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黒の魔王  作者: 菱影代理
第21章:スパーダ開戦
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第404話 多数決の原理

 冥暗の月6日、夜。『ウイングロード』は雪に包まれすっかり冬景色となったスパーダへと帰ってきた。行きはアスベル村の危機ということで結構な急ぎだったが、帰りはゆっくりと余裕を持った旅程である。

 呪いにとり憑かれた銀狼フェンリルは、強かった。結果的には、事前準備と個々人の能力で対処でき、目立った負傷もなくすんなりと討伐は成功したように見える。

 それでも、一歩間違えば即死するほどの危険な相手であったことは、メンバーの誰もが認めるところであった。もしフェンリルが、呪いに狂っていても本来の知性を持ち続けていれば、全滅の可能性は一気に高くなる。

 そんなモンスターと死闘を繰り広げたのだから、帰り道くらいはゆっくり行きたいと思うのは当たり前。

 しかし、ネルにとっては今この時こそ、急いで帰りたかった。

(十字軍って……確かにクロノくんは言っていた)

 それはアスベル村で、クエスト帰りのクロノと会話した時のことである。

久しぶりに二人きりで話ができて、ネルは大いに幸せに浸っていたのに――邪魔をしたのは、やはりあの邪悪な妖精であった。

 またか、と腸が煮えくり返る思いながらも、リリィが持ってきた手紙に、スパーダ王家の封蝋が押されていたことをネルは目ざとく確認していた。

 流石にその内容までは読めなかったし、見せてもらうこともなかったが、それでも、この手紙を目にした瞬間に、クロノの表情が凍りついたのは間違いない。

 それは正に豹変、と呼んでも過言ではないほど劇的な反応だった。

「すまない、ネル。急用ができた、またな」

 一方的にそれだけ言い残し、クロノは疾風の如く去って行った。どうしたのか、と問いかけるのは勿論、「さようなら」と別れの挨拶さえ返す隙もなかった。

 あまりに唐突の別れ。アヴァロンの姫君を前に、未だかつて、これほどまでに無礼な退場を果たした輩は存在しない。そして、それを成したのが最も強い思いを寄せる男である。

 繊細なネルは、これだけで三日三晩は泣き寝入るほどのショックを受ける――そう、つい一ヶ月ほど前、イスキアの戦いを終えた頃の自分であったなら。

(クロノくんは、私を避けたんじゃない。私を避けて行くほど、大変なことが起こった……そうですよね?)

 今のネルは、クロノの言動を冷静に分析するだけの理性があった。

 それはひとえに、彼が自分を必要としている、という自信があるからだ。

(今はまだ、現代魔法モデルを教えることくらいしかできないけれど……私はもっと、もっとクロノくんの役に立ってみせますから!)

 その一心で、ネルはここ一ヶ月のランク5クエストを連続的に達成するハードスケジュールをこなしてきたのだ。さながら、加護を得るために過酷な試練に挑む神官のよう。

 そう、今のネルは以前までとは覚悟が違う。リリィに一睨みされただけでショックの余り寝込んでしまうような、軟弱な精神ではないのだ。

(だって、クロノくんは私を求めてくれている)

 大雨の夜に、わざわざ女子寮に忍び込んでまでお見舞いに来てくれた。

 剣闘大会もイスキアの戦いも、ネルのお蔭で助かったと感謝してくれた。

 これからも魔法を教えてほしいと頼んでくれた。

 どうしてもネルじゃなければダメなんだ――そう、言ってくれた。

(クロノくんが求めてくれるなら、私はいくらでも頑張れる)

 今までの自分は、怠惰だったと反省した。クロノと二人きりで過ごす心地よい関係に、ただ溺れていただけなのだと。

 それが、そんな甘い状況が当たり前になりかけたその時、不意打ちのように現れた妖精によって、素敵な幻想は木端微塵に打ち砕かれた。そして結果はあのザマ。

 それでも、他ならぬクロノのお蔭で立ち直ることができたのだ。泣き寝入りしている暇などない。クロノは自分の助けを必要としている。だから、全身全霊をかけて力になる。力になれるよう、努力し続ける。強く、なる。

(そして、今度こそ私が……クロノくんの、一番、です)

