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黒の魔王  作者: 菱影代理
第17章:14日間
309/1035

第308話 白金の月21日・イスキア古城司令室(2)

 篭城作戦が決定した後、ウィルハルトは少しばかりの時間、妹たるシャルロット含む生徒達に司令室から席を外してもらうよう頼んだ。頼まずとも、彼らにはやらねばならない事は山ほどある、悠長に司令室で話し合いを続けられる暇などないのだが。

 一軍を率いる将が座すべき司令室だが、一人きりでいるとかえってこの堅牢な防備を誇るが故に牢獄に閉じ込められているかのような錯覚を感じる。

 しかしながら、今のウィルハルトにそんな感傷的な事を考える余裕はない。

 彼が脳裏に思い描くのは、想定されるべき今の、そしてこれからの状況である。

 まず、グリードゴア率いるモンスター軍団の本隊は、ここから最も近いイスキア村を襲う。

「確たる証拠はない、が、そうだと考えるべきだろうな、やはり……」

 イスキア村がどこまで持ち堪えるかは不明だが、最悪、一日で全滅したとしても、モンスターの大軍が襲来した情報は確実に周囲へ伝わる。無論、スパーダまでその一報が届くのもそう遅くはない。

 情報の精度にもよるが、スパーダは即座に救援の騎士団を結成し現地へ派遣するだろう。

「父上は飛んで来るだろうな」

 スパーダからイスキア村まで自分達は五日かかったが、精鋭のスパーダ騎士団ならばその半分近くまで進軍時間を短縮することが可能だろう。

 そして、問題なのは騎士団がイスキア村に到着してからである。

「だがあの大軍勢を見れば、我らの生存は絶望的と思われるか」

 スパーダの第二王子と第三王女、アヴァロンの第一王子、そして四大貴族をはじめとした名だたる貴族の子弟達を含む王立スパーダ神学校の生徒三百人が、野外演習でイスキア丘陵を訪れている事はいくらなんでも失念されることはない。

