第381話 押しかけパートナー
申し訳ありません、予約投稿を忘れてしまい、更新が遅れてしまいました。
思い返せば、シモンは一度もパーティを組んだことはなかった。
学費を稼ぐために初めて冒険者登録をした頃は、スタンダードにパーティを組もうとはしたが、結局ダメだった。剣も魔法も使えない、錬金術師という研究職クラスの非力なメンバーなど、どこも必要とするはずがない。
自然、ソロとなった。元より、ランクアップを目指すわけでもないので、延々とランク1の薬草採取クエストをループするだけ。だがシモンにとって不都合はない。
アルザス村の冒険者ギルドでクロノと出会った時も、確か薬草採取を終えて戻ってきたと記憶している。それから始まる、地獄のアルザス戦。そして最近では悪夢のイスキア戦。どちらの戦いも、周囲に味方は存在したが、パーティを組んでいた、というわけではなかった。一時的に集団行動をしていただけである。
そして、戦いが終われば再び気楽なソロへ――戻るはずだったが、何だかよく分からない内に、シモンにはパートナーができていた。
「やぁ、良い天気だ、絶好のクエスト日和だね」
麗らかな木漏れ日に満ちる深緑の森の中、ハイキングを楽しむかのような軽い言葉がシモンのエルフ耳に届く。
「そ、そうですね……」
無難な返答をしつつ、すぐ隣を歩く声の主を見上げる。
顔の下半分をヴェールで覆っていても、その目元だけで絶世の美貌を予感させる女性。全身を覆う薄手の純白ローブだが、その下には過激なデザインの踊り子衣装をまとった、大人の色香に溢れる豊満な肉体が隠されていることをシモンは嫌というほど知っている。
ソフィ、とだけ名乗るこのダークエルフの女性が、この度、シモンのパートナーとなった人物である。
(……どうしてこんなことに)
思い返すのは、ちょうど一月前のこと。ようやく姉の屋敷から、すっかり住み慣れたボロい寮へと帰り着いたその時である。
「おかえりなさい、シモン。この人は今日から貴方のパートナーになる、ソフィさんよ」
と、にこやかな笑顔でリリィが出迎えてくれると共に、いきなり、この謎のダークエルフを押し付けられたのだ。
「シモンはこれから銃の開発をするにあたって、自分でも実戦で試し撃ちしたりするでしょ? でも一人でダンジョンに行かせるのは不安だし、私達は私達でクエストがあるから面倒はみれない。だからね、信用できる人物に貴方の護衛を任せることにしたのよ」
理屈は分かる。だが、いきなりすぎる。
まるで、この人を自分にあてがうことが前提で、護衛云々は後付けであるかのような唐突さだ。
「そういうことだから、これからよろしく頼むよ、シモン」
「え、えぇ……」
しかし、「いらないです」と断れないのも、また事実であった。
「彼女の正体は故あって明かせないけれど、身元も実力も私が保証してあげる。だから安心して試し撃ちに行ってきてね」
疑問を差し挟む余地もなくリリィに一方的に言い切られ、ついでとばかりに――
「そうですか、それじゃあどうぞごゆっくり」
と、後からやって来たクロノにもあっさり見捨てられる始末。
もう流れに身を任せることしかできないシモンは、こうしてついに、ソフィという怪しいお姉さんと一緒にダンジョンまでやってきてしまったのである。
不安点は数えきれないほどあるが、それでもここまで来てしまった以上は、当初の目的だけはしっかり果たそうとシモンは覚悟を決めた。
「うーん……この辺にしようかな」
足を止めたシモンの視線の先にあるのは、小さな川であった。
ここは『ラティフンディア大森林』、通称ラティの森と呼ばれ、スパーダの冒険者にとっては定番のダンジョンである。危険度こそランク4に分類されるが、森の浅いところはスライムやゴブリンなどの低ランクモンスターばかりが生息するのみで、初心者冒険者が活動するには適したフィールドだ。シモンも以前に一人で訪れたことがある。無論、薬草採取で。
「ソフィさん、僕がクエストも受けずにダンジョンまできた目的は、ちゃんと把握してくれてますよね?」
目星をつけた川の畔までやって来るなり、シモンが声をかける。
ソフィはこちらを子供だと侮っているのか、やけに馴れ馴れしい態度だが、悪意は感じられない。ここは友好的に、協力してもらうのが最善である。
