表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の魔王  作者: 菱影代理
第19章:ランク5冒険者
359/1042

第358話 親衛隊

 ストラトス鍛冶工房を後にした俺が神学校へ戻ってくると、正午とお昼休みの開始を告げる鐘がガラーンゴローンと鳴り響いていた。

 もう昼か、というよりは、かなり長々とレギンさんに武器の強化案について話をしたから、当然といったところだろう。

 あれだけの数に、大量のモンスター素材。ついついアレもコレも欲張り話が長くなりそうだと予想はついていたので、依頼の順番はフィオナとリリィに先を譲った。

 どうやら二人とも午後の予定があるらしく、俺が依頼を終えるのを待たずに先に行っててもらった。

 夕食までには帰ってくると言っていたので、とりあえず俺はそれまで一人きりということだ。

 シモンはまだ寮には帰ってこないし、ウィルは二日酔いでダウンしているらしい。

「ネルのお見舞いに行くワケにも、いかないしな……」

 昨晩のパーティーで、ネロの逆鱗に触れてしまって気まずい、というより近づき難い。

 つい数日前の俺ならば、「友人が病床に臥せっているのに、人の顔色なんざ窺っていられるか!」と気にしなかったかもしれないが、如何せん、王族身分の危険性というのをリリィとフィオナから叩き込まれている。そうそうに下手な行動は起こせない。

 まぁ、そもそもネルが男子禁制の女子寮で静養中なので、普通に俺は立ち入れないのだが。いくら友人の見舞いといっても、犯罪行為を働くのは流石にまずい。俺みたいな男が女子寮、それも警戒の厳しい幹部候補生専用の寮付近をウロついていれば、それだけでしょっ引かれる危険性がある。

 そう、たとえ今の俺がスパーダで一躍有名になったランク5冒険者だとしても。

「ねぇ、あの人じゃない? イスキア丘陵でモンスターも生徒も触手で弄り殺した狂戦士の男って」

「やだぁ、超顔コワーい! マジ、悪夢見そうなんだけどー!」

 これから昼食なのだろう、可愛らしい小さなお弁当をぶら下げた女の子二人組とすれ違った拍子に、そんな会話が聞こえた。

 聞き耳なんて立てなくても余裕で聞こえる大音量に、あからさまにジロジロと視線を浴びる。

「キャっ! こっち睨んでるぅ!」

「イヤー触手はイヤァー!」

 そうして、何とも姦しく走り去っていく二人。ゴーレムとサイクロプスの超重量級の女子二人組が奏でる足音は、グリードゴアの足音を思い出させる。

「ち、ちくしょう……」

 ありがたーい勲章を授与されても、どうせ俺の扱いはこんなもんだ。

 しかしながら、せめて活躍くらいは正確に伝わって欲しい。なんだよ、触手で弄り殺したって。しかも生徒まで見境なく殺したことになってるし。そんな普通に狂化バサーク状態だったら勲章どころか、その場で処分されている。

「忘れよう……学食で何か美味いものでも食って、忘れよう」

 そうだ、気にしないのが一番さ。名声が欲しいわけでもないだろう。俺は勲章貰ったし、ランク5に上がったし、結構な金額になるだろう報奨金に加えて、十字軍の情報提供もされる。今までじゃ考えられないほどに、得るものがあるじゃないか。

 だからいいんだ、周りの評価なんて。顔を見ただけでビビられたり逃げられたりするのは、高校生の頃から慣れている。慣れたはずだ。慣れたという事にしておこう。

 さて、フィオナじゃないが、パーっと美味い食事で気を紛らわすのだ。報奨金も入るし、今日はちょっと贅沢しちゃおうかな。そういえば、『呪物剣闘大会カースカーニバル』の賞金一千三百万クランも俺の影空間サイフには入っているんだった。

 おお、今の俺って、凄い金持ちじゃないか。これだけあれば、またいつでもフィオナのスパーダグルメツアーを開催できる。スシーとテンプーラだって、たらふく食べさせる事だって。

 いや、凄い、これは本当に凄いことだぞ。俺はついに、リリィとフィオナから貰ったガチな高額プレゼントをお返しできるだけの財力を手に入れたんだ! これでもう、俺に後ろめたいことなど何もないぜ、ヒャッフー!

「そこの、邪悪な笑みを浮かべている方」

「……へ?」

 何だかもの凄く恥ずかしいけれど、よくよく考えたら失礼な声をかけられた。

 振り向き見れば、そこには一人の女子生徒。その敵意の籠ったキツい視線から、どうやら俺のファンってワケじゃあなさそうだ。

「貴方がクロノ、ね? 」

「そうですけど、俺に何か用ですか?」

 すこぶる不評な俺の敬語だが、初対面の人に対するなら必要なことだろう。

 声をかけてきた女生徒は、結構な美人さんである。そのあからさまな不機嫌顔のせいで台無しだが。

 セミロングのブロンドヘアに、切れ長の涼やかな青い目。金髪碧眼はスパーダじゃ割とよく見かける特徴だ。長い耳もなければ、一つ目でも鋼のボディでもないので、種族は人間に違いない。

