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黒の魔王  作者: 菱影代理
第20章:色欲の世界
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第377話 アンデッド王リッチ降臨!

 ランク3ダンジョン『復活の地下墳墓リバイバルカタコンベ』の最終階層は、スパーダの『大闘技場グランドコロシアム』を思わせる広い円形の空間が広がっている。

 全体的に無骨な石造りというのは共通するが、バフォメットの角みたいにねじくれたデザインの円柱や、茨のように刺々しい錆びた鉄柵、不気味なキメラの石像ガーゴイルなどなど、趣味の悪い装飾が随所に目立つ。陰鬱な雰囲気は抜群だ。

 そこで待ち構えるのは、現在このダンジョンを支配しているアンデッドモンスターの王、リッチである。

 外見こそ普通のスケルトンと同じくただの骸骨であるのだが、その身に、いや、悪しき魂に秘める闇の魔力は、他のアンデッドモンスターと一線を画す莫大な量だ。リッチが基本的に魔法で戦うタイプなのは、それが豊富な魔力を最も生かせるからに他ならない。

 この度『復活の地下墳墓リバイバルカタコンベ』に誕生したリッチも例にもれず、くすんだ黄金の長杖スタッフを手にする魔術師クラスである。

 錆びた王冠に、血染めでドス黒く変色したローブとマント。髑髏の暗い眼窩に灯る、燃えるように揺らめく紫光。その姿もまた、ギルドのモンスターリストに掲載されているイラスト通りのものである。

 世間でよく知られた姿、例外的な要素はない、予想されて然るべき存在――だが、それでもリッチはランク5を冠する強力なモンスターであることに変わりはない。

 そんな彼が今、強い怒りと共に、とある冒険者パーティを迎えていた。

「コイツがリッチで、間違いないな」

 死の王たる己の前に、不遜にも立ちふさがるのは黒衣の男と、彼に付き従う妖精と魔女。

 ここを最終防衛線として終結させたアンデッドモンスター軍団を前に、この三人は無人の荒野を行くが如く軽々と蹴散らし現れたのだ。

 軽く百を超えるスケルトン・ソルジャーを中心に、ミノタウルスゾンビやサイクロプスゾンビといった重量級も数十体揃えている。中には、ここへ踏み込んだ冒険者をゾンビ化させ、生前のクラスそのままの戦闘力を保ったリッチ特製エリートゾンビさえ擁している。

 例え騎士団が踏み込んできても、それなり以上に戦えるだけの戦力を揃えていた――はずだが、彼らの歩みを止める役には立たなかったようである。

 今でも背後を襲わせようと密かに指示を出してはいるものの、男が、いや、かすかなテレパシーの反応からいって、直接的に命令権を行使しているのは妖精だろう、ともかく、彼女が従える九人の戦士による獅子奮迅の戦いぶりによって、アンデッドモンスターを寄せ付けない。

 不甲斐ない部下にリッチの苛立ちが更に増す。

 しかし、と高度な知性を持つリッチは考える。この冒険者パーティを打倒して、新たにアンデッドとして配下に加えれば、今回の戦いによる損失など屁でもない新戦力が手に入ると。ピンチとは同時に、チャンスでもある。

 カラカラと髑髏の歯を鳴らす乾いた笑い声を上げて、リッチは杖を掲げた。

 彼らは強い、だが、自分ほどではない。リッチにとっては、ただ自らの手を煩わせるからこそ、腹立たしい。ただ、それだけのことである。

 リッチが誇る強大な闇魔法『暗黒葬送デス・フォースブラスト』を撃てば、それで決着だ。

「تدمير تبادل لاطلاق النار تبادل لاطلاق النار الظلام انتشار الظلام الأسود――」

 魔術師クラスであるリッチが単独で、敵の前で堂々と詠唱を始めるのは愚かな行為だろうか。いいや、ここまでやって来た手練れの冒険者なら、理解できるだろう。術者を守る前衛がいなくとも、戦って勝てるだけの策が、リッチにはあると。

