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黒の魔王  作者: 菱影代理
第18章:怠惰の軍勢
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第335話 ファーストキス

 触手・BL注意。苦手な方は、後半15行だけ読むか、次を飛ばして読んでいただいても、最低限、話は繋がります。

 狭く硬い防御塔の室内は、むせかえるような甘い臭気で満ちている。

「あっ……う、あぁ……」

 もだえる少女のような、甲高い嬌声と荒い息遣い。そして、それをかき消すようにズルズルと触手が蠢くぬめった水音が反響する。

 シモンは今、完全にモルジュラに捕らえられていた。

 頼れる武器であるダガーの着剣されたライフルは、とっくに手から転がり落ち、触手から滴る脂ぎった粘液に沈んでいる。抵抗の意思さえ汚すように。

「や……やだぁ……」

 数十の触手が、シモンの小さな体へ焦らすように絡みついていく。群れで行動するモルジュラだが、ここには一体だけ。ゆっくり、じっくりと、己の種子だけを植え付けられる。

 モルジュラの触手は特別に強靭ということもなく、また、鋭い爪や硬い棘が生えているわけでもない。捕らえた生物の甲殻や毛皮を引き裂き、穿ち貫くといった行動は本能になく、あるのはただ、体を這い回り、穴を探す、というだけ。

 シモンは黒い神学校の制服に、アルザス戦でも着用していた濃紺のコートをまとっている。暴漢に襲われたように衣服は破られることはなく、ボタンの一つも外れていない。だが、モルジュラの触手が侵入するには十分すぎた。

 両手の袖、両脚の裾から、ぬるりと触手が入り込む。木の枝を這う芋虫のようにゆっくりと、手足を這い上がっていく。男とは思えない、その白い肌の柔らかさを堪能しているかのようだ。

衣服の下でモゾモゾと蠢くぬめった感触。触手は一見すると柔軟な蔦のようだが、その手触りは人の舌に近く、肉の弾力を持っている。常に体表から分泌し続ける媚薬粘液に塗れたソレが体を這えば、絡みつかれた、というよりも、巨大な舌で舐めまわされたといった感覚。

そのおぞましさを体感し、たまらずシモンは悲鳴をあげるが、それはどこまでも甘く、とろけるような響きにしかならない。

 天然の媚薬が肌に塗られ、さらに、この胸焼けしそうな臭気を肺一杯に吸い込み、効果が全身に及んでしまっている。醜悪な触手相手でも、脳は強制的に快楽信号を発し続けるのみ。どれだけ嫌がり、泣き、叫んでも、そんな嫌悪感だけでは、とても跳ね除けられない気持ちよさ。シモンはまた一つ、嬌声をあげる。

「はっ、はぁ……ふわぁ……」

 細い首にも、触手は絡む。強く締め付けることはしない。目的は殺害ではなく生殖、相手が死んでしまっては意味がない。触手は優しく、シモンのうなじを撫でた。

 同時に、首元からも触手はズルズルと潜り込んでいく。ワイシャツの襟首から、止められたボタンとボタンの間からも、隙間さえあれば容赦なく突っ込まれる。

 薄い胸板が撫で回され、背筋を這い、へそを舐めるように、さらにその下まで――

「やっ、あ……っ!」

 そうして、ついにシモンの全身を支配した触手は、探り当てた穴へ一斉に侵入を開始しようとしている。前戯は終わりを迎えたのだ。

「ぁあああああああああああああああああああっ!!」

 響き渡る悲鳴。そこにはまだ、確かな嫌悪と拒絶の意思が宿っている。最後の抵抗。

 だが、この最低最悪の陵辱者であると同時に、人を快楽に狂わせるだけの能力を併せ持つモルジュラにかかれば、それはどこまでも儚い抵抗に過ぎない。

 精神防御や薬物耐性に優れるわけでもない、ただのエルフでしかないシモンを堕とすには、本番が始まれば五分もかからないだろう。

 声をあげて叫ぶことさえ許さないように、首に絡んだ触手がシモンの口へ入り込もうとしている。子供の腕ほども太さがあるその触手は、今すぐ種子をぶちまけたいとばかりに、先端からドロリと濁った汁が漏れ出ていた。

