第324話 突撃イスキア丘陵
イスキア村に迫るモンスターの集団は、ゴーレムの射手による援護射撃によって難なく突破した。
何故かパンダみたいなカラーリングの上に、兎耳のついた不思議な姿のゴーレムだったが、彼が射手としてかなりの実力者であることは間違いない。
飛んでくるのはただの矢ではなく、着弾と同時に爆発する、いっそミサイルとでも呼んだ方が適切な攻撃だ。
並び立つ敵の群れに穴が開き、俺はそこを全力で通過するだけでよかった。
首尾よく第一波を潜り抜けたものの、問題はそこから先、街道を外れていよいよイスキア丘陵に突入しようかという時だった。
「こ、これはまた凄い数だな……」
モンスターの大群と遭遇した。
傾斜の緩い丘の稜線を、様々な種類のモンスターがごっちゃになって、けれど、それでいてアリのように列を成している。
イスキアで有名なケンタウルスとサイレントシープ。他にはよく見知ったゴブリンやらスライムやらのランク1モンスターをはじめ、ドルトスやランドドラゴン、モルジュラまでいやがる。他にもまだ見たことのない大型のヤツも、ちらほら見受けられた。
正しく、ダンジョンのモンスターを総動員といった有様だ。
すでに空は薄っすらと白んできており、『灯火』で照らさずともその圧倒的な光景はよく見えた。嫌でも見える、といった方が正しいか。
俺とモンスター軍団との進行方向はちょうど真逆、こっちはダンジョンの奥へ、あっちは外へ。
「向かう先は、イスキア村か」
ついさっき通り過ぎてきたばかりだが、いざこうして危機を目の前にすると、どうにも心配になってくるのだが……
「村は大丈夫ですよ」
俺の不安を察したように、ネルが囁きかける。
「あの赤い大きなオークさんは、スパーダで有名なランク5パーティのリーダーです。援護してくれたゴーレムさんと、それにサイクロプスさんとミノタウルスさんもいたので、フルメンバーが揃っています。彼らがいれば、そう簡単に村が落ちることはないですよ」
「なるほど、それなら安心だな」
だがしかし、それとは別にまた新たな不安要素もでてくる。
「これはもしかすると、城の方もヤバいかもしれないな」
大将のグリードゴアがなかなか陥落しない村と城の両方に業を煮やして、いよいよ本気でモンスターを動かしたのかもしれない。
あるいは、最悪の想像になるが、このモンスター軍団はすでに城を落とした後なのかもしれない。
いや、大丈夫だ、そんなはずはない。
見たところ、モンスター以外に人間の姿はない。
ヤツらは寄生能力で操られている。ならば、敗北した人間の多くはモンスターに食われるよりも、新たな奴隷として使役されているはず。
まぁ、ごちゃごちゃ考えていても仕方がない、今は一刻も早くイスキア古城にたどり着くことに専念すべきだ。
幸いにも進軍するモンスター軍団とは距離が開いているし、丘を駆け上がって行く俺達に特別注意を向けているわけではない。
このまま上手くスルーできれば、と思ったのだが。
「やっぱり、そう上手くはいかないか」
「あっ、ケンタウルスがこっちに来ますよ!」
ネルが言ったとおり、モンスターの列から離れて真っ直ぐこちらへ向かってくる集団は、紛れもなくケンタウルスに違いない。
俺から見てかなり前方から突出した騎馬軍団は、進み続けるこちらの行く手を遮るように正面へと展開していく。
位置関係からして、回り込んでスルーということもできそうにない。
ならばとれる方法は一つ、正面突破だ。
「アイツがボスか」
先頭を駆けるのは如何にも部族の長といった風格漂う、赤毛の一騎。下半身の馬体も、上半身の男体も、他のヤツより一回り以上も大きい巨漢だ。
コイツだけ金属の鎧にデカい槍と装備が豪華だし、リーダーに間違いないだろう。
彼に付き従うように、サイレントシープの毛で編まれたと思しき揃いの黒皮鎧をまとったケンタウルス達が、槍や弓を手に立ち並んでいる。
