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黒の魔王  作者: 菱影代理
第19章:ランク5冒険者
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第359話 狂戦士の実力

 王立スパーダ神学校の誇る闘技場コロシアムのアリーナ。その固い土の地面へ、気絶した生徒達が臥せっている。

「ど、どうなってるのよ一体……」

 その死屍累々といった有様に、アヴァロン十二貴族が一つ、アズラエル家の長女ヘレンは呆然とつぶやきを漏らす。

「……次」

 彼女の動揺などまるで知らぬとばかりに、男の冷たい声音が闘技場の円形空間に反響する。

 アリ-ナの中央に立つのは、同じ神学校の黒い制服に身を包んだ男子生徒。だが、その中身は想像を絶する力を秘めた化け物である。

「お、俺が行くぜっ!」

 ヘレンが大勢連れてきた取り巻き、いや、ネル姫様親衛隊の一人が前へ進み出る。

 剣術の授業で使用される統一規格の木剣を手にした騎士コースの男子生徒が、雄たけびをあげて突撃を始める。

 その構え、踏込みの速さ、どれをとっても騎士候補生としては優秀と呼べるものだが――

「ぎっ!?」

 虚空に閃く一筋の黒い火線。直後に弾ける、紫電の花。

 また一人、アリーナに倒れる犠牲者が増えた。

「次」

「くっ……ぐぬぬぅ……」

 気品漂う華麗な顔を悔しさと焦り、そして、漠然とした恐怖の感情に歪ませて歯ぎしりをするヘレン。彼女の顔色を窺う者は幾人もいるが、誰しもが沈黙を貫き続けたまま。ついに名乗りを上げる者は、いなくなった。

「どうした、もう終わりか?」

 挑戦者が絶えたことを不満気に言うでもなく、ただの事実確認のような平坦な口調で問われる。だが、真っ直ぐにヘレンを射抜く黒と赤の視線は、どこまで鋭く、冷たい。

「こ、の……悪魔め……」

 クロノ。それがこの悪魔の名前だ。

 敬愛するネル姫をたぶらかし、それでいてイスキアの英雄などと表向きには輝かしい栄光を欲しいままにする、狡猾な男。

 ヘレンは前々から、正確には食堂でクロノが一悶着を起こした時点から警戒していた。クロノの動向もそうであるが、何よりも問題なのは、純真無垢にして慈愛に溢れるお姫様が、全くの無警戒、それどころか自分から接近していくような行動をとることだ。

 それは実の兄であるネロ王子も大いに危機感を覚えていると、ヘレンは知っている。だからこそ、これまで表だって自分が動く必要はなかった。ネルの傍には常に、あの完全無欠にして真なる英雄、次代のアヴァロンを導く王たるネロがいるからこそ、全てを任せられたのだ。

 しかし、少しばかりお姫様を守るナイトが傍を離れれば――


「クロノさんはそんな人じゃありませんっ!」


「クロノさんは、私の大切なお友達なんです。悪く言うのはやめてください」


 忘れもしない、白金の月24日。不穏な動きアリと察し、意を決して敬愛するお姫様へと諌言を述べた結果が、これである。

 ヘレンはこの時ほど後悔という感情を抱いたことはない。そう、この時点ですでに、ネルはクロノの毒牙にかかってしまっていたのだから。

 ご学友という建前の単なるクラスメイトに過ぎない彼女には、もうネルを止める術はなかった。

 回復役ヒーラーとして、おぞましい呪いの武器の闘技大会に参加する事も、アヴァロンの国宝『白翼の天秤』をクロノのためだけに使う事も。

 そして、救出に向かったイスキア古城から帰ってくれば、あの有様だ。

 同じ女子寮に住まうヘレンは当然、ネルの見舞いに何度も訪れている。そして、生気の抜けた人形のような彼女を目にするたびに、胸が引き裂かれそうなほどの深い悲しみと同時に、思うのだ。