「ああ、勿論さ、『機関銃』とかいう武器の性能実験だろう?」
実のところ、機関銃の開発はアルザスから帰った直後から、ライフルと同時並行で進めていた。先に形になったのがライフルだったが、この度、イスキアの教訓を得て最優先で機関銃を完成させたのだ。
もっとも、現段階では試作型と呼ぶのも躊躇する出来であるが。何といっても、弾丸を連続発射する肝心の機関部分が、未だに魔法の術式頼みになっている点がシモンにとっては納得しきれない。
これでは単なる魔法の杖。だが、それでもまずは今すぐ使える最初の一丁を作り上げることを優先したのである。
「はい。それで、この機関銃なんですけど――」
と説明しつつ、いつもの空間魔法ポーチを引っくり返すと、ゴロゴロと鋼鉄の塊が草地の上に零れ落ちる。無論、これらはただのガラクタではなく、機関銃のパーツである。
「見ての通り、個人が携行できる大きさの武器ではありません。基本的に、地面や城壁などに設置して使用する、兵器と言った方が適切かもしれません」
「なるほど、バリスタのようなものか」
最後に、長大な銃身をズルズルと引き抜きながら、全パーツが揃う。早速シモンはその場で組み立てを始める。
まずは台座となる三脚から。移動は考慮していないので、アルザスの時のように車輪付きの台車は用意しなかった。
「モンスター相手に試し撃ちするには、この場で待ってなきゃいけないんですが――」
「任せておけ、私が適当に引き寄せてくればいいのだろう?」
話が早くて助かる。流石、あのリリィが一押しするだけある人物ということか。シモンは彼女に対する期待が一つ高まる。
「ちょっと危険ですけど、可能ならお願いします」
「この辺はランク2モンスターが精々だろう、何も危険などないさ。それじゃあ、行ってくるよ」
そう言い残し、ソフィは疾風のように去って行った。眼の前に流れる小川を一っ跳びである。
魔術師クラスと聞いていたが、あれだけの身体能力も発揮するとは、素直に驚きである。武技なのか強化魔法なのか、それとも素の能力なのか、シモンには彼女の大跳躍の秘密は分からないが、それでも純粋に凄いというのは理解できた。
これなら、上手くモンスターを向こう岸のキルゾーンまで引っ張ってこれそうだ。開けた河原で川を防壁に銃火を浴びせるのは、アルザス村と同じである。
「よし、早く組み上げなきゃ」
そうして、重たいパーツを持ち上げるのに苦労しつつも、十分と経たずに機関銃を完成させる。
見た目はアルザス村で製造したものと似ている。長方形の箱から長い銃身が飛び出すだけで、何とも不恰好な形。率直にいって、恰好悪い。本物を見たことがあるクロノは勿論、製作者であるシモンでさえ、これが武器としてダサいことは理解できる。
それでも、これがアルザスの急造品よりも格段に進化しているのは確かだ。
これの基本構造はガトリングガン、とクロノが呼んでいたタイプのものである。グリードゴアの素材を使ったクロノ専用の新装備もガトリングガンにしよう、とレギンと話し合って決めていたが、シモンのこれは、真の意味で地球という魔法のない異世界に存在するものに近い構造をしていた。
正確には、人力でクランクを回して、給弾、装填、発射する、地球の歴史ではガトリングガンの最初期の構造である。
決定的に異なるのは、弾丸を発射するのが火薬によってではなく、内部に組み込んだ火属性の魔法による、という点だ。
ベルト状に繋げた弾丸は、炸薬の詰まっていないただの鉛の塊であり、これがそのまま発射され、排莢というプロセスが存在しない。
故に、弾詰まりしない、というメリットはあるが、発射機構を魔法に頼っているというのは、それを補って余りあるデメリットでもあった。
シモンは魔法が使えない、つまり、魔力がない。内部の魔法式発射機構を作動させるには、別に魔力を供給するためのパーツ、いや、魔法具が必要となるのだ。
モノとしては、単純に火属性の魔石を少しばかり加工した低グレード品なのだが、量産するには致命的なコスト高となる。さらに、このアイテムによる魔力供給が尽きれば、機関銃は撃てなくなる。弾丸が残っていてもだ。
