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黒の魔王  作者: 菱影代理
第18章:怠惰の軍勢
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第329話 イスキア村防衛戦(1)

 雷鳴轟く大雨が降ると同時に、イスキア村へモンスターの大軍勢がやってきた。

「ウォオオオオ――」

 西門前にて巨大金棒を振り上げるのは、イスキアの防衛部隊を指揮するグスタブ。

 その体は授かった加護『灼熱王鬼・アグニオ-ラ』の顕現により、真っ赤な体表をさらに赤く、燃え盛る火炎のようなオーラをまとっている。

 正しく鬼の形相で、一直線に迫り来る敵――武装したオークを載せたドルトスと向き合う。

 象と猪を足して二で割ったような巨躯と獰猛さを誇るドルトス最大の攻撃、突進がグスタブへ炸裂しようかというその時。

「――大断撃破ブレイク・インパクトぉ!」

 ホームラン級のフルスイングが、ドルトスの頭を捉えた。

 漲る灼熱のオーラによって火炎の属性が付与された一撃。叩き込まれた衝撃と、炎の大爆発によって、大型モンスターの超重量がそのまま弾き返された。

 騎兵気取りで背に跨っていたオークは勢いのまま放り出されて、受身を取ることもままならず頭から地面に落下。首が曲がってはいけいない方向へと曲がってしまう。

 完全に頭がぶっ飛んだドルトスの死骸が数十メートルの空中遊泳を終える。その場にいたスライムやゴブリンを巻き込みながら、音を立てて墜落した。

「あーあかん、これはあかん……」

 グスタブの口から弱音が漏れる。

 ドルトスの破城槌のような突進を、硬く閉じられた村の正門に叩き込まれることをなんとか防ぐことはできた。

 この戦いが始まって、これで四度目だ。

 五度目の突進は即座に繰り出されるだろうことは、降り注ぐ豪雨の向こうにぼんやりと浮かぶ大きな影を見れば明らかであった。

「そろそろ限界やな……」

 ちらりと横に視線を向ければ、頼れるパーティーメンバーが奮戦する姿が目に入る。

「いやっ! こんなにワタシに寄ってたかって、乱暴するつもりでしょう! 官能小説みたいにっ!!」

 群がるケンタウルスを長大なポールアックスで薙ぎ払っているのは、輝くショッキングピンクの鎧兜を身にまとったミノタウルス(♂)のダグララス。通称、ララ。

 暴漢を前にした妙齢の女性のような台詞を雄々しいバスボイスで叫びながらも、種族特有の剛力と見事な斧裁きで、次々と敵を屠ってゆく。

「そんなにワタシのカラダが欲しいのねっ! でもダメ、こう見えてもワタシ、好きな人に一途な清い乙女なんだからっ! うるぅぁああああああああああああああ!!」

 ダグララス必殺の武技が、ケンタウルスの屍を踏み越えて迫り来るランドドラゴンの巨躯に炸裂した。

 長い冒険者生活の中で、打倒してきた強敵モンスターを素材に鍛え上げた自慢のポールアックスが振るわれる瞬間、彼女カレの体から鈍色のオーラが迸る。

 これぞ『震角猛牛・ブルブロス』の加護を授かった証。

 そして、その効果は震動。薔薇色のハートマークが刻み込まれた刃がキィンと甲高い音を発する。

 震えるハートの斧は、ランドドラゴンの四足歩行の巨体を粉微塵に粉砕しただけでなく、そこから半径十数メートルの範囲の大地を打ち砕いた。無論、その効果範囲に運悪く入っていたモンスターは、瞬間的に駆け抜けた超高速振動の衝撃波によって肉体を血霞へと変えられる。

