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黒の魔王  作者: 菱影代理
第7章:迎撃準備
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第90話 迎撃準備(2)


 冒険者達がそれぞれの役割を各地で果たしている一方、リリィとフィオナの二人もアルザス村冒険者ギルドの一室で準備を行っていた。

「تتبع الانتعاش طرد الظلام الشر مشرقة تتبع الانتعاش」

 室内に響くリリィの詠唱、そして彼女を中心に展開される光の魔法陣。

 リリィが呪文を紡ぐ度、目の前の器に山と盛られた白い粉末が淡く明滅を繰り返す。

「……」

 幼い姿でありながら、熟練の職人を思わせる集中力を発揮するリリィを、フィオナは黙って見つめている。

 額に汗を浮かべて魔法を行使するリリィとは対照的に、フィオナは普段よりも輪をかけて眠そうな顔で、その手にするすり鉢と乳棒でゴリゴリとひたすら薬草をすり潰す簡単な作業に従事していた。

「تتبع الانتعاش طرد الظلام الشر مشرقة تتبع الانتعاش――っ!!」

 一際強く魔法陣が光を発し、次の瞬間には消滅する。

 魔法の効果は発揮されたようで、リリィは短い手足を投げ出して「ふぅー」と息をつきながら床に転がった。

「それで完成なのですか?」

 遊びつかれて昼寝しているようにしか見えないリリィへ、フィオナは声をかけた。

「んーん、まだ。

 あとはね、最後の仕上げが残ってるの」

 小さな顔に汗は浮かんでいるものの、ほとんど疲労を感じさせない元気な声でリリィは応える。

 そんな様子に「子供状態は本当に可愛らしいですね」なんてやや失礼な感想をフィオナは抱く。

「そうですか、では後ほど元の姿に戻る必要があるということですね」

「うん、リリィ頑張るよ!」

 にこやかな笑顔、「これを見られるのも今だけですね、元の性格はたいそう腹黒いようですし」と、本当に失礼な感想をさらに抱いた。

「私の方はもうすぐ終わります、リキセイ草の束も今ある分で最後のようですし。

 これ以上はお手伝いできることはありませんので、終わり次第、私は‘普通’のポーション作成に取り掛かりますね」

 現在、二人がやっているのは‘普通’ではなく‘特別’なモノを作り上げる作業であった。

 それは『妖精の霊薬』、30年間リリィが販売してきた信頼と実績の万能薬である。

 これまで主に病気の治療に用いられてきたが、リリィの固有魔法エクストラの粋を集めて作り上げられただけあって、出血を伴う外傷にも抜群の効果を発揮する。

 これから十字軍を相手に戦うのだ、治癒のための薬品はいくつあっても足りない。

 今はクロノが予想した3日を目処に、村中から素材をかき集めてポーションなど回復薬の量産体制に入っている。

 中でも『妖精の霊薬』は店売りのポーションを遥かに凌ぐ回復効果を誇る、リリィの元には最優先で必要な素材が集められ、その作成にあたっているのであった。

「私も治癒魔法が得意だったなら……」

 フィオナの呟きはリリィには聞こえなかったが、その治癒の力で人々から頼られる彼女へ、僅かばかり羨望の眼差しを送っているのは否定しようのない事実であった。

 もし自分が暴発する攻撃魔法ではなく治癒魔法の使い手だったならば、誰に疎まれること無く人の役に立てたかもしれない、そんな考えを、フィオナは無駄な事だと思考を打ち切る。

