第75話 イヤな女(2)
「クロノは、これからどうするつもり?」
クゥアル村の冒険者ギルドへ一旦戻ると、私はクロノへ問いかけた。
姿は幼児のままだが、『紅水晶球』の力を借りて大人の意識だけならしばらくの間は保つことが出来る。
だから、こうしてクロノと真面目なお話もできる、本当にコレを持ってきて良かったわ。
「そりゃ当然、冒険者として避難の護衛をするさ。
スパーダへの避難も決定したし、すぐにでも緊急クエストが出されるだろう」
クロノの言っている事は正しい、私がナハド村長へ言い聞かせ、すでに緊急避難の鐘は鳴らされた。
村を捨てる以上、今ここにいる者は総動員で避難が始まる、そして村の者ではない冒険者は緊急クエストという形で強制的に協力させられる。
と言っても、冒険者ギルドは国境を越えてパンドラ大陸全土に広がる巨大組織、ダイダロスが滅亡しても、スパーダへ行けばそこで緊急クエスト達成の報酬は貰える。
敵の戦力が未知数で危険な緊急クエストだが、きちんと報酬がでる以上これをわざわざ断る冒険者はいないだろう。
「具体的にどういう仕事になるのかは、これからやってみなきゃ分からんけどな」
クロノはランク1でしかない一人の冒険者としては正しい、でもね、
「それじゃダメよ、クロノ。
これから先どうなるか、もう少し考えてみて」
ここでダメ出しされるとは思わなかったのか、それとも子供姿の私にダメ出しされたのがショックだったのか、やや驚いたような表情を一瞬浮かべる、が、すぐに言葉を発する。
「まずはスパーダが本当に受け入れてくれるかどうか、ってとこが問題じゃないか?
嘆願書を持った使者が先行してさっき出発して行ったみたいだが、すんなり受け入れてくれるかどうかは分からん。
後は十字軍の追撃部隊が来たら、どうやって止めるかだ。
スパーダが避難民の保護に兵を出してくれりゃ一番安心なんだが、ダイダロスとの関係を考えると期待するだけ無駄だろうな。
それよりは、俺達冒険者と自警団だけで対策を考えるべきだろう」
うん、その通り。
外からの援軍は期待できない以上、手持ちの戦力でやりくりするしかない。
「まずスパーダの受け入れについては今考えても仕方が無いから後回しでいい、国境でゴネればどうとでもなるでしょ。
それで、私達に関わってくるのは冒険者がどう動くかについて、ね」
自警団の長はあの人だか豚だか判別のつかない男だ、円滑な協力関係は望むだけ無駄というものだろう。
期待できない以上は無視して、まずは冒険者についてのみ考えるべきである。
「この後はすぐ冒険者同士の打ち合わせになるだろう。
クゥアルはイルズ以上に数がいるし、なによりスパーダへ行く途中にもいくつか村がある、そこにいる冒険者も含めれば、結構な人数だ。
まずは誰がトップに立つか、ってとこから話が始まるんじゃないか、まぁ対等な協力関係もあるかもしれんが」
「そう、私が言いたかったのはね、そこなのよクロノ」
「誰がトップに立つかって?」
うん、と肯定する台詞を満面の笑顔で返すと、クロノが鎮痛な面持ちで一つ溜息をつく、うふふ、物分りがいいね。
「もしかしてリリィ、俺がトップに立てって言いたいのか?」
「その通り! 頑張ってねクロノ!」
「いや、待て待て、それは無理だろ、だって俺はまだランク1だぞ?
