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黒の魔王  作者: 菱影代理
第18章:怠惰の軍勢
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第339話 黒と白の刃

「全力で防御ガードしろっ! ヒツギぃいいいいいいいいいい!!」

 この攻撃はステップでもジャンプでも回避不能。そう直感的に確信した俺は、防御に全力を尽くす。

「お任せくださいご主人様っ! いきますよぉ――」

 俺が持てる防御魔法は、改造実験時代から変わらず『黒盾シールド』ただ一つだけ。無手で使えば、ただ黒色魔力を硬質化させただけで下級程度の防御力しかない。

 ヒツギを手に入れてからは、盾の構成をワイヤー状の繊維で編みこむように構築することで、防御力は一段階上昇、中級くらいはあるだろう。

 そして今、進化を果たした『黒鎖呪縛「鉄檻」』ならば、さらなる守りの力を与えてくれるはずだ。

 盾を構成するのは黒色魔力の硬質ワイヤーではなく、グリードゴアの砂鉄を取り込んだ黒鉄の鎖。

 初めて行使する術式となるが、全てはヒツギが教えてくれる。これがもう、ただの『黒盾シールド』ではないということも。

「――『黒鉄大盾(メタル・シ-ルド)』っ!」

 完成したのは、本物の鋼の光沢を宿す漆黒の大盾タワーシールド。俺の姿を完全に覆い隠してくれるほどの大きな長方形は、盾というよりも鉄塊という方が相応しいかもしれない。

 分厚い鋼鉄の四角には、二本の太い鎖がバツの字を描いてかかっており、見た目の無骨さも増している。無論、見掛け倒しではなく、間違いなく上級防御魔法に匹敵する防御力を誇っているはずだ。

 しかし、これでもまだグリードゴアの雷剣を防ぐには足りない――思うが、この時にはもう時間切れ。

 凶悪な咆哮とけたたましい雷鳴と共に、砂鉄の大剣が射出された。

 予想に違わず、目にも止まらぬ速さ。レールガンのように電磁誘導で加速してるんだろうか。

 とにもかくにも、気づいたその時には、漆黒の刃は黒鉄の盾をぶち抜いていた。

 二本の鎖の交点を千切り飛ばし、鋼の壁面を穿ち貫く。

 それでも『黒鉄大盾(メタル・シ-ルド)』は砕けず、完全に貫通させることを許さなかった。貫いた刃先は半分、いや、三分の一ほどでなんとか止めている。

 もっとも、俺の身に届くには十分な長さが貫通してしまったことに変わりはない。

 しかし、俺はまだ無傷でいられる。なぜならば、頼れる盾がもう二つ、この両手にあるからだ。

 一つは、左手にする『餓狼剣「悪食」』。

 その魔力吸収によって、凄まじい電力を秘める大剣の放電、雷撃による追加ダメージを抑え込んでくれている。

 だが、牙の刀身の腹は大剣の貫通力に耐え切れず、あえなく串刺しとなってしまっていた。

 盾を破り、牙を貫いたグリードゴアの刃を最後に止めて見せたのは、もう一つの右手にある『絶怨鉈「首断」』だ。

 まだ『腹裂』だった頃、第八使徒アイの一撃を止めきれずに貫通したが、今回はしっかり受け止めてくれた。刃は一ミリたりとも、俺の胸へ届いてはいない。

 二刀の大剣を交差するように構えた、刃による二重の防御はなんとか間に合ってくれた。

 このまま追撃をくらうとまずい、即座に反撃を――

「ぐ、はっ……くそっ……」

 だがしかし、俺の体は戦う意思に反して仰向けに倒れこんでいく。

「ご主人様っ!? ご主人様ぁーっ!」

 頭の中に悲痛なメイドの叫びが木霊すると同時に、地面に倒れた衝撃が背中を駆け抜ける。痛くはない。やけに感覚が鈍い。

 いいや、違う。これは、痺れているのだ。

 ヒツギと首断は刃を止めてくれた。悪食は身を焦がすほどの放電を抑えてくれた。だが、防げたのはそこまで。

 単純に電撃で痺れたという以上に、雷属性の攻撃に追加効果として状態異常バッドステータス麻痺パライズが組み込まれているに違いない。

 機動実験では何度か麻痺をくらった経験があるが、その時は多少の動きが鈍る程度だった。けど今は、指先一つ動かせない。全身麻痺。

 炸裂した麻痺の電撃によって両手の二刀も弾かれるように手放してしまう。左右にそれぞれ、虚しく地面に突き刺ささる。

「ご主人様、しっかりしてください!」

 意識はしっかりしてるが、体は完全にいうことをきかない。『影空間シャドウゲート』を開くことはできても、そこからポーションを取り出して服用、という動作そのものがままならない。

