになっている自分がおかしくて笑ってしまった。

「ふふ、真壁さんって結構、天然ですよね……」
「えっと、千花さん?それはどういう意味なんだ?」
「とくに意味はありませんよ。でも、真壁さん……水族館、本当に楽しみですね」
「…嗚呼、そうだな」

 今日は少しくらいの電波発言も見逃してあげても良いかもしれないなんて、現金な事を考える千花は結局の所は子供なのだ。
 人並みにに揺られながら千花は、水族館への道筋をそれなりに楽しんだ。握っていた彼の手の温度の上昇など、気が付きもしない程に千花は浮かれていたのだろう。


***


「うわあ!すごい、すごいですよ!ほら、真壁さん早く!!」

 全体的に薄暗くて水色の空間はやけに非現実的で、普段は現実的なことしか考えていない千花を、幻想的な世界へ一瞬にして引き込んだ。
 彼と繋いでいた手からごく自然に千花は逃げ出して、水槽の近くへ駆け出す。 

「千花さん、落ち着いて……待ってくれ、はぐれてしまう」
「水槽!水槽がものすごくおっきい!!すごい、魚、なんかよくわからないんですけど魚がめっちゃいます!!」

 慌てて追いかけてくる真壁などお構いなしに、千花は興奮気味に水槽の中を指さし、彼に興奮を伝えた。
 普段の千花の見ている魚は、捌き調理するためのみ存在している食材でこのように泳いでいる姿を見ることなどない。種類は全くわからないけれど、魚が群れを成して泳いでいる姿は自由で輝いて見えた。
 大きな水槽には純粋に感動する。
 夢中になってキラキラと輝く人工的に作られた海の光を眺めた。誘われるように、青い空気に手を伸ばせば手が反射で青白く輝く。手が青に溶け込んで、海の中に取り込まれそうだと思った。
 そんな幼い子供のような行動をしていると、近くで見ていたものより大きな魚が千花の目の前を横切った。水槽越しにも関わらず、驚いて後ろに下がれば、誰かにぶつかってしまった。

「わっ、すみません」
「……千花さん」
「え、あ……」

 そこには、珍しく呆れ顔の真壁がいた。

「千花さん……今日は人混みが多いんだ。楽しんでくれるのは嬉しい……でも、頼むから俺から離れないでくれないか?」
「す、すみません……つい」
「そういう表情をされると、デートではなく引率に来た先生の気分になるんだが…」

 心底微妙だと物語る顔は、いつものように媚びを売ってくる忠犬なんかじゃなかった。呆れ顔の彼は、千花より10個も年上の青年の表情をしていて、どうしようもない恥ずかしさが混みあがってくる。
 よくよく考えれば千花は女子高生で、目の前の男は27才の社会人なのだから当然と言えば当然なのだ。
 それでもいままでの関係性は千花が上位だったのだから、そちらの方が不思議だったのかもしれない。
 千花は負けず嫌いだし、自分本位だから自分の立ち位置が優位でないと分かると落ち着かない、だからこそ皆から女王様だのお姫様だの揶揄されることは自覚しているのだ。
 でもどうしようもないじゃないか、気づけば千花はこうなっていたのだから。

「……千花さんこれはデートなんだ」
「そういえばそうでしたね」
「あー、えっとその……はぐれてしまっては、その……大変だから」
「…?そうですね、大変ですね」

 だから何なのだ。
 急に歯切れの悪くなってしまった真壁に、千花はどう反応すればいいかわからない。
 目の前の大きな水槽を見ているわけでもない真壁は、視線を右往左往させてから、なぜか大きく深呼吸してしっかりと千花を見つめた。

「手を、繋いでもいいだろうか?」
「……何故?」

 今更、なんだったと言うのだ。
 先ほどまでの道中でいくらでも繋いでいただけはないか……そんな意味も込めてジト目で真壁を睨んだ。しかし、千花の表情を読むことはしない真壁はバラ色乙女の表情を浮かべ、恥じらいを隠すことなく言葉を発する。

「何故って、デートなんだぞ?人が多いんだぞ?コレは繋ぐしかないだろう!?むしろ、遅いくらいの手繋ぎチャンスだ!」
「……そうですね」

 え?まさか、この人、さっきまで無意識に繋いでいたのか……なんて恐ろしい奴なんだ。
 真壁の想定外の言葉と、異様なハイテンションで千花の精神がいつもの状態に引き戻された。入館時の千花の思考回路は、完全に遠足気分だった。カップルでイチャつくスタンスなど皆無だ。
 先ほど真壁に怒られた時など、もう完全に遠足で引率教師に怒られた生徒の気分だった。当初の目的を思い出した千花は、ため息を吐き出し渋々真壁に手を差し出す。
 さっきみたいに自然に手を握って、ハシャいで飛び出した千花を捕まえれば良かったのに……
 本当に天然とは厄介な生き物だ。

