第54話 暗殺作戦
「……なんのつもりですか?」
俺の放った擬似完全被鋼弾は、前にも見た逆三角形の白いシールドによって止められていた。
前と違うのは、シールドに僅かながらヒビが入っていること。
いける、と俺は確信する。
「魔弾」
指揮者のようにタクトを軽く一振りすると、体を取り囲む螺旋状に漆黒の弾丸が現出する。
ここにある数千発の弾丸は、どれも黒色魔力を現在の最高硬度で構成されており、さらにタクトの力を使って撃ち出せば、通常の『アンチマテリアル』を遥かに超える威力を誇る。
「全弾発射」
それを、サリエルへ向けて一息に撃ち出す。
黒いマズルフラッシュと同時に発射音、そしてサリエルが立つ城壁の床を穿つ破砕音が、静かな夜に響き渡る。
一挙に粉塵が立ち上り視界は塞がる、だが見なくともすでにサリエルがその場にいない事は分かっている。
発射の直前、その身を城壁の外へ投げ出すのを確かに見た。
「絶対に逃がさない――」
アンカーを足元に射出し、俺もサリエルを追ってすぐに城壁から飛び降りる。
「――逃がすわけにはいかない!」
宙に身を投げ出すと、眼下に広がるのはついさっき走った500メートル四方何も無い草地。
身を隠す物は無く、また身を隠す必要すら無いのか、サリエルはその白い格好も相俟って幽霊のようにその場に立ち尽くしている。
「魔剣」
左手でワイヤーを掴み、右手はタクトを握ったまま振り上げる。
空中で靡くローブの中を影空間の開け口として、その中から黒化した長剣を3本呼び出す。
イルズ村の鍛冶工房で購入した、全て同一規格の剣を黒化したものだ。
「貫けっ!」
俺の体が地面へ辿り着く前に、三本の黒い剣をサリエルへ向けて投擲。
一本は左に弧を描き、一本は右へ、最後の一本は真っ直ぐ最短距離、三本はそれぞれ別々の軌道を描きつつも、左右と正面からサリエルへと襲い掛かる。
「――」
声は聞こえなかったが、サリエルの口が何か呟いたのを目にすると同時、ついに両足が地面へと辿り着き、軽い衝撃が全身を駆け抜ける。
ワイヤーである程度減速したため、隙無く着地に成功――
バギンッ!!
「っ!?」
すぐ足元で響いた音、それは、あの時にも見たサリエルの白杭が、俺のローブの裾を貫き城壁へと縫い付けたものだった。
合計4本の白杭が刺さっている、どれも体に当たっていないことを思えば俺の動きを止める為に放ったのだろう。
しかし一体何時この白杭は飛んできたんだ、全然見えなかったぞ。
目だけ動かしてそれを確認し、再びサリエルに視線を戻すと、彼女の左手には白杭と同じ色と質感の細槍が握られていた。
その穂先には、まるで川魚を銛で捕ったかのように俺の黒化剣が三本とも刀身の真ん中を貫かれて並んでいる。
そして、これも前に見たのと同じように、黒化剣は瞬く間にサリエルの白色魔力に侵されてゆき、粉々に砕けて灰のように消えていった。
「化物め……」
いつ刺さったか分からん白杭といい、あっさり破壊された黒化剣といい、つくづく力の差を実感させられる。
少しずつ、後悔と恐怖が心の中に広がり、今にも泣き叫んで命乞いを始めたい衝動に駆られる。
サリエルは磔にされた俺へ向かって、ゆっくりと近づきながら口を開いた。
「抵抗するのをやめてくれませんか?」
思わず肯定の言葉を吐きそうになるのを、奥歯をかみ締めて押し止める。
「私は貴方に危害を加えるつもりはありません」
そんな言葉で、反射的に安堵感を憶える自分に酷く嫌悪する。
「大人しく、退いてもらえませんか?」
リリィと一緒に遠くまで逃げる、あまりに魅力的な提案だが、それを受け入れるのを全力で拒否する。
「はは……」
情けなくも、少し震えるような声で笑う。
「誰が、こんなチャンスを逃すかよ――」
声を荒げ、自分を奮い立たせる。