 クロノ、許すまじ。

 イスキアの地でクロノとの間に何が起こったのかは、ネル自身が決して口を割らないために明らかになっていない。だが、クロノが原因であると分かれば、十分である。

 ネル姫様を悲しませた、この男だけは絶対に許さない。それは騎士の誇りを捨てた、リンチまがいの襲撃を仕掛けることも辞さない覚悟で。

 怒りに燃えるヘレンだが、決してクロノの実力を侮っていたワケではない。なんといっても、ランク5モンスターを倒した実績を持つ。

 成績優秀なアヴァロンの留学生とはいえ、所詮は学生の域を出ない。一対一では万に一つも勝ち目がない。

 だが、連戦に次ぐ連戦となれば、如何な実力者といえども疲労は溜まる。疲れは剣筋を鈍らせ、足運びを遅らせ、判断力を狂わせる。魔力が足りなければ、魔法は勿論、武技だって不発する。

 実力は及ばずとも、ネルに対する忠誠心とクロノに対する怒りによって戦意をみなぎらせる親衛隊の精鋭ならば、誰もが一矢報いると呼べるほどに粘るだろう。

 しかし、ヘレンの前に築かれるのは、ただただ無為に倒れてゆく親衛隊の屍。一矢報いるどころじゃない、誰一人として、木剣の届く間合いまでクロノに近づくことさえできていないのだ。

 クロノは木剣を片手に、構えさえ取らない無防備な棒立ち。だが一度こちらが襲い掛かれば、何の予備動作もなしに放たれる謎の黒い雷魔法によって、一撃で昏倒されてしまう。

 最初の一人や二人はよかった。無詠唱、ノーモーションで一撃必殺の攻撃魔法となれば、そう何発も連続で繰り出せない。疲労を誘うのが狙いなのだから、強い魔法を使ってくれるのは願ったりかなったり。

 だがしかし、集った親衛隊員の数は半分を切ろうとしている。二十、いや、三十名は戦闘不能。

 つまり三十連戦しても、クロノは未だに息ひとつ乱さない涼しい表情のまま。その身から漂う魔力の気配も、全く衰える気配がない。

「どういうスタミナしてるのよ……」

 クロノのクラスは狂戦士バーサーカー。何にしろ、模擬戦用の杖ではなく木剣を自ら選択したことから、魔術師クラスでないのは間違いない。

 ならば魔法は補助、その神髄はグリードゴアを殴り殺したという武技のはず。ランク5冒険者に認定された実力といえども、その保有魔力量は一流魔術師ほどではない。

 そんな予想が全く的外れであったことは、ヘレンとてすでに理解している。分かったところで、解決策もない。

 無尽蔵の魔力で一撃必殺の攻撃魔法を連発する狂戦士に、どう対抗しろというのか。焦燥に駆られて冷静さを欠くヘレンでなくとも、正しい答えを導きだせる者はいないだろう。

 一体誰が「逃げる」という選択肢を除外した状況で、絶対に勝てない敵の攻略法を思いつくというのか。

 そう、今のヘレンは引くに引けない、正しく敗軍の将たる心境であった。

「おい、終わりだっていうなら、俺はもう帰るぞ?」

 あまりに長い沈黙に、クロノは痺れを切らしたように、うんざりとした口調で言う。

「お、お待ちなさいっ! 次はこの私が相手になるわっ!!」

 アズラエル家は王家に仕える竜騎士の家系。自分は竜騎士になる才はなかったが、それでも将来はアヴァロンの騎士団で魔術師として勤めることが決まっている。

 このまま惨めな全滅の末路を辿るくらいなら、せめて騎士らしく、自ら挑んで散りたかった。

 そして貴族としても、この敗戦の責任を一身に背負う覚悟がある。

 決闘の首謀者はヘレン自身。クロノに対する親衛隊員の不満の高まりもあったが、親衛隊長として粛清の発案・計画・実行を起こしたのは自分に他ならない。

「無理しなくてもいいんだぞ」

「うるさいっ!」

 激高、しているようには見えないだろう。自分でも気づいている、どうしようもなく体が震えていることに。きっと表情も、勇ましさとは無縁の、恐怖に引きつったものになっているに違いない。