「それでは改めて……エスコートお願いします」
「お姫様の仰せのままに」

 真壁の紡いだ言葉に、気恥ずかしい気持ちになる。それでも差し出した手は、すぐさま真壁に取られ、あろう事かしっかりと貝殻状に繋がれてしまった。
 見た目通りの白く長い美しい指先は、千花の手をしっかりと絡め取り離さないとでも言いたげだった。さきほどのように、優しくそっと包み込むような手の握り方のほうが好きかもしれない。
 そんなことを考えた千花はずいぶんと毒されている。最初に繋いだ手の温度は驚くほど冷たかったのに、今の彼の気分は高揚しているのか、ずいぶんと暖かかい。

「嗚呼、そうだ!千花さん、小さな水槽も見てみないか?」
「あれ見たいです。小学校の時の教科書に載ってたんですけど、外国の絵本の魚」
「なるほど……あれか、クマノミか何かだよな?ここにはいるだろうか……」
「さあ?いるんじゃないですか?」

 そんな事を言い合いながら千花達は水族館を進んでいく。
 小さな水槽で戯れる魚は可愛らしく、童話かおとぎ話を眺めているみたいで、そういったものが好きな千花は、食い入るように眺めてしまう。
 真壁も仕事柄面白く感じていたのか、ボソリボソリと感想をこぼしながら楽しげに小さな水槽を眺めていた。以前、真壁は自分は感情の起伏は少ないなどと言っていた。しかし、千花に対してそのような兆しなど一切見せてきた事はなかった。
 彼はいつだって唐突で、饒舌で、暑苦しい。
 こうして一緒に過ごしてみると文系の仕事をしている割には、感想が辿々しく聞こえる。起伏が少ないのではなく、彼は普段の感情が表に出にくいなだけなのかもしれない。
 きっと千花に思いを伝えてくる彼の感情は、千花の想像より遙かに異常でハイなのかもしれない。
 想像以上に、この男の心内が電波ってどういうことなのだろう……千花は彼の深層心理を考えて頭を抱えたくなった。

「千花さん?」
「いえ、なんでもありません。あ、あっちにクラゲがいます!!すごい、なんか水槽が柱みたいですよ!?」
「え、ああ。なんか柱の中で上下運動しているな……というかすごいなアレ」
「うわぁ、発光してますよ、あれは発光する種類なんですかね……」
「いや……水族館側の演出でライトアップしてるだけなんじゃないか?」
「なるほど……」

 キラキラした宝石の欠片を散りばめたのような輝きは、少女の心を躍らせた。美しい海洋生物を眺め水族館の演出の話をするのは、シュールな気もする。
 リアリストである千花にロマンチックさを求められても困るが、真壁はきゅるんきゅるんの乙女電波があるので大丈夫なのかもしれない。
 そんなキラキラふわふわとした海中スカートを眺めていると、向こう側に海中トンネルなんて見えてきた。

「海中トンネルコーナー?」
「へえ、ずいぶん凝ったものがあるんだな……」
「そういうのリサーチ不足っていうんですよ、これは減点対象ですね。」
「待ってくれ、これは採点方式なのか?」
「今ので、一万点の減点です」
「いや、少し多すぎないだろうか……」
「ちなみに雪路君はマイナス十万点ですから、がんばってください」
「待ってくれ……千花さんの中でどういう競走馬がいる上での採点なんだ……教えてくれ、あの少年以外に採点対象がいるのか!?」
「冗談ですよ。真に受けないでください」
「罪深い!!」

 すがりつくように叫んでいる真壁は必死の形相なのだが、適当にした話に食いつかれても困ってしまう。
 そんなことよりも海中トンネルだ。
 海中トンネルとはつまり、アレだ……ドラマや少女マンガなんかでよく見た「わぁ、まるで海の中にいるみたい!」なんて言っちゃう場所ではないのだろうか?
 密やかに育てられつつあるミーハー気質が、心を揺さぶってくる。そういうテレビで見たものは実際に見てみたくなったりも、しないことはない。
 可愛い台詞は、言えなくとも気分ぐらいは味わいたいと思うものだ。

「真壁さん、トンネル!トンネルを潜りたいです!」
「え?ああ、そうだな……ここの目玉みたいだし行こうか」
「いきましょう、トンネル!」
「ああ、わかった、わかったから千花さん、手を離さないようにしてくれ」
「はーい」

 焦っている真壁に生返事を送りながらも、多くの人々が行き来しているトンネルに思いを馳せて進んだ。人混みはあまり好きではないけれどトンネルがみれるのなら、気にならない。そう思っていたのは潜る前でトンネルの入り口までいくと人が溢れかえって中を見る暇もなく人混みに流されてしまう。

「(思ってたんとちゃう…ちゃうやないか!!)」

 千花の想像より斜め下の展開に動揺してしまう。このトンネルを潜って見ることが出来ているのは、頭上のマンボウだけだ。
 決して千花はマンボウが見たい訳でもなければ、よく分からない大きな魚の腹をみたいわけでもなかった。海の中気分を満喫したくて、この海中トンネルを潜ったのだ。
 気づけば人並みに流され、海中気分なんて夢のまた夢のまま薄暗い出口にいた。

「ずいぶんと人が多いせいで期待はずれでしたね、真壁さ……真壁さん?」

 どうやら期待を外した所か、千花は真壁のガッチリホールドさえも外してしまったらしい。
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