 ふっくらした桜色の唇に、汚らわしい触手の先を存分に擦りつけてから、いよいよ、口中を蹂躙するべく侵入を始めようと――

「シモンっ!」

 その名を呼ぶ男の声が、開かずの鉄扉の向こうから響き渡った。

「うそ……お兄さん……」

 幻聴、としか思えなかった。理性と自我はとっくに快楽で溶かしつくされ、都合の良い幻を自分に見せようとしているんじゃないか。

 だが、それを否定するように、自分の名を呼びかける声と共に、激しく鉄扉を打ち叩く音が、確かに聞こえてくる。

そして次の瞬間には、けたたましい金属音をあげながら、扉が開け放たれる――否、ぶち破られた。

 重厚な鋼鉄製の扉だが、そこにどれだけの力が加わったのだろうか、大きくひしゃげてしまっている。そんな鉄くずと化した扉は、勢いよく室内に転がり込むと、すぐに石壁にぶち当たり、グワングワンとやかましい音を立てて床に落ちた。

「シモン……」

 扉の外れた入り口に、大柄な男が一人。黒髪に、黒と紅のオッドアイ。その顔をシモンが見紛うはずがない。

 本当に、助けに来てくれた――その喜びはしかし、一瞬の内に負の感情に飲み込まれる。

今の自分の姿を、思い出して。

 初めての理解者、一番の友人。クロノ、彼だからこそ、こんな酷い陵辱中の姿は――

「僕を……見ないで……」




「シモン……」

 鼻がおかしくなりそうな甘ったるい臭気。薄暗い室内で蠢く、触手の塊。そして、それに絡みつかれて捕らえられている人影。

「僕を……見ないで……」

 今にも心が折れそうな、そんなか弱い声が、耳に届いた。

 シモンが何を思ってそんな事を言ったのか、理解する前に、俺の怒りは一瞬で限界を突破する。

 おい、テメェは、俺のシモンに、なにをしていやがる。

「うぉぁあああああああああああああああああああああああああっ!!」

 武器を手に取ることさえ忘れ、ただ憤怒のままに、友人を辱めるモンスターへと殴りかかった。

 硬く握った拳には当然、溢れんばかりに黒色魔力が渦を巻く。緻密なイメージも複雑な術式も必要ない。最短最速の魔法発動、名前を唱えるまでもない――『パイルバンカー』は、そのまま真っ直ぐモルジュラをぶち抜いた。

 ボール状に固まった丸い触手の層を突き破り、その内側にある心臓のように脈動する中心器官を拳と魔力の奔流が木っ端微塵に吹き飛ばす。

 シモンへ伸びた数十本の触手が一気に引き千切れながら、粉砕された本体は石壁に叩きつけられる。ベチャリと音を立てて、潰れたトマトのように汚らしく肉片を撒き散らした。

 たったの一発で死にやがって。怒りは全く納まらないが、もう構っている暇などない。

「おい、シモン! 大丈夫かっ!?」

 触手の拘束から解き放たれたシモンは、糸が切れた人形のようにその場で倒れ伏した。

「しっかりしろ!」

 その小さな体には触手が無数の蛇が這い回るように絡みついており、見るだけで生理的な嫌悪感をかき立てる。

 くそっ、こんな汚ねぇもんを散々に絡ませやがって……

 仰向けのシモンをそのまま寝かせた状態で、まずは服の裾や袖、襟首などから侵入している触手を掴み、引きずりだす。本体を潰しても、蛸のように切った触手はしばらく蠢き続ける。早く取り去ってやらなければ、治療もままならない。

「あっ……んあっ!」

 触手を引き抜く度に、シモンは体をビクリと震わせて、乱れた嬌声を上げる。

 荒い吐息、上気しきった頬、虚ろでありながらも、熱っぽく潤んだ翡翠の瞳が、真っ直ぐに俺を見つめている。一瞬、本気でシモンが男であることを忘れかけた。それほどまでに、魅力的な視線。

 ちくしょう、落ち着けよ。そうじゃないだろ、今はもっと、冷静に、状況を考えろ!

 大丈夫だ、シモンはちゃんと生きている。外傷も見当たらない。命に別状はないはずだ。

「シモン、俺の声が聞こえてるか? 意識はどうだ?」

「う、うぅ……お兄さん……お兄さぁん」

 俺のことを認識はしている。完全に狂ってはいないようだが、それでも、かなりモルジュラの媚薬が回っている。これだけ全身が粘液塗れとなっているのだから、当然だろう。

 問題なのは媚薬効果だけじゃない、もしかしたら、体内に種子を出されてしまっているかもしれない。早い段階で治療をしなければ、手遅れになる可能性もある。

 幸いにも、学生の中には治癒術士プリーストが何人かいたし、ネルも少し休めば回復するだろう。

 そしてなにより、今の俺はモルジュラの媚薬を解毒するポーションを一つだけ所持している。

ランク3に上がる時に受けた討伐クエストの際に、万一を考えて用意したものだったが、まさか、こんな時に使うことになるとはな。

「解毒ポーションだ、飲め」

 影からポーションを取り出すと同時に、触手を取り払ったシモンの上半身を抱き起こす。

 涎と粘液に塗れて半開きになった口元に、栓を抜いた瓶を近づける。

「んっ、ぐ――げほっ!」

 だが、ポーションを上手く飲み込めず、そのままむせるように噴き出してしまう。飛沫を腕や顔に受けながら、まずい、と直感する。

 解毒用ポーションは、やろうと思えば一口で飲み干せる程度の少量しか入ってない。裏を返せば、その程度の量を服用するだけで十分な効果が見込めるということだが、シモンが上手く飲み込めなかったせいで、一気に半分近くを無駄にしてしまった。

