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黒の魔王  作者: 菱影代理
第5章:イルズ炎上
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第63話 光の泉(1)

 その時、突如として侵攻してきた白い服装の人間達との戦闘を一時切り上げて、妖精達は急ぎ光の泉の中心地点へと引き返していった。

「リリィ……あの妖精モドキ、一体なにしてるのよっ!」

 この光の泉に住まう妖精達のリーダーが彼女達の先頭を切って飛ぶ。

 リリィと違い本物の妖精族である彼女達は背にある二対の羽で常時飛行能力を得る。

 森の木々や草花をすり抜けながら高速で飛翔する幾つもの小さな光の球体は、この魔法の存在する世界であっても尚、人が目にすれば幻想的な感動を抱く美しいものであった。

 しかし、当の本人である彼女達の本心は驚愕と不安で一杯、その小さな胸がはち切れんばかりに、この緊急事態によって思い悩まされていた。

「あと少し、間に合って――」

 木々が途切れて森を抜けると、そこにある小さな泉へ妖精達は勢いのまま飛び出す。

 この小さな泉こそ、正しく『光の泉』である。

 名前に‘光の’とついているが、実際に魔法的な効果によって発光しているということは無い。

 天から降り注ぐ陽の光によって水面がキラキラと輝く、ごく自然な光しか発していない。

 だが、この泉周辺に満ちる魔力の濃度は、通常とは比べるべくもないほど濃密なものであり、魔術の素養が無い一般人であっても、魔力の存在をはっきりと認識できるほどである。

 そのお陰でこの場所は、森の奥にある小さな泉、というだけでなく、神秘的な雰囲気が心身ともにはっきりと感じられる、まさに聖域に相応しい場所となっている。

 そして、そのほぼ円形をした泉の中心に‘彼女’は居た。

「リリィ!」

 憎憎しげに、妖精のリーダーが彼女の名を叫ぶ。

 ただでさえ妖精にあるまじき体の大きさに加え、人のように服、クロノが与えたエンシェントビロードのワンピースを纏うリリィの姿は、それだけで怒りを覚える。

「アンタは、こんなところで何してんのよっ!

 今がどういう状況か分かってんでしょ!?」

 本来ならすぐさま侵攻してくる人間との戦いに加わっているべき、と妖精達は全員認識しており、優雅に泉の中心に浮かぶリリィに対して、紛れも無く敵意を向けている。

 それは決して共に戦う仲間にむけるものではない感情だ。

 感情をある程度読み取る精神感応テレパシー能力を持つ妖精、半魔とはいえ勿論その能力をリリィは所持しており、そういった自分を取り囲む妖精達から放たれる悪感情に気づいていないはずは無い。

 だが、リリィは何も知らないというような涼しい顔で応える。

「そう、大変ね、人間共が群れをなしていきなりここに向かって来たんだもの。

 ふふ、もしもここまでアイツらが来たら、どうなっちゃ――」

「それ以上は止めなさい! 言っていいことと悪いことがあるでしょ!」

 この地の加護が失われる、その最悪の予想を口にすることすら、妖精である彼女達には許しがたかった。

「そう、まぁいいわ。

 それで、貴女達だけであの人間共を追い返せるの?」

「そ、そんなの――」

「魔術士の数もちゃんと揃えているようだし、向こうも多少は戦いなれしている感じじゃない。

 一発撃ち込んだくらいじゃ怖がって帰ってくれないわよ、いつもみたいに」

「分かってるわよそんなことは!」

「うん、分かってるよね、私がいないと‘負ける’って」

 現状の核心を付くリリィの台詞。

 遊んでばかりでそれほど頭が良いとは言えない妖精族ではあるが、その程度の判断ができるほどの頭脳は持っている。

「そ、その通りよ――リリィ、アンタがいないとあの数の人間は追い返せない、認めるわ」

「うん、それで?」

 リリィがにこやかに微笑む、そこにとても邪気などは見えないが、この妖精のリーダーを激高させるには十分な態度だった。

「それで、ってなによっ!?

 光の泉が危ないのよ、さっさとあの忌々しい人間共と戦いなさいよっ!」

「ええ~何その言い方、人にモノを頼む態度じゃないんじゃないの?

