第79話 焦土作戦
「俺が『エレメントマスター』のリーダー、クロノだ」
俺は決まったばかりのパーティ名を、ギルドのロビーに集合した50名以上の冒険者達に早速紹介して、リーダー就任の挨拶をした。
と言ってもハリウッド映画に登場するやたらパワフルなアメリカ大統領並みの熱い演説などできるワケも無く、緊急クエストの内容確認、中心となるメンバー紹介など、事務的な話しかしなかった。
一応みんなは大人しく聞いてくれてはくれていたが、俺が示したのはヴァルカンをボコったパワーだけであり、リーダーとして信頼されるには程遠い状況にある。
ランク1で経験皆無な俺は、これから実績を作っていくよりほかは無い。
そう決心した翌日、新陽の月21日のことである。
「しっかし、ロクに馬も乗れねぇとはな、テメーは本当に冒険者かよ?」
「五月蝿いぞヴァルカン、俺は今集中してるんだ、邪魔をするな」
早朝からイルズ村へ向けて出立した途上にて、俺は早速メンバーからリーダーとしての資質を疑われ始めている。
今俺が跨っている、というかしがみ付いているのは、イルズ村を襲った部隊の指揮官が乗っていたと思われるでっかい馬だ。
乙女の黒髪のような艶やかなたてがみと毛並みを持つこの駿馬は、十字軍を撃退した後にあっさりと鹵獲され、目出度く報酬品に。
元々は別の誰かのものになるところだったが、俺がリーダーとなったので譲り受けることになったのだ、リーダーなら騎馬の一頭くらいないといかんらしい。
まぁそれだけじゃなく、俺がイルズ村で相当数の十字軍兵士を倒していたので、その報酬という意味合いも含まれている。
そんな立派な馬を与えられたのだが、元は文芸部の高校一年生、人体実験歴半年、冒険者歴三ヶ月の俺が、一体どのタイミングで乗馬なんていうハイソなスキルを習得しているというのだろうか。
いや、知ってたよ、馬は車に代わってこの世界じゃごく一般的な乗り物だってことは。
俺だっていつかは乗りたいな、と思ってたさ、けれど今いきなり馬を与えられて「さぁこれに乗って颯爽と冒険者達の先頭を駆け抜けてゆけ!」とはあんまりじゃないのか?
あ、ちなみにフィオナさんは颯爽と馬に跨り、華麗な手綱捌きで軽やかに街道を駆け抜けて行っている。
どうやら冒険者としては一日の長が彼女にはあるようだな……ぐぬぬ。
「がっはっは、落っこちないよう精々頑張んな新米リーダーさんよぉ!」
「くそっヴァルカンめ、もう一回フルバースト撃ち込んでやろうか……」
自身の巨体に見合った大きさの二角獣に跨ったヴァルカンが、俺をバカにする高笑いを上げながら列の先頭目指して追い越していった。
ちなみに二角獣とは、あの有名な一角獣の亜種である。
その名の通り二本の立派な角が生えており、馬というよりも山羊に近い面構え、しかし身の丈2メートルを遥かに超えるヴァルカンを乗せるのだから、その大きさは象かと思えるほどに巨大だ。
「こんなことになるなら、早くから練習しておけばよかったぜ」
「クロノがんばって!」
「ありがとなリリィ、お前がいなかったらどうなってたことか、いやホント、マジで」
リリィは俺の前に座っており、一見すると落ちないようそのポジションに座らせているように思えるが、実際は逆であり、リリィがここにいるお陰で乗馬初挑戦の俺がそこそこスピードを出しつつ、かつ落馬もせずにいられるのだ。
妖精ってのは本当にファンタジーな能力をお持ちだ、触れ合えば動物とある程度心を通じさせることができるなんてな。
そんな夢のある素敵能力のお陰で、馬が俺を振り落とさないようリリィが働きかけてくれているのである。
俺はダメな男だ、何から何までリリィの世話になりっぱなしだ、涙が出てくるね。
「泣いてるの?」
「泣いてねぇよ、目にちょっとゴミが――」
「あっ、手を離したら危ないの!」
「ヤベっ!? お、落ち――」
頼む、早く目的地へついてくれ。
俺は一心にそう祈りながら、初めての乗馬体験を心行くまで楽しんだ。
俺が目指した先はスパーダ方面ではなく、今やもぬけの殻となったイルズ村である。
ここへ連れて来た冒険者達12名の代表としてヴァルカンが俺へ問いかけた。
「偵察にしちゃ多すぎる、だが防衛線を敷くには少なすぎる、一体こんなとこで何するつもりだ?」
「なるべく急ぎたかったから、出発前に説明しなかったことは謝る、本当は道中説明しようと思ってたんだが、あのザマだったから、スマン」
冒険者達の間で失笑がおこるが、俺はあまり気にしない事にして話を続ける。
「ここへ来たのは、イルズ村にある全ての穀物倉庫を焼き払うためだ」
「なんだと?」