「今の私はエレメントマスターの一員、クロノさんとリリィさんは私を認めてくれている、それだけで十分」

 未だ不安は残るものの、これまで組んだ誰よりもクロノとリリィはフィオナを快く受け入れてくれたのだから。

「それに、ポーションの作り方をちゃんと習得しているだけ良しとしましょう」

 フィオナは思考を切り替え、脳内に様々な薬草、薬品、治癒魔法の知識を思い浮かべる。

 実はこの異世界で治癒魔法といえば2種類あった。

 一時的な回復効果の『回復ヒール』と、自然な治癒力を促進して傷を完治させる効果の『治癒キュアー』、この2つである。

 傷を癒す効果の魔法の総称が『治癒魔法』なので、『回復ヒール』タイプも治癒魔法と呼ばれるのは正しい。

 異世界の住人にとって常識だが、RPGの‘回復魔法’のイメージが根強く頭に残るクロノは、この違いをイルズ村で生活をして一月ほど経ってから漸く気がついたのだった。

 例えば、仲間がゴブリンにナイフで斬りつけられた場合、治癒魔法を行使する術者はまず間違いなく『回復ヒール』タイプを選択する。

 ナイフで手足を斬りつけられた程度なら、下級の『回復ヒール』で即座に傷を塞ぐことができるからだ。

 しかし『治癒キュアー』タイプでは、すぐに傷は塞がらない。

 僅か1秒反応が遅れただけで生死を分かつ戦闘において、一時的であろうと即座に回復効果を発揮する魔法が重宝されるのは当然のことである。

 しかし、その効果はあくまで一時的、魔法に篭められた魔力の減少に応じて、塞がっていた傷は再び開いてゆくのだ。

 戦闘が一回だけなら、適切な手当てを施して安静にしていれば傷は自然と治るのだが、冒険者や兵士はそういうワケにはいかない。

 そこで、負傷した傷を通常よりもずっと早く完治させるための『治癒キュアー』が求められるのだ。

 この異世界ではゲームのように魔法一発で傷を完治させることはできないが、外傷を塞ぐという点においては現代医療を遥かに超える効果を発揮するのである。

 そして、それはポーションを始めとする治癒魔法の効果を秘めた薬品にも同じ事が言える。

 当然、ポーションにも『回復ヒール』タイプと『治癒キュアー』タイプの2つがある。

 治癒魔法の使えない冒険者は、2種類のポーションを使い分けてクエストに挑むのだ。

 ちなみに『回復ヒール』と『治癒キュアー』両方の効果を持つ万能な治癒魔法や薬品も存在する。

 その一つが『妖精の霊薬』なのである。

 リリィはこれまで村人でも買えるような安価で販売してきたが、しかるべきルートに流せば1ゴールド金貨一枚では足りないほどの高値がつく代物だ。

 それほどの価値が霊薬にはあるのだ、そしてそれを幼女リリィが正しく認識しているのかどうかは果たして分からないが。

「よーし、次!」

 リリィが羽を瞬かせて床から飛び起きると、そのままジャンプして大きなテーブルの上に降り立った。

 そこにはフィオナがすり潰した薬草を始めとした、多種多様な素材がそれぞれ器や瓶に入って並べられている。

 ここから、リリィだけが知る秘密のレシピに基づいて調合する。

 一般的に流通するタイプのポーションであれば、かつて魔法の学校に通っていたフィオナは当然のように生成方法を知っているのだが、固有魔法エクストラによって作り出されるリリィオリジナルの『妖精の霊薬』に関しては、材料の用意と下ごしらえ以外に出来る事など彼女には無い。

 リリィは調合に必要な集中力に、治癒魔法の効果を篭める為の膨大な魔力の消費と、多大な負担をかけることになるが、彼女しか作れない以上は仕方のないことである。

 その上、普段なら丸一ヶ月かけて作り上げる『妖精の霊薬』を、十字軍が迫る猶予である3日で仕上げなければならないのだ。

 そもそも元の姿に戻らなければ、つまり満月の夜まで待たねば霊薬は完成しない。

 リリィ曰く「最後の仕上げ」には子供状態では行使できない高度な魔法を必要とするからである。

 本来なら満月の夜を含まない3日という短時間で『妖精の霊薬』を生成するのは不可能だった。

 しかし『紅水晶球クイーン・ベリル』をリリィが手にする事で、この無茶な短期生産を可能にしていた。

「ん~むむむ……」

 両手に器と瓶を持ち、眉をしかめて真剣な目つきで調合に挑むリリィ。

(秤も使わずそのまま調合してる……あんなので本当にできるのでしょうか? いえ、できるんでしょうねあの子は)

