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黒の魔王  作者: 菱影代理
第19章:ランク5冒険者
374/1043

第373話 ランク5クエスト

 次回で19章は完結となります。

 『復活の地下墳墓リバイバルカタコンベ』って何処だっけ、という方は、第180話『ランク2クエスト』をご覧ください。

 蒼月の月9日の朝。スパーダの第二防壁を超えた向こう側にある上層区画、その表通りは通勤やら通学やらで、人々がごった返している。

 かっちりとスーツをまとった大柄なゴーレムを回避したら、その陰から不意に出た灰色ローブの男性と軽く肩がぶつかってしまった。

「すみません」

「いえ、こちらこそ」

 一瞬だけ立ち止まり、互いにかけあう謝罪の言葉。現実に肩が触れただけで、イチャモンつけてくるなんてパターンはそうそうない。

 そのまま、何事もなかったように歩みを始めようとしたのだが――

「あの、何か?」

 ローブの男から、鋭い視線を感じた。黒と蒼のオッドアイと、綺麗な銀髪をした……ぐっ、悔しいが、俺が理想に思うハイレベルのイケメンフェイスが、被ったフードから覗いている。

 ネロのような甘いマスクの優男といった感じではなく、その精悍な風貌はイケメンというよりダンディといった方が適切か。女性よりも、男性の方こそ「かっこいい」と支持を得るタイプだ。

「どこかで見た顔だと思ったのだが……いや、すまない、人違いだったようだ」

「はぁ、そうですか」

 そりゃそうだ、俺としても彼の顔に見覚えはない。これほどの美青年、生で見たら忘れないだろう。おまけに銀髪オッドアイと、凄い目立つカラーリングだし。

 あ、よく考えれば、今の俺とは真逆の配色だな。流石は異世界、同じ人間でも変わった容姿のヤツがごろごろいる。

「ねー、どうしたのー?」

「ああ、すまんリリィ、今行くから」

 不意に俺が立ち止ったことに疑問を抱いたリリィが、ぐいぐいと見習いローブの裾を引っ張ってくる。

 俺は引かれるがままに、再び歩みを始めた。

 振り返り見ると、灰色ローブのスーパーイケメンは、すでに人ごみの彼方へ消え去っていた。

「酷い混雑ぶりですね。エリシオンの中心街もこんな感じでしたよ」

 うんざり、といった様子で朝食の串焼きをモグモグしながら、一歩後ろをついてきていたフィオナがつぶやく。

 肉汁したたるヘビーな肉料理を頬張る姿を見れば、彼女の胃袋は今日も絶好調であることが窺える。

 微笑ましく思うと同時に、一点だけ不安な部分もあるのだが。

「汁こぼさないよう気をつけろよ、折角の新品だし」

「大丈夫です、クロノさんのプレゼントですから、染み一つつけないですよ」

 俺は見習いローブ、リリィはいつもの黒ワンピ、だが、フィオナだけが普段と違った装い。

 身にまとうのは、リリィのとはまた違ったデザインのワンピース。色も黒ではなく純白。素材も異なる。エンシェントビロードではなく、天獄蚕ヴァルハラシルクと呼ばれる魔法の生地。だが、その価値は同じく高級品と呼べる。

 そんなお高い白ワンピースが、ランク5昇格記念と日ごろの感謝をこめてフィオナに送ったプレゼントである。

 昨日の買い物の一番の目的が、このプレゼント探しであった。こういうのは早い内にすませるべきだし。

 それにしても、フィオナのこういった私服姿を見ると、前に二人で出かけた時のことを思い出す。普段と違う装いにドキっとさせられる、みたいな。

「なんでしょうかクロノさん、そんなに見つめて……串焼きが欲しいのですか? 一口だけなら提供することもやぶさかではありませんが――」

「いや、凄い似合ってるなと思ってさ」

 すでに秋の季節まっただ中であるため、ワンピ一枚では少々肌寒い。フィオナは上から自前の水色ケープを羽織っており、彼女の髪の色とマッチした着こなしになっている。

 もっとも、美少女なら何を着ても絵になるとは思うが。

「そ、そうですか……それは、ありがとうございましゅ……」

 やっぱりフィオナは色気よりも食い気なのか、そっけない返事をくれながら、そっぽを向いてモシャモシャと串焼きを頬張る。お嬢さん、食べ方がちょっとワイルドに過ぎますよ。

