第551話 甘い生活(2)
申し訳ありません、今回の話は短いです。でも通常通りの更新です。
翌日、またしても朝から大泣きのフィオナをどうにかなだめすかしてから、俺は一人で館を出た。
今日の予定は、いよいよ残りわずかとなった神学校の授業を受けるのと、預けた『暴君の鎧』の様子見だ。あとは冒険者ギルドに顔を出して、適当にクエストでも見繕うかという、俺にとっては日常的なスケジュールだ。
だから、これといった問題もなく、穏やかに時間は過ぎていく。
「ああ、お待ちしていましたよ、クロノさん。ちょうど今朝、修理が完了したところです」
幸いなのは、思ったよりも速く『暴君の鎧』が復活したことか。
朝の一時間目の授業だけを出てから、ストラトス鍛冶工房に向かえば、レギンさんが相変わらずの笑顔で出迎えてくれた。
「やはり、外装だけなら回復速度はかなりのものですよ。出先で破損したことも考えて、ある程度の資材を持っていても、いいかもしれませんね」
完全に元通りとなった右腕を眺めながら、なるほど、と俺は頷く。ここまで鎧の回復機能が優秀なら、それも有効な手段だろう。
今ではほとんど『影空間』も元通りの大きさまで回復したし、他に空間魔法アイテムとの併用で、装備や物資を分散させて持つようにもしている。必要ならば、金に任せて高価な空間魔法ポーチなどを揃えて、よりクエストや戦場に持ち込む物量を増加させることも不可能ではない。
まぁ、応急修理くらいの資材なら、現在の収納量でも足りるだろう。しかし、ただゴロゴロとインゴットのまま持っていくのも、カッコ悪いよな。
「予備パーツとかって、できませんか?」
「古代の鎧ですからね、一部とはいえ、丸ごと同じモノを用意することは無理ですが……回復機能の使用を前提に、あらかじめ鋼材をある程度、加工、成型しておけば、より素早い回復が可能かもしれませんね」
それじゃあ試してみよう、ということで、実験用の予備パーツを注文した。
「鎧は参考で置いていった方がいいですか?」
「いえ、外形や寸法などのデータは全てとってあるので、このままお持ち帰りいただいて結構ですよ」
「それは良かった。早くコレを使いこなせるよう、練習したかったので」
「では、ここで装備していきますか?」
「王権認証確認。『RX-666・暴君の鎧』起動準備完了」
「いえ、このまま持って帰ります」
ミリアが余計な口を挟んできたような気がするが、平和な街中を鎧姿で練り歩く趣味は俺にはない。
思いっきり鎧を開いて装着モードになられても、着ないものは着ない。
「起動準備完了」
「いや、だから着ないって」
やけに粘るミリアを影に沈めて、俺は鍛冶工房を後にした。
それから、寄り道もせず真っ直ぐ冒険者ギルド本部に向かい、やはり相変わらずリリィもカオシックリムも、消息はつかめないということを確認し、ちょっと落胆。仕方がない、焦るな、そう言い聞かせながら、新着クエストや賞金首、その他、スパーダの雑多な情報を正午を示す鐘が聞こえるまで集めた。
本日の外出予定はこれで終了。午前中だけで用事は済んでしまったが、別に家に帰ったところで暇というワケでもない。新居の片付けを除けば、今の俺にできることは黒魔法の研究くらいだが、本当ならこれだけで一日潰せるほど、やりたいこと、試してみたいことは山積みなのだ。
第五の試練まで乗り越えてきた今の俺には、火、土、雷、氷、風、と五つの疑似属性が行使できる。現状、単純な火力に結びつく火と、防御魔法が便利な土は、すでに実戦レベルでの使い勝手の良さを実感している。だが、雷、氷、風、はまだ今一つ、使いこなせていないというか、コレだ、という画期的な効果の黒魔法として編み出すに至っていない。
