第357話 呪いのメンテナンス
無事に式典とパーティーを終え、明くる蒼月の月7日。
俺たち『エレメントマスター』は、イスキアの戦いで酷使した武器の修理・点検、および入手した素材による強化を果すために、三人揃ってストラトス鍛冶工房を訪れていた。
「いらっしゃいませ『エレメントマスター』の皆様方。スパーダで話題の新たなランク5冒険者パーティがウチを利用してくれるなんて、光栄ですよ。ありがとうございます、クロノさん」
店主にして職人のレギンさんは、前にシモンと訪れた時と同じ人の好い笑顔で出迎えてくれた。
その口上からして、すでに俺たち『エレメントマスター』がランク5冒険者となったこと、ついでに『ウイングロード』の最短ランクアップ記録を大きく更新したということも、スパーダ中に知れ渡っているようだ。
とりあえず、今日は出かけるにあたって神学校の制服を着用しているお陰か、余計な注目を集めることはなかった。恐らく、俺は黒コート、リリィは黒ワンピ、フィオナは三角帽子と魔女ローブと、パレードでお披露目したそれぞれの特徴的な冒険者装備が有名になっているだろう。
しかし、冒険者として名声が高まるのは喜ばしいことだが、俺の場合は何かと面倒事が起こる危険性が高いというか、あんまり良い予感がしないのだが、今は心配していても仕方ない。なるようになれだ。
「いえ、前に強化してもらった『ラースプンの右腕』は素晴らしい性能だったので、レギンさんの腕前なら間違いないと信用してますから」
「そこまで私の腕をかってくださっているとは、いやぁ、どうもありがとうございます」
だがしかし、この直後に俺が「『ラースプンの右腕』は見事にぶっ壊れたんですけど」と言わなければならないのが心苦しい。性能以上の無茶な使い方をした俺に全責任がある、本当に申し訳ない、わざとやりました。
というか、ラースプンの素材無かったら、再生できないんじゃ……まぁいい、頼むだけ頼んでみよう。
「すみません、魔法の杖はここで取り扱ってますか? 強化も含めて」
俺の隣に立つフィオナが問う。今回、フィオナと、あと店内をウロチョロしているリリィを連れてきたのは、二人とも装備を整える必要性があるらしいからだ。
当然、魔法職である二人が使うのは、杖か魔法具と決まっている。
「ええ、専門ではありませんが、取り扱っていますよ。大魔法具級だと、モノによっては無理ですが」
「いえ、十分です」
剣や槍など、刃のある武器は鍛冶師の専門だが、魔法の杖はまた別の職人が専門となるのが一般的だ。どっちもできるというのは珍しいが、まぁ、剣も魔法も使える冒険者みたいなものだろう。
そういえば、スロウスギルにトドメを刺した試作型銃も、実際の製作はこのストラトス鍛冶工房である。装填と発射、威力強化など様々な面で魔法の術式を組み込んであるこの銃は、どちらかといえば魔法の杖に分類されるべき武器だ。試作型ライフルは一切の魔法を廃した純粋な発射機構を備えているので、これこそ真の意味での銃である。
つまり、レギンさんはすでに魔法の杖としての銃を作り上げた実績があるということだ。
「それじゃあ、三人分の装備を頼もうか」
「ああ、そうそうクロノさん、言い忘れていましたけど、実は私、呪いの武器の鍛え方にも少しばかり心得がありまして。如何に呪いの武器とはいえ、手入れを怠ると威力や耐久に影響が出てくるのですよ。それに、呪いの意志そのものが機嫌を損ねて力を発揮しない、なんてこともありえます」
「そ、そうなんですか……」
驚きの事実である。レギンさんが呪いの武器に精通していることもそうだが、何よりも呪いの武器が機嫌を損ねることがあるというのが。
「ご主人様ぁ~ヒツギもキレイになりたいですぅ~」
いや、お前は何となく想像つくからいい。あの『絶怨鉈「首断」』も、メンテしなかったばかりにへそを曲げるかもしれないというのが驚きだ。
最低限の手入れはしてきたが、うーむ、たまにはプロにやってもらうべきなのかもしれない。
「むむむ、やっぱりご主人様の一番はナタ先輩ですか……ヒツギ、負けないです!」
その呼び方は止めてくれ。言葉にならない殺意の他には喋らない呪鉈に代わって、俺が言っておく。しかしコイツ、『黒鎖呪縛「鉄檻」』に進化してから、よりお喋りになった気がする。
ともかく、気になるのはヒツギの気持ちなのではなく――
「そんなぁ~ご主人様ぁ~もっとヒツギに構ってくださぁ~い!」
