第76話 リーダーの座を賭けて
クゥアル村ギルドの一階ロビーには、溢れんばかりに冒険者達の姿があった。
現在クゥアル村を拠点に活動、あるいは偶々宿泊していた冒険者達全員がここに集っているのだから当然ともいえる。
本来なら冒険者達はクエストなどそれぞれ活動しており、一堂に会する事など無い。
しかし――
緊急クエスト・避難民の護衛
報酬・未定
期限・未定
依頼主・ダイダロス冒険者ギルド
依頼内容・全村民のスパーダへの避難が決定した。道中の実質的な護衛の役目は各村の自警団が受け持つので、冒険者諸君は最後尾にて敵を出来る限り抑え、村人が避難する時間を稼いで欲しい。敵に関する情報は人間の軍団であるという以外は一切不明、これまでにない危険なクエストだが君達に村人全ての命がかかっている、勇気ある冒険者諸君の参加を願う。
こうして緊急クエストが出された今は話が別、ここに滞在する全ての冒険者は半ば強制的にクエストへの参加・協力が義務付けられる。
ここに集う彼らも冒険者である以上、その辺のことは百も承知、彼らの関心はこのクエストをどうこなすかについてである。
そして今現在クゥアル村に滞在する、9つのパーティと単独で活動する十数名の冒険者達、総勢50名以上のメンバーを誰が仕切るか、という最も重要な事項を彼らはこの場で話し合っていた。
「ハっ! ランク4に満たねぇ雑魚はすっこんでな!」
いや、正確には殴りあいであった。
軽鎧を着た戦士の冒険者が鈍い音を立てて殴り飛ばされる。
転がる先には彼と同様に床に臥せって動けなくなった者がちらほら。
「俺がテメェらを仕切る! 文句があるヤツは前へ出な!」
そう吼えるのは身の丈2メートルをゆうに超える巨漢の狼獣人だった。
ただデカいだけでは無い、灰色の毛に覆われた巨躯には鍛え上げられた筋肉が隆起し、体の至る所に走る古傷が、彼の激しい戦闘経歴を表していた。
「どうした、もういねぇのか! この不死身のヴァルカン様を相手にしようってヤツはよぉ!!」
些細なきっかけで始まったリーダーの座を駆けての殴り合いは、このヴァルカンと名乗る人狼が圧倒した。
胸元に下げられた輝く金のギルドカードが彼の冒険者ランクの高さを示している。
現在クゥアル村に滞在する冒険者の中で数少ないランク4が彼であり、その中でも抜きん出た実力を持っていた。
クロノが言っていたランク4のパーティというのは、彼が率いる『ヴァルカン・パワード』だ。
パーティ名に堂々と自分の名前を出しているのは、彼がメンバー中最強で、典型的なワンマンチームだからだと冒険者ならすぐに察することが出来るだろう。
事実、ヴァルカン以外はみなランク3の冒険者である。
一人でもランク4がいればパーティのランクも上がるわけではない、ランク3のメンバー全員分を補うほどヴァルカンの力があるとギルドが認めているからこそ、ランク4のパーティを名乗れるのだ。
「ふん、誰も出ねぇってことは決まりだな」
ヴァルカンの鋭い目がぐるりと周囲を威圧するように見渡す。
最終的に殴り合いという荒っぽい決め方になってしまったが、ヴァルカンの力は誰もが認めるところであり、尚且つパーティのリーダーを務めている実績もあるので、冒険者達に特別不満は無いようだった。
「決まりだな」の言葉に異を唱える者はおらず、ロビーはしんと静まり返る。
異論がない事を受け、満足そうな笑みを浮かべた瞬間、
「待て」
一人の男が彼の前へ出た。
「あぁん?」
黒髪黒目に黒いローブを纏った黒尽くめの男。
人間にしては背が高い方だが、2メートルを超えるヴァルカンからすれば人間はみな等しくチビだ。
「アンタを倒して、俺がリーダーになる」
「ほぉう」
ここまでストレートな物言いをするヤツは、先ほどブッ飛ばした男達の中にはいなかった。
実際のところは、何かしらの不満を唱えた者がヴァルカンにぶん殴られただけのことだ。
「いいぜ、来いよ坊主、貧弱な人間の魔術士だからと言って手加減して貰えると思うなよ?」
拳をバキバキと鳴らしながら、ヴァルカンはその見た目通り野獣の如き殺気を叩きつける。
「坊主じゃない、俺の名前はクロノだ」
特にビビった様子も見せないクロノに、ヴァルカンは相当腕に自信のある魔術士か、それともただのバカか、と思いをめぐらす。
「いいぜクロノ、一応分かっているとは思うがお互い武器は無しだ、ここで俺を隠し武器で倒したとなっちゃあ誰も従っちゃくれねぇぜ」
「分かっている、俺は無手のままで戦う」
勝った、とヴァルカンは勝利を確信した。
(無手の魔術士じゃあ絶対に俺を倒せない、伊達に不死身を名乗ってるわけじゃねぇんだぜ坊主。