 これだけのメンバーを擁しながら、そう簡単に救助を断念するとは考えがたい、まして実の息子と娘の二人がいるレオンハルトは何が何でもイスキア古城へ進むだろう。

 しかし、行く手を阻むのは前代未聞のモンスター軍団である。

 まず間違いなくイスキア村は地獄の最前線と化す。そんな状況下で、一縷の望みを託してイスキア古城へ救援部隊を割けるだろうか。

 レオンハルトがいるならば、国王だからこそ愛する家族よりも民の安全を優先するかもしれない。

 もしその判断を父がしたとしても、ウィルハルトは恨むつもりなど毛頭ない、これでも王族の誇りは持ち合わせているつもりなのだから。

「何にせよ、こちら側から正確な情報を伝えねばならんだろう――」

 当たり前の結論。だがしかし、その実行にあたって、ウィルハルトは重苦しい溜息をつかざるを得なかった。

「伝令……いや、決死隊といった方が相応しい」

 情報を伝えるに当たりその手段は様々あるが、今この状況下において実行可能かつ最も確実性を有する方法は、単純に人を行かせる伝令である。

 だが、篭城とはすなわち、四方を敵に囲まれている状況に他ならない。

 ならば、外へ情報を伝える伝令役は、この敵の包囲を突破しなければならないのだ。

 ウイングロードならば喜んで堂々と敵中突破も可能かもしれないが、彼らは防衛の要として絶対に城から離すことはできない。

 故に、どうしても他の者に頼まなければならない、数多のモンスターが待ち構える敵陣を超えて行け、と。

 それがどれほどの危険があるかということは、今更考えるまでもない。決死隊、という言葉を選んだのが全てである。

「――すまないセリア、またお前に危険な命令を出さなければならない」

「いえ、ウィル様どうぞお気になさらず、私は貴方の護衛メイドなのですから」

 呟くようなウィルハルトの台詞に、一体、何時この司令室に現れたのか、セリアが答えた。

 淡い緑の髪もメイド服のロングスカートも揺らすことなく、ごく自然に、最初から主の傍らに控えていたかのように佇んでいる。

 そして、そうあるのが当然といったようにウィルハルトは驚きを表すこともなかった。

「強いて言うなら、護衛であるはずの私をお傍から離すような命令内容は如何なものかと」

「そう言ってくれるな、教師陣を含めても、この任務に最適なのはセリアしかおらぬだろう。なにしろ、お前はスパーダの裏に暗躍する闇の――」

「ただ情報部所属の暗殺者アサシンだったというだけです、余計な設定語りはお控え下さい」

 うぬぅ、と残念そうなウィルハルトと、どこまでも冷たい視線のセリア。

 この主従においてはごく日常的に展開される一幕であるが、今ばかりは僅かながらのわざとらしさを含んでいたかもしれない。

「あまり、お悩みではないようですね」

「不満か?」

「いえ、ウィル様の成長をお喜び申し上げているのです」

 皮肉ともとられかねない台詞だが、冷淡な目から一転、セリアが微笑を浮かべることから、言葉どおりの意味だと分かる。

「できる限り敵に見つからず、かつ、見つかっても切り抜けられる実力を持つのは、やはり『影渡・ハンゾーマ』の加護もあるセリアだけだ」

『影渡・ハンゾーマ』は一般人でも知っているほど有名ではないが、暗殺者アサシンクラスの加護として代表的な地位を築いている。

 気配消失、消音、移動速度上昇などなど、隠密行動に長けた能力を授かるのだとウィルハルトが知っているのは、加護を受けたセリア本人から聞いた事があるからだ。

 セリアは主に対する辛口コメントこそ多いが、自分の事はあまり話さない控えめな性格である。

 だからこそウィルハルトは、彼女から聞いた唯一の自慢話であるハンゾーマの加護について、よく覚えている。

「――私の先輩から直々に教えていただきました。彼女は自由を愛するスライムでしたので、今は情報部を辞めて冒険者となりましたが――」

 そんな事を、いつか彼女は話してくれた。

「躊躇などしている暇はない。ラースプンに追われたあの時も、今、この時も。いや、むしろ名ばかりとはいえ将として兵の命を預かっている以上、その責は尚更に重い」

 そう理屈では分かっていても、いざそれを実行できるかどうかは本人の資質が問われる。

 そして、ウィルハルトには迷いなく命令を下せる精神性をガラハド山中で獲得してきたのだ。

 もっとも、その成果を発揮する機会が巡ってきたのは不運と呼ぶべきだろう。

「一つ、不安を述べてもよろしいでしょうか?」

「何だ?」

「私が伝令に行けば、ウィル様の身を、命を賭けてまで守る者は誰もいません」

 ここはスパーダの王宮ではない。果たして、王子だからという理由で身を投げ出せる騎士道精神を発揮できる者は居るだろうか。シャルロット姫なら確実にいると断言できるが、不人気で有名なウィルハルト王子ならば……

「それでも構わぬ、むしろ望むところではないか。これで我も他の皆と同じく、命を賭けて戦っているといえるだろう?」

「この状況でカッコつけて欲しくはなかったです」

 ふはは、と軽く笑って誤魔化すウィルハルト。だが、案外その言葉は本心であるのかもしれない。

 そしてそれは、きっとセリア自身も察しているに違いない。少なくとも彼女は、それくらい己の主のことを理解している。

「確かに状況は厳しい、だが、我は絶望してなどおらんぞ。ここにはウイングロードを含めスパーダの未来を担う優秀な生徒たちがいる。必ずやモンスターの攻撃を耐え凌ぐことができる」

「もし伝令役が道半ばで力尽きれば、援軍の到着は大幅に遅れますよ」

「ふっ、そうはならぬと信じている。セリア、お前だから信じられるのだ」

「……ありがとうございます、身命を賭して、必ずや勤めを果します」

 仄かに朱に染まった頬を見られまいとするかのように、セリアは深々と頭を垂れて拝命する。

 それにウィルハルトは「うむ!」と満足そうに頷くのであった。

「セリアよ、すでに騎士団と冒険者ギルド、それぞれに宛てた救助要請の書類は用意できている、持っていけ」

 キリリと元のクールな表情に戻したセリアは、ウィルハルトが速攻で書き上げた書状を丁重に受け取る。

 二枚の書状には、ウィルハルトが持つスパーダ王家の紋章と、ネロが持つアヴァロン王家の紋章の二つが捺印されていた。

 その印はただの身分証明ではなく、公式に『王族命令』が発せられたことを示すものである。

 少なくともスパーダ国内とアヴァロン国内においては、この書類を提出すれば騎士団でも冒険者ギルドでも最優先で命令行動が実行される。

「それともう一つ、こちらは我の個人的な頼みだが聞いて欲しい」

 続けて一枚の書類が追加される。

 それは、冒険者ギルドで取り扱っている依頼書。

 今度はアヴァロン王家の紋章はなく、スパーダ紋章だけが押されており、ウィルハルトがとある一人の冒険者に対して依頼する個人契約クエストであった。

 セリアはそれが誰に宛てられたものであるのか、聞かずとも分かりきっているとばかりに答える。

「はい、必ずクロノ様の元へお届けいたします」




「なによ、バカ兄貴の癖に偉そうに!」

 共に赤いツインテールとマントをなびかせながら、シャルロットはイスキア古城の通路をプリプリと不機嫌振りを隠す事なく歩いていた。

 この窮地を脱する絶対確実な作戦、と心の底から信じきっていたグリードゴア討伐案をあっさりと却下されたのがよほど腹立たしいようだ。

「あんなケチなんかつけて、そんなに私達が活躍するのを邪魔したいの……」

 実質的には例え名ばかりといっても、ウィルハルトを将に据えたのが間違いだった。

 もし皆の希望に応えてネロが大将となり、ウィルハルトなど作戦に対して口も出せない雑兵ポジションにでもしておけば、今頃は城の守りを生徒に任せ、さっさとグリードゴアを倒しにいけたのだ。