――うるさい、お前はちょっと黙ってろ。命令だ。
「どうでしょうクロノさん、この機会に是非、私に任せてみませんか?」
「はい、それじゃあお願いします。えーと、ちょっと数が多いですけど、大丈夫ですか?」
「一から作るわけじゃあないですからね、そんなに手間はかからないので、百本あったって一週間もかかりませんよ」
なるほど、それなら問題ない。あんまり長い時間、呪いの武器を手放していたらクエストにも行けないからな。何といっても、俺の頼れるメインウェポン達である。
「それでは、依頼される武器について、各人のご要望をお聞きしますよ。ええと、まずはクロノさんから――」
そんなワケで、思いがけずに俺は呪いの武器を全て預けることとなった。
「ご主人様ぁ~ヒツギ寂しいですぅ~」
いい加減にお前は、手から外す時に抵抗するのをやめてくれないか……
「さて、注文を受けたはいいけれど、ふーむ……」
工房に運び込んだ多種多様な装備を前に、レギンはドワーフ特有の髭が一切生えていない顎を撫でながら独り言をこぼす。
それもそのはず、新進気鋭のランク5冒険者パーティ『エレメントマスター』より受けた注文は、どれも一介の鍛冶師がたった一人でこなせる質と量を超えている。
もしもレギンが、この小さな店構えに見合った腕の持ち主であったなら、大人しく他の工房を紹介していただろう。
そもそも、普通の武器と呪いの武器と魔法の杖を、一人の職人が取り扱うこと自体が極めて稀なケース。それを可能とする鍛冶職人は、冒険者でいえばランク5の魔法剣士といったところだ。
クロノは勿論、お得意様のシモンさえ知らないが、レギンが持つ『魔刃打ち』の二つ名は、伊達ではない。
この仕事を完遂するにあたって彼が必要としているのは、技能でも人手でもなく、単純に設備だけなのだから。
「とりあえず、魔女のお嬢さんの杖は、ウチの工房だけでなんとかなりそうか」
よく整頓された作業台の一つに、フィオナが持ち込んだ二本の短杖が置かれている。
両方とも赤色を基調にしたシンプルなデザインだが、そこに秘められた性能は大きく異なる。
片方は、フィオナが長く愛用していた『カスタム・ファイアーボール』。言うだけあって、よく使いこんだ跡が見受けられると同時に、手入れが行き届いているのも、レギンならば一目で分かる。
常に一定威力の『火矢』を放つという、神学校の新入生がお世話になる初心者向けの性能である。
しかしこの杖は『カスタム』の名を冠するように、凄まじい連射速度を実現する改造術式が組み込まれてあるのだ。ゴブリンやスライムなど、数ばかり多いモンスターを一掃するには大いに役立つと、冒険者ではないレギンでも容易に想像がつく。
そしてもう一方の杖。「拾い物ですので、名前は知りません」とフィオナは他人事のように語っていたが、レギンはすぐに正体を言い当ててみせた。
『ルビ-バレット』、それがこの杖の名前である。
アヴァロンの王宮魔術師が開発した、火属性特化の高性能短杖。属性強化、発動速度、魔力消費など、魔法の杖として基礎的な機能が優秀でありながら、初心者でも扱いやすい使い勝手の良さが特徴である。
駆け出しの学生魔術師から、第一線で活躍するベテラン冒険者に熟練の騎士に至るまで、幅広いユーザーを獲得できる。正式配備の暁には、アヴァロンは火属性魔法において各国より一つ抜きん出る――かに思われたが、それが実現することはなかった。
コスト。その単純にして絶対的な条件をクリアできなかったばかりに、『ルビーバレット』は数あるハイグレードワンドの一つにしかなりえなかったのだ。
なんにせよ、この杖が高性能な一本であることに変わりはない。フィオナの要望は、『カスタム・ファイアーボール』をベースに、この『ルビーバレット』を素材とした強化を行ってほしい、というものだ。
同一属性、同系統、それでいて、特殊な能力・機能の再現でなければ、二つの武器の合体・融合による強化は、それほど難しいものではない。モンスター素材を武器に組み込む『錬成』に代表される鍛冶技術の簡単な応用に過ぎないのだから。
「一番の問題は、妖精のお嬢ちゃ――いや、リリィさん、の依頼だなぁ……」
レギンの手には、一枚の設計図。そこに記された魔法具を作って欲しいとのことだった。
『頭脳支配装置』と銘打たれていることから、これが人を洗脳する機能を有していることは明白。明らかに違法なアイテム。