白杭に穿たれた箇所をローブごと強引に裂きながら磔を脱する。
タクトを振るい、再び弾丸を形成すると同時、足元から伸びる影空間から、先と同じロングソードを十本呼び出す。
さらに、呪いの大鉈『呪鉈「辻斬」』を左手で握る。
「サリエル、お前をここで殺して、十字軍を止めるっ!」
「そうですか……」
俺の全力全開の魔力と殺気を真正面から受けて尚、その綺麗な顔は彫像のように変化することは無く、さらに左手に持つ細槍を構えようともしない。
いいさ、その余裕こそが俺にとっての勝機だ――
「行くぞっ!」
「私は十字軍の総司令ですから」
サリエルは確かにそう言った。
その一言さえ無ければ、今頃俺はリリィを抱えて街道をひた走っていたことだろう。
だが、俺は無謀にもサリエルへ喧嘩を売った、いや違うな、命がかかっているし、こっちも命を狙っている以上、これは暗殺だ。
『暗殺』とは隙を狙って殺すこと、その辞書に書かれている通りの意味でいうなら、今この時がサリエルの‘隙’。
十字軍のトップでありながら、護衛もつれず単身現れたのだ、もし彼女を狙う暗殺者がいるならば、これ以上無いほど絶好のシチュエーションだ。
事実、今でも兵達がサリエルの応援に駆けつけることは無く、一対一のまま。
さらに都合が良いことに、サリエルはどういうワケか俺を殺そうとはしない。
彼女がその気になれば、すぐにでも心臓を貫いて即死させることができるのは間違いない、何の抵抗もできずに磔にされたのが証拠である。
このローブだって鋼鉄のプレートメイルよりも防御力に優れる高級品なのだが、あの白杭はあっさりと貫いた、ローブが魔力を失いただの布になったんじゃないかと一瞬疑ってしまったほど。
要するに、命の危険はあるが、この先二度と訪れるかどうかというサリエルを倒すチャンスが、今なのだ。
しかしどうして命をかけてそのチャンスに挑むのが俺なのだろうか?
二ヶ月も前の俺ならば、自分の命より大切なモノなど無かった、それを危険に晒すなどもっての他。
けれど、今の俺には命をかけて守りたいと思えるものが出来てしまった。
リリィとイルズ村、短い付き合いといえば全くその通りだが、それでも十字軍と名乗る人間共の好きにさせるというのは、どうにも許せそうに無い。
俺はこの十字を背負うヤツラを異世界で一番信用していない、神が望んだかなんだか知らないが、それはもう神の名の下に殺し、奪い、滅ぼしますよと言っているようなものだ。
結局、十字軍はダイダロスを占領するまで大規模なものになってしまっている。
ダイダロス軍が戦って敗れた以上、十字軍の強さは相当なもの、他国の軍でも勝てるかどうかは分からない。
だが、ここで十字軍のトップを殺せばどうなる?
十字軍の指揮系統がどうなっているのか詳しくは知らないが、大将が死ねばどんな組織も混乱するだろう。
サリエル個人がどれほどの権限を持つかは分からないが、戦闘において彼女が大きな戦力の一端を担っているのは間違い無い。
トップが倒れれば、恐らく十字軍の侵略計画には大きな狂いが生じるはず、あるいは、侵略そのものが中止になるかもしれない。
少なくとも、俺が十字軍と正面から戦って得られる戦果とは比べ物にならないほど大きな効果を発揮するだろう。
だが、それもこの暗殺が成功すればの話。
サリエルが恐ろしく強いのは百も承知、レベルでいうなら10と100くらいの開きが最低でもあるはずだ。
だが、いくら魔法のある世界といってもここはゲームの世界じゃない、力も魔力も及ばずとも‘殺すだけ’なら方法はある。
ここで俺はどんな無理を押し通してでも、サリエルを殺す、相打ちになっても構わない。
それでリリィと村を守れるなら、いくらでも命をかけてやるぜ!
久しぶりにクロノの戦闘シーンですね。黒魔法の名前が変わってますが、ちょっとずつ改良されたようです。