そりゃあ、やろうと思えば、各属性の現代魔法を再現するくらいはできる。下級、中級は完璧、上級はちょっと怪しいが、それでも魔力に任せて何とかなる。でも、すでにして魔弾や魔剣がある俺からすると、単純に現代魔法系統の攻撃・ 防御魔法が使えてもあんまり役に立たない。
だから、各属性の魔法には、通常の黒魔法では再現できない効果を持たせたいと思っているのだが……うーん、これがなかなか、難しい。どれもこれも、中途半端なテスト段階といってところで、即戦力に繋がってこない。
一応、暴走ミリア戦でスタートダッシュをきれる加速用の風魔法を使ったりしたが、あれもまだまだ改良の余地がある。だから、まだ名前をつけるにも至ってないし。
果たして、問題なのは魔法の術式か、それとも魔法そのものへの習熟か、あるいは両方か。なかなか成果の出ない魔法研究だが、これも焦らずやっていくしかないだろう。世の中の大多数の魔法使いは、きっと俺よりももっと頭を悩ませて魔法の研究をしているはずだし。
さて、今日は具体的にどうするか――つらつらと黒魔法のことを考えながら、俺は自宅へと帰り着いた。
「おかえりなさいませ、マスター」
帰ると、メイドが出迎えてくれた。いや、サリエルはすでにメイドではあるけれど、今は何故か、メイド服だったのだ。
おい、いつもの修道服とエプロンはどうした。まさか飽きたのか。シスターユーリのくせに。何ということだ、お兄ちゃんは嘆かわしいぞ。
「そのメイド服はどうしたんだ」
「折角、こうしてお屋敷に住むことになったのですし、この機会に服装くらいはきちんとさせておこうと思いまして」
代わりに答えたのは、フィオナだった。いつかのデートで見たような、ブラウスとプリーツスカートの割とシンプルな服装だが、隣にメイド服姿のサリエルが立つと、見劣りするどころか、堂々と従えているような気品を感じさせるのが、不思議なところだ。最近、フィオナが本物のお嬢様っぽく見えるんだよな。
「この服装はきちんとしている、と言えるのか?」
「有名なブランドの既製品ですよ。どこに出しても問題ない格好でしょう」
ああ、そういえばこの異世界だと、メイド服は単なるコスプレ衣装ではなく、本物の職業服なんだよな。ウィルの護衛メイドであるセリアをはじめとして、俺も何かにつけてメイドさんを見かけることは何度もあったはずなのだが……白崎さんの記憶を持つサリエルがメイド服を着ていると、やっぱりコスプレ目的か、という考えがついつい先行してしまう。
「しかし、クロノさんがどうしてもというのなら、ミニスカートタイプの露出が高いデザインのものに変更することも、交渉次第ではなきにしもあらずといったところですが」
「いや、別にメイド服のデザインはどうでもいいよ」
「では、何か問題でも?」
「……うん、特に問題はないな」
サリエルは奴隷だし、実質メイドとして働いているし、ここでこの世界の常識に則った上でメイド服を着用させたとしても、何ら問題はない。そう、とりあえず自分の気持ちは脇に置いて、割り切ろうとした時だ――
「ちょっと待つでーっす! ご主人様ぁーっ!!」
可愛らしくもあり、それでいて、地獄の底から響いてくるような恨みがましい声が聞こえてきた。
いや、待て、この妙に聞きなれた声は、俺の頭の中ではなく、実際の音声として耳に届いている。どういうことだ、と疑問に思って両手を見ると、そこに、あるはずの黒いグローブはなかった。
「このヒツギというメイドがありながらっ! 新参者の小娘に栄えあるメイド服の着用を許すだなんて、納得いきませぇーん!!」
館を揺るがすほどの叫び声と共に、俺の影から、そう、勝手に開いた『影空間』から、黒い人影が飛び出した。
「まさか、ヒツギ――」
メイド服への執念が積もりに積もって、ついに実体化でもしたのか!? と思いきや、俺の前に現れたのは漆黒の全身鎧。
