第30話 冒険者パーティ
午前は村長宅で読書、昼はギルドで食事を摂り、そのままクエストを探す、というのがクエストを受けていない日の流れである。
「そしたら先輩が「後はアンタがやれ」とか言って! 私に全部丸投げですよ! 酷くないですかぁ!?」
「そうだな、酷いな。
だからニャレコ、もう少し静かに飯を食わせてくれよ」
「ちゃんと聞いてくださいよクロノさーん!!」
ギルドの新人職員ニャンコ、ではなくニャレコとも随分仲良くなったと思う。
俺なんかもう呼び捨てだし、ニャレコは職員だけあって敬語がデフォだが、最近では仕事の話より雑談の方が多いくらいだ、ちなみに愚痴は雑談に含まれる。
相当お喋りな性格で、俺はいつも聞き役、今日もマシンガントークで俺の昼食を妨害してくる。
というか、仕事はどうした?
「コレ貰いますね、んー美味しっ!」
「あっ、おい!? そんな沢山食うんじゃない!」
俺の皿から二切れの肉が消失する、消えた先は勿論ニャレコの口内だ。
「いいじゃないですか一口くらい~」
「お前の一口は多すぎるんだよ! 見ろ、パンとオカズの配分が完全に崩れてしまったじゃねーか」
「失礼ですね~それじゃあ私が大口みたいじゃ――」
「こらっ、サボってんじゃないよニャレコ!」
と、怒声と共にニャレコの頭上へ拳骨を降らせるのは、彼女がいつも愚痴を言う先輩職員であるハーピィのピーネさんだ。
「痛っ!? 先輩、酷っ――私はただ、食事中でも仕事の話を聞きたいという熱心な冒険者であるクロノさんのために、こうして席についているのであって――」
「いや、一方的に絡まれてただけだぞ」
「ちょっとクロノさん!? 裏切りましたねっ!」
「そもそも組んだ憶えは無い」
「それじゃクロノさん、このコには面倒な書類整理を帰るまでさせておくから、クエスト受けるなら私を呼んでくださいな」
「分かりました。
じゃあなニャレコ、お仕事頑張って」
「グロノざぁーーーん! 酷いでずぅーー!!」
哀れな泣き声をロビーに響かせながら、ピーネさんに弱点の尻尾を捕まれて強制連行されて行くニャレコ。
これで俺の平和なランチタイムが戻ってきた。
静かになったロビーで、心安らかにお茶を飲――
「おい、お前がクロノだな」
突然、さきほどまでニャレコが座っていた俺の正面の席へ、何者かがどっかりと座り込んできた。
漸く落ち着いて飯が食えると思ったんだが……
「はい、私がクロノですが――」
俺の前に座った男は、ニャレコと同じように猫獣人。
剣を背負った軽鎧姿、と一目で冒険者と分かる格好、彼の背後にはパーティーのメンバーであろう三人組みが立つ。
俺の正面に座る猫の獣人剣士、槍を携えたリザードマン、弓を背負うハーピィ、長杖を手にするラミア。
すぐに各々の種族が判別できるのは、それだけ特徴的だからだ。
猫獣人はニャレコと同じように、人型で髪もあるが、基本は猫が二足歩行したよう造形。
リザードマンは、獣人と同じように元となる動物が蜥蜴というだけ、だがこちらは髪も無いのでよりモンスター然とした雰囲気だ。
ハーピィは顔と上半身は人間で、下半身は鳥、そして何より特徴的なのが、両腕が翼になっている、が、手はちゃんとある。
ラミアは、上半身が人間、下半身が蛇になっていて、下さえ見なければほとんど人間に見える。
ただ、縦に細長い瞳孔や、先の割れた長い舌など、蛇の特徴が所々に現れている。
この種族バラバラな四人組は、話をしたことは無いが、これまでギルドで何度も見かけたことのあるパーティーだ、確か名前は……
「ランク2の冒険者パーティー『イルズ・ブレイダー』が私に何の用ですか?」
「ほう、俺達の事を知ってるのか、俺らも随分と有名になったな」
「ウチらの他に村専属のパーティーなんていないからじゃない?」
「バカっ、余計なコト言うなよアテン!」
耳をピーンと立ててオス猫剣士が、ラミアの魔術士に向かって吼える。
「それで、一体私に何のようですか?」
黙っていたら勝手にメンバーでワイワイ始めそうだったので、さっさと要件を聞く。
「お前な、ニャレコの仕事の邪魔して口説いてんじゃねーぞ! 迷惑してんじゃねーか!」
「……?」
何のことだ、一瞬ワケが分からなくなったが、コイツが言ってるのは、さっきまで俺がニャレコに絡まれてた事を言っているのだと思い至った。
「あれはニャレコさんが――」
「言い訳するにゃ!!」
怒られた、っつーか今「にゃ」って言った。
「言い訳も何も、私が彼女を口説いたというのは事実無根で――」
「あー面倒くせぇ、その回りくどい喋り方をやめやがれ! 冒険者ってなそんな上品なもんじゃねぇだろ!」
また凄い文句のつけ方をするな。
けど、敬語を使わなくて良いって言うなら
「いいだろう、俺もこの方が楽だ。
アンタは俺の名を知ってるが、俺はアンタらの名前を知らない、だから、先ずは自己紹介でもしてくれないか?」
何か無駄に格好つけた上に失礼な物言いだが、冒険者を一般人と考えてはいけない、舐められないようにそれなりの態度で接しなければならないのだ。
という建前で格好つけたいだけなのは秘密な。
「……」
「ウチはアテン、同じ魔術士同士よろしくなー」
猫剣士の意味ありげな沈黙を無視して、ラミアの少女がさっさと名乗りを上げる。
