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黒の魔王  作者: 菱影代理
第18章:怠惰の軍勢
322/1035

第321話 駆けるメリー

「大正門も一気に突っ切るぞ、掴まってろネル!」

「はい、クロノくん!」

 スパーダの大通りを怒涛の勢いで駆ける漆黒の愛馬メリーは、そのまま飛び込むように巨大な大正門を潜り抜けた。

 番兵が何かを叫んでいるような気がするが、アヴァロンのお姫様が同乗者なのだ、顔パスでスルーできているはず。

 まぁ、俺が誘拐犯だと誤認されたのならば、その限りではないのだが……先を急いでいる今は考えるまい。

 人通りのあるスパーダ市街をようやく抜けて、コースは整備の行き届いた広い街道へと移り変わる。ここから、いよいよ本気でメリーを飛ばせるというものだ。

 混雑する一般道からようやく高速道路に乗り入れたドライバーのような気持ちで、アクセル代わりの鞭を入れる。

「ご主人様の為に走りやがれですーっ!」

 ちなみに鞭は、再び装着した『黒髪呪縛「棺」』の触手を利用している。

 随分と横暴なメイドの声が聞こえた気がしたが、ともかく、気合の入ったメリーのいななきと共に、強靭な四脚のギアが上がった。

 だが、スピードアップはこれで終わらない。

「それじゃあネル、頼んだ」

「はい!」

 俺の後ろ、いつかのデートでフィオナを乗せたときと同じようにネルは乗っている。

 背中越しに伝わる彼女の柔らかく温かい体の感触、だが、今はその嬉し恥ずかしな感覚だけでなく、

「يعمل من خلال سرعة القدم لتشغيل أسرع」

 歌うように流麗な詠唱の旋律と、濃密な魔力の気配が俺を、いや、俺とメリーを包み込む。

「――速度大強化スピード・ハイブースト

 完成した強化魔法が効果を発揮する、つまり、進むメリーの速度が倍増した。

「……凄い」

 思わず呟くが、内心は予想した以上のスピードアップぶりに冷や汗をかくほど。メリーと同じ走行速度を誇るマリーと競争したって、今の強化状態なら余裕でぶっちぎれる。

 一体どれだけの時速が出ているのだろうか。残念ながらスピードメーターなんて気の利いた機能は搭載されていない生身の馬なので、あくまで体感的に「速い」としかいいようはない。

 つい先ほどまで大通りを疾走していた時からトップスピードに近かったが、それでも行き交う通行人を轢かずに操れるだけの余裕と技術が、多少は馬術に慣れた今の俺にはあった。

 しかし、ここまでの速度が出るとなれば直進させるのが精々、細かい制動を利かせる自信はない。要するに、この速さで街中を突っ切ったら俺は確実に轢き逃げ犯へとクラスチェンジしていたのだ。

