第48話 アイスキャンデー
アイス、特に簡単に作れるアイスキャンディーを作ろうと思い立った俺は、早速材料集めを始める。
「いらっしゃい、ついにポーションが尽きたのかクロノ?」
「残念だけどまだ一個しか使ってない」
やって来たのは冒険者御用達、イルズ村道具屋である。
イルズ村で活動する冒険者達の例に漏れず、俺もすでに常連と化しているので、店主とは煩わしい敬語は無しで会話をする。
「木の棒を探してるんだけど――」
俺がこの店に求めているのはアイスの原材料となる食材では勿論無い、探しているのはアイスの持ち手となる平べったい棒だ、あのアタリとかハズレとか書いてある部分な。
「木の棒ね、うーん、この白木の杭なんかどうだ? これで心臓を刺せば不死の能力を誇る吸血鬼族も一撃だぞ」
「スマン言い方が悪かった、今回は武器を買いにきたワケじゃないんだ」
美味しく食べれてヴァンパイアも殺せるアイスキャンディーランスなんて下らない想像は置いといて、そこそこに事情を説明し、俺が何を求めているのかを伝える。
「うーん、一番それらしいのは焼き鳥用の串くらいしかないねぇ」
「じゃあそれでいいや」
それに加えて、アイスを固める型代わりに使う容器を購入、上手くアイスが出来たらキッシュのおっさんにも分けてやることを約束して、道具屋を後にする。
それからアイスの原材料となる食材を村で買い集め、その日はイルズ村を出て自宅へ帰った。
帰宅後、リリィと一緒に調理を開始する、というか、リリィがいなければアイスキャンディー作りは成り立たないのだ。
「そんなワケで、これからアイスキャンディーを作るぞ」
「あいすきゃんでー?」
キョトンとした顔で小首をかしげる不思議そうなリリィ、アイスの存在を知らないなら当たり前の反応だ。
「冷たくて甘くて美味しい俺の故郷のデザートだ、まぁ、上手く出来ればの話だが……」
イチからアイスキャンディー作りなど、小さい子供の頃以来だ。
しかも今回は材料が現代日本とは異なる、まぁ最悪でも氷ったジュースになるだけだし、大失敗ということは無いだろう。
自分でもやや不安になりながら調理を始める、と言っても大した作業は無い。
買ってきたオレンジとブドウ(この二つは林檎モドキと違い本物だ)を潰して果汁を取り出し、それぞれに水と砂糖を混ぜて原液(ジュースとも言える)を作る。
白砂糖が異世界でもすでに流通していたのは僥倖と言える、歴史的に見ても砂糖が一般家庭にまで普及するのは現代に近くなってからのはず、なんたって甘いお菓子は贅沢品だからな。
しかしながら、ここでは塩や胡椒といった他の香辛料同様、砂糖は割と簡単に手に入るので、アイス以外にも色々お菓子作りをするに不便はなさそうだ。
それは兎も角、後は金属製の容器に原液を流し込み、串を刺して冷やすだけ。
で、この冷やすという最も重要な作業を、リリィに頼むのだ。
「よしリリィ、これをちょっと氷の魔法で凍らせてくれ」
「うん!」
何が出来るのか分からないだろうが、言われるがままに氷魔法を発動させるリリィ。
こればかりは俺の黒魔法じゃどうにもならないからな。
俺の黒色魔力は物質化、付加、空間拡張といった効果しか今のところ得られず、異世界では一般的な火や氷といった元素を発生・操作させる原色魔法を使えない、というか、俺には原色魔力が体に無いので習得不可能だ。
そんなわけで、ある程度の原色魔力も固有魔法とは別個に扱えるリリィに頼んだのだ。
リリィがお茶を沸かす時に、口から火を噴くのと同じように冷気を噴出す。
「ふぅー! ふぅー!」
魔法の効果は絶大、リリィの頑張りによって瞬く間に原液は凍りつく。
