第44話 使徒の集い
聖都エリシオンにある教会の総本山、その名も『聖エリシオン大聖堂』、その深部にある高位聖職者専用の会議室に、全12人の内半分である6人の使徒が集結していた。
同じ使徒でも、エリシオンに勤める者もいれば、サリエルのように遥か遠い戦線へ向かう者もいる、12人全員が一堂に会することは滅多に無い。
それは同時に、アーク大陸の歴史が現在でも戦乱が終わらないことも暗に示していた。
今日ここに集った6人の使徒は、エリシオン在住の第二・第五それと現在帰還した第三・第四・第十一・第十二、という構成である。
「――パンドラ大陸征服事業には、引き続き第七使徒サリエル卿に一任する」
この場にあって、最高位であり議長役を務める第二使徒アベルが宣言する。
ゴルドランの戦いで十字軍が輝かしい勝利を治めたことによって、貴族からも教会からも続々と援軍を送り込むことが決まる現在の風潮にありながらも、使徒のまとめ役となっているアベルは、新たな使徒の派遣はしないことを示した。
「不服のようだな、第十一使徒ミサ卿」
各人の反応を察し、その中であからさまに不満気な表情をとった第十一使徒ミサへとアベルは声をかけた。
「サリエルはガーヴィナルとかいうドラゴンとの戦いで重傷を負ったんでしょ、欠損箇所を完全再生するには時間がかかるし、『棺』で寝れば一ヶ月は身動きとれないじゃない」
この場に列席する使徒の内、第二使徒アベルをはじめ半分を占める三人が顔を隠すような装いであるが、顔どころか肩や生足すら露わにするような改造を施された法衣をミサは纏っている。
ミサの未だ幼さの残る可愛らしくも美しい顔立ちは、17という歳相応に、美少女という表現が似合い、厳格な聖職者が見れば激高するような露出の多い改造法衣も、女性らしい曲線を描く発育の良い体つきのため実に上手く着こなしていた。
淡い桃色の髪に輝く白金のティアラを始め、全身に煌びやかな装飾品を身につけているが、それらは全て着飾るというよりも、ミサの美貌を引き立てるだけに留まり、宝石の輝きも彼女の前ではどこか霞んで見えるほどだ。
「その通り、一ヶ月もの間行動不能であるのはサリエル卿にとっても十字軍にとっても危険なのではありませんか」
ミサの言葉に続き、第十二使徒マリアベルが発言する。
彼もミサ同様に顔を隠す装いでは無く、兄であるリュクロム大司教とよく似た金髪碧眼にして少女と見紛う美貌を晒している。
ただ艶やかなストレートロングのヘアスタイルは、兄のナチュラルウェーブとはかなり異なる印象を見る者に与えた。
「確かに、今再びガーヴィナルに匹敵する力を擁した魔族の軍に襲われれば十字軍は壊滅するだろう。
しかし、それほどの敵対勢力は確認されていない、まして慎重なリュクロム大司教の事だ、占領したダイダロスから無策にも打って出るような真似はしない。
そしてなにより、今も続々と増援がパンドラへ送られつつあるのだ、戦力の回復はすぐに成される」
「増援ね、餓えたハイエナの群れの間違いでしょ」
「口が過ぎるのではないか、第十一使徒ミサ卿」
アベルが嗜める、が、ミサには反省の色は見られない。
「アンタもアレが欲に目が眩んだ盗賊集団でしかないってのは分かってんでしょ、どうせ略奪と虐殺に興じるだけの下衆で、マトモな戦力になんかならないっての」
十字軍として新たな名乗りを上げた教会と貴族の増援部隊を貶めるミサだったが、アベルも彼女の言い分が理解できる為、あえて反論をすることは無かった。
「ミサ卿の意見に全面的に賛成するわけではありませんが、僕も増援が大人しく指揮下に入るとは思えません。
兄は聖職者としても指揮官としても優秀だと思いますが、所属も思惑もバラバラな大集団を抑えられるのは、絶大な力を持つ使徒以外にはありえません」
二人の使徒に明確な反対意見が出されているにも関わらず、アベルは意見を翻すことはしなかった。
「二人の言い分にも一理あるだろうが、それでも使徒の派遣は許可できない。
現時点でパンドラ大陸全土を征服するに足る戦力が確保できる見通しが立った。
確かにこれよりパンドラに赴くのは貴族の、あるいは教会の私兵ばかり、現地である程度の略奪行為が起こることは明らかであるし、領土や財産を巡って仲間内で諍いが起こることも少なく無いだろう。