 ネルはようやく、スタートラインに立ったのだ。クロノを巡る、女の戦いに。

 もう、クロノの好意を一方的に受け取るだけではいられない。親鳥が餌を与えてくれるのを待つ雛鳥ではいけないのだ。

 これからは、自ら獲物を勝ち取れるようにならねば。逞しい猛禽のように。

 きっと自分にはそれができる。この身には、天駆ける蒼穹の覇者、白き大鷲の血筋を受け継いでいるのだから――

「――で、この緊急クエスト、どうするよ?」

 ネルが密かに荒ぶる鷹の心意気を抱いている中で、ネロの相変わらずヤル気のなさそうな――否、いつもより少しだけ真剣みの帯びた声が響いた。

 本日はスパーダ帰還から、一夜明けて冥暗の月7日。

 場所はウイングロードメンバーがいつも集まる、王立スパーダ神学校の本校舎食堂である。

 少しばかり懐かしい食堂の味に舌鼓を打ちながら、シャルを除いたメンバー四人が席を囲んでいた。

「受けるに決まってんだろ! 竜王だろうが十字軍だろうが、スパーダに喧嘩売ろうってんなら、全力で買ってやるぜ!!」

 時刻はちょうど昼時。今日も餓えた学生諸君でごったがえす満員状態の食堂でありながら、端の席まで届くほどの大声量がカイの大口から発せられた。

 だが、その啖呵をうるさいとケチをつけられる生徒はいない。いや、スパーダ人ならいるまい。

 そう、現在のスパーダは、戦争が始まろうとしているのだから。

 テーブルの上には、緊急クエスト・スパーダ軍第四隊『グラディエイター』隊員募集、の依頼書がある。依頼主がレオンハルト国王の名で出されるこのクエストの意味を知らぬ、スパーダ人冒険者はいない。

「馬鹿じゃないの、私達の立場を考えなさいよ」

 しかしながら、意味を知ることと、それに参加することは、また別の問題である。

 カイの猛々しい叫びを、サフィールは冷たく否定する。もっとも、彼女がカイに対して温かい言葉をかけることなど、滅多にないのだが。そもそも、一度でもあったっけ? と、メンバーは首をかしげるだろう。

「いくらクエストで出されるからっても、マジの戦争だからな」

 ただの冒険者であれば、一人の兵士として戦争に参加することに何ら問題はない。

 だがしかし、それが貴族の子息であればどうか。まして、他国の王族であれば、どうか。

「今回ばかりは、俺達もアヴァロンに帰還命令が出るかもしれねぇな……」

 ネロとネルは、ランク5冒険者になれるほど、幾多の危険なクエストをクリアしてきた。それは自分と、自らが認めた仲間との協力によって成し遂げられた偉業だ。そこには決して、アヴァロン王族として特別な計らいがあったわけではない。

 スパーダにおいて、その肩書き以外に何ら王族としての庇護を受けてこなかった二人であるが、流石に戦争が始まるとなれば、事情は変わってくる。

 例え自国の戦争だったとしても、第一王子と第一王女は是非もなく王宮に呼び戻されるだろう。常識的に考えて、それ以外の対応はありえない。

「いいえ、私は帰りませんよ、お兄様」

 それを分かっていながら、誰よりも理解しているが故に、ネルははっきりと否定の言葉を発した。

「おいネル、どういうつもりだ――」

 誰がこんなチャンス逃すか。

 もし、お姫様らしい言葉づかいも忘れて即答したなら、そんな言葉が出ただろう。

 スパーダで起こる戦争。相手は謎の十字軍。そう、クロノと深い因縁のある、十字軍である。

 緊急クエスト依頼書でこの名前を見たその時、ネルは全てを理解した。

(この『十字軍』というのが、クロノくんの敵)

 殺さなければならないヤツらがいる。クロノが語ってくれた言葉は、ただそれだけだったが、察するには十分すぎた。

 そして何より、彼の心の奥底にある悲劇の風景。燃える村、磔、街道、惨殺死体――それを垣間見てしまったネルは、理解してしまっている。過去のクロノに何があったのか。そして、今のクロノはどんな思いを抱いているのかを。

 あまりに深い絶望に悲しみ、苦しむ。あまりの理不尽に、怒り、恨む。けれど、その激情を表に出さず、彼は日々を過ごしている。それでいて、仇に対する恨みは衰えることはない。煮えたぎる怨念の溶岩は、魂の奥底で噴火するその時を静かに待ちわびているのだ。

 そんな彼の力になってあげたい。他の誰もでもない、この私が。そう、大闘技場グランドコロシアムの医務室で誓ったのだ。

(この戦いこそ、私がクロノくんの役に立つ、最高のチャンス。絶対、モノにしてみせます)

 舌なめずりをする猛獣の表情を、綺麗に澄ましたお姫様の顔の仮面で隠して、ネルは言う。

「私も、スパーダを守るために戦いたいのです」

 あながち、嘘ではない。クロノのいるスパーダは守りたい。華々しい勝利を遂げた後、今度こそクロノと不死馬ナイトメアの二人乗りで凱旋するのだ。帰る場所は、祝福される場所は、必要である。