「アテン!? またお前は勝手に――」
「いいじゃんリーダー、名前くらい名乗ってやったら、礼儀知らずはモテないぞっ」
「ぐっ……」
「ボクはハリーって言います」
「俺はクレイドル」
続けて、ハーピィがハリーと、リザードマンがクレイドルと名乗る。
「……俺はニーノ、イルズ・ブレイダーのリーダーだ」
「よろしく。
知ってるみたいだけど、俺はクロノ、黒魔法使いの新人冒険者だ」
絡まれたんだか、友好的なんだか、よく分からない微妙な雰囲気が漂う。
名前は分かったが、結局俺に何用なのかは未だ分からない。
「それで、ニャレコがどうとか言ってたけど?」
「そうだっ! お前ニャレコに対して馴れ馴れしすぎるだろ! つーか呼び捨てにすんなっ!」
「どっちかって言うと馴れ馴れしいのはニャレコの方じゃないのか?」
「だからそんな言い訳は――」
「何なんだよ、ニャレコの事が好きなのかお前?」
「なっ……なんでお前が知ってる!?」
あ、ヤベぇ、適当に言ったら大当たりだったのか。
こんなにニャレコがニャレコがって難癖つけるのも、そうか……そういう事だったのか、納得。
というか、他のメンバーも「あーあ、やっぱりバレたか」みたいな空気を醸している。
「あー、なんだ、その……スマンな」
「五月蝿いっ!」
とは言うものの、机に突っ伏してしまうニーノ。
「とりあえず、俺の好みは人間の女の子だから、ニャレコにちょっかい出そうなんて気は無いから安心してくれ」
「だよねーやっぱそうだってウチらが散々聞かせたのにさぁ、このバカったら」
「やめろーそれ以上言うんじゃねぇー」
意地悪い笑みを浮かべるアテンに、突っ伏したまま元気の無い反論をするニーノ。
「ニーノは放っておいて、クロノさん、ちょっとボクらに協力してもらえませんか?」
「というと?
あぁ、立ち話もなんだ、座ったらどうだ」
ちょっとマジメな顔のハリー、こっちが本題だったのかな。
兎も角、俺は初めて他の冒険者パーティーと同じ卓を囲むこととなった。
「ボクらが荷物持ちの依頼を出しているのは知ってます?」
「ああ、そういえばそんなクエストもあったな。
それを俺に受けて欲しいってことか?」
「端的に言って、そういうコトですね」
「なー頼むよクロノ~ウチらの荷物持って~」
「アテン、ボクが折角マジメに交渉しようっていうのにその頼み方は――」
「いいぞ」
「え?」
「俺としても、そろそろ他のパーティーと交流を持ちたいと思っていたところだったんだ。
それに、パーティーが実際にどう動くのかとか、色々見てみたかったし」
「なるほど、それなら話は早くて助かります、是非お願いします」
「こちらこそ」
俺はハリーと固い握手を交わす、契約成立だ。
「待てよ、クロノは人間だろ、重いモノ持たせるなら獣人とかオークとかのがいいんじゃねぇのかー」
復活したニーノが今更ながら口を挟む。
が、彼のいう事は一理ある。
いくら俺がガタイの良い男だと言っても人間である以上、獣人やオーク、リザードマンなどの種族の方が単純な筋力でいうなら圧倒的に上だ。
もっとも、俺には肉体の強化改造によって、獣人並みのパワーを魔法無しで発揮できるのだが、そんなことはリリィ以外には知らない。
「その心配はないよリーダー、クロノさんは空間魔法を使える」
「よく知ってるな、キッシュのオッサンにでも聞いたか?」
「はい」
やはりか、俺が頻繁に『影空間』でモノを出し入れしているのは道具屋くらいのものだ。
すでにオッサン呼ばわりと、こちらも大分打ち解けた、というか、あのオッサンはやはり商売人らしく結構なタヌキ爺だ。
何かにつけて怪しい由来の品物を売りつけようとしやがる。
「ホントか?」
疑わしげな目つきのニーノ、なんだか俺嫌われて無いか?
恋敵かもしれんと思えば、そういう態度になるのかな、獣人はよくも悪くも裏表が無い性格の人が多いようだし。
「俺の足元を見てくれ――」
こういう時は実際を見せるに限る。
俺は足元から伸びる影から、影空間を開き、適当にポーションを呼び出す。
「「おおっ!」」
影が水面のように揺らめき、ポーションの瓶がプカプカと浮かび上がる。
「ウチ空間魔法始めて見たわ~」
魔術士だけあって、興味があるのかアテンの目は輝いている。
「どれくらい入るものなんですか?」
ハリーが冷静に質問をする。
「重さはほとんど関係無しに、大きさは、そうだな――ここに居る五人全員が納まるくらいの空間が作れるぞ」
「それは凄い!」
「だろ、便利なんだコレ」
ふふん、とちょっと自慢する俺。
リリィは自分も使えるからなのか、あんまり驚いてくれなかったしな、こういう反応をしてくれると嬉しくなるね。
「こんならリーダーも文句つけらんないね」
「別に文句つけたワケじゃねーよ、出来るんなら問題無い」
「そんじゃ、さっさとクエスト受けてくるよ」
「お願いします、ここで待っているので、詳しいことは後ほど話しましょう」
「分かった」
影空間も閉じた俺は、席を立ち、ピーネさんの待つ受付へと向かった。
初めて他の冒険者パーティが登場しました。なんだか学生のようなノリですが、彼らも立派な冒険者です。
種族がバラバラだと、特徴が掴み易くて書きやすいですね。