だが、これを手渡された時にレギンは聞いてしまった。脳内に直接届いた、彼女のメッセージを。
「魔刃打ちと呼ばれた貴方なら、できるわよね?」
どうやら、あまりに長く平穏な鍛冶師生活を送っていたせいで、頭にかけていた精神防護も随分と緩んでしまったと、レギンは反省する。
あの見た目だけは可愛らしい妖精には、己が内に再び宿りつつある忌まわしき創作意欲を、見事に見抜かれてしまった。
この胸の内を理解しているのは、自分と妻だけだったが、思わぬところで漏れてしまったものだ。
「試作型だが、手は抜けないな……こっちはモルドレッド会長に設備を貸してもらわないと。まぁ、銃の生産もあるし、そろそろ話を通しておこうと思っていたし、ちょうど良い機会かな」
決心をつけると同時に、レギンはいよいよ本命とばかりに呪いの意思と対面する。
「いやぁ、やっぱり呪いの武器は、良い」
レギンの顔に、在りし日と同じ野心的な笑みが浮かぶ。
手前の壁に立てかけられているのは、それぞれ異なる九本の無銘。ついこの間に自分が手入れしたばかりの武器たちである。
『呪物剣闘大会』の一回戦から、無銘の長剣がクロノにあたるまで対戦者を狂わせ続けたのは、レギンの手によって怨念を強められたからに他ならない。
呪いの最低グレードの無銘とはいえ、向こう一年はメンテナンスフリーで使い続けることができるだろう仕上がりだったが、今、目の前に並ぶ九本の武器は、どれも刃こぼれを起こし、ボロボロとなっている。
彼らもモルドレッドのコレクションケースから解放されて早々に、ランク5モンスターとの戦いに使われるとは思いもよらなかっただろう。一本も折れずに戻ってきただけで、十分な戦果といえる。
「ふむ、ふむ……どれも確実に呪いが強まっている。イスキアの戦いはそれほどまでに激しかったか、それとも、これがクロノさんの才能か」
クロノが呪いの武器を支配するのに、黒色魔力で覆い強制的に従わせている『黒化』という魔法が凄いのではない。魔力の付加は、呪いの制御方法として最も単純なものである。無論、呪いの強さに応じて必要となる魔力量は加速度的に比例していく。
それでも強力な呪いを黒化だけで支配しきってしまうクロノの魔力量の多さは、確実に恵まれた才能の一つであろう。もっとも、それだけで呪いの成長・進化が促されるとは限らないのだが。
「こっちは、一戦だけじゃあ刃こぼれ一つ起こさんか」
クロノの黒化によって、今や刀身までもが黒一色に染まった『ホーンテッド・グレイブ』は、同じ場所に並ぶ無銘の中にあっても格の違いを誇示するように見えない威圧感を迸らせている。
いや、感じるのはそんな雰囲気だけではない。よく耳を澄ませば、その刃からは確かに聞こえてくる。美しい女の声で奏でられる、邪悪なる旋律が。
「ただ屍を動かすだけでなく、場合によっては高位のアンデッドモンスターへの進化も可能とは。面白い、まだまだ秘めた力がありそうだ」
レギンも多くのスパーダ人と同様に凱旋パレードを見物していた。集った大観衆の度肝を抜いた不死馬の騎馬は、間違いなく『死者復活』によって進化したものだとすぐに察しがつく。
呪いの秘めたる力は、魔法による鑑定でも全てが明らかとなるわけではない。どこまで能力を引き出せるかは使い手次第。クロノならば、遠からず『ホーンテッド・グレイブ』の全ての力を解放するだろうとレギンは期待を抱いてならない。
差しあたり、今の自分には丁寧に刃を研いでおいてやる事くらいしかできないが。
「うーむ、こっちのはかなり修復が必要だなぁ」
また別の作業台に乗せられているのは、巨大なモンスターの牙、ではなく、それを丸ごと刀身として作られた大剣である。
ランク5モンスター『悪食魔獣』の固有魔法と、絶望の果てに死した狼獣人の怨念を受け継ぐ『餓狼剣「悪食」』だ。
そこに宿す悪食能力は元より、物質としても頑強極まる牙の刃だが、今やその刀身の腹は大きく穴を穿たれている。また別の巨大な牙に、食い破られたかのようだ。
聞けば、グリードゴアが放った一撃を受け止めたことで破損したという。これでも防御魔法を挟んだというのだから、その絶大なる威力は想像するに難くない。
だが、武器の怨念はそんな事情など知らぬとばかりに、ギチギチと唸るように刃が軋みをあげている。さながら、目の前にいる怨敵を喰らわせろと、大口をあけて吠えているように。
「ん、いや、これはこれで、このままの方がむしろ……」