 そんなんじゃ村社会でやっていけないわよ、うふふ」

「なっ――」

 妖精達は絶句する。

「何言ってんのよ!? バカじゃないのこんな時に、冗談言ってる場合じゃないでしょうが!

 早く戦いなさいよ、ここを守りなさいっ!」

「五月蝿いわね、ちょっとは落ち着きなさい。

 冷静になって考えてみてよ、私は生まれてからさっさと貴女達にここを追い出されたの、妖精にとってここは故郷で聖域かもしれないけど、私にとってはそこまで大切には思えないのよ」

「何をバカな、妖精にとって聖域は絶対でしょ、本気でそんなこと思ってるっていうの!?」

「妖精にとって、でしょ。

 私を‘妖精じゃない’と言って追い出したのはそっちのほうでしょ」

「それは――」

「ああ、そんなコトは別にいいのよ、私が純粋な妖精じゃないことにコンプレックスなんて無いし、本当の妖精になりたいとも思わないし。

 半人半魔の私は、妖精族と価値観が違うの、それで……」

 リリィはまた微笑む。

「そういう相手にモノを頼む時って、人は誠心誠意、お願いするべきだと思わない?」

「な、なにを……お願い、ですって?」

「そう、大事でしょそういうの、私も当たり前みたいに戦わされるのはイヤだしね。

 ほら、文句を言う前に、早いとこ頭を下げたほうが良いと思うけど、もう、すぐそこまで迫ってきてるでしょ?」

 今のリリィは、地の利もあって十字軍の魔力をかなりの範囲で感知できる。

 目には見えないが、森の向こうで、警戒しつつも確実に泉へ向かって距離を詰めてくる様子がリリィには分かる。

 妖精達は、リリィほどの感覚を持ってはいないが、状況を考えるだけで彼女の言葉を嘘と断じることなど到底出来ない。

 普段、あまりモノを考えない妖精達が、この余裕のない時間を使って精一杯思考する。

 それは、妖精モドキと蔑んだ相手に頭を下げることを拒む自尊心と、頭を下げるだけで光の泉の安全は保障されるという実利。

 どちらが大事かなど、考えるまでも無く重要かは分かるが、こういう状況で即座に判断が下せないというのは、人間も妖精も大差の無い存在であった。

 そして、しばらくの沈黙の後、ついに妖精達は口を開いた。

「……します」

「えっ、なぁに?」

 リリィは先ほどから変わらず微笑みを浮かべ続け、弾むような声で言う。

「お願いします」

「よく聞こえなぁい」


「「お願いします! 光の泉を守ってください!」」


 妖精達の悲痛な懇願の声が光の泉に響き渡る。

 それを聞いたリリィが、微笑みではなく、満面の笑みでもってその声に応える。

「うふふ、イ・ヤ♪」

 瞬間、まるで時間が凍りついたかのように静寂が訪れた。

 妖精のリーダーは、俯き、肩を震わせながら声を発する。

「な、な、なんて……」

「さっき言ったでしょ、私にとってここは大切な場所じゃ無いって」

「だ、だから、頼んだでしょ、ちゃんと」

「うん、でもお願いされたら私が戦うなんて一言も言って無いよね」

 リリィは未だ微笑みの表情を崩さないが、その目には最早感情が抜け落ちていた。

「私は絶対にここを守る為に戦わない、だから、みんな諦めてちょうだい」

 冷たく言い放つリリィの言葉に、事ここに至って妖精達はようやく、彼女の本心を理解した。

「ま、待って、そんな……」

「全滅しても構わないから戦う、っていうなら止めたりしないから、どうぞご自由に」

「待って!? お願い、謝るから! 戦って、お願い、お願いしますぅ!」

 恥も外聞も無く、泣きついて来る妖精を小うるさい羽虫を払うかのようで手で叩く。

 ここに集った、光の泉に住まう全ての妖精達は、それでも尚、リリィに助けを求める声をあげるか、絶望に泣き崩れるかのどちからかとなる。

 そんな様子をひとしきり見て満足したリリィは口を開く。

「あ、そうそう、どうせ滅びるし、ここにある『紅水晶球クイーン・ベリル』は私が貰っていくから」

 その言葉を聞いた瞬間、再び妖精達の時間は凍った。

 なぜなら、リリィが貰うと宣言した『紅水晶球クイーン・ベリル』こそ、この泉に魔力が満ちる‘妖精女王の加護’を展開させる源となる魔法具マジックアイテム、いや、大魔法具アーティファクトと称される物だからである。