こういう場合は普通、一番ランクの高いヤツがやるもんだろう。
確かここにはランク4になるパーティもあるって聞いたぞ、だからソイツらがまとめ役になるべきだろ」
こういった複数のパーティが共同でクエストにあたる場合、最もランクの高い者が全体のリーダーを務めるのは基本的なことだ。
ランクが全てとは言わないが、それはあくまで一番ランクの高い者が、よほど人望が無かったり、ただ強いだけの狂戦士だったり、と言った例外だけ。
ランクが高ければそれだけ強さが保証されるのは勿論、クエスト経験を証明するものでもあり、それだけのキャリアがあれば自然と他のパーティにも顔が利いたりするのだ。
多数の交流関係を持ち、顔が広く各間の意見調整がしやすいといった者ならば、ランクが多少低くてもリーダーを務められることはあるだろう。
この点で言えば、クロノの交流関係はイルズ村の冒険者が全滅したのでゼロ、ランク1がトップに立つ理由とはなり得ない。
「でもねクロノ、一番大事な事を忘れているよ、基本中の基本、絶対変わらない自然の摂理」
「はぁ?」
「ふふふ、一番強い者が頂点に立つの」
そう、人間であり、かつ平和な異世界出身のクロノにはあまりピンとこないかもしれないけれど、弱肉強食は全ての基本、原理、原則。
そんなのはモンスターだって知っている、弱い個体がボスになる群れなどどこにも存在しない。
だからそれは、私達人の社会にもそのまま適用される、特に荒事を生業とする冒険者なら尚更、強さとは何物にも変えがたい絶対の価値がある。
人望? 人徳? そんなの関係ない、少なくとも今ここにいる冒険者の中では圧倒的な力を持つ者が支配者となることに異論を唱えるものはいない。
「あれ、それじゃあリリィが一番強いんじゃ――」
「私のことはいいのっ!!」
「そ、そうですか……」
クロノが納得してくれたようで何より。
「でもクロノが冒険者を率いるべきなのは、それだけが理由じゃないよ。
今いる冒険者の中で、十字軍の恐ろしさを知っているのはクロノだけ。
特にあの救援部隊にいた誰かが指揮するなら、絶対に人間の軍と侮って、初手で致命的なミスをする」
少なくとも、あの自警団長を名乗る豚はまず間違いなくミスる。
そもそも適切な戦力の分析がまるで出来ていない、突撃するしか脳の無い筋肉馬鹿は分を弁え、一兵卒として最前線で派手に死んでくれれば良いのだ。
「確かに、十字軍を舐めるなと俺が言ったところで、大人しく聞いてくれるとは思えない」
「そうでしょ、相手の戦力は圧倒的、こっちは一度の失敗で全滅する危険性がある。
私は信頼できない人の下で戦うのは絶対にご免、あぁ、こう言えばいいのかな、私はクロノがリーダーになってくれなきゃ十字軍とは戦わないって、ね」
その言葉に驚きの顔を見せるクロノ。
でもこういうコトははっきりと言ってかなきゃね。
「私だって避難民を見殺しにするようなことはしたくない、でもね、私にとって一番大事なのは私とクロノが二人共生き残ること。
今のクロノは自分の命を捨ててでも戦う、って感じがして、すごく心配なの」
台詞の前半分は真っ赤な嘘、他の命全てを見捨てることになっても一向に構わない。
私からすればクロノと他人の命なんて天秤にかけて量るまでも無い、何百何千の命を乗せたところでそっちに針が傾くことは決してないのだ。
でも今はそこまで分かってもらえなくてもいい、ただ私がクロノの身を案じているというキレイな部分だけ伝わればそれでいいのだから。
「スマン……確かにその通りだな。
それにリリィはちゃんと村人の治療してくれたし、今の俺なんかよりよほど役に立っている」
あ、それはその方がクロノの心象が良くなるからやっただけなの、気にしないで。
「心配してくれてありがとう、けど、だからといって戦いそのものをやめるわけにはいかない、俺にはこれしか出来無いし」
「ううん、別にそこまで止めたりしないよ。
でもね、分かるでしょ、命がけで戦う以上は打てるだけの手を打っておく必要があるって」
「ああ、今までやってきたランク1クエストとは危険度が段違いだからな、人任せにはできないよな。
分かったリリィ、俺が冒険者のリーダーになってやる」
堂々と宣言するクロノ、うん、やっぱりヤル気に溢れるその精悍な顔はとてもカッコいい。
頑張って、とエールを送りながら、私は人知れず胸をときめかせる。
「けど、俺に人を率いた経験なんてないから、サポート頼むぞリリィ」
「任せてよクロノ!」
私もそんな経験なんてないけどネ。
まぁいいわ、私とクロノの為に他の冒険者共を散々使い倒してやろう。
最悪、私とクロノの二人だけでスパーダに辿り着けばそれでいいんだし、囮でも何でも、精々役に立ってよね。
本当は前回と今回を一つに合わせて一話分でしたが、視点が十字軍サイドとリリィ一人称と変化してしまうので、分割することにしました。
二話連続更新だ! と期待してくれた方がいましたら、申し訳ありませんでした。