 果たして、もう一度このまま飲ませていいのか? いや、そもそも、上手く飲み込めないなら、無理に飲ませようとするのはかえって危険だろうか? それでも、一刻も早く解毒薬を飲ませなければ後遺症が残るなんて可能性も――

「なに迷ってんだ、やるしかねぇだろ! シモン、もう一度ポーションを飲ませるから、しっかり飲み込めよ!」

 覚悟を決めて叫び、俺は残ったポーションを自分であおった。飲み込みはしない、口の中に含んでいるだけだ。

 つまりは、口移し。

 だらしなく半開きになっているシモンの口へ、俺は躊躇せずに唇を押し付けた。

 初めて感じるキス――と、同等の感触に、思わず気を奪われそうになる。

なんだコレ、凄い柔らかい、唇ってこんなに柔らかいもんなのか。粘液の甘ったるい臭気だけじゃなくて、リリィやフィオナのような女の子特有の香りもする。

 ああ、ちくしょう、しっかりしろよ俺っ!

そう自分を叱咤しながら、必死に集中してポーションをシモンへ流し込む。

 一気に流し込んでは意味がない。また噴き出さないように、ゆっくり、少しずつ。

「ん――んっ!?」

 その最中、突如として舌先に感じた『何か』に驚き、思わず口を離しそうになる。だが、気がつけばシモンの両腕は俺の頭をがっちりホールドしていて、離れようにも離れられない体勢となっていた。

 まるで、熱烈な恋人同士がキスするような……いいや、今の状態は正しくディープキスといえる。本当はすぐ気づいたさ、俺の舌に絡んでくるのは、シモンの小さな舌だということに。

 今のシモンは何を考えているか、あるいは、どんな幻を見ているのだろうか。

もし、絶世の美女とキスしている素敵な夢でも見ているなら、是非ともそのまま見続けていてくれ。真実を知らせるには、あまりに残酷だ。俺がどうしようもなく、ドキドキしてしまっていることも含めて。

 俺が口に含んだポーションはほどなくして、シモンの蠢く舌を伝って、無事に飲ませることに成功した。

 息継ぎをするような吐息を漏らしながら、口を離す。お互いの唾液とモルジュラの粘液の混ざった涎が、糸を引きながら、二人の間に落ちる。

一拍あけて、俺は自分も息が荒くなっている事に気がついた。

「はぁ……はぁ……お兄、さ……」

 俺を呼ぶように小さな呟きを漏らして、シモンの瞼が落ちた。体力の限界なのか、それともポーションの効果かは判別がつかないが、どうやら眠ったようだ。

 呼吸は乱れず、すぅすぅと可愛らしい寝息がたっているだけ。少なくとも、異常は見られない。

「……助かった」

 シモンのおだやかな寝顔を見つめながら、ようやく、その実感が得られる。

そうだ、俺は今度こそ、仲間を助けることができたんだ。

 よかった、本当によかった。生きてくれてよかった。急いで駆けつけて、ネルを巻き込み、メリーを酷使して、それでも、間に合ってよかった……

 そう安堵しかけた時だった。


 ゴォアアアアアアアアアアアアアアアっ!!


 塔を揺るがす、とんでもない大声量の咆哮が響き渡る。

「なんだっ!?」

 モンスターがすぐ近くに出現したのだろう、ということは直感的に理解できる。すぐ傍にある小窓から、外を確認しようと立ち上がったその時、俺はここに現れたモンスターの正体を理解した。

 まだ目撃してはいない。だが、今この時、俺の左目、ミアから貰った真紅の目が、眩いほどの赤いフラッシュを映したのだ。それは紛れもなく、試練の存在を示す光。

「来たか、グリードゴア」

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最高でした。
[一言] 何がとは言わんけどこの話には何度もお世話になっとりますm(_ _)m
[良い点] 日本人としての常識──異世界に寄り添えない部分の常識にとらわれること成長していくクロノの姿は素晴らしいです。 [気になる点] コメント欄で作品に対して不毛な悪態をついているマナーのなってな…
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