「むぅー! クロノ、リリィはっ! リリィは似合ってるっ!?」

「ああ、勿論、似合ってる、可愛いぞ。リリィが一番可愛いなー!」

 むふふー、と褒められてご満悦な表情のリリィ。俺の台詞は、いつもの黒ワンピが似合っている、という意味ではなく、彼女の足元を飾る靴を指している。

『フェアリーダンスシューズ』という名の、速度強化スピード・ブースト軽量化ライトウェイ浮遊フェザーといった効果が付与エンチャントされた魔法の靴が、俺が今回リリィへ送ったプレゼントである。

 前回は白プンローブだったので、今回は別のアイテムがいいかな、でもリリィはあんまり装備品を身に着けない、そうだ、靴なら常に履いていられる、よし、これにしよう――という浅い考えの結果、金に糸目をつけずに購入したのだ。

 高いだけあって、エンシェントビロードのワンピースと合わせても見劣りしない魔法の効果と、可愛らしいデザイン。機動性と女子力を同時にアップさせるという、お洒落な高ランク女性冒険者必携の一足……とかなんとか、店員さんが言っていた。

 実際、この効果を見よ、と言わんばかりにリリィがスケートでも滑るようにスイスイ移動していたところを見れば、ちゃんと浮遊フェザーの効果が発揮されているのは確認できる。

 まぁ、現代日本人の俺からすればローラーシュ-ズで遊んでいる子供にしか見えないのだが。店内じゃ滑らないよう、後で注意しておこう。

「――それにしても、こっちの冒険者ギルドも朝から混んでるんだなぁ」

 そんなこんなで、俺達は目的地に到着した。やや呆れたような感想を述べたとおり、俺の目の前にあるのは冒険者ギルド。これまでお世話になった学園地区支部ではなく、上層区画にある本部である。

 支部の方も、イルズ村やアルザス村の田舎ギルド何かと比べるべくもないほど立派な石造りの建物であったが、こっちはもっと凄い。その外観を一言で表すなら『神殿』である。

 今まで見た中で一番近い建物は、神学校の大図書館か。エンタシスの円柱がズラズラと立ち並び、学校の正門でも王城の玉座の間でも見かけた戦士と女騎士の彫像もこれ見よがしに設置されている。壁面や階段の細かなところまで装飾が行き届き、途方もない手間と時間をかけられて建築されたものであろうと思わせる、いや、圧倒される、と言った方が適切か。気分は正に観光客。日本人なら写真をパシャパシャ撮ってみたい衝動に駆られる。

「本部は貴族や大商人が無駄に気合いを入れて依頼を出すので、自然と冒険者以外の人の出入りも激しいんですよね」

「だから‘チョロいクエスト’っていうのもあるんだよね、リリィ知ってるよ!」

 まぁ、純異世界人のリリィとフィオナにとっては、こんな神殿建築など物珍しくもないようで、抜け目のない冒険者トークを炸裂させているが。

 うーん、昨日一人で本部を見に来てなかったら、俺だけ浮ついた気分になって恥ずかしい雰囲気になるところだったな。うん、やはり下見っていうのは何事においても大事だな。

「たのもー!」

 と、俺が両開きの正面扉をあけ放つと同時に、あんまり意味を分かってないだろうリリィの叫びが響く。エントランスには、ついさっきフィオナが言った通り、冒険者以外と思しき人々がそれぞれ口やかましく話していたり、やたら忙しなく歩いていたりと、中々に騒然とした様子。リリィがちょっとばかし声をあげても、気にする者はいない。

 しっかしアレだな。この雰囲気は冒険者ギルドっていうより、通勤ラッシュの駅ホームって感じだ。行き交っている者が皆、ビジネスマンに見える。実際、ネクタイこそないがスーツ姿や、スパーダ伝統の礼服をまとったオッサンがそこかしこにいるし。

 大剣を背負った鎧兜の大男という如何にも冒険者という姿が見えると、むしろホっとするくらいだ。

 冒険者ギルドならば、ランク5冒険者の俺が場違いであるはずがない。そう自分に言い聞かせて、堂々と広いエントランスを進む。

 今日の目的はチョロいクエスト――ではなく、真っ当なランク5クエストの受注である。

「やはり、力の確認は実戦クエストで測るのが一番ですからね」

 そう、今の『エレメントマスター』にとって必要なのは、現時点での戦力確認である。

 第二第三の加護を習得した俺は勿論、リリィとフィオナも、共に加護を授かり新たな力を得たという。二人の詳しい能力がどんなものか俺は分からないし、二人もまた、俺の加護の力をまだ知らない。