 それも一つではない、二重三重の防御策に、ダンジョンの機能ではなく自ら用意しておいたトラップなどなど、迎撃準備は万端。

 ここはダンジョン、我が城である。地の利は己にあり、それを利用できる頭脳がある。

 敗北など、万に一つもない――そう考えていたリッチが最後に聞いたのは、何てことはない、冒険者パーティなら言って当たり前の、攻撃命令だった。

「行くぞ、リリィ、フィオナ――フォーメーション『逆十字アンチクロス』」




「おかえりなさいクロノ君、クエストクリア、おめでとう」

 スパーダ冒険者ギルド本部にて、エリナが素敵な笑顔でクエストの成功と帰還を祝ってくれた。ただの受付嬢だったら単なる定型句でありがたみはないが、友人である彼女から言われれば心がこもっていると感じられる。

 もっともフィオナに言わせれば、そう感じる時点で俺は騙されているらしいのだが。

「ありがとう。早速だけど、次のクエストを見せてほしい」

 今すぐ受注するかどうかは置いといて、早めに目星はつけておきたい。

 振り返ってみれば、リッチ討伐は大成功。実際、苦戦することもなく、俺達のワンサイドゲームだった。戦闘開始から、討伐の証である高密度の魔力結晶と化した『偽りの心臓イミテーションハート』を砕けた髑髏から取り出すまでに、五分もかからなかったと思う。

 魔王ミア、妖精女王イリス、黒魔女エンディミオン。三人の加護が組み合わされば、このフォーメーション『逆十字アンチクロス』は名前に劣らず、神の手先である使徒を葬り去れる――はずである。

 第七使徒サリエルとは二度戦ったが、常に手加減状態だったし、第八使徒アイはそれなりに本気と思われる攻撃を一発しか見ていない。本気になった使徒がどれほどのものか、未だに測り兼ねる。

 だが、それでもようやく「倒せるかもしれない」と実感できるほどの力が得られたのだ。その進歩は大きい。

 ともかく、使徒を殺せるだけの力が発揮できるなら、ランク5の中でも低めの実力でしかないリッチ如き、倒せないはずがない。

 しかし、対使徒用に編み出した連携技、いや、陣形といった方が適切だろうか、ともかく、この『逆十字アンチクロス』を使いこなせているかどうかはやや微妙なところだった。

逆十字アンチクロス』の発動時間は最大十五分の計算だったが、実際に使ってみれば十分持つかどうか分からないほど不安定だった。

 俺もリリィもフィオナも、まだ新しい加護の行使に習熟しきっていない、という単純にして根本的な問題点である。

 もしリッチが二体いれば、ちょっと危なかった。コレを使った後は全員魔力がほとんど底を着いてダウンしてしまう。

 それを見越しているからこそ、リリィのシモベを使うのである。彼らは行動不能に陥った俺達の護衛というのが、戦場で真に求められる役割なのだ。今回のクエストでの活躍ぶりを見れば、そこは十分に果たしてくれそうで安心できる。

 スケルトン・ソルジャーを圧倒し、ミノタウルスゾンビなどの大物相手にも引けを取らない戦闘能力と連携は目を見張るものがある。実力を冒険者ランクに換算すれば、どう低く見積もっても3はあるに違いない。これから戦闘経験と装備も充実させていけば、ランク4相当になるだろう。

 果たして、凄いのはそれだけのスペックを秘める彼らなのか、それともリリィなのか。

 なんにしろ、今の俺達にはまだまだ鍛錬が必要なのである。早く次なる練習相手を見つけなければ。

「ねぇ、クロノ君」

 ランク5クエストが記された依頼書の束を流し読みしていると、不意にエリナから声を掛けられる。何かオススメのクエストでもあるんだろうか。

「デートしよっか」

「……はい?」

 サラマンダーのツガイ討伐、と書かれてある依頼書から反射的に視線を上げる。あまりに突拍子のない申し出。だが、目の前にあるのは魅惑的な美人エルフの微笑。笑ってはいるが、目が結構マジに見える。