 俺の改造強化された体は、モルジュラの媚薬が効かなかったように、薬物耐性も高ければ、この状態異常系にも、普通の人間と比べれば遥かに高い抵抗力と回復力を持っている。

 この全身麻痺も、もう五分もすればそこそこ回復するとは思うが、そんな隙をグリードゴアが見逃すはずがない。

 勿論、一人で城から離れて接近戦を挑んだのだ。城壁の上に立つネルから、回復魔法が届くこともない。

 これは、本格的にやばい。

 グリードゴアが一歩を踏み出す。城に向かってではなく、俺の方へ。

 ああ、ちくしょう、やっぱり俺にトドメを刺す気でいやがる。こんな指一本動かせない状態じゃあ、打てる手は一つもな――

「おい触手男、なんでお前がここにいるんだ?」

 不意に、見上げるしかない空が遮られる。目に映るのは、俺を見下ろす、いや、見下す青年の顔。

 その端正な顔立ちには多少の見覚えしかないが、俺と同じ黒髪と、真紅の双眸という容姿には心当たりがある。

 これが性別も年齢も不詳な可愛らしい顔だったなら、崇めるべき魔王の神様で決まりなのが、そうでないというなら、エルロードの血筋を今に受け継ぐ彼しかいない。

 ネロ・ユリウス・エルロ-ド。アヴァロンの第一王子にして、ネルの実の兄貴。

 どうやら俺の命運は、まだ尽きてはいないらしい。




「コイツの相手は俺らに任せろ! ネロは城に戻れ!」

 あっさりと寄生パラサイトで奪い取られたラースプンが起き上がるなり、カイが叫んだ。

 普段はバカだが、こういう時の即断は信じられる。

 ただでさえ俺らが抜けて陥落寸前のイスキア古城。グリードゴアが駆けつければ、五分ともたずに壊滅するに違いない。

 今すぐに誰か一人でも、いや、コイツの前から脱するのはそもそも一人が限界だろう。ともかく、メンバーの一人が城に戻らなければ、完全に手遅れになるのは火を見るよりも明らかだ。

 俺が選ばれるのは、リーダーとして、というよりも、まぁ、能力的に考えれば妥当なところだからだ。一番早く城まで戻れるしな。

「悪い、頼んだ」

「一度倒した相手なんざ余裕だろ、さっさと片付けて、すぐにそっち行くぜ」

「俺がグリードゴアを殺しきる前に、戻ってこいよな」

 手短にやり取りを済ませ、俺はすぐにイスキア古城へと逆戻り。

 去り際にシャルとサフィがちょっと文句を言いたげな雰囲気を醸していたが、この緊急事態となっちゃいつものワガママも言わないだろ。後でなにかイチャモンつけられそうな気がするが、そん時はそん時だ。

 三人が首尾よくラースプンをその場に留め、俺は馬首を翻してさっさと離脱。

「يعمل من خلال سرعة القدم لتشغيل أسرع――『速度大強化スピード・ハイブースト』」

 駆けるユニコーンに俺の強化魔法がかかれば、速度が一段階上がると同時に、全身にまとう風の流れがこの忌々しい大雨も弾いてくれる。便利な追加効果だ。

 ついさっき、カイとサフィを連れてシャルの元へ急いでいた時は、ここまでのスピードにしておいた。まぁ、これでも冒険者の中でもかなりの速度ではあるんだが、俺一人ならもうちょい速くできる。

「――『千里疾駆ソニック・ウォーカー』」

 発動させるのは、移動系で最速の効果を誇る武技。あくまで体系化された武技の中でという話だが、要は現代魔法モデルにおける上級みたいな位置にあるってことだ。

 魔法と武技の同時発動による二重の速度強化は、単純に倍以上の効果をもたらす。ここまでの高速に達するのは、冒険者の中でも馬術に秀でた一部の者か、スパーダの精鋭騎兵くらいだろう。