アイスキャンディーを市販のようにシャリシャリにするには、ただ冷凍庫に入れて凍らせるのでは無く、寒剤(氷とその重量の三分の一程度の塩を混ぜたもの)を使って急速に凍らせる必要がある。
が、魔法を使えばそんなこと気にせず当たり前のように一瞬で氷結させることが出来る。
「よし、もういいぞリリィ」
「ふー?」
リリィの氷魔法を止め、容器の一つに手を伸ばす。
そのまま無理に引っ張れば、串はすぐ引っこ抜けてしまうだろうことを考慮して、容器の辺に合わせて黒色魔力で刃を形作り、差し込む。
岩壁にすら突き刺す刃の前に、アイスキャンディーの堅さなど無いに等しい、さっくりアイスと容器の接触面を切り離す。
そうして、すんなりと小さな四角柱のアイスキャンディーは容器より引き抜かれる。
「どうかな――」
興味津々なリリィの視線を受けながら、俺は未だかつて無いほど真剣にアイスキャンディーと向き合う。
やはり現代の市販品と違って、香料や着色料が入って無いので、色合いはあまりよろしくなく、香りもあまり感じない。
だが味は悪くないはず、と信じてアイスキャンディーを口にする。
シャリシャリという氷菓独特の感触、オレンジと砂糖が合わさった酸味のある爽やかな味が口中に広がる。
うん、これは間違いなくオレンジ味のアイスキャンディーだ!
「やった、上手くできたぞ! ほら、リリィも食べてみろよ」
俺はさっきと同じ要領で容器からアイスキャンディーを引き抜き、リリィへと手渡す。
期待に満ちた瞳でアイスキャンディーを受け取り、躊躇無く小さな口で齧り付いた。
「しゃくしゃく――!?」
「どうだ、美味いか?」
「美味しい!?」
リリィが夢中で食べる様子を見ると、嘘偽り無く美味しいと思っていることが分かる。
やっぱり、異世界でも子供ならアイスは美味しいと感じるよな。
「よし、グレープ味も食べてみるか」
「うん!」
こうして、俺はどこか懐かしい日本の夏を思い出しながら、リリィは初めて味わう冷たい氷菓を堪能し、アイスキャンディー作りは成功した。
翌日、俺は昨日と同じようにギルドへ昼食をとりにやって来ていた。
「おーニャレコ、昨日言ったアイスを作ってみたんだ、味見するか?」
これまたいつものように俺の元へやって来たニャレコに、自信作のアイスキャンディーを差し出す。
俺の隣には、すっかりアイスキャンディーの虜となったリリィがグレープ味に舌鼓を打っている最中である。
「本当に作ったんですね! このリリィさんが食べてるのがそうなんですか?」
あまりに美味そうに食べるリリィの様子に、ニャレコも期待に目を輝かせる。
「ああ、アイスキャンディーっていう果汁を凍らせた――まぁ御託はいいや、とりあえず食べてみ。
あ、オレンジと葡萄のどっちがいい?」
じゃあオレンジで、と応えるニャレコに影空間の中に保存した容器を取り出し、アイスキャンディーを手渡す。
昨日のリリィと同じような動きで、ニャレコはアイスキャンディーへ齧り付いた。
「しゃくしゃく――!?」
「どうだ?」
「こ、これは――」
驚愕に目が見開かれたニャレコ、その背景に雷のエフェクトが見えそうなほどの驚きぶり。
「にゃんですかコレはー! ペロペロ」
一心不乱にアイスキャンディーを舐めるニャレコ、まるでソフトクリームでも舐めているかのようにアイスキャンディーは見る見る削れて行く。
そういえば猫の舌は骨についた肉をこそぎ落とす為にザラついている、猫獣人のニャレコも同じ舌を持ち、それでもって舐めるだけでアイスキャンディーをどんどん削って食えるのか。
なんて感想を抱きつつも、ニャレコの食べるアイスキャンディーはあっという間に消滅する。
「どう、美味かった?」