だがしかし、パンドラを征服するには十分すぎる人数が集う、これより問題にされるのはあくまで‘ケーキの分け方’だけであり、そのような下らぬ争いは我ら使徒の与り知るところでは無い」
使徒とは、神に逆らう敵を滅ぼす為に力を授かっているのである。
故に、戦功を上げ富と名声を得ることに意味は無く、ただただ敵を屠ることがその存在意義、倒す敵がいないのであれば、そこに使徒がいる意味も無い。
そういった意味で、パンドラ大陸はすでに他の使徒が介入するほどの敵勢力は残っていない地域でしかない。
例え盗賊紛いの連中でも、数で圧倒し大陸全土の征服は可能という見通しが、議会でも教会でも立っている。
寧ろアーク大陸に残る兵力の方が足りなくなるのではと思えるほど、出兵に名乗りを上げる者が多い。
欲に駆られて兵が不足するというのならば、共和国の平和を守る力は使徒が補わなければならない。
「負傷したサリエル卿は、確かに身動きがとれない期間が一ヶ月はかかるだろうが、脅威となる敵はいないため、態々愚かな味方を苦労して御する必要も無い。
彼女にはパンドラの征服を終えるまで、十字軍総司令官として、ただその場にいるだけで十分だ、自身が動けずとも何ら問題は無い」
「でも――」
尚も反論を口にしようとするミサの言葉を、軽くパンと鳴らされた手の音が遮った。
「うふふ、そんなにサリエルちゃんのことが心配なら、今度会いにいきましょうか」
と、友人の見舞いを提案するかのように和やかな台詞を言い放ったのは、第三使徒ミカエル。
波打つようなプラチナブロンドのスーパーロングヘアに、見るものに安堵と慈悲を与える優しい眼差しの目元は紫水晶を嵌め込んだ様な輝きを宿す。
圧倒的に巨大な胸のふくらみ、緩やかなくびれ、大きく広がるヒップに肉付きの良い長い足。
ゆったりした純白の修道服の上からでもはっきり分かるほど、女性らしい豊満なボディラインが浮かぶ。
色香に溢れるその姿はしかし、古代に信仰されていた豊穣の女神や地母神といった神々しさを見る者全てに感じさせる。
そんなミカエルは、自分の意見が物凄い名案であると信じているかのように、にこやかな笑顔を『聖女』と称される清楚な美貌に浮かべた。
「ちょっと、アタシは別にサリエルが心配だとかそういうんじゃ無くて――」
「僕は賛成です、別に心配していないと言うのならミサ卿は来ないという事で。
その方が喧しく無くて僕としては嬉しい限りですが」
「だ、誰も行かないなんて言ってないでしょ!
アタシは永遠のライバルとしてアイツの腕が落ちてないかどうか気になってるだけ、それだけなの!」
使徒同士の私闘や決闘は禁止されているが、ミサの様子を見る限りどうにも子供の喧嘩レベルとしか思えず、アベルは口を挟むことはしなかった。
「大体、マリアベルはサリエルと大した仲じゃないでしょ」
「勝手に僕の名を呼び捨てにするな、というか大した仲じゃないってどういう意味だ!」
「アタシはライバル、アンタはただの使徒仲間」
「ふざけるな、そんなコト――」
無い、と言い切れないところがマリベアベル少年の悩ましいところであった。
自身はサリエルに対して並々ならぬ感情を抱いてはいる、が、だから彼女と特別な仲になったという事は全く無い。
かつてアルスが枢機卿となる前、彼が率いる軍に兄のリュクロムと共に加わり、異教徒との戦いに身を投じたマリアベル。
その戦いに、教会の派遣した使徒がサリエルであった。
どう頑張っても戦友以上の仲では無い、そもそも共に戦っただけで戦友と呼べるのなら、常に戦場にあるサリエルの戦友は、今回の十字軍一万五千を加えれば総数10万に届くほどだろう。
「そんな……僕は……」
「ふふん」
思いの一方通行に悩むマリアベルと、何故か勝ち誇った表情のミサ。
「私、パンドラ大陸へ行くのは始めてなんですよ、どんなところなんでしょうねぇ」
ミカエルはミカエルで、旅行気分となり顔を綻ばせている。
そんな三者三様の様子を、アベルは半ば呆れた表情で見る、もっとも深く被ったフードによってその顔が見えることはない。
「――兎も角、サリエル卿と個人的に面会するのを禁止はしない、各人の判断に任せる。
以上を持って議論は終わりだ、解散」
アベルは自身が解散宣言をすると同時に席を立った。
伝えるべきことは伝えたので、これ以上この場に留まりサリエルとの面会についてどうこう言う必要性は無い、ミカエル、ミサ、マリアベルが好きにすれば良いことだ。