 正確な量も測らず、気まぐれで混ぜ合わせているようなリリィの姿は、ままごとに興じる幼子にしか見えないのであった。




 陽が傾き始め、空が赤に染まる夕暮れ時になっても、アルザス村の正門付近で要塞化工事に従事する作業員は撤収する様子が無かった。

 安全に工事ができるのはたったの3日、高価な油を消費して光を灯しながらの夜間工事を選択するのは当然ともいえた。

 そして勿論、冒険者同盟のリーダーであるクロノも自分の仕事を続けていた、というより、これから夜を徹して行わねばならない仕事が控えているのだった。

「ん~、ま、こんなモンやろ」

「お疲れ様、あとは俺の仕事だな」

 ギルドの裏手にいるのはクロノとモズルン、黒魔法使いと闇魔術士の暗黒コンビである。

 この二人は似たような性質の魔法を使う所為か、何かする時はお互い協力することが多い。

 特に、日夜新しい黒魔法の開発に余念が無いクロノは、モズルンから闇属性の魔法に関して色々と教えを受けたようで、準備の合間を縫っては術式の改良を行っている。

「ほんなら、これでワシの仕事はお終い、っと」

 壁に向かって佇むモズルンは、その身に纏う漆黒のローブの隙間から、影そのものが実体化したような黒々とした不気味な触手を何本も生やしていた。

 ギルドの壁へウネウネと伸びており、白塗りの壁面をキャンパスに黒い触手が墨のような色合いで魔法陣を描いている。

 その魔法陣もモズルンの台詞通りすでに完成したようで、触手達は役目を終えて、一本また一本と黒い霧のように中空に消えていった。

「いやぁ~疲れた、半日でギルドの壁覆うんはホンマに苦労したでぇ」

 長方形の形状をしたギルド、地面に接する底面を除いた全ての面に緻密な闇の魔法陣をモズルンは丸々半日かけて一人で描ききったのだ。

 その魔法陣の効果自体は単純そのもの、闇の属性を強化する、その一つだけだ。

 しかしながら、魔力が減少することにより魔法の効果が劣化・消滅するのを防ぐ『永続エタニティ』が組み込まれており、術の完成度は非常に高い。

「しかし、ホンマにできるんかいな――」

 そんなランク4の魔術士のスキルを見せ付けた彼であったが、

「ギルドを丸ごと全部、強化ブーストするなんて」

 クロノが言い出したギルドの強化案は流石に半信半疑であった。

 施設を強化する魔法は当然ある、だがそれは大工が家を建てるのと同じような手間をかけて、複数の魔術士が行う大規模な‘改装工事’である。

 例えば、ダイダロスのように城壁そのものに結界能力を持たせるといったものが代表的な魔法による施設強化である。

 魔術士の常識に則れば、4階建ての建造物であるアルザス村ギルド全体に何等かの防御効果を施すには、ランク3相当の術者が5名、一週間の時間をかけて行うのが妥当である。

 しかしクロノは一人、しかもたったの一晩で建物全てを強化してみせると言ったのだ。

 真っ当な魔術士であるモズルンが、その言葉を信じきれないのはムリもない、精々3日かけて半分でも強化できれば良いほうだろうと彼は予想していた。

「大丈夫だ、壁だけ強化するならなんとかなる、というか、なんとかする」

 だが大人なモズルンは自身の疑惑をあえて口に出したりはせず、力強いリーダーの言葉をとりあえずは信用して様子を見ようと判断していた。

「期待しとるわ、そんじゃ頑張ってなクロノの旦那」

 モズルンは白骨の掌をひらひら振りながらその場を後にした。

 一人残ったクロノは、先ほど完成したばかりの黒い魔法陣へ、両手を押し当てた。

「――凄いな」

 魔法陣に触れた掌から、黒色魔力が活性化するのを即座に感じられた。

「これなら、明日の日の出までには終わりそうだ」

 成功を確信するクロノは、目をつぶって全神経を魔法の発動に集中する。

「行くぞ――『黒化』」

 剣などの武器を己の魔力で包み込み強化すると同時に、手を触れず自由自在に操れるようにするのが『黒化』の魔法である。

 クロノが施設を脱出する際にはすでに習得しており、黒化した剣が毎回サリエルに破壊されたり、ローブの入っていた宝箱を開けたりするのに役立ったりと、色々思い出のある魔法でもあった。

 そして恐らくこのギルド全ての『黒化』も、クロノの新しい思い出の一つとなるだろう。

 クロノの黒化を受けたモノに共通する効果は、何よりもまずその物質が強化されることである。

 要するに、クロノは黒化して剣の強度を上げるのと同じように、建物をそのまま黒化させて木造建築のギルドを強化しようという、単純な発想だ。

 しかしながら、黒化は対象物を完全に黒色魔力で包み込むことで完成される、包むモノが大きくなればその分だけ必要量が増えるのは当然である。

 まして今回は剣や宝箱を遥かに越える巨大な表面積を持つ4階建ての建築物、その消費量はこれまで行ったどんな魔法より、あの呪鉈を進化させた時よりも、魔力を消費することは予想できる。

(だが、一晩の時間をかけて少しずつ黒化させていけば、絶対にイケる)

 黒化の消費量と自分の自然魔力回復量を天秤にかければ、確かに可能なのは事実である、ただし理論的にはだ。

 時間の経過で黒色魔力が回復したとしても、黒化の魔法を行使し続けるための集中力と根気は削られる一方。

(つまり、俺の根性次第ってことだ!!)

 そうして、クロノの長い夜が始まった。


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