 『紅水晶球クイーン・ベリル』は泉の中心、その水底にある小さな祭壇の中に安置されている。

そのため、そこから同心円状に‘加護’が広がり、周囲一帯が濃い魔力に満ちているのだ。

 しかしながら、この『紅水晶球クイーン・ベリル』を置けば、どこでも妖精の生まれる聖域が発生するかと言われれば、そうでは無い。

 大地の地下を走る魔力の通り道である『地脈レイライン』を代表とする、様々な魔力的な条件が一致しなければ聖域は生まれないし、そういった特殊な場所でさらに複雑な魔法、それこそ『神』が施す術式がなければ聖域の効果は発揮しない。

 要するに、妖精だろうが人間だろうが、『紅水晶球クイーン・ベリル』を安置してある祭壇から無闇に動かせば、構成術式の発動が停止し、聖域は消滅するのだ。

 そうなれば、徐々に周囲に満ちる魔力は減少してゆき、いずれ他の場所と変わらぬ自然の泉に戻るのみとなる。

 つまり、ここでリリィが『紅水晶球クイーン・ベリル』を自分のものにすると言ったことは、聖域を守るどころか、自らの手で滅ぼすということを意味していた。

「リリィ! アンタっ、気が触れたわねっ!?」

「嫌な言い方しないで欲しいわ、『紅水晶球クイーン・ベリル』は私が魔力を引き出すには丁度いい大魔法具アーティファクト、持ってれば‘この先’必ず役に立つ、欲しいと思うのは当然でしょう?」

 『紅水晶球クイーン・ベリル』は本来、妖精を生み出す聖域を発生させるための道具では無く、正確にはキーアイテムに過ぎない。

 妖精女王が聖域の創生に利用しなければ、膨大な魔力を宿す美しい宝石以上の価値は無い。

 もっとも、ただそれだけで大魔法具アーティファクトと名づけられるほど、この世界においては大変価値のある物となるが。

「そんなことはさせないっ!」

 周囲の妖精達は一斉に妖精結界オラクル・シールドを展開し、リリィへ殺気を向ける。

 リーダーの合図があれば、数百発の初級攻撃魔法サギタがリリィの細身へ向かって殺到する。

 当然、それも分かっていながら、リリィは全く焦った様子も見せずにゆっくりと妖精達へ言い聞かせる。

「私に、勝てると思っているの?」

 リリィが背から生える二対の羽を明滅させ、自身の妖精結界オラクル・シールドを展開させる。

 他の妖精達が発するどの光よりも強く、大きく結界は輝き、そこに篭められている魔力量が桁違いであることを暗に知らしめる。

「止められると、本気で思っているの?」

 クロノが魔弾バレットアーツを使う時のように、小さな白い光球をリリィは周囲にいくつも浮かべる。

 この光球が一つ弾ければ、妖精の小さな体など、その身を守る結界ごとバラバラに吹き飛ばすほど凶悪な威力を持つ。

 光球はここにいる妖精達と同じ数だけリリィは作り出している。

「私はね、この場所が大嫌い、貴女達も大嫌い、だから、この機会に全部潰してやることに決めたの。

 でも、ここで背を向けて、妖精としての誇りも矜持も全て捨てて逃げ出すというのなら、私は追わないし、後ろから撃ったりもしない。

 だって私がここを出て行った後は、貴女達も手出しはしなかったからね、それくらいの情けはかけてあげる」

 周囲に浮かぶ妖精達に明らかな動揺が広がる。

 リリィは本気だ、この場で彼女を説得することは出来ず、また、すぐに迫り来る人間を止める手立ても無い。

 最早、聖域の崩壊は避けられない。

 後は自分達の命が有るか無いか、その選択のみ。

「私がこれまで、律儀にこの場所をモンスターから守り、貴方達を生かしておいたのは、私がそれを望んでいたからよ」

 光の泉を離れて幼児リリィになってしまうと、元の状態で考えたような恨みは気にならなくなるし、本心がそう望んでいたとしても、幼児状態では思考が止まる、あるいはその残虐な結末に恐れ、復讐を実行へ移すことは絶対に無い。