「はぁ……やっぱりな。そう言うんじゃねぇかと思ったんだ……」

 妹のことなどすべてお見通し、とばかりに呆れた顔で溜息をつくネロ。

その予測は、つい三か月前までならば、的を射ていただろう。クロノと出会う前の、万人を愛するネルの優しい心根である。

「お願いします。お兄様だって、自分だけ逃げるような真似は、したくないでしょう?」

 今度は逆に、妹が兄の心を見透かす。

 ネロは王族としての誇りにあまり執着しないが、個人的なプライドは高い。それは地位から生じる傲慢さより、己の自由な意思こそを重視する、ネロの持つ美徳の一つであるともいえる。

 その気高い精神を尊敬していたネルであるが、今はそれを利用するのみ。こう言えば、お兄様は揺らぐでしょう、と。

「まぁな、別に十字軍とかいう奴らと戦うのが怖いわけじゃねェが――それでも、今回は反対だ」

 流石に、これだけじゃあ乗らなかったか、とネルは冷静に分析する。

 ここまではっきり反対意見を推すということは、ネロにはプライドよりも優先する要素がある。

 それが何であるか、最初から察しはついていた。

「そんなに、私の力は信用ならないのですか? 」

「ネル、例えお前が俺より強くなったとしても、同じだぜ。兄貴、だからな」

 誤魔化すこともはぐらかすことも、ネロはしなかった。こういう時は、いつも。

 この大事な時にはタイミングを外すことなく真剣になれるところも、魅力的な点だろうと評価できる。

 だが、今はただ面倒くさいだけだった。

(これはもう、いっそ一人で行った方がいいかもしれないですね……)

 いや、まだだ。まだ、結論を急ぐには早い。ネルはうんざりした表情が出る前に、落ち着きを取り戻す。

 冷静に考えて、戦争に参加するならウイングロードメンバーの力はあるに越したことはないのだから。

 クロノの役に立ちたい、翻って、彼が武勲を挙げる手助けをしたい、という意味にもなりえるが、最も重要なのは、その命を守ることである。

 死んでしまっては、元も子もない。クロノは確かに強いが、見ていて非常に危なっかしい。

「お兄様の気持ちは嬉しいですが、それでも、私の考えは変わりません」

「どうやら、綺麗に意見が割れたようね」

 ネロがさらなる説得の言葉を口にしようとしたタイミングで、サフィールが口を挟んだ。

「ウイングロードのクエスト決定は、必ず多数決。そう、決めたわよね?」

 パーティを結成した、最初の話し合いで決められたことだった。忘れた者はいない。いくらカイでも、最低限のルールはしかと心得ている。これはあくまで、確認の物言い。

「意見は三つ、賛成・反対・棄権」

 言い分は色々とあるだろうが、最終的には三つの何れかに、己の意見を分類せねばならない。無論、これも今更に説明を要するものではない。やはり、単なる確認にすぎない。

「待ってくださいサフィさん! 私は――」

「やめろ、ネル。どれだけ言い訳したところで、誰も意見は翻えさねぇし、ルールも変えられねぇ」

 ウイングロードの基本方針は『自由』である。面倒くさい細かい制約も、堅苦しい礼儀も、必要ない。

 パーティの運営に必要なのは、最低限のルールのみ。報酬は等分、意志決定は多数決。これだけである。

 多数決の原理は、一人一票。平等の概念を体現する、最小公約数的なシステム。だが、その実行は中々に難しくもある。

 しかし、ネロは忠実にこれを守った。彼は自由と共に、平等も尊ぶが故に。

 だからこそ、頭の悪いカイも、頭の良いサフィールも、同じ一票なのだ。ウイングロードは、そうして今までやってきた。いつも言い争いや喧嘩の絶えない騒々しいパーティだが、それでも決して解散しなかった。致命的なまでの意見対立という危機さえも。

 それはメンバー全員がルールを守ってきた、一つの結果であり、成果である。

 故に、今この時も、ルール適応の例外とはならない。

「続けてくれ、サフィ」

 心得た、とばかりにサフィールは魔眼封じの眼鏡をクイと上げる仕草。続きの言葉を、口にした。

「一人が棄権、賛成と反対が拮抗した時、優先されるのは――」

「――私は賛成よっ! スパーダの平和は、ウイングロードが守るんだからっ!!」

 その時、声が響いた。

 先のカイよりも大きな声。本校舎を丸ごと揺さぶるような大声量だ。

 その甲高い叫び声は、神学生なら誰もが聞き覚えがある。特に、ウイングロードのメンバーならば、聞き覚えどころか、聞き飽きるほどのソプラノボイス。決して聞き違えることはない。ありえない。

 振り向き見れば、 赤いツインテールとマントを誇らしげになびかせなる、小柄な少女の姿が、そこにあった。

「あぁーっはっはっは! スパーダに轟く赤い稲妻、シャルロット・トリスタン・スパーダ、復活よ!」

 ネルはヤンデレベルが上がっている


 あ! やせいのシャルロットがとびだしてきた!

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒロインのヤンデレレベルが上がったことです。
[良い点] やはりウィルの妹だなと思わせるシャルの口上にほっこり
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