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黒の魔王  作者: 菱影代理
第17章:14日間
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第317話 白金の月26日・スパーダ王城

 スパーダ王城の議事堂にて開かれた軍議は、日も傾きかけた夕暮れ時となっても終わる気配を見せなかった。

 その議題は、突如として隣国ダイダロスを占領し台頭してきた『十字軍』を名乗る勢力に関してである。

 目下のところ、国家の安全保障において最も重大な事案であるからして、議論が白熱するのも当然だといえるだろう。

「――先手を打つべきでしょう」

 先制攻撃論を掲げるのは、スパーダ軍第二隊『テンペスト』を率いる将軍、エメリア・フリードリヒ・バルディエル。

 スパーダ四大貴族の一角、バルディエル家が輩出した女傑は凄まじい威圧感を誇り、ベテランの騎士でも彼女に睨まれればイエス以外の言葉は出ない。

「だからソレが難しいって何度言えば……あーもー堂々巡りじゃねぇかよ……」

 しかしながら、彼女の提案に真っ向から反対、というよりも、疲れたといった表情で渋々に応えるのは一人の青年。

 彼こそはスパーダの第一王子にして、スパーダ軍第一隊『ブレイブハート』の副隊長、アイゼンハルト・トリスタン・スパーダである。

 父親譲りの赤髪を参ったとばかりにかきながら、ちらりと議長席へと視線を向ける。そこには無言を貫く、父にして、スパーダ国王たるレオンハルト・トリスタン・スパーダその人の姿があった。

 険しい表情で黄金の瞳を鋭く議場へ向ける姿は、国王に相応しい威厳に満ちているように見えるが、その胸中はこの収拾がつかない議論に対しうんざりしていることだろう。

 そろそろ素振りでもさせて気を紛らわせてやらないと、勢いに任せていきなり「今すぐ出陣する」とか言って飛び出していくんじゃないかとアイゼンハルトは冗談半分本気半分で考えた。

 ようするに、父親はこういった頭脳労働は苦手であることを、息子はよくよく知っているのだ。

「……はぁ」

 うんざりしているのは何もレオンハルト王だけではない、自分自身もそうであるし、ここに集ったスパーダ軍の将軍以下、列席する高級将校達も同じに違いない。

 対立意見でぶつかり合うエメリア将軍も、顔にこそ出さないが心身ともに疲労を感じていることだろう。

 そろそろ方策を決議、とまで行かずとも、せめて今回の軍議における落としどころを決めるべき段階である。

 もう一度小さく溜息をついてから、アイゼンハルトは意見を述べた。

「エメリア将軍、先制攻撃の有効性については分かるけど、やっぱそれを許してくれる状況じゃあないでしょ」

 専守防衛、それがアイゼンハルトの意見である。

「この場で言うにはちょっとアレかと思ったけど、言わなきゃ話が進まないからぶっちゃけるけど、問題があるのはスパーダ軍ウチじゃなくて、外国ヨソってことなんだよね」

「……同盟国との意見調整を待つべき、ということですか」

 エメリアも伊達に職軍職に就いているわけではない。圧倒的な武力を誇りながらも、そのクールな美貌に相応しい知性も併せ持っている。

 すでに要点を理解している、というより、アイゼンハルトと同じく今まで言及は避けていたが、最初から予想はしていた。

「ファーレンには姉貴がいるし、なにより、奴隷商人の一件で貸しができたからな、こっちは上手くいくだろう」

 かつてイスキアの地を廻って熾烈な領土争いを続けたスパーダとファーレンだが、現在では都市国家群の中でも特に交流の深い友好国として有名だ。

 アイゼンハルトの言う「姉貴」とはすなわち、スパーダの第一王女である。彼女はファーレンの第一王子と婚姻を結び、レオンハルト王の代で両国間の関係性はより一層に深まったのだった。

 スパーダが諸外国に協力を求めれば、最初に名乗りを上げるのはファーレンであるに違いない。

 だが裏を返せば、ファーレン以外にはそこまで期待できないということでもある。その筆頭が、ファーレンとは別の方角に接する隣国。

「やっぱアヴァロンがな、難しいだろうよ」

 アイゼンハルトの言に、エメリアも心得てるとばかりに、秀麗な眉をしかめた。

「魔王のお膝元が平和ボケとは、嘆かわしい」

 パンドラ大陸の中部都市国家群は、長らく平和な時を過ごしてきた。

 それは決して人々が争いを放棄する善なる心を持ちえたからではなく、不断の外交努力と絶妙な軍事バランスの賜物である。

 無論、長く平和な時代が続くことで、戦争を忌避する根底的な感情と隣国への友好は国民の間に根付いているが、もしもパワーバランスに大きな変化が起こらば新たな戦乱の火種となることは間違いない。