そう、この工房には今、『餓狼剣「悪食」』を大破に追い込んだ敵がいる。狭い床面積をどっかりと占領するのは、赤褐色の岩の塊と、漆黒の砂山の二つ。
討伐を果たした冒険者が得る絶対の権利として、クロノが獲得したモンスターの素材。グリードゴアの甲殻と、スロウスギルの砂鉄である。
甲殻というより、重岩殻、とでも呼んだ方が相応しい超硬質の素材は、武器にしろ防具にしろ、凄まじい性能を与えてくれるだろうことは、槌を握って一年目の新人鍛冶師にだって分かる。
もう一方の砂鉄もそうだ。話を聞く限り、グリードゴアの土操作とスロウスギルの雷操作、両方の固有魔法によって、土中から砂鉄だけを集めたらしいが、モンスター素材を取り扱って四十年のレギンである。これが単なる砂鉄とは、物質的にも魔法的にも、全くの別物であると見抜いた。
砂鉄が元ととなり、見た目もよく似ているが、その本質は魔力を秘めた新しい鉱物である。これを『グリードメタル』と命名したのは、レギンではなくクロノである。討伐者には、命名権だって与えられるのだ。
それは正に、スロウスギルに寄生されたグリードゴアという特殊なケースのモンスターが存在したからこそ生まれ得た、奇跡の素材。
ランク5に指定される強力なモンスターには、こういった唯一無二の新素材が宿る事は間々ある。モンスターとして最高の危険度ということに加え、この特殊性があるからこそ、ランク5は冒険者ランクと同じく特別視されるのだ。
「これだけあれば、強化につぎ込んでもお釣りがくる。いっそ、新しい武器を一から作っても……」
実に楽しそうな悩み顔のレギンが、ああでもないこうでもない、と赤岩と砂鉄を吟味し始めた、その時だった。
「――おっと」
不意に、つまづいて転びそうになる。いや、より正確に表現するならば、足をとられたのだ。
見れば、レギンの足首には艶やかな黒い髪の毛が絡みついていた。
「ふふ、これはこれは、元気の良いお嬢ちゃんだ」
軽く足を振ってまとわりつく黒髪を解きながら、このイタズラをしかけた犯人へと柔和な笑顔を向けた。
「キシャーっ!」
という威嚇の声が聞こえてくるかのように、作業台の上でのたうつ一組の手袋。その指先から、レギンの足首にまで届く長い繊維が飛び出している。無論、ほつれてしまったのではない。
「ちゃんと後でキレイにしてあげるから、今は大人しくしていなさい」
孫に優しく諭すような口調で、レギンは鍛冶職人特有の節くれだった指先で、呪いのグローブ『黒鎖呪縛「鉄檻」』に軽く触れた。
瞬間、彼の人差指に赤い――否、流れ出るマグマのような明るいオレンジ色に輝くラインが幾何学模様を描く。
その術式を解読できるのは、この世にただ一人、自分だけ。つまりは、原初魔法。
しかし、その魔法の指先がもたらす結果は単純そのものだった。
「きゃぅーん……」
レギンの耳に可愛らしい叫び声の幻聴が届くと同時に、元気いっぱいな呪いのグローブは眠りについたかのように大人しくなった。
「はっはっは、良い子、良い子」
満足そうな笑みを浮かべるレギンだったが、ふと逸らした視線の先にある一振りの刃をうつった瞬間、苦笑いに変わった。
「いやぁ、流石にあっちのお嬢さんは、軽々しく触れられないな……」
『絶怨鉈「首断」』。クロノの誇る最強の呪いを宿す大鉈は、主以外の接触を一切拒むかのように、凄まじい黒紅のオーラを迸らせている。
じっと見つめていると、湯気のように立ち上るオーラが、少しずつ少女の顔のように――
「彼女の相手は、もう少し勘が戻ってからにしよう」
本当に手間のかかる注文を引き受けた、と大きな溜息を吐きながら、早速仕事の準備にとりかかる。
「久しぶりに、徹夜続きかな」
だが、その顔は実に晴れやかなものだった。それはきっと、戦闘狂が長い療養の時を経て、再び戦場に舞い戻った時に浮かべる表情と、よく似ていることだろう。
2013年5月27日
シャルの尻叩き、最終集計の発表です。
合計追加回数は、7010発!
本当に、沢山のご参加、ありがとうございました!
前話での誤字脱字、修正しました。他にも、さらに前の話でもご指摘をいただいたので、修正しました。ご報告、どうもありがとうございます。
それと本日、私も近所の書店で『黒の魔王』が置いてあるのを確認しました。本当に販売されているのだと実感し、感無量です!
書籍版について感想などあれば、こちらの感想欄ではなく、活動報告のコメントに書き込んでいただければ、ありがたいです。