 しかしながら、真の姿に戻る満月の晩、その時に今回のように光の泉へ行けば、そこにいる妖精を皆殺し、聖域を崩壊させることも出来た、だが、結局それをすることはこれまで一度も無かったし、しようとしたことも無かった。

「あ、変な勘違いはしないで、私はただここを追い出された恨みを晴らす、その行為自体に特別思い入れは無かったし、このまま一生係わり合いになる気が無かっただけ。

 本気でここを守りたいだの仲間を守りたいだの思っちゃうのは子供の時だけよ。

 要は、貴方達と面倒を起こすよりも、泉を守って波風立てない方が楽だったってだけのこと。

でもね――」

 と、言葉を続けた瞬間、妖精達にこれまで高度な精神防壁マインド・プロテクトがかかっていて一度も読み取ることの出来なかったリリィの感情が、急に流れ込んできた。

「私、好きな人が出来たの」

 その感情は、熱く、どこか粘着質で纏わり付くようなイメージを持っていた。

 まるでマグマのように高熱を発しながらドロドロした感情の波が、妖精達の心へ流れ込む。

 果たして、この感情を妖精族が好ましく思う、純情可憐な恋心と言えるのか、肯定できる妖精達は一人も居なかった。

「その人が現れてから、全ての価値観が変わった、優先順位が変わった、世界が変わったの。

 毎日がね、とても楽しくなった――」

「……あの人間」

 リリィの真正面に浮かぶ妖精達のリーダーがぽつりと漏らす。

 思い起こすのは、三ヶ月ほど前、突然空から赤い果物の詰まった木箱と一緒になって森へ落下してきた薄汚い格好をした男の姿。

「あっ、そういえば、貴女はクロノと始めて出会ったあの時に居たんだっけ。

 うふふっ、やだ、私の好きな人バレちゃった、恥かしいなぁ」

 両手を赤らめた頬に添えて、首をふるふると振るわせるその姿は、恋の話題に浮かれる年頃の少女のものにしか見えない。

 だが、この場にいる者達全員の命と故郷を奪おうかという状況で見せる姿では無い。

 あまりに場違いな反応に、不気味な印象しか妖精達は抱けない。

「私とクロノは、このままずっと、ずうっ~っと、二人で一緒に暮らすの。

 そのつもりだったんだけど、邪魔が入っちゃったみたい。

 世相に疎い妖精族は知らないと思うけど、今ここに迫ってくる人間共はね、十字軍って名乗る、別の大陸からやってきた侵略者よ。

 アイツらに住むところを追われる、っていうのは、私も貴女達も同じ。

 それに、クロノはアイツらを物凄く憎んでる、きっと、あの白い格好の人間共を沢山殺すよ、ふふふっ、格好いいなぁ――」

「リリィ……何が、言いたいのよ」

 深刻な話と、好きな男の話をごちゃ混ぜにされると、リリィの話の趣旨が脱線する。

 少女の姿となったリリィは理路整然と会話ができる明晰な頭脳は持っている、だが、彼女にしてみればそんな簡単なことすらおかしくなるほど、リリィはクロノと呼ぶ男にイカれているのだと、妖精達はイヤでも理解してしまう。

