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黒の魔王  作者: 菱影代理
第17章:14日間
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第311話 白金の月21日・白光教会孤児院(3)

 満月の下で太陽のように――とまで立派な形容はできないが、灯火トーチの火球が裏庭で向かい合う魔女と少女と鉄仮面の四人組をはっきり照らし出している。

 先手を打ったのは赤い少女の方であった。

「詠唱なんて、させるワケないでしょっ!」

 彼我の距離を思えば、獣人など耳の良い種族でもなければフィオナの呟くような詠唱をはっきりと聞き取る事はできない。

 だが、その口元が動いているのは人間の視力でも一目瞭然。そもそも相手が魔法使いであるならば、その口に注目しない者はとんだ素人である。

火矢イグニス・サギタっ!」

 少女がルビーのような赤い宝玉が先端に埋め込まれた短杖ワンドを一振り。

 彼女が詠唱した様子は無い。つまり、無詠唱で魔法名の通り『火矢イグニス・サギタ』が発動する。

 下級魔法の無詠唱は中級程度の魔術士ならば覚えていて然るべきスキルの一つ、だが少女の年齢を思えば、ただそれだけで魔法の才能があると判断できるだろう。

 しかし驚くべきなのはそれだけではなく、彼女の手元で生み出された燃え盛る火球が三つもあることだ。

 一つだけで見ても、平均的な『火矢イグニス・サギタ』よりも確実に一回り以上大きなサイズを誇っている。

 無詠唱、三発同時、大火球、魔術士として実に三つものスキルを一度の魔法で見せ付けたのは純粋に彼女の才能ゆえか、それとも、手にする短杖ワンドの性能か。

 どちらにせよ、三発の火球が未だ悠長に詠唱を唱えているフィオナへ襲い掛かる現実に変わりはない。

 発動した『火矢イグニス・サギタ』はその本来の役目通り、空中に真っ赤な尾を引きながら敵を焼き尽くさんと飛翔する。

 火球の三連発は見事に着弾、轟々と爆発音をあげて暗い裏庭を一瞬だけ赤く照らす。

「きゃはは! 魔法使いが前衛もなしに一人で来るからよ、バーカっ!」

 避ける事も防ぐこともなく、全く無防備な棒立ちのまま爆煙の向こうに消えたフィオナへ、少女の甲高い嘲笑が手向けられた。

「بحزم لمنع الصخور جدار لحماية كبيرة واسعة」

 しかし次の瞬間、彼女の耳に届くのは流れるような詠唱の旋律。

 立ち上る黒煙の幕を割って、漆黒の魔女は現れる。

 白い柔肌には火傷一つなく、黒い艶髪は一筋も揺れることはない。つまり無傷。

 眼鏡の奥に輝く青い双眸はどこまでも眠たげで、そもそも攻撃を受けたという認識すらもっていないような表情であった。

守護戦士ガーディアンっ!」

 得意とする炎属性が通用しなかったことに対する焦り、というよりも魔女の無反応ぶりに少女はカチンと来たようだ。

 細い眉を恨めしげに吊り上げながら彼女の出した指示は、前衛たる巨漢の戦士二人を突撃させるという、単純だが魔法使い相手には有効な戦術。

 薄汚れた白いサーコートをなびかせて、無言のまま二人の守護戦士ガーディアンはその巨体に見合わぬ高速でもって疾走を始める。

 手にするのは揃って同じシンプルな鉄の長剣だが、たった一人の魔女を殺すには十分すぎるほどの武装。なんとなれば、その岩のような拳一つでも人間を殺すに余りある殺傷力を発揮するだろう。

 戦士らしい雄叫びの一つもあげない静かなる突撃はかえって不気味さを増しているが、対するフィオナは目の前に迫る屈強な守護戦士ガーディアンなど、すでにしてその視界に納めていない。

 ただ真っ直ぐに少女を気だるい視線で射抜きながら、黒煙を潜り抜け一歩を踏み出している。

 なぜならば、すでに戦士対策は完了している、今この時、その口から紡がれる詠唱が終わったのだ。

「――岩石防壁テラ・ウォルデファン

 発動したのは地属性の中級防御魔法、だが、作り出されるのはフィオナのオーバースペックによって、上級並みの堅牢さを誇る巌の防壁。

 発生地点は守護戦士ガーディアンが硬いブーツの底で踏みしめた裏庭の地面そのもの。

そこから二メートル超の巨体を完全に覆い隠す岩石の双塔が、天を衝かんばかりに突き立った。

「なっ、なによコレぇ!」

 驚きの声を上げたのは少女のみ、実際に岩の牢獄に囚われた二人の戦士からはやはり一言も発することはない。

 ただ指示された攻撃を続行すべく、突如として出現した障害物を排除せんと硬い岩石の壁を強かに打ちつける音だけが響いてきた。

 無論、パワーに優れるミノタウルス・ゾンビでさえ、この牢を脱するにそれなり以上の時間がかかったのだ。大柄とはいえただの人間型にすぎない戦士がモンスターより早く脱獄できる道理はない。

