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黒の魔王  作者: 菱影代理
第5章:イルズ炎上
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第60話 イルズ炎上(2)

 西北街道の門前は、イルズ村の設立以来一度も無いほど人が溢れかえっていた。

 その圧倒的な十字軍の人数を前に、50にも満たない数の自警団が稼げる時間などたかが知れている。

 門を破られてからそれほど時間が経っていないにも関わらず、未だ地に立つ自警団員は両手で数えるに足る程度しか残っていない。

 まだ生きながらえているシオネ村長、グリント自警団長、その息子クレイドル、以下数名の自警団員は互いの死角をカバーしながら武器を振るい戦い続けている。

 しかし、その程度で村へ侵入してくる十字軍を留めることなど到底出来ず、多くの兵士が奮戦する彼らを尻目に続々と村の中心へ向かって進んでゆく。

 すでに、村のあちこちで火の手が上がり始めているが、ここで戦い続ける彼らには、それに気づく余裕すら有りはしなかった。

「おい、その魔族共を片付けるのに何時まで時間をかけるつもりだ?」

「――はっ、申し訳ございません」

 振り向かず答えたコルウスの前で、肩口から革鎧ごと斬られたゴブリンの自警団員が倒れる。

 コルウスは自身が前線で戦いつつも、部下の歩兵達に死傷者が出ないよう指示を出しつつ立ち回っていた。

 兵士達は負傷、あるいは疲労すれば即座に後ろに控える別の兵士と交替して戦っていたため、人間を上回る身体能力を持つ魔族相手にも関わらず、数えるほどしか死者を出してはいない。

 もっとも、少数で戦い続ける自警団員にとってすれば、常に無傷の敵兵に襲われ続け、自身の攻撃が一切通じていないかのような錯覚を覚えるほど辛い状態である。

 このまま10分も戦闘を続ければ、多少の負傷者を出すのみで、彼らを全滅できるだろう。

「いや、もう良い」

 だが、その僅かな時間すら待つことをせず、キルヴァンは自らの手で即座に、この徹底抗戦を続ける魔族を排除したいと欲した。

「下がれ」

 キルヴァンが言うや、刃を合わせていた兵達はすぐさま後ろへ下がり、自警団を囲んでいた円が俄かに広がってゆく。

「邪悪なる魔族よ、我が聖なる輝きにて神の裁きを受けよ」

 どこか芝居がかったような仰々しい台詞を吐くが、本人は本気で神に代わって邪悪な存在である魔族を滅ぼしているのだと思っている。

 彼の前で必死に抵抗を続けるエルフ、リザードマン、獣人――種族こそ異なるが、彼らが人間とどれほどの違いがあるのか、一体何の罪があるのか。

 しかし十字教の信徒は信じる、人間以外の種族、魔族とは存在そのものが神に叛く罪悪なのだと。

「محامية مبكرة سريعة وعيه كلمة――集中強化コンセス・ブースト

「كيكو هيروشي تلبية العديد من عناصر قوية――属性強化エレメント・ブースト

 キルヴァンの左右に侍る魔術士が強化の魔法を発動、集中強化によって詠唱の短縮に加えて魔力そのものがより濃密に圧縮され、属性強化によって発動する魔法の‘光’をより一層強いものへと変える。

「مشرق حريق يدمر الابيض انتشار النار」

僅か数秒の詠唱の後‘聖なる光’はついに放たれる。

大閃光砲ルクス・フォースブラスト

 現代魔法モデルにおいて上級の位置づけがされる、光の原色魔力を利用した範囲攻撃魔法。

 それ単体でもランク3のモンスターを殺しきるほどの威力を持つそれは、強化魔法のサポートを受け、より強力な破壊力を秘めた白い光の奔流となって自警団達へ襲い掛かる。

「منعت كيكو دوامات الرياح هيروشي الجماهير جدار كبير――大風防壁エール・ウォルデファン!」

 村長はこれまでの戦いですでに枯れかけた魔力を総動員し、必殺の威力を誇る光の魔法から皆を守る為に全員を覆う範囲のシールドを展開させる。

 しかし術者の当人たる村長も理解していた、中級である大風防壁で上級の攻撃魔法を防ぎきることは不可能であり、そもそも風のシールドでは光の攻撃魔法を防ぎづらいという属性上の相性もある。

 結果、村長のシールドも、自警団の各人がとった反射的な防御行動も、キルヴァンの放つ魔法の威力を半減させることも叶わなかった。

「「ぎゃああああああああアアアアアアアア――」」

 断末魔の声を、すでに彼らから背を向けたキルヴァンは一切感情を揺らすことなく聞いた。

「おい、他にもまだ抵抗を続けている場所があるようだが?」

 光線によって無惨にも消し炭となった自警団、すでに彼らのことなど忘れたかのように一瞥すらせず、次の問題へとキルヴァンは興味を移す。

 周囲の兵士も、粘り強く抵抗を続ける魔族が、漸く息絶えたことに安堵を憶えるか、興奮するか、どちらかの反応しか見せない。

「コルウス、冒険者共がギルドに立て篭もっているらしい、さっさと潰しに行くぞ」

「はっ」

 キルヴァンの呼びかけに、コルウスはつい先ほどまで剣を交えていたリザードマンの戦士の遺骸から目を逸らした。

 コルウスはこの場にあって唯一人、魔族の死について考えをめぐらせていた。

(何故、あのリザードマンの戦士は、別のリザードマンの戦士を庇うような体勢で死んでいるのだろうか?