野生のモンスターにも関わらず装備を統一とは、きっと選りすぐりの精鋭部隊なのだろう。
どうやら寄生状態にあっても、生前の指揮系統に乱れはなさそうだ。そして恐らくは、その戦闘能力も。
人馬一体の騎馬軍団は中々の迫力だが――
「ネル、防御と援護は任せた。後が控えているから、最低限でいい」
「はい、クロノくん!」
いける、俺とネルの二人なら、絶対に突破できる。
実際にネルと一緒に戦うのは初めてだが、不思議と、そう信頼できた。
「行くぞっ! はぁっ!!」
メリーに触手の鞭を入れ、ケンタウルス軍団に突撃を敢行する。
「كيكو هيروشي تلبية العديد من عناصر قوية――『属性強化』」
同時に、後ろのネルが強化魔法を発動させた。
歌うように流麗な旋律はただそれだけで魔法に対する熟練度の高さを表している。
フィオナもこんな感じで、詠唱をする時は凄い綺麗なんだよな。
やや失礼な感想と共に、俺に魔法の効果が反映される。体に流れる魔力が倍増、いや、より密度が濃くなったと表現すべきだろうか、そんな感覚を覚えた。
『属性強化』はその名の通り、火や氷や雷などの属性を強化する魔法だ。
黒魔法だとどの辺が強化されるの? と微妙に分かりづらいが、今回ばかりは単純明快、火の属性を強めてくれる。
「محامية مبكرة سريعة وعيه كلمة――集中強化」
さらに続けて発動された強化魔法。こちらも名の通り効果は分かりやすく、魔法を行使するための集中力を底上げするというものだ。
これは単に魔法の発動を早くするという以上に、脳内の術式処理速度が上昇するため、同時に別々の魔法を行使することも可能にしてくれる。
「魔弾」
最も使い慣れた黒魔法は、馬上にあっても問題なく発動。
黒い弾丸の列はメリーに跨る俺の周囲を大きく取り巻くように出現し、発射の号令を静かに待つ。
今、俺は一つの魔法発動と並行しながら、この魔弾を行使したのだが、『集中強化』のお陰で、さらに発動を重ねる。
「魔剣――」
こちらも使い慣れた黒魔法、だが、今回からは一味違う。
「――無銘九刃」
呼び出すのは揃いの安物長剣ではなく、つい一昨日に手に入れた呪いの武器九本。
長剣、短剣、細剣、曲刀、戦斧、手斧、短槍、槍斧、三叉槍。
種類も形状もバラバラだが、その全ては俺の支配の証たる漆黒に染まっている。
九つの怨念の声が重なるように脳内に共鳴するが、その絶対音量はどこまでも小さい。
「ご主人様のためにしっかり働くですよ新入りーっ!」
なにかと喋りたがりなヒツギちゃんの声の方がよほど大きい。というか、なにを先輩風なんて吹かせているんだか、呪いのメイド長でも気取っているのかコイツは。
「يعمل من خلال سرعة القدم لتشغيل أسرع――『速度大強化』」
続く最後の強化。
追い風を受けるというより、いっそ自分自身が風になったかのような速度を得る。更なる加速の助力を得て、完全に突撃体勢が整った。
「ハアッ! イァアアアアアアっ!!」
赤毛のケンタウルスが叫んだのは、攻撃の号令。
一直線に向かってくる俺に、受けて立つと言わんばかりに怒涛の突進を開始した。
掲げられる槍。構えられる弓。
植物の蔓を利用したような弦をギリリと力強く引き絞り、弓騎兵部隊が一斉に矢を解き放つ――前に、先にこっちが撃たせてもらうぜ。
右手にするのはメリーを操る手綱ではなく、真紅の刀身を煌かせる山刀『ラースプンの右腕』。
そして、その先端に作り出されたのは、黒き炎熱を閉じ込めた一発の砲弾。
『属性強化』と『ラースプンの右腕』による炎の二重強化によって、神学校の演習場で試し撃ちした時よりも威力は倍増している。
あの時は自分の的と両隣の的まで爆発に巻き込んだが、さて、コレは何体のケンタウルスをブッ飛ばしてくれるか、見ものだな。