 かくして、首尾よく前衛役の戦士を封じて見せたフィオナは、やはり少女から視線を逸らさずゆっくりと距離を詰め寄っていく。

「くうっ、イグニス――」

 頼れる前衛を失った少女は、再び通じるかどうか怪しい攻撃魔法に頼らざるを得なかった。

 先ほどの詠唱は守護戦士ガーディアン封じの防御魔法だった、ならば、魔女が再攻撃をするにはまた一から詠唱しなければならない。

 彼女が短杖ワンドを振り上げるのと、魔女が長杖スタッフを振り上げるタイミングは同時――だが、先に火を噴いたのはフィオナの『アインズ・ブルーム』だった。

「嘘っ!?」

 魔法名すら唱えていなかった。

 いや、それよりも驚くべき事なのは、圧倒的な火球のサイズだろう。

 自分のも平均以上に大きい、だが、目の前から迫ってくる魔女のソレは、優に直径五十センチはある。

 そもそも比べるべきではない、自分の攻撃魔法は下級、コレは間違いなく中級以上の攻撃魔法なのだから――そんなことを思いながら、爆風と熱波に翻弄されながら少女の体が宙を舞った。

「無詠唱の火矢イグニス・サギタも防げないなんて、それでも炎魔術士ファイアーマージですか?」

 同じ炎魔法の使い手として、あまりに情けない体たらくにフィオナが思わず口を開く。

 だが、本来賞賛されるべきなのはフィオナのスーパーイグニス・サギタを喰らっても、その高い炎の適正から黒こげ死体にならず、多少の火傷程度で耐え切ってみせた少女の方であろう。

 伊達に髪と目の両方に炎の原色魔力が反映した色を持ってはいない、体質としてその身は炎熱に対する耐性を獲得している。

 しかし今やそんな事を、そんな程度の才能を自慢できる状況ではない。

 数メートルの空中遊泳を終えて地面に胴体着陸を決めた少女、その濃い目の化粧で彩った顔は新たに土と泥と焦げ痕によって汚されており、それは何よりも雄弁に彼女のプライドが圧し折られたことを現していた。