銃はシモンのように魔法の使えない一般人でも扱える武器にしなければ意味はない。将来的には、一切の魔法術式を排して仕上げなければならないのである。
機関銃の真の完成を見るのは、まだまだ時間がかかりそう――だが、今はとりあえず出来上がったものを試すべき時だ、とシモンは気持ちを切り替えて、組み上げた機関銃のクランクを握った。
「じゃ、まずは動作確認――」
最初の試し撃ち。何も標的を定めず、単純に弾丸が撃ちだされるかどうかを確かめる。
しっかりグリスも差してある新品のクランクは、非力なシモンの細腕でも滑らかに回転させられた。
銃身がカタカタと音を立てて回り始め、同時に、弾丸ベルトが内部へと巻き込まれていく。
響き渡る乾いた発砲音。激しく明滅するオレンジ色のマズルフラッシュ。
「やった! ちゃんと動いた!」
理論上、毎分二百発の連射速度を実現できるが、この短い実射だけで、そこまで正確に判断はできない。とりあえず、今は無事に作動した、というだけで十分である。
ちなみにガトリングガンの砲身は、六本束ねてある分、それだけ弾丸の発射による加熱を分散させる効果もある。複数の砲身を回転させ順番に弾丸を放つ構造なのだから当たり前の結果、しかし、重要な効果だ。
実はクロノの絵を見た時に、六本の砲身から同時に弾を発射するんだ、凄い、と早とちりしたのは、内緒である。
「これなら、ゴブリンやスライムの十体や二十体、楽に片付けられる」
動く的に向かってぶっ放すのが楽しみだ、とトリガーハッピーな気分で、シモンはソフィの帰りを待った。
そうして待つこと三十分ほど。ガサリ、と茂みから音を立ててソフィが飛び出す。敵と誤認して発射、なんてヘマはしない。
もっとも、ソフィほどの実力者ならゼロ距離で銃を撃っても難なく防がれる、とリリィが自信満々に語っていたので、万が一ということもありえない。
「お待たせ。大した数じゃないけれど、試し撃ちするには十分だと思うよ」
川向うから再び大跳躍を決め、気が付けば機関銃を構える自分のすぐ真横に戻ってきたソフィが、耳元でそう囁きかける。いちいち距離が近い。
背筋にゾクリとしたもの感じつつ、シモンはとりあえず「ありがとうございます」と礼を言った。
言いながら、その意識は今にも河原へ飛び出そうとするモンスターへと向けられている。姿こそ見えないが、ゴブリンの威嚇であるキーキーと猿のような甲高い声が前方の森から幾つも響いてきた。
大した数じゃない、とソフィは言っていたが、それは恐らく謙遜だろう。彼らの声は、どう考えても十体や二十体ではすまない大合唱となっているのだから。
「あの、ソフィさん……ゴブリンってどれくらいの数いますか?」
クランクを握る手が、汗でじんわりと湿るのを感じつつ、シモンは素直に聞いてみた。
「うーん、百くらいかな」
幸いにも、すぐ近くで巣を見つけてね――という説明の言葉は、もうシモンの耳には入らなかった。
「うわぁ、来たぁ!?」
耳障りな奇声を絶叫しながら、一目では数えきれないほどのゴブリンが河原へと躍り出る。
明らかに想定を上回る敵の数に、シモンは反射的にクランクを力いっぱいに回した。
天才錬金術士と熟練鍛冶師が丹精込めて作り上げた新兵器は、そこに秘められた性能通り、あらんかぎりの鉛玉を吐き出す。正に、掃射。
「わぁあああ! 多い! 多すぎるよソフィさん!!」
「はっはっは、喜んでもらえて嬉しいよ」
「命の危機を感じてるんですぅ!」
叫びながら、シモンは火を噴く機関銃を巧みに操り、ゴブリンの接近を許さない。
やはりアルザス村の時と同じく、敵は川に足をとられて即座にここまで距離を詰められない。おまけに、動きも鈍る。
予定通り、彼らは良い的になってくれるが、如何せん数が多い。
もし、射撃の反動がもう少しだけ強ければ、シモンの細腕で制御は効かず弾幕に大きな綻びが生じただろう。
機関銃がスペック通りの能力を発揮してくれる今この瞬間でも、数に任せて押し寄せるゴブリンが、この小さな川を渡り切ってしまいそうなのである。
五体までなら、接近されても念のために傍らにスタンバイさせておいた試作型ライフルで始末できる。