「ああ、ちょうどいい討伐モノがあるといいんだが」

 狙いとしては、冒険者らしく真っ当にダンジョンを攻略し、最奥にいるボスを倒す、というオーソドックスなものだ。様々なモンスターと様々な局面で戦い、加護の習熟と同時に、新たな能力における連携なども考えていく。パワーアップしたからとて、早々浮かれてはいられない。しっかりとパーティの戦力として安定させるには、相応の練習が必要となってくるのだ。

「それじゃあ、俺はとりあえず受付で聞いてみるよ」

「では、私とリリィさんは報酬を受け取りに行ってきます」

 クエスト以外にももう一つ、というか、これが一番重要なのだが、今日ついに緊急クエストの報酬と、スパーダからの報奨金が支払われるので、それを受け取りに来ているのだ。

 支払は冒険者ギルドを通して一括、とまとめられていて配慮が行き届いている。

 勿論、最大の関心は一体幾ら貰えるのか、という俗物的な一点に集中するが。

「ああ、任せた」

「はーい! リリィに任せて!」

 というワケで、幼女なリリィに億単位のお使いをお任せして、俺は勇んでクエスト受注のカウンターへと向かう。

 支部だろうが本部だろうが、受付嬢の座すカウンターの役割は変わらないのだが、そこはかとなくこっちの方が高級感というか、エリート感が漂っているように思える。心なしか、爽やか営業スマイルで待ち構える受付嬢も支部より美人揃いに感じるな。

 うわ、あの人なんかエリナにソックリだ――

「……あれ、っていうか、エリナだよな?」

 視線の先で愛想のよい笑顔を振りまいているのは、見覚えのあるエルフの美人。栗色のシニヨンヘアに空色の瞳。何より、見慣れたギルドの制服姿が、完全に脳内にあるエリート受付嬢な彼女と一致する。

「ようこそ、スパーダ冒険者ギルド本部へ」

 俺の熱い視線に気づいたのか、相変わらず見事な微笑みを浮かべてエリナが小さく手を振ってくれた。ちょうど彼女の前も空いているようだし、ここを利用させてもらおう。

「おはよう、クロノ君」

 目の前までやってくると、お堅い敬語ではなく、砕けた口調に変わるエリナ。仕事中だけど大丈夫か、という疑問は、受付の左右に設置された仕切りによって解決されている。

 高ランク冒険者の個人情報、相談内容、依頼内容などなど、プライバシー保護のために音声を周囲に漏らさないよう結界が張られているのだ。薄い仕切りの四隅には、目立たないよう小さく魔法陣が描かれている。

 ともかく、これでエリナとお喋りするには何も憚ることはない。

 顔見知り、いや、ここは友人と呼ばせてもらおう。その間柄を利用して、色々とクエスト情報、モンスター情報、その他諸々、気軽に尋ねてみよう。もしかしたら、本当にチョロいクエストを紹介してくれるかも……

「ああ、おはよう、エリナ」

 そんなセコいことを考えつつも、表向きには普通に挨拶。まぁ、コミュ力MAXなエリート受付嬢のエリナからすれば、俺の浅はかな魂胆なんて見透かしているかもしれないが。

「何だか久しぶりね。パレードで姿は見かけたけれど、話しかけることはできなかったし」

「そ、そうか……あのパレード、見てたんだ……」

 うわぁ、観衆を喜ばせるどころかドン引きさせるという醜態を晒した、あの苦しいシーンを見られていたのか。違うんです、アレはナイトメアメリーがみんなを怖がらせただけで、決して俺のせいではないんです。