 魔族如きが、身を挺して他者を守る意思を持っているというのか?)

 脳裏に焼きついた、折り重なるように倒れ伏している黒焦げの死体、その二人が父親と息子の関係であることなど、コルウスは知らない。




「ふざけんなっ! 降伏なんて認められるか!」

 ニーノの怒声がギルドに響き渡る。

「ふざけてるのはお前の方だ、外を見てみろよ――」

 現在、冒険者ギルドの建物は十字軍によって十重二十重に包囲されてしまっている。

「――素っ裸でゴブリンの巣に放り込まれたほうがマシな有様じゃねぇか。

 ええ、あんなヤツらと戦ってどう生き残れってんだよ!」

 そう叫び声をあげるのはこのギルドに滞在している別の冒険者だ。

 ギルドでは、ニーノ達イルズ村出身の冒険者と、偶々イルズ村に滞在中だった流れの冒険者の間で意見が割れていた。

 前者は徹底抗戦を、後者は降伏を主張している。

 先ほど、ニーノ達が十字軍の先鋒と小競り合いを演じた後、数に押されてギルドまで撤退し、その後は包囲されて小康状態となっている。

 故に、僅かながらこうして議論している時間が生まれている。

「テメーらはここが故郷だから命張って戦えるんだろうが、俺らは違うんだぞ、こんな村を守って死ぬ義理なんざねぇよ!」

「なんだとテメぇ!」

「や、やめて下さいっ!」

 人間の冒険者に掴みかかるニーノを、ニャレコが声をあげて止めに入る。

 すぐさま各々の冒険者の仲間が二人を抑えて引き離す。

 人間の冒険者が仲間に両腕を掴まれたまま、ニャレコを見て言う。

「おい、ここのギルド長はもう死んでるんだろ、なら強制クエストの受注も無し、俺らが戦う義務は無ぇってこった。

 まぁ、例え発注されてもこんな戦いするくらいなら100ゴールドでも1000ゴールドでもキャンセル料払ってやるけどな」

「う……は、はい……」

 ニャレコはニーノの知らせによって緊急避難の鐘が鳴る前にはすでにギルドを飛び出してイルズ村ギルド長の家まで呼びに行っていた。

 しかし、ギルド長を連れてギルドへと戻る道中、すでに村のあちこちに姿を見せ始めた十字軍の兵士に運悪く見つかり、獣人で足の速いニャレコだけがどうにか無事にギルドまで帰り着くことができたのだ。

