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黒の魔王  作者: 菱影代理
第17章:14日間
317/1035

第316話 白金の月22日・アヴァロン大正門

「今すぐスパーダに帰るわよ」

「今すぐスパーダに帰りましょう」

 起床するなり、全く同じ内容の台詞がベッドの上で重なった。

 ただそれだけで、リリィもフィオナも察することができた。此度の旅の目的は、すでに達することができたのだと。

 詳しい事情説明の一切を後回しにして、二人は疾風の如く『猫の尻尾亭』を飛び出し、 怒涛の如く、アヴァロン市街を走った。

「――『速度強化スピードブースト』、『疾駆(エア・ウォ-カー)』」

妖精結界オラクルフィールド全開!」

  それはもう走った。強化魔法と武技の併用だとか、一日三十分の変身時間全消費だとか、とにかく本気で、全力疾走である。

 クロノの下へ帰れる、ただそれだけの事実が二人を冷静な思考能力を置き去りに、本能のまま体を動かした。

 昨日まで、いや、その夢の中まではしっかり理性的で合理的な行動をとれていたはずなのだが、クロノ不在のアヴァロン生活による反動が今この時になって噴出したに違いない。

 もう数日ほど滞在時間が延びれば禁断症状を起こしていたかもしれない、そう思えるほどの本気ぶりで、二人は早朝で人通りもまばらなアヴァロンの街を駆け抜けていった。

 そうして、アヴァロンの大正門前を番兵ガン無視で素通りをしようかという勢いで突っ込む直前、

「あ、マリーがいない」

 ようやく二人の足は止まった。




 アヴァロンはスパーダと同じく、物理的にも魔法的にも堅牢な巨大防壁を備えている。

古代の遺構を利用した白塗りの防壁は、スパーダの石造りむき出しよりもずっと優美な見た目をしており、その古さを感じさせない。

 美しいのは壁の白さだけではない。伝説の帝都アヴァロンの名に恥じぬよう、その正面玄関たる大正門前には、綺麗に造成された広場があった。

 中央に堂々と突き立つ漆黒の塔は、古の魔王ミア・エルロードを讃える言葉が刻まれたオベリスク『歴史の始まりゼロ・クロニクル』。

 その周囲には、魔王軍が誇る最強の騎士にして、最愛の花嫁たる、七人の戦女神の巨大水晶像が立ち並んでいる。

 朝日を照り返し、戦女神達の体が神々しく煌く。

 そんな光景を、幼女にあるまじき黄昏た表情でリリィは眺めていた。

「……フィオナが慌てて走り出すから悪いのよ」

 どうやら先ほどの醜態は、全て相方のせいにする方向性に落ち着いたようである。

 焦って先を急ぐより、元来た時と同じように万端の準備を整え、ペースを維持しながら進んだ方がトータルでかかる時間は短くなる。

 そんな旅の基本すら忘れてドタバタしていたことを、醜態といわず何と言うべきか。

 広場に設置されたベンチにちょこんと腰掛け、足をぶらぶらさせながら非難の言葉を口にするリリィは、傍から見れば友達と喧嘩した子供にしか見えないだろう。

 ちなみに全ての罪を擦り付けられた魔女は、スパーダへ帰るために必要不可欠な足である愛馬のマリーを厩舎まで迎えに行っている最中、つまり、この場にはいない。

 騎馬を預ける厩舎は当たり前というべきか、この大正門の近くにある。

 にも関わらず、それなりに帰りの時間が遅いことを考えると、すでに営業を始めた屋台などで朝食を大量に調達しているのだろう。

 かく言うリリィも、近くで通勤客相手に声をかけている売り子から妖精スマイルで頂戴したサンドイッチ(ドリンク付き)を完食したところであった。

 そうして、頭も腹も落ち着いたリリィは、ようやく冷静に思考を巡らせることができる。

 さしあたって気になるのは、リリィが座るベンチに置き去りにされていた一枚の広報誌ニュースペーパーだ。

 政府が刊行している広報誌ニュースペーパーは国民にとって貴重な情報源である。もっとも、これに書かれている内容を全ての者が頭から信じるというほど、どの国も思考操作はされていない。何時の時代も何処の地域でも、施政者に対する不満の声は上がるものなのだ。

