第37話 使徒のカリスマ
ヴァージニア港に来航した、最新鋭の魔動戦艦『ガルガンチュア』を前に、マクスウェル司祭長は溜息を吐いた。
「使徒、か……」
彼は一年前、パンドラ大陸に初上陸したメンバーの一人である。
敬虔な十字教徒である彼は、司祭長という位でありながら、『パンドラ大陸を征服せよ』という神の御意思を実行すべく、この征服事業に参加したのであった。
未知の大陸へ渡り、野生のモンスターに襲われながらも、苦難の末にこのヴァージニアを建設し、半年前のダイダロス侵攻へも参加した。
彼は現在ヴァージニアに居る者の中で、街の発展に最も貢献してきた人物である。
半年前に指揮官だった騎士が死に、その他彼より高位にある者達が軒並み共和国へ逃げ帰った後、マクスウェルの立場はヴァージニアにおける教会関係者において繰り上がりで最高位となってしまったのだ。
そして教会の代表者であるというのは、国民全て十字教徒のシンクレア共和国出身者で構成されるヴァージニア住民の頂点に立つことを意味する。
故に彼はヴァージニアの代表として、十字軍の総司令官である使徒を出迎えるべく、こうして待っているのである。
両脇には、まだ歳若い自身の弟子でもある二人の司祭が控え、さらにその後ろでは教会関係者は勿論、多くの住民達が、救世主たる使徒を一目見ようと賑やかに押しかけている。
今も巨大な魔動戦艦へ向かって歓声を上げ、しきりに手を振っているのだ。
彼らの気持ちが分からないマクスウェルでは無い。
こうして恐ろしき魔族の軍勢を前に、いつ襲われるとも知れない中でやってきた一万五千という大援軍である。
その総司令官ともなれば、自分達の危機を救う救世主であるに違い無い。
だが、マクスウェルは大きな疑念を抱えていた。
使徒とは、一体どれほどの人物であるのか? というものだ。
今回やってくるサリエルという使徒は、その名前と第七番目であること、そして歳が若い女性ということしか聞いていない。
どれほど若くとも使徒である以上は、神に愛され、凄まじい力を持つのは違いない。
だが、それが直接人を統べる能力になるとは限らない。
確実に彼らが持ちえると言い切れるのは、戦闘能力のみであるからだ。
恐らく若い使徒はただの旗印であり、実際は副官など、彼女に次いで位の高い者が指揮を執るのだろう。
そしてマクスウェルは‘高位の司祭’というものを信用していなかった。
そもそもヴァージニアを捨てて逃げ帰ったのが高位の司祭達である、その一事を見ても教会の上層部に対し不信を抱くには十分ではあるが、マクスウェルはそれ以前から信用などしていなかった。
彼も司祭長という位まで登り詰めた人物である、大司祭や司教、とりわけエリシオンに勤める者が、どういうものかというのを若い頃から嫌というほど見てきたのだ。
彼に言わせれば、教会組織は腐っている。
誰も彼もが、出世と金に目がくらみ、他人を蹴落とすことしか考えられない愚物ばかり。
教会組織そのものに賄賂は横行し、司祭という厳しい修行と信仰を捧げた者のみが得られる位を、金で買うことすら出来るのだ。
そんな世界に、マクスウェルは司祭長の称号を得た頃になるとついに耐えられなくなった。
自ら出世の道を閉ざし、ひたすら神への信仰を捧げる為に数々の戦場に身を投じてきた。
そして、明確な意味を持つ『神託』が下ったことを受け、彼は迷わずパンドラ征服事業への参加を決意したのである。
その選択に後悔などあるはずも無い。
ここでは他の戦場と同じく辛い経験ばかりだが、これこそ神が与えた試練であり、神の御意思を遂行する正しき信徒の働き、これ以上に遣り甲斐のある仕事は無い、とマクスウェルは心から思っている。
だからこそ、この‘正しき信仰’が行われるヴァージニアにおいて、私欲に塗れた司祭が再びやって来ることに嫌悪感を示さざるを得ない。
まだ見ぬ十字軍の司祭達が、どういった者であるかは勿論分からない、だがもしこのヴァージニアを神が望まれた土地であることを忘れ、自身の欲望を満たす為に扱おうものならば、消すも止む無し、と真剣に考える。
この遠い異郷の地では本国の監視の目など無い、事故を装えばいくらでも殺せるのだ。
マクスウェルはそれほどの覚悟を持って、十字軍総司令官を出迎えるこの場にあった。