 一挙に前方のモンスターを片付けたダグララスだが、渾身の一撃を放ち僅かな硬直が発生する。

 その隙を見逃さなかったのは、雨天に舞うハーピィ。キンキンと響く耳障りな奇声を上げながら、降り注ぐ雨粒と共に急降下して来る。

 数は三。寄生パラサイトにあっても連携能力は失っていないのか、互いに空中で衝突するような愚は犯さない。

 そうして、足の鋭い鉤爪がダグララスの頭を襲おうとした瞬間、鋼の旋風が吹きぬけた。

「――だぁああっ!!」

 それは、ダグララスよりもさらに大きな体のサイクロプス。彼の手にするバトルアックスが、奇襲をかけるハーピィーをまとめて薙ぎ払ったのだ。

 真っ赤な血しぶきと共に、極彩色の羽が散った。

「あ、危なかったんだな」

「あらん、ありがとうゴンちゃん。後でお礼しなきゃね、チューって」

「それはいらないんだな」

「もう、照れちゃって、まだまだお子様なんだからん」

 どこまでも気まずそうに大きな一つ目を逸らして、ゴンは再びモンスターの群れへと突っ込んでいった。

 彼はその若さゆえか、未だに加護は得ていない。だが、純粋な腕力だけならメンバーの中でも一番。

 左右の手に握る無骨なバトルアックスを、その類まれな怪力でひたすらにぶん回し、叩き切る。力技を極限まで突き詰めた双斧流は、暴風のように戦場を吹き荒れモンスターの死骸を積み重ねてゆく。

「あの二人はまだ元気やけど、他がヤバい」

 ランク5の実力を見せつけるような『鉄鬼団』メンバーの獅子奮迅の活躍により、戦況は拮抗している――ように見えるが、すでに戦線の崩壊が間近であることをグスタブはどうしようもなく感じ取ってしまっていた。