 勿論、全く疑いなく真実であると呼べる情報も確実に掲載されている、その最たるものが、発行の日付。

 つまり、リリィが手に取った広報誌には、白金の月22日と記されていた。

「あれだけ派手に騒げば、すぐ記事ニュースになるわよね」

 本日の朝刊、トップニュースを飾っているのは、

『孤児院炎上! 白光教会の少年教祖ご乱心!?』

 というタイトルであった。

 国の広報誌だというのに、随分とゴシップ的な煽り文句にも思える。少なくともスパーダはもうちょっと真面目な見出しであったとリリィは記憶していた。

 しかしながら、そこに書かれている内容はアヴァロンにおいて最も信憑性のある情報であることに違いはない。

 さて、どの程度の報道が成されているのか、自らが行った事の顛末に多少の興味があるリリィは、その小さな腕を一杯に広げて持った広報誌に目を通した。

 胡散臭い見出しとは裏腹に、記事の文章は簡潔に分かりやすく、昨夜起こった痛ましい事件を書き綴っている。

 白光教会という宗教組織が経営する孤児院が全焼し、そこに住んでいた子供達が全員死亡したこと。

 司祭を名乗る教祖の少年、未成年ということで名は伏せられていた、彼が孤児院へ殺害目的で放火したと自白したこと。

 しかし、少年自身は心神喪失状態にあり、取調べは難航する模様。

 以下は、白光教会についての説明や、貧民街における孤児の問題、などなど、事件の核心から離れる話題だったので、そこでリリィは文字を追うのを止めた。

「良かった、変に疑われてなくて」

 近く白光教会の検挙がなされる予定であったといっても、相手は全員子供、騎士団は勿論、冒険者でも基本は生け捕りで動いたことだろう。

 そういう扱いを分かっていながら、凶悪な盗賊団を襲撃するような勢いで躊躇なく殺し尽した、いや、正確には生贄に捧げたのだが、ともかく、明確な殺意を持って事に及んだと知られれば面倒になるのは明らか。

 最悪、リリィもフィオナも実刑判決をくらう可能性さえある。

 だからこそわざわざ変装して行動をしているし、昨晩の襲撃にしても、細心の注意を払っていた――まぁ、派手に上級並みの中級魔法をぶっ放していた魔女もいるのだが。

「でも、ここまで疑われてないなんて、やっぱり彼は残してきて正解だったわね」

 リリィとて、今回の結末を全て予見していたワケではない。

 どちらかといえば、少年司祭が生贄の仲間入りを果していた可能性の方が高かったほどだ。

 結果的には、うっかりドジっていつもの廃人状態にしてしまったのだが、それはそれで、正しく記事に書かれた通りの見解をされるだろう、と瞬時に予測したリリィによって放置の選択となった。

 恐らく彼は今頃、取調室でアヴァロンの憲兵ローガーディアンによる尋問中。

「はは……あはは……僕がやった……じぇんぶ、僕がやったんだぁ……」

 などと、虚ろな瞳で答えていることだろう。

 彼が断頭台の露と消えるのは、そう遠い未来の話ではない。

「はぁ、それにしてもフィオナ遅いわね……遅い、むぅ~」

 大人の意識で思考することを放棄したリリィは、思い切りベンチから跳ね起きるなり、八つ当たり気味に広報誌ニュースペーパーを最寄のゴミ箱へと叩き込んだ。

 幼女リリィにとって、孤児院炎上事件も、少年司祭の行く末も、全く考慮に値しない事柄、捨てた広報誌と同じ程度の価値。

 すでに思考は朝からアヴァロングルメツアーを開催していること確実な相方への恨みにのみ向けられている。

 プンスコしながらベンチへと戻るリリィ――だが、その時の彼女は完全に注意力散漫であった。

「あっ!?」

 と可愛らしくも痛ましい悲鳴をあげるリリィの小さな体は、その場でポンと尻餅をついて倒れこんでしまった。

 何かにぶつかった――否、誰かにぶつかったのだ。

「すまない、大丈夫かい?」

 リリィの頭上から降りかかってきたのは、よく通る男の声であった。

 責任は追突気味にぶつかったリリィにあるのだが、どうやら彼は真っ当な大人らしく、転んだ子供を心配する響きがある。

「うぅ~」

 転んだ拍子に手をついて後頭部をぶつけることを防いだリリィではあったが、石畳に触れた幼子の柔らかい手のひらは、少しばかり血が滲んでくるほどには擦りむいてしまっていた。