この場にあって終始無言を貫いた第四と第五の使徒も、アベルに続き席を立つ。
頭から足先まで重厚な甲冑を纏った白銀の騎士が、第五使徒ヨハネスである。
彼はゴルドランの戦いでダイダロス軍を壊走させた第一重騎兵部隊が所属する『聖堂騎士団』の団長を務めている。
身の丈2メートルを越える甲冑姿で微動だにせず席につく姿は、美術品が置かれているようにしか見えなかった。
一方、アベルと似たような白いローブに身を包み、より深くフードを被って一切の表情が見えないのが、第四使徒ユダ。
彼に関しては、どのような活動をしているのか全く不明で、第五以下の数字を持つ使徒は、能力は勿論その素顔すら知らない謎多き人物である。
顔の見えない第二、第四、第五使徒はすでに退室し、後に残ったのはサリエルとの面会を望む三人組。
言い争うミサとマリアベル、二人に聖女の微笑みを向けるミカエルの図は、まるで出来の悪い生徒と教師のようであった。
堅牢なヴァージニア要塞と比べても、なお巨大なダイダロス王城、その一角にとある特別な部屋が設けてあった。
元々は地下倉庫だった広い空間、冷たい石の床には巨大な魔方陣が描かれ、四隅には白いローブを纏った司祭、そして中心には大きな純白の棺が置かれていた。
ダイダロス占領後この部屋が急造されてより約一ヶ月の間、室内を照らすランプの火が時折揺らめくのと、交替で魔法を行使し続ける四人の聖職者が疲れた吐息をかすかに漏らす他に、一切の変化は無かった。
しかし今この時、彼らが待ち望んだ変化がついに訪れた。
――バシャリ
棺より水音が響く。
バシャバシャと、軽く水面を叩くような音が二度三度、四人の司祭はそれが精神力と魔力を消耗した自分達が聞いた幻聴では無いことを確認する。
司祭達が即座に部屋を出ると、彼らと入れ替わるように二人のシスターが現れる。
片方がタオルを、もう片方が法衣、どちらも染み一つ無い純白のものを持って。
二人が棺へ近づくと同時に、その内より棺の扉が開かれる。
扉を開き、中空に突き出された二本の白い細腕は、棺の淵へ手をかけて、ゆっくりとその身を起こした。
棺の中に満ちていた聖水に全身を濡らした、真っ白い少女の裸体が露わになる。
白銀の長髪から雫を滴らせつつ、開かれた紅い両目が、自身の目の前に立つ二人のシスターを捉える。
棺より出でる彼女へ、先に声をかけるべきだったのはシスターの方であったが、二人は彼女を直接目にしたのは今が始めてであり、思わず己の職分を忘れ、その神に愛された美しき姿に息を呑んで佇むことしか出来ずにいた。
二人の目に映るのは、傷一つ無い白い少女の裸身。
竜王ガーヴィナルとの激闘の末、全身に無数の傷を負い、さらに右の手と目を失ったはずの第七使徒サリエル、だが今の彼女にはそこにあったはずの傷跡はどこにも見られない。
この一ヶ月近い間、聖水に満ちた棺の中で、サリエルの傷は完全に回復したのだった。
「……どれくらい、経ちましたか?」
サリエルが口を開く。
以前と変わらずに小さな声音だったが、彼女に見蕩れる二人を正気に戻すには十分であった。
「今日は新陽の月12日、お眠りになられてから、36日が経過しております」
「そう」
法衣を持ったシスターより近況報告を聞きながら、タオルを持ったシスターに成されるがまま体を拭く。
「少し、騒がしいようですね」
「はい、先ほどダイダロスの宰相が玉座の間で自害を――」
シスターの話を聞きながら、サリエルは法衣を纏い、いつものように後ろで長髪を結った姿となった。
「それでは、リュクロム大司教がお待ちです、どうぞこちらへ」
シスターが先導して歩き始める。
それに続くサリエルの足取りは、一ヶ月寝たきりだったとは思えないほどしっかりとした足取りだったが、
(体が硬い……右腕も一週間は戦闘での使用は不可能)
自身の体の不具合を感じつつ、話を終えた後はリハビリと視察を兼ねて城の外へ出ようと思うのだった。
3章不評のため、連続更新でさっさと終えることにしました。私の構成力不足により、苦しい展開となり申し訳ありませんでした。
使徒6人も一気に出してしまったので、名前と特徴を人物紹介にまとめてあります。
これで3章は終了、明日から主人公の下へ話が戻る4章となります。これからも楽しんでいただければ幸いです。