 術者にも高い力量が求められるが、実際に走る足となる馬の方にもそれなり以上の能力、才能ってやつが必要だ。

「俺の全力についてこれるのは、お前だけだぜ」

 そうだ、このユニコーンじゃなければ、俺の二重強化には耐えられない。

 ちょうどスパ-ダに留学する直前の頃だったか、アスベル山脈で密猟者に捕まったコイツを助けたのは。

 別に密猟組織を潰すクエストを受けていたわけじゃない、本当に偶然の出会い。

 乙女しか乗せないと古代から有名なユニコーンだが、上手く手懐ければ男でも乗れるってのを自分自身で証明することになるとはな。

 あの時は妙に懐かれ過ぎてちょっとウザい、くらいにしか感じなかったが、俺の求める速さについてこれるコイツは、今では相棒だと認められる。

 お陰で、行きの半分ほどの時間でイスキア古城まで戻ってこられた。

「よし、まだ城は落ちてない、っつーか、モンスターどもはどこ行った?」

 転がるのは大小様々な死体ばかりで、押し寄せるモンスターの大群は綺麗に消え去っている。まさか全てが城内まで侵入、ということもありえない。

 さらにありえないのは、俺ら抜きでモンスターを壊滅させたってことだ。そんな戦力があれば、ハナから篭城なんざしちゃいない。

 それじゃあ、この状況――グリードゴアが一体だけ城の前で大暴れしているってのは、どういうことだ?

 本当は薄々感づいてはいたが、認めたくなかっただけだな。けど、いざ自分の目で確認すると納得せざるをえない。

「ネル、『悪逆追放レディアンス・エグザイル』を使ったか……」

 城壁が半壊しているにも関わらず、その上から一歩も退かない覚悟を示すように『白翼の天秤』を構えているのは、紛れもなく俺の妹だ。

 なんでここにいる、そもそも、どうやってここまで来た?

 疑問は湧くが、それでも来たものは来た。そして、そんな無茶をやるだけの動機はここにある。

 ウィルの派遣した伝令からでも、イスキア古城の危機を聞いたのだろう。そうすれば、いてもたってもいられない。

 ここには俺が、ウイングロ-ドの仲間がいる。おまけに神学生が三百人も。盗賊に襲われた数名の女子生徒を救出したいがために、討伐クエストを受けるようなネルだ。放っておけるはずがない。

 それでも俺は、ここに来て欲しくはなかった。あまりに危険すぎる。

「それでも来ちまったもんは仕方ねぇか。モンスターも一掃してくれたし、後は俺がヤツを始末すれば、それで済む話だ」

 そうして、俺がグリードゴアへ挑みかかれるだけの距離まで近づいてきたその時だ。

「ちっ、アイツは……」

 グリードゴアが、ラースプンにぶっ放した砂鉄の大剣を放つ。狙いは俺ではなく、今この瞬間に、一人で戦っている男。

 ソイツは瞬時に黒い大盾を作る防御魔法を行使したが、あっけなく貫かれ、地面へと倒れこんだ。一人で挑んだくせにそのザマとは、情けねぇ。

 それがただの神学生、あるいは、ここに駆けつけた救援の冒険者の一人であれば、そんな程度の感想で済んだ。

 けど、コイツは、この男は――

「おい触手男、なんでお前がここにいるんだ?」

 クロノ、よりによって、どうしてお前がここにいる。

 ユニコーンの背から降り立ち、無様に倒れたクロノの顔を見下ろす。

「……ふっ」

 笑いやがった。おい、バカにしてんのか。気づかないとでも思ってんのかよ、ネルをここに連れてきたのは、テメェだろう。

 他に仲間は見当たらない、この場においてはネルとクロノ、この二人だけがさっきまで城にいなかった人物だ。

 ネルにはモンスターの包囲網を突破できるだけの攻撃はできない。なら、実際にここまで駆け抜けてきたのはクロノ以外にはありえない。

 逆に、コイツさえいなければ、ネルはここに来たくても来られなかったともいえる。

 この男は一体どこまで俺の神経を逆撫ですりゃ気が済むんだ。マジで殺すか――くそ、落ち着け、今はこんなヤツに構ってる暇はねぇだろ。

「テメェはそのまま寝てろ、アイツは俺が始末する、邪魔すんじゃねぇぞ」

 まぁ、さっきのシャルと同じように全身麻痺でぶっ倒れてるんだから、何かできるはずもないが。

 俺はネルと違って誰にでも優しいワケじゃねぇ。わざわざポーションで回復なんざしてやらん。

 っつーか、ネルが今にも城壁からこっちへ飛び出していきそうなほど慌てているように見えるのだが……俺が一人でグリードゴアに挑むのがそんなに心配なんだろうか。

 とりあえず、隣にいるウィルが頑張って抑えてくれてるが、そのまま止めておいてくれ、頼むぜ。

 ネルも不安がってるようだし、さっさとグリードゴアを仕留めちまうか。

 なんだかんだでランク5モンスター、油断できる相手じゃねぇし、本来は四人で戦う予定だったんだ。

 一人で相手することになるとは、なんとも面倒くさい。本当に時間稼ぎだけに徹しようか、とも思えるが――

「シャルに手ぇ出されてるからな。俺が斬ってやらなきゃ、気がすまねぇぜ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヤレヤレ系王子がいい感じにうざい。
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