 やっぱり、焦っていても全速力で駆けられる街道に出るまで、ネルの強化ブーストを我慢しておいて良かった。

「ふふ、ありがとうございます」

 凄い、と言ったことの返答。少し嬉しそうな響きを滲ませてネルが耳元で囁いた。

 一瞬、背筋がゾクリとする、距離が近い、吐息がかかりそうなほどに。

 だが速度の上がった馬上にあっては今の密着状態も当然だ。

 大闘技場グランドコロシアムで死闘を演じた俺の黒コートは少しばかり血生臭くなっているが、落馬の危険を考えればネルには我慢してしっかり抱きついてもらうより他はない。

 お陰で、騎手である俺が一人勝手にゾクゾクしたりドキドキしたりしてしまうのが申し訳ない、本当にすみません、男の生理現象なんです。

 幼女リリィでもないのに純真無垢を地で行くネルだと思えば、尚更に罪悪感が湧いてくる。

「いいや、礼を言うならこっちの方だ。これなら、予定よりもずっと早くイスキアまで行けそうだ」

 不埒な感情を振り払って、俺はそう真面目に言葉を返した。

 ネルのクラスは治癒術士プリースト、その本領は俺の右腕を治してくれた回復役ヒーラーであると同時に、味方を強化魔法で支援する援護役サポーターでもあるのだ。

 さらにランク5の肩書きは伊達ではない。ネルは治癒魔法だけでなく、今こうして、強化魔法の実力も見せ付けてくれた。

 発動した『速度大強化スピード・ハイブースト』は中級の強化魔法だが、感覚的には実際の級よりも一段階上に届かんばかりの高い効果を発揮しているように思える。

 同じ魔法でも、使い手が異なればその効果には大きな差が出てくる。つまり、フィオナが攻撃魔法を放つのと同じ。

 まぁ、フィオナの場合はただ魔力過多によって起こる暴発みたいなもんだし、ネルのそれは正確な魔力制御と緻密な術式構成によって、純粋に魔法の完成度を高めているので、質的には大きな違いがあるのだが。

「三日、いや、二日で行けるか」

「ごめんなさい。やっぱりクロノくん一人だったらもっと、早く行けたかもしれないですよね」

 申し訳なさげなネルの返答、同時に、何故か腰に巻きつく腕の締め付けがちょっと強くなった気がした。

「確かに俺一人なら不眠不休で行けただろうけど――」

 一週間飲まず食わずでも行動できるだけの体力とスタミナが俺の体には備わっている。一体あのマスク共はどれだけ俺をこき使う気だったのかと殺意が湧くが……まぁ、今は置いておく。

「――どっちにしろ、メリーにも休息は必要だから、強化魔法で支援してくれるネルがいてくれた方がやっぱりずっと早く行けるよ」

「でも、私……その、重い、から……」

 なんですかその乙女チック回答は。

 真面目に答えた俺が馬鹿みたい。でも可愛いから許してしまう以外に選択肢がない。

「気になる重さじゃないさ」

 妖精のリリィは言わずもがな、フィオナとも体形を比べれば一目瞭然、ネルのほうがなんだ、その、グラマーな体つきだからな、恐らくは一般的な17歳スパーダ女子の平均は上回っているに違いない。背中の大きな翼も含めて。

 だが、それは言うまい。いくらなんでも、それが特大の地雷であることくらい理解できるさ。

「はい……クロノくんがそう言ってくれるなら、気にしません」

 ちょっと嬉しそうな声音のネル、どうやら回答の選択は正しかったようだ。

 また少し、腰に回されたネルの腕の締め付けが強くなった気がするが、実は怒っていることの現われではないだろう。

 この抱きつき具合はやけにきつめな感じがするが、やっぱりかなり速度の出ている馬上だからか、しっかり掴まってないと危ないもんな。

 ネルには悪いが、今ばかりはスピードを落とすわけにはいかない。このまま全速力でイスキアまで駆け抜けてやる!




