第35話 七番目のプロローグ
「ようこそ、『白の秘蹟』第一研究所へ、アルス司祭長、いや、今は大司祭となったのだったかな、昇進おめでとう」
「……皮肉はやめていただきたい、ジュダス司教」
私は、どうしてここにいるのだろう。
「大司祭となったのは事実であろう、それが、またしても上司の死によってもたらされたものであってもな」
「分かっているでしょう、私のような若造が大司祭になるしかないこの酷い現状が」
二人の男の人が、何か話している。
一人は知っている、ジュダス司教様、とても、偉い人。
もう一人は知らない、でも、たぶん偉い人。
「この教区にはもう、次の侵攻を止められるだけの兵力は残っておりません。早急に教会からの支援が必要――」
「よい、それ以上は言うな。
お主の担当する教区はすでに教会から見捨てられたと、分からぬほど愚かではあるまい?」
何の話をしているんだろう。
偉い人の話は、私には分からない。
「……我々に死ねと、あの忌まわしい異教徒の軍勢に、むざむざ殺されろと言うのですかっ!」
「分かっているではないか。
それで、今更この儂に何の用で会いに来たか、聞かせてもらおうか?」
なんだか怖い。
死ぬとか殺すとか、よく分からないけれど、それはとても怖いことだと、私は思う。
「ジュダス司教、貴方は他の司祭達が逃げ出すこの状況下において、未だこの場所に留まり続けている。
こんな何時異教徒が雪崩れ込んで来るか分からない危険な場所に、ただ研究の為だけに残っているわけではないのでしょう」
「ふむ、ふむ、それで?」
異教徒……神様を信じない人、見たこと無い。
いったい、どんな恐ろしい人達なんだろう。
「貴方は司教という、今の私よりも上の階級、それに、この施設にはかつて教皇聖下までおいでになられたことがある。
貴方にはエリシオンにかなりのコネが、いえ、もっと率直に言うのなら、この辺一帯の安全を確保できるだけの、戦力のアテがあるのではないのですか?」
教皇様がここへ来たなんて、初めて聞いた。
なんだか凄い、でも、何が凄いのか、よく分からない。
「なるほど、儂を通せば教会から援軍が引き出せるのではないか、そういう期待かね」
「無理を承知で、お願いいたします。
もしあの異教徒を撃ち払い、この教区に再び平和と神の祝福が得られた暁には、如何なる報酬であっても、貴方に支払うことを、神に誓ってお約束しましょう」
男の人が、頭を下げている。
大きな背の男の人、でもその姿は、とても可哀想に見えた。
「……うむ、まぁよかろう」
「お、おお、真ですかっ――」
沢山ありがとうを言う男の人は、とても嬉しそう、ちょっと違う、こういうのはきっと、‘救われる’って言うんだ。
「サリエル」
「はい」
突然、ジュダス司教様に呼ばれて驚く。
でも、きっと誰も私が驚いたことは分からない、だって、私の顔は人形のようだと口をそろええてみんなが言う。
笑うことより、泣くことより、黙っている方が私は得意だから、そう、昔から。
「ジュダス司教、その女の子は、一体?」
「お主が望む‘援軍’よ、さぁ、連れて行くが良い」
男の人が、とても驚いた顔で私を見つめる。
私は、その人の青い瞳をじっと見つめ返した。
「……笑えない冗談ですね、ジュダス司教」
「サリエル、彼はアルス大司祭、自己紹介でもしたらどうだ?」
「はい、私は――」
少しだけ、考えた。
私の名前はもう――では無く、サリエル。
神様から加護を得た、特別な12人の内の一人。
「第七使徒サリエル」
私はそう、初めてこの名を自己紹介した。
「馬鹿なっ!? 第七使徒は『銀断』のアリエル卿ではありませんか、勝手に使徒の名を騙るなど許され――」
「ああ‘アレ’はもう死んだ、これからは、このサリエルが新たな第七使徒だ。
まだ正式に任命されたわけではないがね、故に爵位の授与もまだだ、‘卿’などつけず呼び捨てにすると良い」
「使徒が、死んだ……しかも、こんな幼い子供に加護が……」
「さて、もう用は済んだだろう、儂にはまだ研究することが山ほど残っているのでな」
ジュダス司教様が立ち上がると、私に向かって言います。
「サリエル、お主の役目はなんだ?」
「はい、神の敵を殺すことです」
「うむ、それだけ分かっていれば良い、後の事はアルス大司祭の命に従え」
「はい、ジュダス司教様」
「ふっ、お主に‘様’付けで呼ばれるのもこれで最後だな」
第七使徒になると、ジュダス司教様よりも偉くなるそうです。
偉くなるとどうなるのか、それも分かりません。
「では、儂はこれで戻らせてもらおう。
アルス大司祭、お主に神のご加護があらんことを」
そうして、私の初めての‘役目’が始まります。
私に出来るでしょうか、神の敵とは誰なんでしょうか、どうして、私はここにいて、私だけが生きているのでしょうか。
分かりません、私には、もう、何も分かりません。
でも、これだけは知っています。
神様は、私を助けてくれません――
ついに新章スタートです!
今日は連続投稿します、引き続き黒の魔王をお楽しみ下さい!
サリエルちゃーん、神様のコト嫌いなのー? そんな感じのプロローグでした。