「『榴弾砲撃』」
解き放たれた黒き砲弾は、鼓膜を破らんばかりの砲声を轟かせて撃ち出される。
漆黒のブースターが刹那の間だけ瞬き、ケンタウルスの群れの中へ一直線に飛び込んでいく。
着弾。爆発。炎上。
黒と赤の入り混じった不気味な炎色が視界一面に広がる。
「わ、わっ、凄い……」
素で驚いたといった感じのネルの声が耳に届く。
どうよ俺の魔法、派手だろ? なんて自慢したいところだが、生憎そんな格好をつけていられるほど余裕はない。
「ォオアアアっ!!」
爆炎の向こう側、仲間の屍を乗り越えて迫り来るケンタウルスの雄叫びが轟いた。
生来の勇猛果敢さなのか、それとも寄生による強制なのか、どちらにせよ些かも怯んだ様子もなく、荒ぶる半人半馬は攻撃を続行する。
対する俺も、すかさず次なる迎撃手段を発動。
「全弾発射」
解き放たれる黒い弾幕は、迫るケンタウルスを寄せ付けない。
榴弾砲撃は敵の戦列に穴を空けることが目的、対して魔弾は中距離での迎撃が目的。
残念ながら、ネルの支援があっても全方位に撃ち出す『全弾発射』を連続して使用するのは不可能だ。
代わりに使うのは勿論、
「掃射」
左手に呼び出すのは、未だ名前のない試作型銃。その水平二連の銃口が火を噴く。
榴弾砲撃の爆発によって開かれた間隙に、そのまま乱射しながら突っ込む。
抉れた地面にも、転がる死骸の欠片にも、メリーは全く足をとられることなく、力強く踏みつけ、乗り越え、突き進む。
ここまでくれば、いよいよ、敵との接触が避けられない間合いに入る。
掃射は迫り来る敵を薙ぎ払うように撃ち殺してくれているが、攻撃範囲も手数も不足気味。
凄まじい人数差はアルザス戦を思い出させるが、こっちは全員騎兵なのでより性質が悪い。
「ハアッ!!」
晴れかけた黒煙と銃火を潜り抜け、ついに目の前に槍を振り上げたケンタウルスが飛び出してくる。
ここから先は、近接防御だ。
「貫け、魔剣」
出番を待ちわびた、とばかりに正面の獲物へ真っ先に飛び掛ったのは、エルフの色男を狂わせたロングソード。
コイツだけは普通の魔剣用の長剣とそれほど変わらぬシンプルなデザインだが、その中身は流石、呪いの武器。
狙い違わず精悍な面構えのケンタウルスの額をぶち抜く。
直後、即座に頭から引き抜かれ、まだまだ血が足りないとばかりに、その横を並走する奴へと踊りかかっていった。
俺が攻撃対象を指示するよりも先に反応している、ほとんど事後承諾。
だが、今はそれでいい。味方は俺の背中にただ一人だけ、周囲全ては敵、敵、敵ばかり。好きなだけ、思うがまま、鮮血を啜ってくればいい。
『無銘九刃』とまとめて呼ぶことにした武器達は、そうして俺の意思を半ば離れた形で宙を舞う。
それでも九つの斬撃を潜り抜けてきた猛者は、仕方がない。
「赤凪」
俺が最も愛用する呪いの武器『絶怨鉈「首断」』が直々に相手をする。
ケンタウルスの槍は鉈よりもリーチはあるが、そこは血の刃で補えば問題ない。
真紅の一閃は槍ごと人馬の体を断ち切ってみせた。
すでにして、右手に握るのは山刀から大鉈へと切り替えている。
初撃の直後に、『ラースプンの右腕』は手から放り投げ魔剣の仲間入りを果している。
もっとも、コイツには第二、第三の砲撃を準備させているので、『無銘九刃』の半自動迎撃に加わってはいないが。
だがしかし、持てる全ての黒魔法を同時行使していても、この数の差は容易に覆すことはできない。
突撃の勢いのまま、ほとんど一方的に攻撃し続けたのも、今、この時まで。
ケンタウルスがついに弓を放ち始めた。
「この乱戦でも撃ってくるとは」
確実に味方も巻き込むだろう攻撃が、彼ら自身の意思によるものかどうかは分からないが、すでに矢は放たれた。
俺は全ての意識を攻撃に集中させている。防御に割く余裕もなければ、馬上にあっては回避もままならない。