俺の解答がよほど予想外だったのか、それとも不謹慎だと思われたのか、冷ややかな視線が集中する。
「テメェ、自分が何言ってるか分かってんのか? つーかここはテメェの村だろ、トチ狂ったこと言ってんじゃねぇぞ」
「抵抗はあるかもしれない、だがこれは敵を足止めする一つの方策であることを理解して欲しい」
俺が思うに、冒険者達はサバイバル能力やモンスターとの戦闘技術こそ高いが、純粋に戦略・戦術といった軍事的知識があまりないのだと思う。
平和な日本人でも多少戦争の知識、といえば大げさだが、小説やドキュメンタリー、あるいはフィクションでも構わない、そういった媒体からある程度戦いについて知っていれば、俺が何を言おうとしているのかすぐに分かるだろう。
「これは焦土作戦だ」
「ショード作戦?」
やはり誰も聞き及びの無い言葉なのか、コイツは一体何を言ってるんだという表情をする。
「簡単に言えば、敵に奪われる利用価値のある施設や食料を、逃げる前にあらかじめ破壊しておくという作戦だ」
「……はぁ」
このヴァルカンという人狼はどうやら見た目通り頭脳労働は苦手らしい、一方で俺の短い説明で何となく得心のいったという表情をする冴えた冒険者も何人かいた。
「イルズ村に大量の食料を残したままだったら、ここへやってきた敵がすぐに飯が食えるだろ、飯が食えるってことはすぐ戦えるってことだ、分かるか?」
俺達に求められるのは敵を足止めすること、敵がすぐ戦える状態じゃ困るわけだ。
「おぉ、つまり敵に飯をおごってやる義理はねぇってことだな!」
「そうだ、敵が食料を現地調達できなければ、外から補給しなければならない。
補給が必要になれば、その分だけ進軍速度は確実に落ちる、俺達に必要なのはスパーダへ逃げ切るだけの時間を稼ぐことだから、戦わずに勝利へ一歩近づける」
「理屈は大体分かったが」
半分くらいしか分かっていない顔でヴァルカンは続ける。
「本当にそれでいいのか? 今まで溜め込んだ食料を全て焼き払うなんざ、ここの村人が納得すんのか?」
「ヴァルカン、村人のことを考えてくれるなんて、お前顔に似合わず意外と良い奴なんだな」
「うっせぇ! んなことよりどうなんだよ!?」
照れ隠しなのか本気でキレてんのか、凄い剣幕で迫られる。
「みんなは納得しないだろう、確実にこの作戦には反対する。
だからクゥアルへの避難が完了した今になってわざわざ戻って来たんだ」
「騙したってのかよ?」
「焦土作戦については後でナハド村長を通して説得してもらう、今は十字軍が来る前に一つでも多く手を打っておかなくちゃならない。
スパーダへ避難が完了した後なら、俺はどんなに責められてもいい、けどそれまでは、どんな反対を受けようと、俺は最善の策を取り続ける、それをするためにリーダーになったんだ。
だから頼む、このクエスト中だけは俺を信じてくれ!」
ここで受け入れられなければ、俺はそれまでだ。
顔には出さないが、こんな口先で今だけでもみんな信用してくれるんだろうか、と不安になる。
だが、俺の足元にいるリリィが「大丈夫だよ」と言わんばかりの微笑みを向けてくれた。
「なんでもいいや、とりあえずテメェがリーダーなのはもう決まったコトだ、今更ガタガタ文句抜かす奴はいねぇよ。
ただし、ヘマしやがったら俺とすぐにリーダー交代だからな、憶えておけ」
ヴァルカンはやっぱり見た目に反して良い奴そうだ、ミスしても俺が変わってやるから安心してやれ、と言っているようにしか聞こえない。
「ありがとう、それじゃあ簡単に作業の指示を出すから聞いてくれ――」
俺が馬に乗ってイルズ村へやって来たように、ここへ連れて来た冒険者もみな何かしらに乗ってきた。
ランク1の俺が当たり前のように騎馬を持っていなかったように、冒険者の誰もがそうした移動手段を持っているわけではない。
地球の中世と比べれば、この異世界では騎馬のコストは低いといえるだろうが、それでも誰もが気軽に手に入れられるものじゃない。
個人で騎馬を手に入れるのはランク3あたりからというのが冒険者の常識だ。
そして、今連れて来ることが出来た冒険者の数は、俺、リリィ、フィオナさんの『エレメントマスター』メンバーを除き全部で12人。
基本的には馬だが、ヴァルカンが乗る二角獣や、ソロで活動中のスケルトン族の魔術士が大型グールに乗っているなど、異色の騎乗生物を利用する者もいる。
ちなみにグールというのはただの人型ゾンビではなく、ハイエナのような姿をした動物型アンデット族である。
このスケルトンさんが乗っているのはデカいゾンビ犬だと思ってくれればいいだろう。