しかし、この数を前にすれば、一体でも抜けられたら最後、次々と後続グループが上陸し、あっという間に包囲殲滅だ。
「やばい、もうやばい、無理――」
勇猛果敢に正面突撃を敢行するゴブリンは、的確に降り注ぐ鉛玉の雨に撃たれバタバタと倒れてゆく。まき散らされる血と臓腑で、瞬く間に小川の水面が赤に染まる。
硬い鱗も甲殻もなく、また、粗末な毛皮や薄汚れた布きれをまとうだけのゴブリンには、高速で射出される鉛玉を防ぐ手立てはない。大口径の弾丸が体のどこかに命中すれば、それだけで戦闘不能である。地面で倒れれば失血死、川で倒れれば溺死。死は決して免れえない。
一方的な虐殺。だがその実、シモンのほんの僅かな射撃ミスで即座に形勢がひっくり返る、綱渡りのような限界ギリギリの攻防。
「頑張れシモン、あともう少しだ」
「無理、ほんとに無理、あ……あ、あッー!!」
銃火と断末魔と絶叫と、温かい声援が響くこの場所は、正に修羅場であった。
「はぁ……はぁ……やった……何とかやった……」
もう自分でもどうやって乗り切ったのか覚えてないが、ついにシモンはゴブリンの突撃を防ぎ切った。最後の一体は、銃口から僅か二メートルしか離れていないところでひき肉と化している。
何はともあれ、機関銃の性能はこれ以上ないほどに証明された。期待以上の成果。
だがしかし、である。
「ソフィさん! 幾らなんでも集めすぎですよ!」
死ぬ思いだったシモンとしては、言わずにはいられなかった。ついでに、死線を潜り抜けたばかりでちょっとハイにもなっている。遠慮よりも、文句が優先。
「自慢の新兵器と豪語していからね、ゴブリンの百や二百は軽く蹴散らせるのかと思ったんだが」
「そんな数を気楽に相手できるのはランク5冒険者だけですよ!」
雑魚モンスターの代名詞と呼べるゴブリンでも、百もの数が徒党を組んで襲って来れば、ランク4冒険者でも、単独ならそれなりに手間がかかる。
「そうかい? 見事に殲滅してみせたじゃないか」
「あと一体多かったら死んでましたよ!」
「大丈夫、君はこの私が守るからね」
やけに自信満々に言うが、肝心の実力をまだはっきりと目にしてはいないのだから、素直に安心などできるはずもない。
「はぁ……とりあえず、何とかなったんでもういいです」
諦めと妥協というのは、人間関係の中で大事な要素の一つである。そういう意味で、シモンは一つ大人であった。
文句は喉元でぐっと堪え、これからの付き合いで意識の差は埋めていけばいい、と前向きな気持ちさえ胸に抱きながら、次にするべき行動に移る。
百体のゴブリンを屍に変えたことで、辺りは血の臭いが満ちている。ウィンドルなど嗅覚の鋭い肉食モンスターが現れるのは時間の問題だ。
機関銃の弾丸はまだ少し残っている。折角だから、全て撃ち尽くすまで使いたい。しかし、ここで問題になってくるのが、銃身の過熱である。
持てる性能通りの連射力を発揮したことで、銃身はすっかり赤熱化してしまっていた。いくら六連砲身で分散できるといっても、限度はある。
だが、クロノが獲得したグリードゴアの砂鉄を利用した複合金属によって、この試作型ガトリングガンの銃身は作られている。アルザス戦の急造機関銃とは段違いの頑強さを誇るが、それでも長く使う、安定したパフォーマンスを発揮し続けるには、少しでも熱で歪みがでないよう適時、冷却していく必要はあった。
もっとも、現時点では効率的な銃身冷却システムまでは用意できていない。当然、ここは魔術師のパートナーに頼ることにしたのだった。
「ソフィさんって、氷魔法が得意って言ってましたよね」
「ああ、他の属性は十人並みだが、氷だけは自信を持って得意だと言えるよ。上級は勿論、原初魔法も幾つか編み出している」
現代魔法の上級を超えるために原初魔法を編み出す、というのは一流の魔術師として認められる有名な条件である。より自分の魔法特性に沿った術式を開発できれば、当然、型にはまった現代魔法の術式よりも、高い効果を発揮できるからだ。無論、そう簡単にオリジナル開発なんてできないからこそ、一流が一流たる所以となるのだが。
ともかく、ソフィの言葉が真実であるのなら、彼女の魔術師としての腕前が一流、いや、複数の原初魔法を習得したというなら、超一流と呼んでも過言ではないだろう。