「あぁ、うん、要するに、私が『紅水晶球クイーン・ベリル』が欲しい、役に立つ、って思ったのはね、クロノとの今後を考えた結果によるものなのよ。

 まず、十字軍によってイルズ村、いいえ、ダイダロス領内全土は制圧される。

 そして十字軍はそれで満足する事無く、このパンドラ大陸全土を征服するまで止まらない。

 ヤツらは確か『白き神』とかいうのを信仰してて、ソイツが望んだから、パンドラ大陸を捧げる為に十字軍が来たの。

 この先、どこへ逃げても遅かれ早かれヤツらと戦うことになる、その時、自分の力っていうのは何よりも重要でしょ。

 私はね、この力でクロノを守る、十字軍をクロノが皆殺しにするまで、私が守ってあげるの!」

「……」

 妖精達から、最早言葉は出なかった。

「力が必要になったから、私は『紅水晶球クイーン・ベリル』を求めた。

 その所為で‘加護’は消えちゃうけど、どうせ十字軍の手に落ちるんだし、構わないわよね、寧ろ元々キライだったモノが消えて清々するわ。

 さ、もう私の話はお終い、それで、貴女達はどうするの?」

 妖精達に、すでに行動は決まっているだろうとばかりに言い放つ。

「これだけ言い聞かせたんだから、みんな大人しく退いてくれるよね?」

 言い聞かせたのは、あくまでリリィ自身の感情であり、妖精達を誠心誠意説得したわけではない。

 だが、リリィが不退転の決意、といえるほど立派ではないが、一切譲る気の無い歪んだ愛を抱いてしまっていて、妖精側から説得の余地など全くない事は明白となった。

 元より、本気のリリィに戦って勝てるわけが無いという事を、本能的に悟っている妖精達にとっては、そもそも選択肢にも成り得ない。

 逃げ延びるか、‘無駄’に命を散らしてリリィと戦うか。

 すでに判断は決している。

 妖精達は、再び嘆き悲しみ、嗚咽を漏らしながら、一人、また一人とこの場を飛び去っていった。

「それでいいのよ、どうせ聖域に居なくたって死ぬわけじゃないんだし。

 妖精はその辺の野山で遊びまわってればいいのよ、馬鹿なガキみたいにね、あははっ」

「――リリィ」

「ん、貴女まだいたの?」

 すでにほとんど全ての妖精達が彼方へ飛び去っていったのをリリィは見送ったが、最初から彼女の真正面に立ち続ける妖精のリーダーは、未だその場に留まっていた。

 見れば、リーダーの周りには、9人の妖精達が集まっている。

「死にたいの?」

 リリィの声のトーンが一つ下がる、同時に、この場に留まる妖精達に、初めてリリィから殺気が送られた。

 妖精達は身をすくませるが、それでも尚動こうとはしなかった。

「アンタは、絶対に許さないっ! 死ねぇえええ!」

 妖精達が、一斉にリリィへ向かって攻撃魔法を放った。

「「光矢ルクス・サギタ!」」

 無詠唱で発射可能な光属性の下級攻撃魔法が、妖精族の基本的な固有魔法エクストラだ。

 下級魔法といえども、一人当たり5本前後、10人が同時に放ち、合わせて50近い光の矢がリリィ目掛けて飛来する。


ドドドッ!


 鋭い閃光と、爆発音。

 光矢ルクス・サギタは爆発でダメージを与えるものでは無く、光が持つ高熱で対象を溶かし、穿つのがその攻撃力となる。

 それでも爆発音が響くのは、リリィの妖精結界オラクル・シールドと接触し、魔力がぶつかり合って衝撃が発せられるからだ。

 これでリリィを倒せるとは妖精達は思っていない、予想される反撃を見越して、リーダーの指示の元、妖精達は一気に散開する。

 しかし、その行動は全く無駄となる。

 妖精達は、リリィが強いというのは知っているが、それはどんな威力と性能を秘めた魔法を扱えるか、そういった具体的なことは一切知らない。

 なぜなら、リリィと実際に戦ったことなど一度としてないからだ。

 故に、リリィが無詠唱は勿論、同時に10発の光矢ルクス・サギタを放つことなど造作も無いだろうとは分かっても、それがサリエルですら回避不能を判断するほどの恐ろしい自動追尾能力を持つことまでは分からない。