個人の騎馬の他にも、パーティで馬車を保有している場合もあるが、今回は『ヴァルカン・パワード』のメンバーだけが馬車で同行してもらっている。
ヴァルカンだけ並外れてデカい図体なので、馬車ではなく愛用のバイコーンというわけだ。
俺がわざわざ騎馬で移動、ようするに徒歩より圧倒的に早い手段で移動できる者だけを選んで連れて来たワケは、さきほど話したとおり時間的余裕が無いからだ。
人間のみで構成された軍隊なので、ある程度十字軍の進軍速度というのは割り出せるが、それはあくまで予想でしかない。
魔法で進軍速度をあげる、あるいは部隊まるごと転移してくる、なんてこともあるかもしれない。
相手の手の内が何もかも不明な以上は、こちらが出来る限りの早さで行動するしかないのだ。
そういうワケで、十字軍が本格的にイルズ村へ駐留する前に、ここにある食料は全て焼き払わなければならないのだ。
欲を言えば穀物倉庫だけでなく、村長宅や冒険者ギルドなど大型の建物も破壊しておきたい。
実際に撃退した部隊はギルドを中心にして展開していたので、少なくとも司令部として利用していたのは間違いない。
こうした敵にとって利用価値のある施設を破壊し、食料を焼き尽してから、撤退するのが焦土作戦である。
「クロノさんは、騎士の学校にでも通っていたんですか?」
「いや‘普通’の学校に通ってただけだ。
ちゃんと習ったわけじゃない、所詮は聞きかじりの素人兵法さ、どの程度効果があるのかは、正直分からん」
俺は焦土作戦についてより詳しく説明しながら、穀物倉庫焼却のための準備を進める。
相槌を打ってくれるのはフィオナさんだけだが、近くで作業しているメンバーも一応は耳を傾けてくれているようだ。
「それに、今回は完璧な焦土作戦じゃない、もしかすれば全く効果が無いかもしれないからな」
「そうなんですか? ご飯がないのは致命的ですよ、私なら耐えられません」
そりゃあ飯が不味いという理由だけで仕事を辞められるフィオナさんはそうだろうな。
「今は倉庫を焼き払うだけで精一杯だけど、本来は畑も民家も、近くの森林まで焼いてしまわないと完璧じゃない。
それに焦土作戦が最も効果を発揮するのは雪の降る寒冷地だ。
食料は勿論、火をおこす燃料である薪を無くせば、それだけで兵を殺せる」
「なるほど、共和国にも冬将軍に負けて侵攻を断念した、という話は昔からよく聞きます」
寒さが大きな脅威となるのは地球人も異世界人も同じだな、というかこっちでも‘冬将軍’って言う認識があるんだな。
「こっちは時間も人手も不足だ、この不完全な焦土作戦が少しでも効果が出てくれることを祈るしかないね」
俺はイルズ村を襲った部隊の‘置き土産’である錬金油、その最後の一缶を穀物倉庫へ投入する。
これで焼却準備は完了、あとは火を入れればあっといまに倉庫を炎が包み込むだろう。
いよいよ火を投げ入れる、というその時、俺のローブの端っこがリリィに引っ張られた。
「ん、どうしたリリィ?」
イルズ村のみんなが汗水たらして収穫した沢山の小麦が納められる倉庫を燃やそうとする俺にもったいない精神でも説こうというのか、と思ったが、子供状態にも関わらずキリリと眉を上げて真剣な表情をみせるリリィに、俺は不穏な気配を察した。
「おーいクロノ、敵がこっちに向かって来てるぞっ!」
そう叫ぶのは、周囲の見張りを担当させていた冒険者パーティ『三猟姫』のメンバーの一人、弓を背負い馬に跨ったエルフの少女。
少女ではあるが、ああ見えてれっきとしたランク3のベテラン冒険者だ。
伝令役を担った彼女は俺の前で馬を止めると、簡単に状況説明をしてくれる。
「スーさんが7名の騎兵部隊を発見、街道を走って真っ直ぐこっちへ来てるって」
スーさん、とはソロで活動しているランク4の盗賊だ。
一見すると人間に見えるが、その種族はスライムである。
目端の利く盗賊であるスーさんも見張りの役をしてもらっていたが、早速敵を見つけてくれたようだ。
「7人だけで、他にはいないのか?」
「街道を走ってんのはソイツらだけだ」
どう考えても斥候部隊だな。
「部隊が撃退されたからイルズの様子を見に来たってところか」
敵は人間の軍団、ならば大人数を街道から外れて森を通って奇襲、なんてことは無いだろう。
数の優位がある以上、わざわざ正攻法、この場合は堂々と街道を進軍させるという選択以外はとらない。
「どうするんだ?」
考えるまでも無く、即座に決断を下す。
「迎え撃つ、一人残らずこの場で始末する」
「了解、そうこなくちゃね!」
エルフの少女は勝気な笑みを見せて、戦闘準備を伝えに駆け出した。
ヴァルカンは別にツンデレとかそういんじゃないんだからねっ!