「منعت كيكو دوامات الرياح هيروشي الجماهير جدار كبير――『大風防壁』」
だが心配はいらない、ネルに防御は任せた。そして、彼女はそれに応えた。
俺達を包み込むのは乱れ渦巻く風の壁。
それは頭上から降り注ぐ矢の軌道を悉く反らし、弾き、ただの一発も通しはしない。
同士討ち覚悟の矢の雨は、やはり群がるケンタウルスを次々と射抜き、数十もの脱落者を出した。
だが、流石は精鋭ケンタウルスとでもいうべきか、急所にさえ当たらなければ矢の一本二本が突き刺さっても、未だ勢い盛んに四脚を動かし続け、槍を繰り出す。
「くっ、なんてタフさだ……」
思わず漏れる悪態と感心の交じった言葉。
やはりモンスターは人間、十字軍兵士と比べれば圧倒的なタフネスを発揮する。
魔弾だって何十発もその身に叩き込まなければ動きを止めないし、呪いの魔剣も、急所さえ外れれば、最後の抵抗とばかりに武器を両腕で抑えつけて放すまいとするのだ。
「『榴弾砲撃』!」
「――『白光大盾』!」
完成した砲弾が再び放たれる。
直後、後方から突き出された槍、といっても一本じゃない、何本もの槍衾だ、それをネルが光の防御魔法で弾く。
砲撃は再び数体のケンタウルスをまとめて吹き飛ばすが、初撃よりも威力は劣る。形勢を覆すほどの打撃足りえない。
死兵と化したケンタウルスは凄まじい死傷者を出しつつも、少しずつ俺達へと追いすがり、魔弾と魔剣を掻い潜りながら包囲を狭めつつある。
まずい。このままいくとヤツらを削りきる前に、こっちは数に押しつぶされてしまうかもしれない。
速度強化によって、直線距離こそケンタウルスよりも速く駆け抜けることができるが、左右に舵を切るように回避行動を行う際には、トップスピードを維持しきれず、完全に振り切るには至らない。
倒すにしても、逃げきるにしても、今よりもっと数を減らしておかないとどうにもならない。
それならやっぱり考えるまでもない。全力で走りながら攻撃し続ける、これに尽きる。何も変わりはないし、方法はこれしかない。
ギリギリだがなんとかなる、いや、これくらい切り抜けられないようじゃ、援軍に行く意味なんてないだろうが!
「うぉおおおお!!」
迷いを振り切るように、鉈を一閃。左方から迫るケンタウルスを両断した。
ソイツが消えたことで、左方向の視界が開ける。
「フンっ、ハアッ!」
数十メートルの距離をあけて並走するのは、赤毛のボス。
一発目の『榴弾砲撃』で吹き飛ばせたと思ったのだが、伊達に赤色をしているワケじゃないってことか。炎熱耐性が高い。
どこぞの冒険者から奪っただろう鋼の鎧こそ吹き飛んでいるが、その身にダメージを感じさせない猛々しい雄叫びと共に、引き締まった剛腕でもって長大な槍を掲げた。
肩に担ぐように逆手で構えたその姿。直接刺しにくるんじゃない、アレは、槍投げのモーションだ。
それもただの投擲じゃない、武技が発動するように、魔力が腕と槍に集約されていくのを、この距離でもはっきり感じ取れた。
アレはヤバい、と即座に迎撃――
「ァアアアアアアアアアっ!!」
「くそっ!」
ボスの渾身の一撃を邪魔させまいとばかりに、いよいよ必死にケンタウルスが殺到する。
「こっちは私が!」
「任せた!」
四方から襲い来るヤツらはネルの防御に任せる。俺は、ボスを殺る。
魔弾掃射(ガトリングバ-スト)を一旦撃ち止め、その銃口をボスへ向ける。
放つのは、装填されたまま出番を待ちわびていた、シモン特製の貫通強化の実弾。ただの魔弾なら何十発と撃ち込まねばあのボスの動きを止めることはできないが、コイツなら一発でいける。
あの投げ槍は放たれる前に止めるべき――そう直感が脳内で大音量のアラームを鳴らしながら、
「間に合えぇえええ!!」
引き金を引いた。