(ワシが、この地に相応しき者かどうか見極める――)
すでに中年を過ぎ、深い皺を刻んだ顔が険しく歪む。
だが鍛え上げられた巨躯には歳による衰えを全く感じさせず、強く意気込むマクスウェルの様子に左右に控える弟子がより一層の緊張にその身を震わせた。
その時、ついに戦艦の扉が開かる。
そこから出てきたのは、長身痩躯の青年であった。
ウェーブのかかった淡い金の長髪に、女性と見紛う美しい容貌、とんだ優男だと思うところだが、彼が身に纏う白い法衣に目が奪われる。
(大司教だと……あの若さで……)
マクスウェルにはその位が一目で理解できた。
大司教は枢機卿の候補になれるほどの高位である、複数人の司祭を纏める司祭長と比べて尚、格の違う位である。
(だとすれば、彼が十字軍の総司令――いや待て、総司令官は間違いなく使徒のはず……)
教会最強の称号である使徒と、使徒を除き上から三番目の位にある大司教、片方ならまだしも両方来るとは、マクスウェルは驚きを隠せない。
副官は恐らく大司祭、どう高く見積もっても司教までが限度だろうとの予測が簡単に覆された。
そんな天上人にも近い位を持つ青年の登場に、額に一筋の汗が流れるマクスウェル、大司教だとまだ分からない弟子が羨ましいと思えるほど緊張感に包まれた。
大司教の青年は優雅な動作で、扉の内にいる何者かの手をとり、タラップを下りて来る。
その手を引かれるのは、そう、他でも無い、第七使徒サリエルであった。
純白の威容が、ついに光の下へ晒される。
「あぁ――」
その瞬間、歓声に包まれていた港がしんと静まり返った。
白い服、白い肌、白い髪、そして紅玉すら霞む輝きを宿す双眸。
その容姿は、どんな画家も描く事叶わず、どんな彫刻家も彫る事叶わない、正しく、神のみが生み出せる、白く輝くその美貌。
「――なんと、美しい」
目から、知らずに涙が溢れていた。
ただただ、その神々しいまでの美に目を奪われる。
大司教に先導され、ゆっくりと、自分に向かって一歩ずつ近づいてくる。
最高位の教皇を見た時でも得られなかった、大きな感動に打ち震えると同時に、本物の神に祝福されたかのような、安心感とも、充足感ともいえる満ち足りた感情が止め処なく胸のうちにわきあがってくる。
マクスウェルは、自然と膝を付き、両手を胸元で組み、祈りの姿勢をとっていた。
「マクスウェル司祭長、ですね」
目の前までやって来たサリエルが声をかける。
未だ経験など無いが、マクスウェルは神のお告げを聞いた気分であった。
「はい」
「これまで、よくヴァージニアを守ってくれました。
これよりは、十字軍と共に、神の御意思を遂行するべく尽くしましょう」
サリエルの白く小さな掌が、頭を垂れるマクスウェルを撫でる。
「はいっ! このマクスウェル、第七使徒サリエル閣下に我が身全てを捧げ、尽力いたしますっ!!」
溢れる涙を抑えきれず、それでも力強くマクスウェルは応える。
彼はこの時、言葉通りにサリエルへ我が身を捧げることを誓ったのだった。
「――」
サリエルは、無表情、無言のまま、未だ静まり返る群集へ小さく手を振った。
その瞬間、割れんばかりの歓声が上がり、狂信の域にまで達するほどの熱狂がヴァージニアを包んだ。
その様子を見つめるサリエルの瞳には、何ら感情の揺らぎは無い。
拘束のリングが外れ、一切の能力制限から解き放たれた今のサリエルは‘他の使徒’と同じように、その身に宿す加護の力が溢れ、常時‘神性’を宿す。
神を模したモノに力が宿るのと同じように、正しく神に愛された彼女の美は、十字教の信徒を一目で魅了する力を発揮したのだった。
信仰心の厚いものならば尚更、マクスウェルはサリエルを通して、今この時本物の神の力に触れたのだから。
サリエルちゃんのカリスマYABEEE! というお話でした。
ところでジジイをナデポするお話なんて誰得なんでしょうね。
それと、今回から登場人物紹介を掲載しようかと思います。それなりの数のキャラがいたり、こうして視点が切り替わる話が多いと、「あれ、コイツって誰だっけ?」となりがちなので、読み返す際などにご利用下さい。ネタバレや設定などは含まれないので、読まなくてもOKですのでご安心を。