「ええ、とってもカッコ良かったわよ! まぁ、あの魅力を理解できる人は、まだまだ少ないみたいだけど?」

「いや、ありがとう。そう言ってもらえると、気が楽になる」

「ふふ、分かるわよ。クロノ君って見た目は本当に狂戦士だけど、意外と繊細なところ、あるわよね」

 凄い、エリナはマジで俺の心を見透かしているようだ。

 友達付き合いとしてはまだまだ浅い、タメ口きくようになったのだって、前に偶然、神学校で会った時というごく最近なのに、ここまで理解してもらっているとは。

 嬉しく思う反面、これがコミュ力強者の実力か、と驚かされる。実はリリィ並みのテレパシー能力持ってます、と言われても素直に信じられるね。

「ところで、どうしてエリナが本部にいるんだ?」

「これまでの働きぶりを評価されて、晴れて本部へ栄転!」

「おお、それはおめでと――」

「というのは建前で、本当は注目の新ランク5冒険者、黒き悪夢の狂戦士ナイトメア・バーサーカーとプライベートな繋がりがあるから、ね」

「……は?」

「つまり、監視してこい、ってことね」

 まさか、何のために――と思うが、そういえばウィルが言っていたな。ランク5は国も冒険者ギルドも注目するものだ、と。

 要するに、顔見知りというだけでわざわざ本部勤めにさせるほど、ランク5冒険者の動向を監視する、僅かでも情報収集する、というのを重要視しているのだろう。

「けど、そんなことをいきなり本人に暴露していいのか?」

「何もスパイの真似事をしろってワケじゃないから。私はクロノ君の秘密を探るつもりなんかないし、他の受付嬢や職員もそれは同じよ。有能なランク5冒険者とは、少しでも仲良くなって信頼関係を築きたい。逆に冒険者からすれば、ギルドからの信頼を得ていれば、色々と便宜を図れるし、いちいち余計な警戒されることもないし、より円滑な冒険者生活を送れるわ」

 ランク5ということは、イコールで絶大な実力を誇っている証明に他ならない。強い力を持つと分かっている人物がいれば、まずその人となりを知らないと信用も安心もできない。ただビジネスライクに付き合っているだけ、何も知らないままでいるのは、ギルドにとっては不安だろう。

 逆に信頼さえ得られれば、強力な冒険者はギルドの支援でより活躍してゆく、という好循環となるわけだ。

「なるほど、趣旨は理解した」

「話が早くて助かるわ。だからクロノ君は、もっと私と仲良くしてくれればそれでいいの。どう、簡単でしょ?」

 エリナとプライベートで付き合いをする、ということはやぶさかではないし、何より、こんな美人と親交が持てるというのなら、真っ当な感性を持つ男としてはむしろ歓迎すべきものである。

 こうして、わざわざギルドの思惑を説明してくれたわけだし、これを変に勘ぐって突っぱねる、というのはかえってまずいだろう。それこそ、余計な誤解を招くというやつだ。

 ただでさえ誤解されがちな俺である。悪評のデフレスパイラルに陥る前に、少しでも友好の意志をアピールしておくことにこしたことはない。『凶悪な触手男』のレッテルは、何としても神学校だけに留めておかなければ!

「ああ、そういうことなら、よろしく頼むよ」

「うんうん、素直でよろしい。上には協調性アリって、しっかり報告しておくわよ」

 語尾に音符マークがつきそうな軽い口調のエリナ。真面目に、そこんとこよろしくお願いいたします。

「それで、折角だし、良かったら今日のランチでも一緒にどうかしら? ランク5昇格のお祝いもかねて、私が奢るわよ。あ、どうせ経費で落とすから、遠慮なんてしなくてい――」

「そうですか、それでは是非、御馳走になります」

 エリナの魅力的な食事のお誘いを二つ返事で答えたのは、物凄く聞き覚えのある、というか、ついさっきまで言葉を交わしていた少女の声音であった。

「フィオナ……なんでここに?」

 俺は驚きと呆れが入り混じった表情を作りながら、この横からひょっこり顔を覗かせているお嬢さんに問いかける。

「急に気が変わったので。報酬の受け取りは全てリリィさんにお任せしました」

 しれっと言い放つフィオナ。その白い顔には一切の悪気などなく、ただ眠気だけが浮かんでいる。勿論、その本心は睡眠欲ではなく食欲で満ちているのだが。

「失礼ですがお客様、横入りはお止め下さい」

 突然の乱入者に対して、エリナは毅然と注意の言葉を向ける。にこやかに対応してくれたのが嘘のように、キリリと引き締まった表情。彼女に戦闘能力は皆無なのは間違いないが、それでもランク5冒険者相手に全く怯まない気丈さと勇ましさを感じる。

「クロノさん、この機会にスシー屋にでも行きましょうか。この受付の人が奢ってくれるそうなので」

「……無視しないでもらえるかしら、礼儀知らずのお客様」

 目の前の女性を財布としか思ってないかのように目もくれないフィオナと、クールな表情が怒りで崩れかけているエリナ。細い眉がピクピクしとる。

「お、おい、落ち着けフィオナ。ごめんエリナ、ちょっと待っててくれ!」

 フィオナを抱えて、その場で回れ右。お怒りな様子のエリナを背後に、小声で彼女の真意を問いただす。

 仕切りがあってやや狭い、顔も近い。だが、今は気にするまい。

「どういうつもりだ、いきなり出てきて」

「クロノさんは『ハニートラップ』という言葉をご存知でしょうか?」

 私、疑ってます、とフィオナの顔に書いてあるのを読めないほど、俺は鈍い男ではない。

「それは……いくらなんでも、警戒しすぎじゃないのか?」

「甘いですよクロノさん。あんな説明だけで納得してしまうとは」

「そこから聞いてたのかよ!?」

 防音結界はどうした!