 幼女リリィには、その染みるような痛みを堪えて、ぶつかった相手に対して配慮の返事を求めるのは無理のある話だろう。

 魔法のコンタクトレンズで青色に変わった円らな瞳に、薄っすらと涙を浮かべて痛みに耐えるので精一杯である。

「大変だ、怪我をしているじゃないか」

 リリィの様子からすぐさま状況を察した男が、しゃがみこんでその怪我を確認した。

 その時、涙目のリリィに始めてぶつかった男の姿が映る。

 彼がまとっているのは、リリィの治癒術士プリーストローブと似たような、どこにでもあるシンプルなデザインの灰色ローブ。

 深くそのフードを被っているが、下から覗き込むような視点にあるリリィには、そこにある男の顔がはっきり見えた。

 黒い瞳と青い瞳の二つが、そこにはあった。

「あ……」

 左目はクロノと全く同じ奈落のように暗い闇色、右目は今の自分と同じ透き通るように澄んだ空色。

 そのあまりに特徴的なオッドアイに、リリィの視線は釘付けになった。

 無論、真っ直ぐ逸らす事なく目を向けられたことに、男もすぐに気づいただろう。

「大丈夫だ、すぐに治してあげよう」

 その視線の意味を子供の不安と解釈したのか、男は安心させるように優しく微笑んでそう答えた。

 精悍さと美しさを併せ持つ、古代に名を馳せた英雄か勇者の如き面構えから繰り出される微笑は、ただそれだけで男女を問わず魅了してやまないだろう。

 クロノには到底真似できない爽やかな笑み、だが、それにリリィは見蕩れているわけではない。

 どこか言いようのない違和感、とでも呼ぶべき不思議な感覚が胸中に溢れるのだ。

 それは果たして、この男の容姿が示し合わせたかのようにクロノと正反対だからだろうか。

 髪は黒と対照的な輝く銀髪、そして色違いの瞳はそれぞれ、クロノの黒が青に、ミアから賜った赤が黒、と左右対称に対応している。

「手を出して」

 リリィが不可思議な男の姿に堂々巡りの思考を行っている僅かな間に、彼は言葉どおりに治療の準備を整えていたようだ。

 男の手にあるのは、透き通った水のような液体で満ちた小瓶。

 だが、無色透明でありながらキラキラとした光の粒子が溶け込んでいるような見た目からいって、まず間違いなくポーションの類であると察することができた。

 いや、幼女リリィでも、これが何であるかという解答が即座に導き出る。

 なぜならば、それは以前に一度、自分が使ったことのあるものだからだ。

「どうかな、もう痛くはないだろう?」

 そのポーションが数滴、リリィの紅葉のような手のひらに零れ落ちた瞬間に、傷口は完全に消え去った。

 治るだとか、塞がるだとか、そういうレベルではない。瞬き一つする間に、本当に傷跡が消えたのだ。

 転んで擦り切れた微傷とはいえ、これほどまでの高速再生を実現せしめるのは、数あるポーションの中でもかなりハイグレードである何よりの証明。

 いいや、これは上位でも高位でもない、フィオナはあの時、確かにこう言った。


「一番凄いポーションですよ、少なくともアーク大陸においてですが」


 そう、つまり、これは紛れもなく最高級ポーション、その名は、

「……エリクサー」

「よく知っているね。小さくても治癒術士プリーストなだけある」

 リリィの胸中などまるで知らないだろう男は、よしよしと褒めるように今は黒い頭を撫でた。

 不埒な感情はない、むしろ、何の感情も、リリィのテレパシーには引っかからない。

 強力な精神防護プロテクトだろうか? いいや、それとはもっと違う別な何か、フィオナのように硬い壁のようなイメージではなく、こちらはむしろ、霧に包まれたように実体がなくとも一切本心を明かさない、いわば無形の盾。

 初めて感じる、掴みどころのない不思議な感覚に、リリィの困惑はさらに深まった。

「今度はちゃんと、前を向いて歩くんだよ」

 治療の時間も、撫でられた時間も、過ぎてみれば一分にも満たない。

 成すべきことを成した男は、そのまま立ち上がって踵を返す。

「それじゃあね、可愛い妖精さん」

 そうして、灰色のローブを翻して、男はアヴァロンの大正門を潜ってどこかへ旅立っていった。

 その様子をただ呆然としたまま見送ったリリィは、不意につぶやいた。

「あれ、リリィ……今、誰かとお話していたような……」

 キョロキョロと周囲を見渡しても、目に映るのはそこそこに人通りの増えてきた広場、アヴァロンの朝の日常的な光景。

 何かがあった、誰かがいた――リリィは直前の記憶が、何故か思い出せない。

 いや、そもそもそんな出来事はあったのか、何も無ない、はず。

「ん~あれ~?」

 うんうんと唸りながら頭を捻るリリィ。

「お待たせしましたリリィさん、それでは行きましょうか」

 その時、黒い毛並みの巨躯を誇る愛馬に跨ったフィオナが、食料で一杯になった紙袋を携えて姿を現した。

 手綱は握ってない、手放し走行である。

「あーっ! フィオナ遅いー!!」

「まだ変装中なんですから、今はお姉ちゃんと呼ばなきゃダメですよ」

「むきーっ!」

 すでにあやふやな記憶の混乱など忘れ去ったリリィは、全く悪びれない大人気ないお姉ちゃん役へ憤然とした面持ちで飛びかかった。

 とにもかくにも、ようやくアヴァロンを発つ足が揃った二人は、荘厳な大正門を潜り抜け、愛する人が待つスパーダへの帰路につくのだった。

 こ、この男・・・一体何者!? という方は、第163話『勇者への神託』、第190話『勇者と天使』、第208話『第四研究所の来訪者』をご覧ください。

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[一言] あぁ、あいつか
[良い点] 勇者良い奴 [気になる点] 勇者はクロノの理想主人公でクロノは作者の理想主人公って事で良いのかな?
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