「これ、クロノさんの鎧ですよね?」
「あ、ああ……もしかして、ヒツギ、お前が『暴君の鎧』を操っているのか」
「王権認証、代行確認。第三種制限デノ起動ヲ許可」
ミリア、お前のせいかよ。
ちなみに、このミリアのシステムボイスも現れた鎧本体から発せられている。
『暴君の鎧』には兜の内側で発した声をクリアに外へ伝える高性能のマイク機能が搭載されている。やろうと思えば、拡声器のようにボリューム調節してデカい音声を放つこともできるし、ミュートモードで呪文詠唱の声を一切漏らさない、なんてことも可能だ。
しかしながら、このマイクを使って、呪いの意思を実際の音声として再生できるというのは……驚くより他はない。
「ご主人様のメイドはヒツギなんですぅー! だからメイド服もヒツギが着るんですぅーっ!!」
「クロノさん、何だかこの鎧、変ですよ」
そりゃあRPGのラスボスとして登場してきてもおかしくないデザインの鎧兜が、駄々をこねる子供のように地団駄を踏みながら、幼い少女の声音でメイド服がどうとか叫んでいるのだ。どこからどう見ても、おかしなところしかない。
「おい、ちょっと落ち着けヒツギ、お前そもそもグローブだろうが。どうやってメイド服着るんだよ」
「欲しいぃー! ヒツギも本物のメイド服が欲しいんですぅーっ!」
ええい、だから『暴君の鎧』の姿で床をゴロゴロ転がって絶叫するのはやめろ。この超絶カッコいい鎧で、そんな無様な姿を俺は見たくない。
「分かった、分かったから、メイド服でも何でも買ってやるから。それでいいな?」
「えっ、ホントですかっ! ヤッター! ご主人様、大好きですぅー! やっぱりヒツギのご主人様はご主人様ですぅー!!」
意味が分からないが、まぁ、喜んでくれているようなので別にいいか。できれば、ピョンピョンと小さく飛び跳ねながら、バンザーイするのは早く止めて欲しい。俺の『暴君の鎧』のカッコいいイメージが、どんどん崩れていく。
「それでは早速、このヒツギ、ご主人様の愛に報いるために、精一杯、ご奉仕を頑張りますっ! まずはお屋敷のお掃除から!」
「要請行動ノ制限範囲ヲ確認……許可」
「ありがとうございますぅ、ミーちゃん! それじゃあ、行きますよぉーっ!」
ゴォオオオオ、と真紅の輝きを放って精霊推進を吹かしながら、ヒツギの操る『暴君の鎧』は勝手に屋敷の奥へと走り去っていった。
「あの鎧を動かしているのが、呪いのグローブ、なんですよね?」
「ああ、どういうわけか、それで動けるらしいな」
「あのヒツギとか言ってたグローブ、元からあんな感じだったんですか?」
「最初はもうちょっと大人しかった……こともないか。まぁ、いつの間にか、やけに喋るようにはなっていたぞ」
「なるほど……リリィさんが密かに警戒するわけですね」
「えっ」
どういう意味だ、と問うても、フィオナは「何でもありません」とすまし顔で答えるのみ。深く突っ込んではいけない話題か。
気にはなるが、いや、それよりも……ヒツギ、どうすんだ。
「とりあえず、あの鎧でも着用できそうなメイド服、探してきます?」
「か、勘弁してくれ……」
2016年4月8日
先日、小説家になろう運営より、規約違反の告知を受け、改善のために問題のある話数の内容を修正・削除しました。該当話数にはタイトルに『修正中』と明記してあります。
本日、規約違反の改善が承認されました。現在は、まだ修正状態のままですが、近い内に、元の通りに作品が読めるよう対応する予定です。詳しくは、活動報告で説明いたします。
特に問題のない内容の話に関しては、これまで通りに更新していきますので、どうぞご安心ください。
それでは、これからも『黒の魔王』をよろしくお願いいたします。