「いえ、聞こえてはいないですけど、何を話しているか凡その見当はつきますよ。冒険者としては、私はクロノさんより何年も先輩ですから」

 確かに、フィオナはシンクレア共和国での学生時代から冒険者をやっている。となると、さっきの説明内容みたいなのは、経験者にとっては常識みたいなものなのだろう。

「冒険者とギルドは、どう言いつくろったところで、純粋な利害によって関係が成り立っています。下手な善意は付け込まれる危険性があります。常に、こちらがギルドを都合よく利用してやろう、という心構えでいるのが基本ですよ」

 な、なるほど……確かに、俺はエリナの言い分を一方的に受け入れすぎていたのかもしれない。

 恐らく、エリナの説明はまるっきり嘘、というワケではないだろうが、それがギルドの思惑の全て、ということでもない。嘘はつかない。必要な情報を必要なだけ説明して、後は良い方向に勘違いしてくれれば吉、といったところだろうか。

「あんまり素直に言うことを聞きすぎると、便利に利用される危険性があるってことだな」

「ええ、そういうことですね。私の見たところ、あの受付の人は油断できないタイプです」

 しかし、さっきから気になってたが、受付の人って……一応、俺達が命を救った人なんだが、フィオナにとっては気にも留めてない様子。

 まぁ、フィオナほどの実力で冒険者やっていれば、危険なモンスターでも凶悪な盗賊でも、いくらでも撃退して人助けなんてお手の物だろう。もう助けた人の顔なんて覚えきれない、といった感じか。

「ですので、ここから先は私が引き受けます」

 引き受ける、というと、えーと……そうだ、元々はランク5クエストを受注しに来たんだ。俺達の実力を図るに適当なモノなら何でもよいので、フィオナにチョイスを任せたところで問題は全くない。

 全面的にフィオナの言い分に納得してエリナを突き放す、ということまで納得しきってはいないが、まぁ、この場は別にいいか。それで丸く治まりそうだし。

「分かった、お願いしよう」

「はい、お任せください」

「一応、エリナとはそれなりに仲良くしてくれよ? ギルドに睨まれるのもまずいだろうし」

「善処します」

 黄金の瞳がどこか泳いで見えるのは気のせいだろうか。まぁいいや、信じてるぞフィオナ。

 そういうワケで、俺はフィオナと選手交代、一路、リリィが初めてのお使いよろしく大金を受け取っているだろう支払カウンターへと向かうことに。

「それじゃあエリナ、食事の件はまた今度ということで」

「え、そんな、クロノ君っ!?」

「では受付の人、ランク5クエストの紹介をお願いします」

 俺とエリナの間に立ちふさがるように、フィオナが仁王立ちでカウンターの前に陣取る。

 ランチのお誘いを断る結果になってしまったのを、少しばかり心苦しく思いながらも、俺は振り返ることなく立ち去る。

「あ、ところでこのワンピースどうですか? クロノさんが私に真心を籠めて贈ってくれたプレゼントなのですが」

「くっ、ぐぬぬ……この、魔女め……」

 そんなにあの白ワンピを気に入ってくれたのか、わざわざ自慢を始めるフィオナと、何故か本気で悔しそうにうなるエリナ。二人の会話は気になるが、防音結界の外に踏み出た瞬間に、すぐ聞こえなくなってしまった。

 さて、フィオナは一体どんなクエストを選ぶんだろうか。


クエスト・リッチ討伐

報酬・一千五百万クラン

期限・受注より三か月

依頼主・冒険者ギルド

依頼内容・『復活の地下墳墓リバイバルカタコンベ』の最深部にて、ランク5のアンデッドモンスター『リッチ』の出現が確認された。

 十年に一度の頻度で出現するリッチは、ダンジョンのアンデッドモンスターを支配し、最悪の場合、手勢を率いて人里まで襲いに出てくる非常に危険なモンスターである。

 早急な討伐が望まれる。


 それが、数十分後にフィオナから差し出された依頼書であった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 勇者アベルの冒険の作者はクロノ…そして転移及び転送の時間軸は必ずしも一致しない…気になるなぁ
[一言] 今までの感じからわかってるけどさぁ……ヒロインズ2人とも早く好意伝えてくんないかな…好きですってさ、
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