「前はあの魔女に邪魔されちゃったし、早く約束しとかないと、またクエストでしばらく帰ってこないでしょ?」

「いや、それはまぁ、そうだけど……デートって、別に俺とエリナは付き合ってるわけじゃないよな?」

「もう、固く考えすぎよクロノ君。年頃の男女が二人きりで遊びに出かけたら、それはもうデートなのよ。当人が友達とか何とか言いつくろっても、ね」

 考えが固いのはエリナの方じゃなかろうか。スパーダってそういう認識がスタンダードなのか。

 いや、だがしかし、彼女はデートをしようと誘っているのであって、決して断っているわけではないのだ。ということは、つまり、俺を異性としてはっきり意識して――

「ハニートラップですか?」

「そこで言う!? っていうか敬語に戻るのやめてー!」

 流石に、こうストレートに誘われると気になってしまうというかなんというか。

「いや、ごめん。けど、デートと呼べるかどうかは置いといて、二人で食事でも遊びでも、出かけるのは構わないよ」

「え、嘘、ホントにっ!?」

「ああ、友達だろ?」

「うん、まずは友達からで!」

 本当にハニートラップじゃないだろうな……ともかく、エリナと個人的に友好を深めることに否やはない。フィオナからケチはつけられそうではあるが、一応、一方的に利用されないようにと心構えがあえれば大丈夫だろう。大丈夫、ということにしておく。

「それじゃあ、いつ空いてるの? 私は今からでも、構わないけど?」

 仕事はいいのか、と思うが、ランク5冒険者と懇意にすることはギルドの目的の一つだったか。言えば色々と融通きくのだろう。

 公に遊びに行けるなんて随分と楽しいシステム、なんて思うが、よくよく考えると好きでもない冒険者相手の接待というパターンも考えられる。

 果たして俺は、本当に喜ばれているのだろうか……邪推しないでもない。

「今からはちょっと。次のクエストの準備もあるし、他にも予定が色々と――」

 遊びに行くのは良いが、あんまり休んでばかりもいられない。使徒に対する大きな勝算を得られたからといって、決して油断はできないわけだし。

 さて、どうするか――と悩みつつ、何ともなしに手元にある依頼書をめくったその時だった。

「……ごめん、エリナ。急で悪いけど、デートは次のクエストが終わってからにしてくれないか?」

「えっ、何で!?」

 いきなり意見を翻した俺に怒る、というよりは悲しげな表情での問いかけ。心は痛むが、それでも譲れない、譲るわけにはいかない事情ができてしまった。

「どうしても、このクエストだけは早く終わらせなくちゃいけないんだ」

 そうして、俺は一枚の依頼書をエリナへと差し出す。つまり、受注するということだ。


クエスト・ラストローズ討伐

報酬・二千万クラン

期限・春が来るまで

依頼主・アスベル村冒険者ギルドマスター・ジミー

依頼内容・今年もアスベル山脈にてラストローズの巣が開かれた。ラストローズは、ただ洞窟に籠ったまま獲物が飛び込んでくるのを待つ習性であるが故、付近に近づかなければ害はないので最優先討伐対象とはならない。

 しかし、三十年前に発見されてより、幾人もの挑戦者を帰らぬ者としてきたアスベルの淫魔を、どうか今年こそ討てるよう心から願っている。


「ラストローズ討伐? 聞いたことないモンスター名だけど、そんなに急ぐものなの?」

 十字軍が進軍を始めた、というのを除けば、これほど優先されるものはない。

「ああ、どうしてもだ。頼む」

「そう、残念だけど、待ってるわ。なるべく早く帰ってきてね?」

 かくして、色欲の名を冠する、第四の試練へ挑むこととなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あぁ、前のジミーさん登場回は30年前の出来事だったのね。
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