まぁコイツが武器を使ったとしても、負ける気はしねぇがな)
魔術士は杖や魔道書が無くとも魔法は使える、だが、それは武器を使わなかった場合に比べて威力は格段に落ちる。
武器が無くとも長い呪文詠唱や儀式を行えば、強力な魔法が使えないこともない、だが、今のように10メートルも距離が無い立ち位置で一対一の決闘方式で戦うならば、魔術士が行える攻撃方法は即座に発動できるシングルアクションの攻撃魔法しか無い。
殴りかかってくる相手に無詠唱のシングルアクションを打ち込めば、魔術士でも無手のまま勝つことができるだろう。
もしそれで仕留め切れなければ、殴られて負ける、一応は魔術士も殴り返すくらいは出来るかもしれないが。
不死身を名乗るヴァルカンは、自分の体力に特に自信を持っている、いや、そんな気持ちの問題ではない、彼は現実に人狼が稀に持ちえる固有魔法『自動回復』を生まれながら習得している。
その名の通り、ダメージを受けた端から自動で回復、肉体の再生を行う効果を持つ。
ただし時間あたりの回復量・再生量は一定であり、心臓を貫く、首を落とす、などの攻撃を受ければ即死は免れ得ない。
その例外を除けば、常に一定ダメージを軽減できる、特に殴り合いなどダメージが小さい攻撃方法では、ほとんど無効化に近い効果を発揮する。
故に魔術士のパンチともいえるシングルアクションの威力では、真正面から十発くらっても立っていられる。
冒険者の常識からいえば、シングルアクションは精々が1発か2発撃つのが、この立ち位置から考えれば魔術士の限界だ。
(どんなに多く見積もっても4発以上は撃てやしない、例えこの坊主が1発の威力が並みの魔術士の倍以上あっても、俺を倒すには火力不足だぜ)
ヴァルカンは構える、火が飛んで来ようが雷が飛んで来ようが、全く怯まず直進して、この小生意気な魔術士坊主の顔面に拳を叩き込めると確信して。
「テメェが撃つまで動かないでいてやるよ、一発も魔法が撃てずにやられちゃあ格好つかねぇだろ?」
「そりゃどうも――行くぞ」
「来なっ!」
ドンっ! という音は同時に鳴った。
片方はヴァルカンが床を踏み込む音、もう片方はクロノが魔法を放つ音。
黒い弾丸がヴァルカンの胴へ撃ち込まれる。
(こんなもんで止められると――)
止められると、ここに集う冒険者の誰も思っていないだろう。
だが、それはあくまで一発で、という話だ。
「魔弾全弾発射」
瞬時に物質化された無数の黒き弾丸が、巨大な的でしかないヴァルカンへ殺到する。
「がぁああああああ!!」
シングルアクションを十発受け止めることが出来ると豪語するヴァルカン、だが、それが百発、千発、となればどうか。
当然、受け止めることなど出来ない。
致命傷を与えないよう通常より柔らかく、さらに弾頭を丸めて形勢した魔弾だが、着弾時の衝撃は相当なもの、普通の人間なら頭部に一発くらえば卒倒するくらいのショックは与えられる。
ヴァルカンは確かに十発目まではノーダメージでいられた、が、刹那の間すらおかずに次々と飛来する弾丸の嵐を前に、自動回復の治癒力を上回りダメージが見る間に蓄積されていく。
「ぐ……おぉ……」
クロノの手前2メートルほどの位置まで突き進むものの、ついにヴァルカンは片膝を屈する。
その時には、あらかじめ『装填』しておいた弾丸は全て撃ち終えていた。
「全弾受けても気絶しないとは流石ランク4、タフだな」
膝を折りつつも未だ意識を保ち殺気を放つヴァルカンの姿に感心しながらも、クロノは油断せず、冷静に追い討ちをかける。
拳を振り上げ、床を蹴って一足に間合いを詰める。
なぜ魔術士がわざわざ殴りかかるような行動を見せるのか、ギャラリーは疑問に思うが、即座にその回答は得られた。
なぜならクロノが放つのは、原初にして最速の黒魔法。
瞬間的に魔力を腕に圧縮し、
「パイルバンカー」
ドリルのように高速回転させながら一点集中解放、ゼロ距離で放つ為に弾丸一発とは比べ物にならない破壊力を叩出す。
弾雨によって一気に体力と集中力を持っていかれたヴァルカンに、この一撃を止める術など無かった。
クロノの腕から目に見えるほど濃密な黒色魔力が放たれ、強かにヴァルカンの身を打つ鈍い衝撃音がギルドに響き渡る。
僅か数秒間の内に二人の決着はついた。
完全に意識を失い床に倒れ伏すヴァルカン、そして堂々と立つクロノは高らかに宣言する。
「俺がリーダーだ、文句があるヤツは前へ出ろ」
先のヴァルカンとほぼ同じセリフを吐くクロノ。
そして、今度こそ異論を唱えて進み出る者は一人としていなかった。
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