「葡萄味もお願いします!」
獲物を狙う肉食獣の瞳をしたニャレコに、俺は黙って葡萄味の方も渡した。
「ありがとうございます――ペロペロ」
しかし、この様子だと感想は聞かなくても良さそうだな。
「このアイスキャンデーは凄いですね! こんな美味しいもの初めてです!」
「そうだろ、暑い日に食うと最高なんだ」
「そうですね! これは凄い発明ですよクロノさん!」
「開発したのは俺じゃないけどな」
「いえいえ、これはイルズ村の食品業界に革命をもたらす一品ですよ、売り出せば大ヒット間違いなしですね」
「おお、そうか、これから暑い夏だしな――」
なんか、危険な冒険者稼業よりリリィと二人でアイスキャンディー売りの屋台でもやった方が平和で良いような気もする。
いやいや、俺はダンジョンで元の世界に戻れるほどの召喚魔法が行える魔法陣なり祭壇なり謎の装置なりを見つけなければならないのだ。
いつまでも呑気にアイス売りなどやっている場合じゃない。
「作り方は簡単だし、教えれば販売してくれるところはあるだろう」
もっとも、タダで教えるほどお人よしでもなければ金勘定が出来ないわけでもないからな、特許では無いが、それなりの値段で商人ギルドに売り込んでやろう。
「あ、クロノさん今ちょっと悪い顔になってますよ」
「はっはっは、一儲けできたらニャレコには好きなだけアイスキャンディーを驕ってやる」
「本当ですかぁ! 約束ですよ!」
「ああ、でも食べ過ぎると腹壊すからほどほどにしとけよ」
イルズ村においてアイスキャンディーが革新的なお菓子であることを確かめるため、俺は他の人にも試食してもらおうと思った。
まずは、丁度良いところにギルドへのこのこやってきたイルズ・ブレイダーの面々だ、さぁお前らもアイスキャンディーの虜になるが良い。
「おいクロノ! お前さっきニャレコになんかあげてただろ! プレゼント作戦かコノヤロウ!!」
俺が声をかける前に、相変わらずニャレコ一直線の猫剣士ニーノが迫ってくる。
「落ち着け、ちゃんとお前にもやるから」
「そういう問題じゃねぇ! 大体よ、お前結局毎日ニャレコと昼飯食ってるじゃねーか、なんなんだよ!」
「なんなんだよって言われても、だったらニーノが昼食でも夕食でも誘えばいいだろう」
「ば、ば、バカヤロウ、そんな大胆なコトできるわけ――」
ニーノは純情なんだかヘタレなんだか分からんな、そんなに好きならガンガンアプローチをかければいいのに。
まぁ俺には気になる女性にアプローチをかけた経験など無いから偉そうなことは言えないのだが。
「そ、それに、もし断られたら……俺立ち直れないかもしれん……」
ダメだ、コイツはヘタレ確定だ。
「そんで、何をくれるっていうのんクロノ?」
凹んだリーダーを放っておいて、アテンが俺の前へ出る。
「ああ、俺の故郷のアイスキャンディーというお菓子を作ったから、是非みんなに食べてもらおうと思って」
「アイスキャンデー? 聞いた事無いけど、お菓子作りだなんて、クロノ意外と少女趣味?」
「暑いと食いたくなるんだ、まぁみんなも食ってみれば分かると思う」
「ほほう、自信満々ね?」
「リリィ、村長、ニャレコはみんな美味いと絶賛してくれたぞ」
村長にはギルドに来る前、日課の読書をしに行ったときに献上したのだ。
「とりあえず食べてみてくれよ、味は――」
イルズ・ブレイダーのメンバーに、お望みの味のアイスキャンディーを配る。
全員揃って食べる、反応は、まぁ今までと同じ――
「「美味い!!」」
そして、これも予想通りだがニャレコと同じくもう片方の味をアテンだけはしっかり要求してきたのだった。
リアルでもアイスが食べたくなる今日この頃です。