「きゃあっ!?」

 リリィから放たれた10発の光矢ルクス・サギタは、散開して飛ぶ妖精全員を難なく捉え、命中した。

 サリエルへ撃った時とは比べ物にならないほどに一発の威力は抑え、当たっても妖精のシールドだけを綺麗に破砕する程度でしかなかった。

 妖精達は衝撃に吹き飛ばされて、次々と泉へと落下してゆく。

 水面に叩きつけられ、蛙が飛び込んだような小さな水しぶきがあがるのをリリィは宙に浮いたまま見下ろしていた。

「ううっ……」

 妖精達は、全身が水に濡れただけで、とくに負傷は無い。

 すぐに水面から飛び上がり、再びリリィに挑もうとした矢先、

「ぎゃあああああ!」

 悲痛な叫びが轟いた。

 リリィが、極々小さく引き絞った光で、リーダーである妖精の右掌をピンポイントで撃ちぬいたのだった。

 まるでアンティークドールのように小さな姿の妖精、その掌といえば大きさは僅か数センチ。

 放った光は真っ直ぐ直進して命中した、つまり、追尾能力は付加されていない。

「ああああ、痛いっ!痛いよぉおお!!」

 復帰した妖精達が、痛みにのたうち浮かぶ水面をバシャバシャと叩くリーダーの下へ一目散に飛んでゆく。

 目的は勿論、治癒魔法による回復だ。

 幸い、腕が吹き飛んでいるほどの大怪我では無いので、すぐに治癒できる、そう妖精達は思った。

「ダメじゃない、全員が敵から目を逸らしちゃ」

 リリィの第二射は、リーダーへ治癒魔法をかけようと接近してきた妖精達の先頭を行く一人に命中した。

 撃たれた箇所は、リーダーと同じ右掌であった。

 水面をもがきながら痛みを訴えて泣き叫ぶ人数が二人に増える。

 妖精達は、新たに増えた負傷者の為に、さらに二手に分かれて飛ぶ。

「全然ダメ、ランク1の冒険者でももっとマシな動きをするわ」

 二度とも同じ箇所をリリィは撃ち抜いてみせたのだ、自動追尾能力などなくとも、妖精が飛行する程度の速度なら、どこでも自由に命中させられるという意味を持つ。

 呆れた表情のリリィは、二人に接近する各々の妖精を、順番に右掌だけをぶち抜いて撃墜していった。

 気づけば、水面には10人の痛みに苦しむ無惨な姿の妖精達が浮かぶ。

「まるで子供の遊びね、そんなんで私と戦おうなんて、本気で思ったの?

 ねぇ、本気で私を殺せると思ったの?」

 リリィは、未だ出血の止まらぬ右手を涙目で押さえるリーダーの下へ近寄り、宙に浮いたままその場でしゃがみこむような体勢を取る。

「次は左掌を撃つわ、その次は右足、その次は左足」

「ううっ、ぐぅううう~~」

「まだ戦う? やるって言うなら、すぐに撃ってあげる」

「ぐぅう……こ、殺して、やるぅうう!」

「そう、じゃあ撃つね」

 小さな閃光が瞬く。

 刹那の間に、リリィの宣言通り、左掌に穴が空いた。

「あぁあああああああ!!」

「まだ戦う?」

「うぁあああ、ま、待っ――」

「撃つね」

 再び瞬く閃光。

 右足の甲に穴が空く。

「ああ――」

「「もうやめてぇっ!!」」

 周囲に浮かぶ他の妖精達が一斉に叫んだ。

「楽に死ねると、思った?」

 が、リリィからはすでに光が放たれていた。

「――」

 両手両足の甲を撃ち抜かれ、最早声にもならない苦悶の声を漏らす。

 妖精達がもう止めるよう泣き叫ぶ声を聞きながらリリィはつまらなそうな口調で言う。

「撃たれた痛みで治癒魔法も使えなくなるような低い程度で、戦うとか言わないでよね、余計な手間がかかっちゃったじゃない」

 リリィは立ち上がるように、空中で膝を伸ばす。

 そして、妖精達に背を向ける。

「飛ぶくらいはできるでしょ、さっさと失せなさい。

 それとも、この地の‘加護’が失われる瞬間が見たいのかしら?」

痛みに苦しみつつも、自分達よりもさらなる苦しみを味わっている無惨な姿となったリーダーをどうにか運び、弱弱しい光を発しながら泉から遠ざかっていった。

「始めから大人しく言う事を聞いていれば痛い思いをしなくて済んだのに。

 でも、これで追い出された恨みは、無しにといてあげる」

 誰に言うでもなくそう呟いたリリィは、妖精結界に包まれた、眩い光の球体となって、泉へとゆっくり沈み始める。

 この透き通った泉の底に鎮座する、『紅水晶球クイーン・ベリル』を手にするべく。


 一人も妖精を殺さないとは、リリィはとても優しい良い娘ですよね。

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[一言] わぁ、なんて優しいんだリリィたま
[一言] 殺さないなんてつまらない
[一言] え?あの?リリィさん?
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