 状況的には仕方の無いことだったが、ニャレコは半ばギルド長を見捨てて自分だけ逃げてきてしまったと気を病んでいる。

「分かるか、俺らに戦う理由はねぇんだ、止めるんじゃねぇよ」

「……くそっ」

 ニーノも冒険者である以上、彼の言い分も納得せざるを得ない。

「行けよ、俺は残って戦う」

「ああ、お前に言われなくても出ていくさ」

 人間の冒険者は携えていた剣をテーブルに投げ出す、武装解除は降伏する以上当然の事だ。

 彼の仲間を始め、ギルドにいる冒険者のおよそ半分ほどが彼と同じように武装解除し、ギルドの正面玄関へ向かう。

「待て」

「なんだ、まだ文句があるってのか?」

「……ニャレコも連れて行ってやってくれ」

 瞬間、ニャレコがビクンと反応し、何かを言おうとしたがニーノはそれを視線で止めた。

「戦って死ぬのは俺達だけで十分だ」

「ニーノさん……」

「大丈夫だ、大人しく降伏すれば殺されることはないだろ。

 それに、捕まってもクロノが助けに来てくれるかもしれないぞ」

 そこで他の男の名前を出すとか無いわー、とニーノの隣でアテンは思ったが口を挟むのは止めた。

 けど、クロノなら恐らく自分達と一緒に戦うと言い出すんじゃないかとも思った。

「や、やっぱり、皆で降伏した方が――」

 ニャレコの訴えに、ニーノは苦笑いで答える。

「あー、俺はもう10人は斬っちまったからな、許しちゃくれねーだろ」

 ニーノは左右に立つアテンとハリーへ視線を向けると、二人もまた苦笑した。

「で、でも――」

「ほら、早く行けって、次の瞬間には敵が雪崩れ込んで来るかもしれねーからな!」

 今の状態がいつまでも続くとは到底思えない、もしも外の集団が一斉に突撃を敢行すれば、最早降伏を宣言する余地も無くなってしまう。

「じゃあな、ニャレコ」

「……はい、ニーノさん、皆さんも……ご武運を」

 その大きな瞳一杯に涙を浮かべて、ニャレコは冒険者の一団と共に去る。

 そして、これが最悪の決断を下してしまったとニーノが後悔するのは、このすぐ後であった。




 立ち並ぶ十字軍兵士の間を、白い波を掻き分けて進むかのように騎乗したキルヴァンが進む。

 目の前には、この村で一番大きい建物である冒険者ギルドがあった。

「どうした、何故さっさと攻撃をしない?」

 キルヴァンは正面玄関に陣取っている部隊の隊長へ、若干のいらだちを含ませつつ問いかける。

「はっ、敵方には中級魔法を使いこなす魔術士が複数おり、また戦士の方も手練れが多く、歩兵のみで無闇に手を出すのは危険かと――」

「要するに、恐れをなしたということか?」

 頭上から睨みつけられた部隊長は深く頭を垂れて「申し訳ございません」と涙ながらに訴えるより他は無かった。

「まぁいい、魔族の冒険者というのは少数でモンスターを狩る凶悪な力を持つと聞いている――」

 先ほど光魔法で葬った老エルフやリザードマンの姿を思い起こせば、なるほど、確かにあの魔族特有の高い生命力に魔法の支援があれば、人間を優に越える戦闘能力を発揮することは理解できる。

「私とて徒に兵を損なうのは避けたい、魔術士の援護を待った貴様の対応を評価しよう」

 ありがとうございます、と若き司祭の怒りを買うことを免れた部隊長がほっと胸を撫で下ろすのも束の間、あるものを目にしたキルヴァンの瞳に並々ならぬ怒りの色が宿るのを彼は見た。

「あれは、なんだ?」

 その視線の先には、軽鎧姿だが武器は持たずに、両手を挙げて何事かを叫んでいる十数人の一団がいた。

 彼らが居る場所は、ギルドを包囲する十字軍と、ギルドの玄関の丁度中間地点。

 キルヴァンは問いかけたが、答えなど聞かずとも、この状況を見れば彼らが何者なのか理解できていた。

「はっ、あれはつい今しがた降伏を訴えてギルドから出てきたのでして――」

「馬鹿めがっ! そんなことは見れば分かる。

 何故殺さない?」

「そ、そ、それは……あの一団の中に、人間と思われる者がいたので」

「殺せ」

「し、しかし、人間は捕虜にしろと司令部から」

「黙れ、あれは魔族だ! そして、魔族に混じって暮らす人間は須く異教徒であり、存在そのものが神への冒涜、早急に排除しなければならん」

 キルヴァンにとって、当然のように魔族の一団に人間が混じっている事がそもそも許しがたい。

 パンドラ大陸に住まう人間とアーク大陸の人間が、クロノの世界にいる東洋人と西洋人ほど顔立ちや体型など造形の差があれば、完全に別種の‘人間によく似た’魔族であると見たかもしれない。

 しかしながら、現実に両者の間に種族として容姿の差はほとんど無いに等しく、少々格好が違うだけで、一目で同種の人間だと分かってしまう。

 故に、神によって創造された至高の生物である人間が、魔族と共にあるということに対してキルヴァンは並々ならぬ不快感を抱いてしまう。

 厳密に司令部の命令に乗っ取るならば、部隊長の言うように投降してきた人間は、せめて捕虜にするべきなのだろう。

 しかし、キルヴァンにとっては司令部の命令を厳守するよりも、神の教えを守ることの方が優先されるのだ、それは一切の迷いや躊躇などなく、反射的に、本能的に判断を下す。

「撃ち方用意――」

 キルヴァンは兵を掻き分けさらに前へ進みつつ、命令を下す。

 この現場にいる最高位の指揮官直々の命令に対し、兵達は即座に行動を開始する。

 弓を持つ者は矢を番え、魔術士は攻撃魔法の詠唱を始める。

 そうした、明らかな攻撃の意思を見せる十字軍を前に、投降するためにギルドより出でた一団の表情は驚愕の色に染まる。

「お、おいっ!? 待ってくれっ――」

 悲鳴に近い静止の言葉を叫ぶ冒険者だが、目の前にいる無防備な彼らを直ちに殺すことのみを望むキルヴァンに、その願いが聞き届けられることは決して無い。

 それこそ、彼の信じる神が停止を呼びかけるという奇跡でも起きない限り。

「放て」


 名前を持つキャラが最も多く死んだ回となりましたね。

 特にドラマチックな死の演出はしておりません、死ぬときは死ぬ、そんなイメージで書きました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ネームドだからって変な贔屓されずにあっさり死ぬのは良い [気になる点] かといって死にすぎるとキャラに愛着持ちづらくなるから今後のバランス感覚に期待です! [一言] 今初見で読み始めました…
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