「ひっ、あ……」

 少女が痛みに呻きながら顔を上げれば――

「ثلاثاء نار متقدة عصا الشعلة سبيرز بيرس」

 新たな詠唱を口ずさむ魔女が、すぐ傍に立っていた。

 すでにしてフィオナの魔法の実力の一端、少なくとも自分では全く歯が立たないレベルで、という認識を少女はできているだろう。

 無詠唱の下級攻撃魔法一発でこのザマである、もし完全な詠唱を経た攻撃を受ければどうなるかなど、考えるまでもない。

「や、やめて、待っ――」

 足元に転がる少女を見下ろしたまま、フィオナは無造作に長杖スタッフを振るうと共に唱えた。

「――『火炎槍イグニス・クリスサギタ』」

 俄かに吹き上がる火炎の竜巻は二本。

 フィオナの後ろに建設された岩石の牢獄塔、それを包むように発生している。

 要するに、少女に対する攻撃ではなく、守護戦士ガーディアンへのトドメであった。

 死亡の確認はする必要などない。生身でこれを受けて耐えられた人間は、過去にアイという名の使徒バケモノだけである。

 そうして正体不明の戦士は、その謎が明らかにならないままあっけなく葬られた。

 元より秘密の解明はフィオナの役目ではない、気にする必要など全くなかった。

「حرق أعدائنا ، سحقت ، ميتز، ضربة قاسية الحارقة」

 そして、今度こそ紡がれるのは、無様にひれ伏す少女を葬るための攻撃魔法――否、正確には付与エンチャントというべきだろう。

 振るえば単純な打撃武器にしかならない『アインズ・ブルーム』を、一撃必殺の爆破武器に変える、炎の中級付与魔法。

火炎槌イグニス・ブレイカー

「――待って! 赤ちゃんがいるのっ!!」

 先端に火球が灯る長杖スタッフは、その告白が叫ばれた瞬間に動きが止まった。

 フィオナの瞳には、きつく腹部を抱いて蹲る、少女の哀れみを誘う姿。

「あの司祭の子供ですか?」

「そうよ……アタシとカレの子なの……」

 俯いている所為で、彼女がどんな表情をしているのかフィオナには分からない。

 また、そのウエストの細さからいって、妊娠初期でもなんでもなく、完全に口から出任せの可能性さえある。

 だが、不思議と信用できた。

 そして、その心情も察するには余りある。フィオナもまた、恋する乙女の一人なのだから。

「その歳で妊娠はどうかと思いますけど」

「愛してるんだから関係ないわよっ!」

「愛しているんですか? ただ擦り寄っているだけかと」

「馬鹿にしないでよ! アタシの愛は本物なんだからぁ!!」

 やはりその顔は見えないが、それが涙交じりの愛の告白であることは、その叫びを聞くだけで理解できた。

 思いのほか純愛をしていたらしい少年司祭と炎魔術士少女の関係に、思わず微笑みが浮かぶ。

 彼女の熱い思いを、短いやり取りながらもしかと受け取ったフィオナは満足そうにこう言った。

「それは生贄に相応しいですね」

 かくして必殺の火炎槌イグニス・ブレイカーが少女へ炸裂する。

 クロノが見ていれば「ナイスショット」と言ったに違いない完璧なゴルフのフルスイングフォームで、火のついた『アインズ・ブルーム』が振るわれた。

 狙いは脇腹、少女が愛の結晶を大事に抱える部位。

 焦げ臭い肉片を撒き散らしながら、再び少女の体が宙を舞った。

 心の底から驚いた、というように目一杯に見開かれた少女の目と、フィオナの冷めた視線が交差する。

 もしかしたら「見逃してもらえる」などと甘い期待を抱いたのかもしれない。

 現実は、腹の皮一枚だけ繋がった少女の体が吹き飛んだ勢いのまま、孤児院の壁に激突する結末。

 薄汚れた白い壁をキャンパスに、血と臓腑とまだ形を成さぬ子が混ざった絵の具で赤い花が描かれる。

 だがそのアートを見る者は誰もいない。この場で唯一人生きた人間となったフィオナ自身が、その瞳を閉じているからだ。

「……なんですかリリィさん、今ちょっと取り込み中なんですが」

 突如として独り言を始めたように見えるが、その呼び名がリリィであるということは、すなわち、テレパシーの通信が脳内に届いたということに他ならない。

 孤児院の敷地内であれば、水晶製の使い捨て通信機を用いるまでもなく直接リリィのテレパシーが送受信可能である。

「え、もう火を点けてもいいんですか? 実験体は――必要ない? はぁ、そうですか、では遠慮なく」

 通信を終えたフィオナは淡々と次なる行動に移った。

 敵、と呼べるほどの相手ではなかったが、とりあえず邪魔者は片付いた。すでにして武器である『アインズ・ブルーム』の役目は終えている。

 入れ替えるように三角帽子から取り出したるは、勿論、神学校の大図書館より借りた・・・禁書『万魔殿へ至る道標』。

 そこに書かれた一節をそらんじるだけで用意された生贄、すなわち、リリィの優しい手加減によって死亡だけは免れた信者達、彼ら全てが地獄の何処にいるとも知れない悪しき神の元へと送られる。

 それほどまでに仕込みは万端。

 要は、フィオナが裏庭にいたのはただ待ち伏せていたのではない。礼拝堂を含む孤児院の建物ごと生贄の炎に包み込むべく、広域発動用の魔法陣を描いていたのだ。

 いうなれば錬金油オイルをトン単位で建物にぶちまけたようなものである。種火を入れれば、瞬く間に炎はこのボロ屋を灼熱の魔の手で蹂躙しつくすだろう。

「魔神様、どうか今夜中に加護を授けてください。早くクロノさんの下へ帰りたいので」

 そんなお祈りともいえないような自己中心的な注文を口にしてから、フィオナはリリィがOKを出したとおり、さっさと点火する。

「悪しき全ての神に捧ぐ――」


 2012年12月24日

 申し訳ありません、今週の水曜更新もお休みさせていただきます。投稿する話に大幅な修正が必要となったのですが、修正作業が間に合いませんでした。

 先々週に引き続き、本当に申し訳ありませんでした。

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