氷属性の原初魔法使いでダークエルフの美女とくれば、シモンの、いや、スパーダ人の多くはとあるランク5冒険者を思い浮かべるだろう。
「それは凄いですね、『吹雪の戦乙女』のソフィアさんみたいです」
みたい、というかソックリである。名前も見た目も。まして、今は神学校の理事長を務める本人と面識があるのだから尚更だ。
「……本人、じゃないですよね?」
この際だから、思い切って聞いてみた。
「まさか、この顔を見れば分かるだろう?」
「いや、それ魔法具で顔は隠れてますよね」
魔法は使えないが、知識はあるシモン。彼女のフェイスヴェールが認識阻害効果を秘めた一品であることは察している。顔が見えているはずなのに、何故かよく記憶に残らない――その不思議な感覚こそ、見る者に正確な情報を意識させない魔法の効果の特徴である。
「故あって顔は明かせない。けれど、他の種族から見ればダークエルフの女などどれも同じように見えるだろうし、ソフィという名前もありふれたものさ」
「そうですよね。あの人は神学校の理事長ですし、僕に付き合って遊んでるはずないですし」
「そうとも、理事長は何かと忙しいから大変なのだよ」
まるで自分が経験してきたかのような物言いにかすかな引っ掛かりを覚えるが、今はそんな些末なことより、優先するべき頼みごとがある。
「えーと、それで、氷魔法が得意なソフィさんに、ちょっとこの銃身を冷却して欲しいんですけど」
悔しいが、魔法は万能である。どんなに効率の良い冷却システムやら構造やらを考え出しても、その苦労をあざ笑うかのように魔術師というヤツらは事もなげにやってのける。
妬ましいことこの上ないが、今は置いておく。使えるモノは猫の手でも使う、錬金術師の合理的思考。
「お願いできますか?」
「勿論、お安い御用さ」
幻惑のヴェール越しに色っぽい笑みを浮かべながら、ソフィの褐色の細指が赤熱化した六連銃身へと無造作に伸びる。
「そのまま触ったら危なっ――」
ボシュウウ、とシモンの警告をかき消す激しい蒸発音が上がった。俄かに白い蒸気が濛々と立ち込める。
いくら熟練の魔術師だろうと、素手で高熱の金属パーツに触れるなど正気の沙汰ではない。どれだけ自信があるのかは知らないが、次の瞬間には絹を裂くようなソフィの悲鳴が――バギッ!
「……え?」
予想された悲鳴の代わりに、何だか凄まじく嫌な音が聞こえてきた。
その時、吹き抜けた一陣の風によって、蒸気の靄が綺麗に晴れていく。果たしてそこに、悲劇は起こっていた。
「折れてる!?」
銃身が折れていた。それはもう見事に真っ二つ、バッキバキに。無残な破壊の後を晒すその銃身は、透き通った水晶のような氷で覆われていた。
内に鉄屑を秘めた氷の塊。それはまるで、世間から評価されることのない前衛芸術作品のようである。つまり、単なるガラクタと化していたのだ。
「すまない、冷やしすぎてしまったようだ」
高熱の物体を急激に冷凍する、あるいはその逆によって、モノが割れたり砕けたりといった現象は、物理化学に精通する錬金術師でなくとも、大抵の人は知っている。ガラスのカップに熱々のお茶を注いで割ってしまった、などの身近な失敗談で誰でもお馴染み。
だが、急速冷却しすぎて鋼鉄の銃身をぶっ壊した人物は、この世界ではソフィが初めてであろう。
「まさか、こんな簡単に壊れるとは思わなくて……」
簡単に壊れるとは、と思っていたのはシモンも同じである。単なる鋼鉄ではなく、ランク5モンスターの素材を利用した特殊な合金なのに、こうもあっさり壊れるとは予想だにしていない。少々、無茶な急速冷却しても問題ない、と思ったからこそ、ソフィに魔法で冷やしてくれと頼んだのだ。
そしてこの有様である。
彼女が持つ驚異的な氷属性の威力は証明されたが、「流石は氷の原初魔法も使える凄腕の魔術師様ですね」、とは言えない。言えるはずもない。
もう、我慢の限界だった。
「……だ」
シモンに言えるのは、一つの決意表明。
「え、なんだって?」
恐る恐る、といった感じでソフィが俯くシモンへ問いかける。
「……もうやだ、パーティ解散する」
涙ながらの解散宣言に、ソフィがマジ泣きで謝罪を入れたのは、この三十秒後のことであった。