第550話 甘い新生活(1)・修正版
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この話の完全版は、ノクターンの『黒の魔王・裏』にて掲載されておりますので、そちらをご利用ください。
清水の月20日。フィオナとの気まずい初体験の思い出を最後に残して、俺達はこのオンボロ寮を後にした。不死馬のメリーと普通の馬のマリーと天馬のシロを連れて、そのまま真っ直ぐ新居へと向かう。
呪いの館は、購入したその日から業者に頼んで清掃、もといリフォームは済ませてあるし、大きな家具などの運び込みも終えている。新居の準備に俺もフィオナもサリエルも、館の中を行ったり来たりしたから、すでに凡その構造は把握済み。だから、本当に今日から住むだけ、という形だ。
そうして俺達が正門の前までやってくると、固く閉ざされた鉄柵の門がギギギとかすかに軋む音を立てて、新たな主の来訪を歓迎するかのように、ひとりでに開くのだった。
「それにしても、館の呪いは結局そのまま、なんだよな」
「いいじゃないですか、この方が便利ですよ」
男爵の悪霊を始末したことで、館の呪いはかなり軽減された。しかし、ここが悪霊の巣と化してから染みついた、男爵とは別の意思となる純粋な怨念はほとんど独立してそのまま残っている。つまり、男爵が館を操るのではなく、館そのものが意思を持ちつつある、という状態なのだ。
本来ならここで俺が身銭をきって、今度こそ正式にパンドラ神殿に依頼して浄化の儀式をしてもらうべきなのだが……こうして勝手に門を開けてくれたことから、館には呪いの意思がそのまま残留している。
「まぁ、やっぱり便利ではあるからな」
他でもない、この館の呪いを制御するお手軽な手段があるからだ。それが、男爵の悪霊が残したシルクハットである。
フィオナが悪霊を黄金の炎で浄化したあと、紳士の代名詞みたいなシルクハットだけがポツンとこれみよがしに残されていた。何か曰くつきの品だろうか、と俺が手に取って見れば、この帽子で館の呪いを自由自在に制御できる、従わせることができる、という効果を秘めた一種のマジックアイテム化していることに、すぐ気が付いた。
これを被ると、館の内部構造が全て体感的に理解できるようになる。悪霊と感覚がリンクしているのだろう。ちょっと念じてみれば、ドアも窓も勝手に開け閉めできるし、照明の点灯もできる。他にも、屋敷内にある家具とその中にある物、屋敷の周囲やバルコニーに張ってある茨を模した黒い鉄柵なども、自由に動かせることが判明した。
これさえあれば、確かに男爵のように館をトラップハウスのようにして侵入者を撃退することができるだろう。
しかしながら、別にシルクハットを被っていなくても、目に見える範囲くらいなら自分の意思で操作できるし、むしろ館そのものが帽子の主と認めているようで、気を遣って動いてくれたりもする。勝手に門が開いたのも、館が主の帰還を認識したからだ。
「とりあえず、何か不便があったら浄化しよう」
「ええ、浄化費用も馬鹿にはならない金額ですからね」
今の俺達は金持ちだが、無用な出費は避けるに越したことはない。とりあえず、ここ数日の準備期間の内で、俺達は元より、清掃や運搬の業者の人達に対してもこれといって被害はないし、むしろ気を利かせていろいろ動いたりしてくれたお蔭で、地味に助かったりもしてる。ちょっと大きい物を運ぶ時、ドアの枠が狭かったりしたら、無理矢理にグイっと押し広げて通れるようにしてくれたり。伸縮性のない木や金属がゴムみたいにグンニャリと曲がる原理は不明だが。ポルターガイストの念力を極めるとできるようになるのか、それとも空間魔法の一種なのか。
ともかく、館の呪いは、割と分別のつく良い子だと俺は思っている。シルクハットを被ると「浄化だけは勘弁してください、お館様」みたいな声が聞こえてきたり。コイツも生き残るために必死なのだろう。
ともかく、こうして結局は呪いがついたままの館で、俺達の新生活はスタートした。
この日はそれぞれ事前に決めておいた自室を中心として整理していく。大まかな配置は終わっているが、細かい部分はまだまだこれから。
俺は二階の寝室、自分の自室に相当する男爵のいた書斎、まずはここを担当する。フィオナは待望の地下工房と、寝室とは別にある二階の自室。サリエルは食堂とラウンジ、それと割り振りにちょっと俺とフィオナが揉めた末に決まった、東塔の最上階にある屋根裏部屋みたいな彼女の自室。
使用人部屋は一階の東棟奥にあるが、あえて塔にしたのは夜の間くらいはサリエルを遠ざけておきたいというフィオナの気持ちもあるだろうか。俺は本来の使用人部屋でいいんじゃないかと言ったが、サリエル本人が塔の屋根裏がいいと言い張ったので、そこで決まった。彼女が言うには、最も高い場所の方が周辺の監視がしやすいから、らしい。
この貴族街でもしものことなんて早々ありえないが……まぁ、サリエルが警備兵の真似もしたいと言うのなら、俺には止める理由もない。
「――マスター、夕食の準備ができました」
「うおっ、もうそんな時間か」
俺はあんまり私物ないから、整理もそんなに時間かからないだろうと思っていたが、いざ始めてみるとつい熱中してしまった。途中で応接室や書庫を漁ったりもしてたから、あんまりはかどってもいない。
まぁいい、とりあえず生活する分に不自由がない程度には片付いているし。
その日の夕食は、フィオナのリクエストもあって、カレーだった。前回は限りなく家庭の味に近いポークカレーだったが、今回は素材に妥協せず作ったちょっと高級なビーフカレーである、らしい。味付けも少し辛めだったが、絶妙な味付けだった。美味い。サリエル、やはり天才か。
「マスター、フィオナ様、お風呂の準備ができています」
食べ終わった後、互いの進捗状況を話しながらラウンジのソファーでダラダラしていると、サリエルが呼びに来た。飯が出来たぞ、風呂に入れ、となんだかオカンみたいだ。俺とフィオナのだらけ具合を見ると、確かに出来の悪い兄と妹みたいな気がしてくる。
おかしい、ついこの間まで、サリエルは俺の妹だったはずなのだが……
「行きましょうか、クロノさん」
「あ、ああ……」
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