第349話 帰宅
蒼月の月4日、夕方。凱旋パレードをつつがなく終えた俺たち、いや、本当にもうびっくりするくらい観衆が無反応な虚しいパレードだったな……ともかく、ついに俺たちは帰ってきた。このボロっちい、王立スパーダ神学校の寮へ。
「ただいまーっ!」
と、リリィを筆頭に三人分の声が、秋風の吹きぬけるちょっと冷たい玄関に響き渡る。いや、やっぱ本当にボロっちいよなこの寮は。
「でも、こうして帰って来ると落ち着くな」
「そうですね」
「ねーっ!」
右腕でリリィを抱きかかえ、左側には寄り添うフィオナと、今の俺は正しく両手に花。それでも心に一抹の寂しさを感じるのは、決して贅沢などではない。
「シモンも、早く帰ってこられるといいな」
そう、この寮の真の家主であるシモンは、今日ここへ帰って来ることはない。
モルジュラに襲われた際の負傷は、ネルの処置によって完治しているだろうが、体力・精神共に消耗している。今のシモンに必要なのは、治療ではなく静養。
「エメリアさんのところにいるのですから、すぐに良くなりますよ」
バルディエル家はスパーダ四大貴族の一角を担う大貴族、シモンはきっと最上級の療養生活を送れるだろう。
シモンは姉のことを酷く苦手に思っているようだが、アルザス戦後と同じくしっかりお世話がされることは間違いない。
「きっと今頃は、エメリアさんの献身的な看病に涙を流して喜んでいることでしょう」
「そ、そうかぁ?」
シモンの思い出話を聞く限りでは、お姉さんはとてもそういうタイプには思えないんだが……いやしかし、いつだったかフィオナは個人的に彼女と知り合ったと話していたし、きっとそう断言できるだけの信頼があるんだろう。
なんにせよ、シモンが家族の温かい看病を受けられるのなら、それに越したことはない。
「リリィがね、妖精の霊薬をあげたから大丈夫だよ!」
「ああ、そうだな」
そういえば俺も妖精の霊薬を、麻痺を回復するだけの贅沢な使い方をして、もう切らしてしまったんだった。また作ってもらわないと。
本当にいつ試練が襲い掛かってくるか分からないし、準備はしっかりせねば。
でも今夜くらいはゆっくり休んでもバチは当たらないだろう。お願いミアちゃん、今すぐ試練は勘弁な。
「ところでクロノさん、そろそろ夕食時ですよね」
ガオオーっと豪快な咆哮をお腹から轟かせるフィオナ。これ以上ないほどの自己主張。
「とりあえず、着替えてからでいいか?」
俺だっていつまでも右腕が破れたコートを着ているのもなんだし、そもそも戦いに次ぐ戦いで汚れも酷い。
「はい、それでは後ほど。アヴァロン土産を用意して、ラウンジで待ってます」
なるほど、フィオナはアヴァロンに行ってきたのか。修行のはずなのに、お土産を買って帰ってくるあたり律儀な――いや、純粋に自分が食べたい美味しいお土産商品に目がくらんだんだろう。
帰った早々にフィオナらしい行動を見せ付けられたな、と温かい感想を抱きつつ、俺はリリィと共に自室へと向かう。
「この部屋に戻ってくるのも、久しぶりだな」
思えば、ここを後にしたのは白金の月26日。『呪物剣闘大会』に出場するべく意気込んで部屋を出て行ったのが最後だ。
まさか試合後にあんな救援依頼を受けることになるとは……今だから思えるが、凄まじいタイミングだったな。
「リリィもね、早く帰ってきたかったんだよ。クロノと一緒に寝れないと、リリィ、寂しいの!」
なんて可愛すぎることを言いながら、ごろごろと甘えてくるリリィ。ああ、やっぱりリリィは可愛いな。
「俺もリリィがいなくて、寂しかったよ」
ふっふっふ、今夜からはもうそんな寂しい一人寝生活とはオサラバだぜ、と不純な気持ちを抱きながら、リリィをベッドの上に降ろした。
キャッキャとはしゃぎながら、柔らかなベッドの上に転がるリリィ。思いっきりワンピースの裾がめくれあがって、白絹のパンツに包まれた可愛いお尻がもろ出しだが、あえて注意はしない。
「ほら、リリィも着替えるか?」
「はーい!」
元気の良い返事と共に、小さな両手が開く光の空間魔法から、俺がプレゼントした白いプンプンの毛皮ローブ、略して白プンローブが取り出される。
こちらに向かってローブを差し出しているのは、俺に着ろということでは断じてなく、俺に着せて欲しいということだ。