 だからこそ、これまでスパーダはダイダロス対策としては専守防衛の方針をとっていた。

 ダイダロスの竜王ガーヴィナルが掲げるパンドラ統一の野望は有名な話である。よって、防衛戦の際には、アヴァロンをはじめとした同盟各国の協力は取り付けやすかった。

 防衛戦において常に後顧の憂いなく戦える体制が整っていたことも、スパーダが精強なダイダロス軍を退け続けた要因の一つである。

 しかし、各国が納得のゆくだけの敵であったダイダロスが滅び、別の勢力に替わったというならば、話は違ってくる。

 要は、スパーダを支援するかどうか、再びゼロベースで議論しなければならないのだ。

「十字軍はダイダロスよりも警戒すべき敵だ。アレは戦の作法も心得ぬ蛮人どもだぞ」

 以前に送った使者は、不幸にもレオンハルト王の勘が当たり、スパーダに帰ってくることはなかった。

 ガーヴィナルは古の魔王伝説に憧れるだけあってか、戦争のルールには強くこだわっていた。

 宣戦布告は当然のことながら、決戦の日時までわざわざ通達するのである。おまけに、現代の都市国家群ではとっくに廃れた、大将同士の一騎討ち、なんていうのも仕掛けてくるのだ。

 それに毎回応じるレオンハルト王は異常なのである、その行動も、その強さも。

 ともかく、ガーヴィナルはスパーダからの使者がくれば、殺すどころか厚くもてなし、しっかりと言伝を聞き、また、自筆の書状を渡して送り出していた。

 送った使者に何の反応も示さないというのは、礼儀知らずというより、むしろ不気味である。

 せめて使者の生首でも送り返してくれれば、明確に敵対の意思アリとして各国に働きかけるネタの一つにはなっただろう。無論、そこまで不謹慎な発言を公の場でするほど、アイゼンハルトも愚かではない。

「確かに、ガラハド山中は酷い有様だったようだが――」

「酷いでは済まん、あれは明確な虐殺行為だ」

 エメリアが誰よりも十字軍に対する危機感を募らせているのは、その戦いの跡を実際に目撃しているからに他ならない。

 遡ることおよそ三ヶ月前、初火の月へと替わったばかりの頃。ダイダロス各村の連名による、救援要請の使者がスパーダへと駆け込んできた。

 その時スパーダは、ダイダロスで戦乱の気配があったことは察知していたが、一体何が起こっているのかということまでは把握しきれていなかった。

 このダイダロスからの使者が現れたことで、初めて決定的な情報を掴むことができたのだ。

 即断即決、レオンハルト王は救援の派遣を決定。その日の内に、騎馬中心で機動力の高い第二隊『テンペスト』に、王族命令が下された。

 そして、エメリア将軍率いる騎士団は、ガラハド山脈の街道で凄惨な殺戮現場を目撃することとなる。

「まぁ、落ち着いてくれよ。可愛い弟君が危うかったから、仕方ないのは理解でき――」

「アイクっ!」

「すみませんエメリア先輩、俺の失言でした」

 やれやれ、という空気が議事堂に流れ、僅かばかり緊張感が緩和される。

 王立スパーダ神学校にて、エメリアがアイゼンハルトの一つ上の先輩という関係は有名な話である。より厳密にいうならば、それぞれ二人が在学中に打ち立てた武勇伝が有名なのだが。

 中でもスパーダ軍においては、アイゼンハルトは先輩たるエメリアに頭が上がらないというのも、よくよく知られた関係性である。故に、仕えるべき王族に対して愛称呼び捨てでも、文句は飛んでこないのだ。