 それでも覚悟を決めて戦うと言ったというのに、この男ときたら、わざわざ恐怖を指摘してみせるのだ。決意を踏みにじる、悪魔の所業。

「やると言ったら、やるのよ……」

 彼女が敗北の恐怖に怯えることを、親衛隊員の誰も臆病だと笑えない。決闘といっても、たかが模擬戦。命をかけているわけではない。常識的に考えれば、そうである。

 だが、相手は一国の姫君を陥れた狡猾な悪魔だ。恐らく、クロノはすでに見抜いている。如何にヘレンがアヴァロン貴族の子女といえども、一対多で戦いを挑むのは狼藉と呼ぶべき所業。つまり、犯罪行為に違いはないと。

 力でクロノを叩き潰せるなら、それだけで何の不都合もない、どうとでも言いつくろえる、もみ消せる。しかし、逆に力で負けてしまえばどうか。

 クロノはここぞとばかりに、事態の主導権を握るだろう。立場逆転、今度はこちらが、脅される番だ。いや、すでにしてこの状況は始まりかけている。

 そう、だからこそ、せめて被害は主犯たる自分だけで済ませる。それが責任。貴族として騎士として、何よりも、ネル姫様親衛隊隊長として。

 ヘレンはもう、覚悟ができているのだ。負ける覚悟、それはつまり、我が身をクロノに差し出すということ。

 そう、厳格な名門貴族の子女として、結婚するまで固く貞操を守り通してきたこの清い体を、凶悪な触手男は思うがままにすることさえ……

「それじゃあ、もう残った全員で一気にかかってきていいぞ」

 悪魔が、囁いた。

「実力差は歴然だろう。そうでもしないと、つり合いはとれない。それに、時間の無駄だ」

 折角、授業サボってまで付き合ってるのに、と本気で不満気な様子でつぶやくクロノ。

「なん、ですって……」

 全員で一斉にかかれば、もしかしたら――そう、直感的に考えてしまった直後に、ヘレンは気づく。

 これは罠だ。この期に及んで「勝てるかも」という希望をチラつかせて、より絶望のどん底へ突き落そうという悪魔の姦計に違いない。

 さも自然に提案してみせたクロノ、その演技力には驚嘆せざるを得ない。そうやってネル姫も誑し込んでしまったのだろう。

 だがしかし、そうだと分かっていても、この提案は飲まざるを得ない。どの道、一対一で戦えば敗北は必至。僅かでも勝利の可能性を上げるには、全戦力を投入するより他はないのだから。

「……本当にいいのね? そこまで言ったからには、こちらも容赦はできないわよ」

「ああ、殺すつもりでかかってこい」

 殺される覚悟など微塵も感じさせない余裕の表情で言い放つクロノに、萎えかけた怒りが奮い立つ。

「全員、構え! 突撃チャージ準備スタンバイっ!!」

 アヴァロン式の戦闘指令に、士気の下がりかけた親衛隊に戦意が戻る。

 ヘレンが事細かに指示を出さずとも、剣士・戦士クラスは前へ、射手、魔術師クラスは後ろへと、素早く陣形を整える。

 集った親衛隊は幹部候補生もいればただの冒険者コースの者もいる。当然、全員一緒に戦闘訓練などした経験などはない。

 それでも一糸乱れず陣形を組み、瞬く間に包囲殲滅の構えをとって見せたのは、彼ら一人一人の練度の高さを示している。

 揺るぎなく構えられた木剣。高らかに響く攻撃魔法の詠唱。

 アリーナは今、魔力の気配と殺意に満たされた。

 張りつめた空気の中、手にする杖の先に火球を灯したヘレンより、ついに号令が下る。

突撃チャージっ!!」

 本物の騎士に勝るとも劣らない勢いの、激烈な攻撃が始まる――刹那、クロノはただ一言、こうつぶやいた。

魔弾バレットアーツ全弾発射フルバースト

クロノ「俺と接近戦をしたければ、まずはこの銃弾の嵐を突破してくれ! 君達の挑戦、待ってるぞ!」

 というムリゲーでしたとさ。


2013年6月3日

 恥ずかしながら、前回のあとがきの説明は完全に蛇足でした・・・今回の話でヘレンがクラスメイトという説明がされるということを、前に更新した時にすっかり忘れていました。作者なのに・・・申し訳ありません!


 前話での誤字脱字、修正しました。ご報告、どうもありがとうございました。

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