普段なら一人で着替えくらい余裕なリリィだが、ちくしょう、今は無性に甘やかしたくて仕方がない。幼女リリィはなんて甘え上手なんだろうか。実は手のひらの上で踊らされているんじゃないかというほどに。
まぁ、それでも俺は喜んで踊ってやるさ。というワケで、快くローブを受け取り、いざお着替え。
「はい、バンザーイ」
「ばんざーい!」
ラジオ体操第一でも始めそうな勢いで、背筋までピンと伸ばして両手を掲げるリリィ。俺はワンピースの裾に手をかけて、そのままめくり上げる。
再び対面する白の女児パンツ。続けて見えるのは、幼児特有の丸みを帯びた柔らかなお腹に、小さなおへそ。
おっと、羽に引っかからないよう気をつけないと。透き通った光だけに見える妖精の羽だが、ちゃんと実体があるしなコレ。
リリィは上羽を上方に、下羽を下方に、それぞれ垂直近くまで傾けて、服に引っかけないよう調整する。
よし、なんとか上手く抜けたぞ。
そうしてワンピースを脱げば、パンツ一枚だけである。
全裸に近い姿を見ると、まだ出会って間もないあの頃を思い出すな。今ではすっかり、このエンシェントビロードの黒ワンピースをはじめ、色々な服装のリリィを見慣れているが、最初はずっと裸だったからな。改めて考えると、なんだかとんでもない気がする。
「はい、ガバー」
「がばぁー!」
適当な擬音語の台詞で、頭から白プンローブを一気に被せてやる。
長い兎耳のついたフードを被れば、これで可愛い妖精さんも、野性味溢れるプンプンへと変身完了だ。
「はい、お終い」
「ありがとークロノ!」
いいってことよ。リリィの可愛らしさを堪能した、俺の方こそお礼を言いたいくらいだ。
アレ、この感想ってなんかちょっとロリコンっぽく聞こえ……いやいや、ない、それはない。
あくまでも微笑ましい気持ちで、再びゴロゴロするリリィと、丸い兎尻尾のついたお尻を眺めながら、俺はようやく『悪魔の抱擁』を脱ぎ捨てる。
コイツは明日にでも、しっかり洗濯しないとな。激戦に耐え抜いてくれたし、心を篭めて。
そうして、新しいズボンとシャツのラフな格好への着替えをさっさと完了。さて、それじゃあフィオナのアヴァロン土産を食べにラウンジへ――
「ねぇ、クロノ」
だがその時、リリィから待ったのお声がかけられる。しかも、幼女ではなく明かに少女の方だと思われる、どこか凛とした口調で。
「ん、どうしたリリィ?」
リリィは姿こそ幼女のまま、相変わらずベッドの上で四つん這いの体勢。尻尾付きのお尻をこっちへ向けたまま、リリィが俺へと振り返る。
「この白い羽根、なぁに?」
あれ、リリィさん? なんか目が怖いんですけど……
俄かにラースプンのような威圧感を発するリリィがベッドから発見したのは、一枚の白い羽根。その落とし主には大いに心当たりがある。
ネル・ユリウス・エルロード。心優しきアヴァロンの第一王女にして、俺のスパーダでできた二人目の友人。
友人、そうだ、ネルとはっきり友達宣言をしたその日その時、彼女は俺の自室のベッドに腰かけていた。ただ座っていただけじゃない、結構バタバタと激しいリアクションがあったから、恐らく、その時に散らばった羽根がひっそりと残っていた可能性が高い。
まぁ、そうでなくても、魔法を教えてもらう際に何度か自室に招いたことはあったし、ベッドにもよく座っていた。ベッドに羽根の一枚や二枚、残っていてもおかしくない。
そして今、よりによって今この時、目ざといリリィによって発掘されてしまったのだ。なにやら大いなる誤解と共に……
次回、黒の魔王・最終話『クロノ死す』 お楽しみに(嘘)
2013年4月29日
この度、黒の魔王の書籍化が決定しました。林檎プロモーションのフリーダムノベルからの出版となります。
発売日は5月24日。Amazonでは予約も始まっておりますので、どうぞよろしくお願いいたします!
ストーリーは同じですが、序盤の冗長だった部分や、第三章の問題改善など、大幅に話の密度を上げ、同じシーンでも書き直し、ほぼリメイクのような作りとなっています。また、ストーリーそのものに大きな影響はありませんが、なろう版ではなかった新規シーンなども追加されておりますので、どうぞお楽しみに。
また、書籍化にあたって、なろう版の削除やダイジェスト化などはいたしません。全てそのまま残し、連載もしばらくは今の週二回更新を維持しますので、ご安心ください。
それでは、これからも黒の魔王をよろしくお願いいたします!