「ともかく、十字軍に対する警戒は現状において最大限はしている。この場にあのデカいバフォメットのオッサンがいないのが、何よりの証明だろ?」

「……確かに、ゲゼンブール将軍がガラハド要塞入りしたと、聞いてはいる」

 ちょうど半月ほど前、レオンハルト王がガラハド要塞の視察から帰ってより、これもまた即座に、要塞の防衛力強化が命令されることとなった。

 その任に抜擢されたのは、高等悪魔と名高いバフォメット族のゲゼンブール将軍。彼の率いるスパーダ軍第三隊『ランペイジ』が、ガラハド要塞に増派されたのだ。

「それに、スパーダ中から飛竜ドラゴン天馬ペガサス有翼獣グリフォンの空中兵力を集めたんだ、偵察は勿論、有事の際だって即応できる」

 貴重な空中戦力を集結させるということは、都市国家間においては戦争前夜と捉えられてもおかしくないほどの警戒。

 決してスパーダが、いや、レオンハルト王が十字軍の脅威を軽んじていない証明となる。

「だが裏を返せば、今のスパーダにはそこまでが限界ということだろう」

「ああ、先制攻撃論は通らんだろう」

 冷たく言い放つエメリアに、否定も言い訳もせず、ただ肯定するアイゼンハルト。それは誤魔化す意味もなく、議論を交わすまでもない共通認識であった。

 もしスパーダが今の状況で先制攻撃を唱えれば、他国からすればダイダロス領へ侵略の意思があると見なすだろう。

 これは侵略行為を非人道的だと非難するのではない、いや、表向きはそういった主張をとるだろが、ともかく、問題なのはスパーダの領土拡大である。

 もしも広大なダイダロス領をスパーダが併呑することになれば、国力のバランスが崩れるのは誰の目から見ても明らか。

 スパーダにその気がなくともトラブルが起こるのは間違いない、順当にダイダロス領を割譲したとしても必ずや争いの火種になるだろう。

「悠長に敵の攻撃準備が整うのを待つのは馬鹿らしく思えるけど、仕方ねぇさ」

 スパーダが守りの一手しか指せないのは、つまり、そういうことである。

 十字軍がダイダロスを占領したのはつい最近、ならば、その防衛体制は未だ整っているとは言い難いはずだ。防衛にしろ侵略にしろ、あるいは占領地の統治にしろ、あらゆる方面で準備の時間が必要なのだ。

「ダイダロス領内で反乱の動き有り、との情報もあるが」

「ああ、敗残兵の反乱軍なのか、ただの盗賊なのかは分からないが、各地が乱れている事は間違いない」

 だからこそ今のタイミングで攻撃を仕掛ければ、十字軍を完膚なきまで撃滅できる可能性が高い。それこそ、今年中にはダイダロス王城にスパーダ国旗を打ち立てることも夢ではない。

 だが、そんなスパーダ大勝利の結末は誰も望まないのである。

「でも結局、今までとやることは変わらない、変えられないのさ」

 十字軍は所詮、第二のダイダロス、という見方に落ち着くだろう。

 専守防衛、スパーダはこれからも都市国家群の盾であり続ければ良い。

 少なくとも、それでパンドラの平和は長らく維持され続けてきているのである、この状況が崩れることは、スパーダとしても望むところではないのだ。

「致し方ない、か……だが、どの道、十字軍とは戦になる。敵の前線拠点、確かアルザスだったか、そこだけでも先手を打てるよう、いや、せめて、いざという時にケチはつけられない程度には根回しをしておくべきだ」

「俺もそれには賛成だ。せいぜい、アヴァロン宮廷をビビらせてくれるよう外交官には頑張ってもらおうぜ」

 とにもかくにも、ようやく意見がまとまりを見せた。

 これまで無言を貫き、議論の趨勢を見守るだけだったレオンハルト国王陛下にも、決議をとるという、ようやく議長らしい仕事が廻ってきた、その時だった。

「陛下、緊急を要するご報告が」

 ひっそりと現れた近衛兵の一人が、議長席に腰掛けるレオンハルトへそう耳打ちした。

 国王が何らかの報告を受ける姿は議事堂のどこからでも良く見える、その声こそ聞こえないが、何事かと将校たちは静かにざわめいた。

 その微妙な待ち時間は、一分と経たずに終わりを迎える。

 レオンハルトは俄かに席から立ち上がり、戦場で号令を発するかのように声を上げた。

「今すぐ出陣する!」


 いよいよ、第16章に時間が追いつきました。次回で第17章は完結です。


 2013年1月11日

 来週から、更新は月曜と金曜の二回に戻ります。よろしくお願いします。

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