「うーん……クロノくん……うふふっ」

 どうやらネルは夢の中でも俺の世話を焼いてくれているらしい。全く、どこまでも献身的なお姫様の優しさに頭が上がらない。

 彼女がいなければ、俺は今も血眼になって街道を駆けていただろう。

 それだけじゃない。ネルはモンスター軍団に有効な ‘魔法’を持っている。俺が一人で行くよりも、よほどの戦力だ。

「お前もよく走ってくれた、ありがとな」

 メリーもよく眠っている。

 速度強化だけでなく、疲労回復やら軽量化やらの補助魔法も併用したお陰で、余計な負担をかけずに済んでいる。

 一人だったら、きっと適切にメリーを休ませることも出来ず、途中で乗り潰してしまったに違いない。

 今の俺は、それだけ冷静さに欠けている。

「大丈夫だ、絶対に間に合う……今度こそ……」

 スパーダを飛び出してから、ちょうど一日が経過しようとしている。現在は白金の月27日、その夜だ。

 ほとんど丸一日、徹夜して走ってきた甲斐あって、すでにイスキア村までの道半ばまで踏破するに至っている。

 これは予想通り、本当に二日で到着できるペースだ。

 途中にある村々は完全にスルー。勿論、今の休憩は宿屋のベッドなどではなく、鬱蒼とした林が街道の左右に広がるロケーションでの野宿である。

 酷使した四脚を折りたたむように地面へと座り込み眠りにつくメリーと、その巨躯をせもたれに毛布に包まったネルは、甘い寝言混じりに静かな寝息を立てている。

 当然、番は俺の役目。同時に、この休憩時間を利用して装備も整える。

『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』の右袖は破れたままで再生にはまだ時間がかかる。

 このまま素手を露出しているのも格好がつかないし、折角、対グリードゴア用に購入した全身鎧もあるので、それを利用することにした。

 肝心の胴体部分は、ルドラに空けられた穴を修復するためにストラトス鍛冶工房に出したままなので、完全装備にはならないが。

 破れた右腕は勿論、左腕にもガントレット、そして両脚にもレッグアームを装着し、手足の防御を固めておく。

 魔法の高級ローブたる『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』がある今となっては、あの黒化鎧を全部装備するよりも、手足だけ部分的に装着した方が、運動性含めて、総合的には高いパフォーマンスを発揮してくれるはずだ。

 今の装備では、この組み合わせが一番良いだろう。

「夜はまだ長いな」

 『呪物剣闘大会カースカーニバル』で死闘を繰り広げてきたのだ、疲労感が全くないわけじゃない。

 けど、どうせ明後日にはイスキア古城にたどり着き、シモンもウィルも、神学生達も全員助けて見せるのだ。ぐっすり寝るのは、それが終わった後でいい。

 そう気を引き締めるが、やはり心の奥底で燻るのは途方もない不安感。

 どうせまた間に合わない、手遅れ――いいや、そもそも、俺一人が援軍に駆けつけたところで、本当にグリードゴアとモンスター軍団を倒せるのか?

 リリィとフィオナ、頼れる二人の仲間は、今この時に限って不在なのだ。

 グリードゴア討伐の作戦だって、あの二人がいること前提で立てたものだし、俺一人なら真っ向勝負を仕掛ける以外に他はない……

 こうして大人しく考え込んでいると、不安ばかりが湧いてくる。

「それでも、俺は一人だってやり遂げてみせる。それに、これが今回の試練だって言うんだろう、魔王様ミアちゃんよ」

 パーティメンバーのいないこのタイミングで出現したグリードゴア、神の意向が働いていると勘繰ったって当然だろう。

 これが魔王によってお膳立てされた試練なのか。それとも、いつか言ったように本当にただの偶然が重なっただけの自然現象なのか。どちらにせよ、第二の加護を授かる為の試練があるということだけは、絶対に間違いがない。

 その何よりの証明、神から賜ったこの真紅の左目には、今、はっきりと赤い光点が映りこんでいるのだから。

 2013年1月21日


 感想に寄せられた誤字報告などは、返信こそできていませんが、暇を見て少しずつ修正をしております。よろしければ、これからもお願いいたします。


 また、疑問やご指摘などもあるので、この場でお答えしようと思います。

Q 16章でセリアは「まだギルドを通していない非公式クエストですが」と言ってたけど、17章では依頼書を提出してるから矛盾では?


A ウィルのクロノ宛ての依頼書も、公式な救助要請の依頼書、どちらの場合でも「通した」と言えるのは正式にクエストが発行されからとなります。提出直後にクロノの元に来たので、厳密な意味では「通していない」という状況です。でもちょっとわかりにくい表現でした、申し訳ありません。


Q 第320話『ダメなヒト』で、クロノの記憶の中でスーさんの核が足元に落ちてるのは矛盾では? 


A はい、現実ではシモンが持っていましたが、この時のクロノの記憶・心象風景では『仲間の死』のイメージが再現されているので、スーさんも死体だけ、という演出です。


Q ダンジョンのランク指定って?


A モンスターと同じく、危険度に応じて設定されます。この危険度、というのは強力なモンスターの生息状況、地形、天候、遺跡系ならトラップの有無など、様々な条件で規定されます。ただし、ランク1ダンジョンだからといっても、場合によってはランク5モンスターと遭遇する可能性もゼロではないので、どんなダンジョンでも危険であることに変わりはありません。

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