 数、数、数、あまりに圧倒的な兵力差。敵兵のほとんどはランク1モンスターで構成されてはいるものの、これほどの大軍となればもはやスライムだけでもランク5級と呼べる。

 冒険者も自警団員も本当によく戦っている。

 だが足りない、兵が、戦力が、全く足りていないのだ。

 一人、また一人と味方が倒れるごとに、戦力差は加速度的に開いていく。

 今はまだ剣士も戦士も武技を繰り出せているし、石壁に並ぶ射手の矢は尽きず、魔術士の攻撃魔法も勢い盛んだ。

 しかし、このままあと半刻もしないうちに、疲労によって攻撃の手は緩まる。その頃には、多少なりとも味方の数も減っている。

 そうなれば、もうこの押し寄せるモンスターの津波に、こんな村など一息で呑み込まれてしまうだろう。

 退くならば今の内、だが、逃げ場はどこにもない。

 戦場は何もこの西門だけではないのだ。

 すでにイスキア村は完全に包囲され、今しも石壁を乗り越え侵入を許そうと――

「大変だぁ! 東門が破られたっ! モンスターが村に入ってきたぞぉ!!」

 どうやら今この瞬間、イスキア村の防備が崩壊したようであった。

「騎士団は間に合わんかったか……」

 もうすぐそこまでは来ているはずである。だが半日、いや、ほんの数時間の差で、到着の遅れは致命的となった。

 これだけのモンスターがいれば、一万にも満たない村人を食らいつくすのには一時間も必要ない。

 あのモンスターの頭に巣食っている雷の蛇が寄生するのだとしても、同じことだろう。

「――お頭ヘッド、ゴブリンやスライムなどの小型モンスターが侵入デス」

 聞こえてくるのは射手のゴーレム、櫓の上でミスリル鏃の強弓を撃ちまくっているゼドラのカタコト音声通信。

 ランク5だけあって、テレパシー通信用の魔法具マジック・アイテムはメンバー全員が装備している。

 ただ、有効な情報交換ができるのはゼドラくらいなもので、脳味噌まで筋肉でできたようなサイクロプスとミノタウルスの戦士コンビにとっては無用の長物である。

「こっから兵は動かせん! 村の中は‘予備兵’に任せる!」

 予備兵といえば聞こえはいいが、その実態は戦闘経験のない少年や力の衰えた老人などである。

 当然、前線に出せるはずもない、出すつもりもなかったが、事ここに及んでは彼らにも戦ってもらうより他はない。

「ランク1――いや、ランク2までの小物は見逃してもええから、デカいのだけは絶対中に入れんな言うとけ!」

「了解デス」

 こうなれば、全員参戦の血で血を洗う泥沼の市街戦に陥ろうと、戦えるだけ戦うしかない。

 もしあと一刻の後にでも騎士団が到着すれば、半分くらいの村人は助かるはずだ。

 もう多大な犠牲が出る事は確実。だが、それでも、一人でも多く生き残れるよう、最善を尽くす。

「言うたはええけど……いい加減こっちも限界やで……」 

 ダンジョン側を向いている西門には、最も多くのモンスターが襲いかかり、そして最も激しい戦いとなっている。

 『鉄鬼団』のフルメンバーが揃っているとはいえ、いくらなんでも限度というものがある。

 今この時まで、貧弱な村の防衛設備だけで侵攻を推し止めているというだけで、彼らの武力は賞賛されるべきものだ。

 だが、グスタブは思わないでもない。

 もし、ここにもう一つランク5パーティが存在していたら、と。

 上手く行けば逆転、このモンスター軍団を押し返すことさえ可能かもしれない。

「はっ、阿呆が! そない都合のええ話、あるワケないやろ」

 冒険者にあるのは、生と死が隣り合わせの、どこまで過酷な現実だけである。

「サラマンダーだっ! サラマンダーが来たぞぉ!」

 そう、こういう、ここぞとばかりに最悪のタイミングで最悪のことが起こるのだ。

 見上げれば、言われるまでもなく一目でソレと分かる特徴的な真紅の姿がそこにある。

 逞しい両翼に吹き荒ぶ風雨を受けながら急降下を仕掛ける赤い火竜は、その口元から今にも紅蓮の吐息ブレスを吹き出さんと炎の舌をチロチロさせている。

 このタイミングで初撃を許せば、最悪、一撃で戦線が崩壊するかもしれない――直感的な予想が脳裏を過ぎりながら、グスタブは叫んだ。

「ゼドラっ! 三秒でええから止めぇえっ!!」

 そしたら自分が何とかする。

 この灼熱の加護に身を包むグスタブなら、サラマンダーの猛火を正面から受け止めることだってきる。上手く行けば、ブレスを突っ切って頭に一撃を叩き込めるかもしれない。タイミングはかなりシビアだが。

 なんにせよ、地上スレスレまで接近したサラマンダーから至近距離で火の雨を降らされるのは止めなければいけなかった。

 そしてグスタブは信じている。ランク5の射手たるゼドラの正確無比な射撃なら、確実に隙を作ってくれると。

「――その必要はありません。今すぐ下がってください」

 だが、通信機越しに返ってきたのは、いつもの「了解デス」ではなく、一体どこのお嬢さんですかというような、可憐な少女の声音だった。

「なんやっ!」

 誰だ。そして、一体何が起こっている。

 一秒を争う状況ではあるが、グスタブはゼドラが弓を構えているはずの櫓の方を振り返り見た。

「な、なんや……」

 そこには、黄金に輝く巨大な火球があった。

 降り注ぐ豪雨を当たった端から蒸発させているのか、この距離からでも湯気のように水蒸気が立ち上っているのが確認できる。いっそ、その部分だけ空間が歪んでいるかのようにさえ見える。

 雨天にあっても尚、膨大な熱量と光量を発するそれは、まるで金色の太陽。

 そしてこれを作り出したのは、黄金の陽光の真下で、長杖スタッフを高らかに掲げる、黒衣の魔女。

「みなさん、危ないので下がっていてくださいね」

 呟くような魔女の声だが、この戦場全てに響き渡ったのは拡声魔法の効果だろう。

 訴えかけられる避難に、この場の誰もが理解を示さざるを得なかった。

 アレが飛んで来る――その予想ができない者など、いるはずもないだろう。

「みんな逃げやぁーっ!!」

 グスタブは悲鳴に近い号令を発しながら、自身も全速力で門前まで後退を始める。

 蜘蛛の子を散らすように前衛の戦士達が駆け出すと同時。

「――『黄金太陽オール・ソレイユ』」

 魔女が太陽を投げかけた。

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― 新着の感想 ―
[一言] ≫「そうか、じゃあ声を大きくする魔法とかは?」  「それも習得してないですね」(149話) ≫呟くような魔女の声だが、この戦場全てに響き渡ったのは拡声魔法の効果だろう。 もしかしてフィオ…
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