 その背に翻る赤マントから、幹部候補生であることも確定。いいとこのお嬢さんなのかと思えば、なるほど、この顔にはどこか気品が漂っているような雰囲気がしないでもない。

「ええ。不本意ながら、もう貴方を見逃すわけにはいかなくなりましたのよ」

 はて、見逃すとは一体どういうことだろうか。俺と彼女は間違いなく初対面のはずだから、ネロのように因縁がついている、という事はありえない。

「見逃すとかなんとか、俺には全く心当たりがないんですけど」

「構わなくてよ、貴方に自覚があろうとなかろうと」

 うわ、この物言いはヤバい。絶対この人は話を聞いてくれないタイプだ。『呪物剣闘大会カースカーニバル』で乱入してきた金髪ドリルを彷彿とさせる。

「そういえば、まだ名乗っていなかったわね。失礼、騎士ならば、例え憎き敵が相手であろうと、最低限の礼は通すべきよね」

 待て、その憎き敵ってのは俺のことか。おいおい、マジで勘弁してくれ、俺が一体なにをしたってんだよ。

「私の名はヘレン、古来よりアヴァロン王家に仕える十二貴族が一つ、アズラエル家の長女よ」

 はぁ、そうですか。と気のない返事をウッカリしてしまいそうになるが、どうにか喉もとで止めておく。

 アヴァロンの十二貴族とか初めて聞くが、まぁ、スパーダ四大貴族みたいな肩書きなんだろう。

 察しはつくが、わざわざ驚いてやるほどの気遣いは不要――

「そして、ネル姫様親衛隊の隊長が、この私よ」

「マジでっ!?」

 いや、これは流石に驚かざるを得ないだろう。実在したのかよ、親衛隊。

「……ネル姫様は今、とてもお心を病んでいらっしゃる」

 俺の驚きリアクションを「なんと下等な野蛮人」とでも言いたげな目つきで睨みながらも、ヘレンさん、いや、呼び捨てでいいや、ヘレンは語る。

「私には、塞ぎ込んでしまわれたあの方を癒してさしあげることは叶いませんでしたわ。しかし、その元凶を排除することはできる、いいえ、私自身が許せないのよ。ネル姫様を傷つけた、貴方が」

 ネルは魔力切れの疲労で倒れたって聞いた。それがどうして心を病んだとか、俺のせいだとかいう話になるのか甚だ疑問ではあるが、彼女の有無を言わさぬ迫力を前にすると、ああ、これは何を言っても無駄だな、と悟ってしまう。

「はぁ……リリィとフィオナが怒った理由が今、実感できた……」

 今こそが二人の懸念したシチュエーションに他ならないのだ。俺とネルは互いに友人だと思っていても、周囲はその友情を決して認めない。

 麗しきお姫様に馴れ馴れしく近づく冒険者風情など、許されざる『悪』なのだ。

 兄としての立場があるネロならばイチャモンの一つでもつけられるのも納得できるが、やはり、誤解と差別意識によって成り立つ敵意を向けられると、流石に理不尽だと腹も立ってくる。 敬語なんざ、もう止めだ。

「それで、俺をどうするつもりだ? 決闘でも申し込むか?」

「察しがいいわね。ええ、その通り、私たちは貴方に決闘を申し込むわ」

「なるほど、私たち、ね」

 いつの間にか、俺は包囲されていた。俺とヘレンのただならぬ雰囲気を感じ取って、野次馬が集まってきたという風に傍からは見えるかもしれない。

 だが、この広くもない道の真ん中に立つ俺を囲う生徒の群れは、男女を問わず、全ての視線が敵意に満ち溢れている。向かう先は勿論、俺。一点集中。

「ここに集ったのは、ネル姫様の慈愛と美貌に釣られただけの凡愚じゃないわ。全員、アヴァロンからの留学生。私同様、心の底から王家に忠誠を誓う、真なる親衛隊よ」

 赤マントの幹部候補生、普通のブレザー制服の騎士候補生、軽鎧やローブ姿の冒険者。コイツら全員がアヴァロン出身者なのか。結構な数の留学生がいるもんだな。

「けれど安心なさい、命まではとらないわ。この学校で許可されている模擬戦ルールを適用してあげるから」

「木刀でも打ち所が悪けりゃ死ぬだろ」

「ええ、事故にはよく気を付けましょう、お互いに」

 なるほど、趣旨は良く理解できた。こんな茶番リンチに付き合ってられるか、と直感的に思ったが、武器が手元にない今の俺にとってはちょうどよい機会じゃないだろうか。

 ミアちゃんと特訓したのは、パレードの練習だけじゃない。

「分かった、全員の決闘を受けて立つ。この場でやるのか?」

「まさか。闘技場コロシアムの使用を手配してあるわ、そこで決着をつけましょう。逃げることなく、正々堂々とね」

 ヘレンはお上品ながらも、嗜虐心を隠しきれていない邪悪な微笑み。いいだろう、そっちがその気なら、俺も遠慮なくやってやる。

 お前らには悪いが、第二の加護と第三の加護、その威力を試す実験台になってもらうぞ。

 ヘレンは第275話『お友達(1)』にて登場しています。教室から出ていくネルを引き留めた女子生徒が彼女です。ただし、名前も具体的な容姿の説明もないので、同一人物と確定する決定的な証拠は本文にはありませんが、その辺は言わずもがな、ということで。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