 そうすれば、明日の夜が明ける頃には全て事態は解決、生徒たちもイスキア村も守られ、めでたしめでたし――少なくとも、シャルロットは本気でそうなると考えていた。

 ならばこそ、戦いを長引かせる篭城などという作戦は全くの無駄、下手に犠牲を増やすだけの下策だとしか思えないのだ。

 そして、その案を押し通したのが、普段から妄想を垂れ流すだけのバカな兄貴だと思えば、その怒りも一入といったところ。

「私はあんなヤツの命令になんか大人しく従ってやらないんだから」

 そう苦々しく呟きながら、シャルロットはたどり着いたお目当ての部屋である扉を、その不機嫌ぶりに任せて乱暴に開け放った。

「サフィ、いる?」

「……なに?」

 その気だるそうな答えを聞く前に、シャルロットのギラついた金色の瞳にはパーティメンバーであり友人でもあるサフィール・マーヤ・ハイドラの姿が映った。

 城の四隅にある防御塔の一つがここであるのだが、今はサフィールが一人きり。

 彼女は百科事典のように重く分厚い魔道書スペルブックの『不死の掟イモータル・バインド』を片手に、優雅に椅子へ腰掛けている。

 呑気に読書でも嗜んでいるようにも見えるが、彼女は立派に城の警戒任務中。つまり、シモベを行使している最中なのだ。

 正門には最新作である鉄腕のアンデッドラースプンが、カイと一緒に番兵よろしく仲良く立っているだろう。

 他にも要所に監視用のカラスや、スケルトンの歩兵を哨戒させているかもしれないが、正確な数や位置までは術者ではないシャルロットに分かるはずもない。

「ちょっとお願いがあるんだけど」

「グリードゴアをお探し?」

 ふっ、と皮肉でも言うようにちょっと意地悪い微笑みを浮かべるサフィール。

「聞いてたの?」

 盗聴とは趣味の悪い、とでも言いたげにジト目でにらみ返す。

「聞かなくても分かるわよ。大方、妄想王子のお兄ちゃんに討伐案を却下されたといったところでしょう」

「ええ、そうよ! その通りよっ!」

 また怒りがぶり返してきたとばかりに声を荒げるシャルロットを、サフィールは眼鏡の奥で輝く紫の魔眼で静かに見つめるのみ。

「まぁ、私は篭城でも何でも構わないんだけれど」

「えーっ、サフィまでそんなこと言う!?」

「でも、そうね、シャルが可愛くお願いしてくれたら気が変わるかもしれないわ」

 と言って、さっきよりも三割り増しで意地悪い笑みを浮かべるサフィールに、シャルロットは怒りを忘れてちょっと引いてしまう。

「か、可愛くお願いって、なによ」

「例えば、こんな感じでどうかしら?」

 と、サフィールが開かれた魔道書スペルブックから――否、その上に隠して開いていた別の本をシャルロットへ手渡す。

 本当にただの読書をしていたのかよ、という旨のツッコミはシャルロットの口からは出ない。

「な、な、なによコレぇ……」

 明らかに羞恥で頬を染めたまま、またしてもジト目でサフィールを睨む。

 シャルロットが見た本のページには、半脱ぎのメイド服を身に纏った長い黒髪の少女が、傍らに立つやたら目つきの鋭い長身の悪そうな男が繰り出す触手に絡め取られて悶えている挿絵が描かれていた。

「なにって言われても、エロほ――」

「そうじゃなくてぇ!」

 どうやらこの本、成人未満の閲覧が禁止されている類の猥褻な小説であるらしい。

「可愛いお願いの参考になるかと思って」

「は、はぁ……バッカじゃないの……」

 などと言いながら、視線はしっかりと本の文章を目で追っているシャルロット。

 その様子を意地悪な笑みから、ニヤニヤとしたいやらしい笑いへと表情を変えたサフィールがしっかりと観察していることに、彼女は気づかない。

「ほら、そんな感じでお願いすると、私もグリードゴアを探す気になるかもしれないわよ」

 そんな恥ずかしいことをするくらいなら頼まない、と簡単に言えないところが辛い。

 魔術士としてシャルロットは非常に高い実力を持っているといえるが、それは攻撃魔法に特化しており、サフィールのように戦闘以外、例えば索敵などといった能力は特別に持ち合わせていない。

 この何体ものシモベを使役する天才的な屍霊術士ネクロマンサーでなければ、グリードゴアを見つける事はできないだろう。

「ううっ、ぐぬぬ……」

 何としてもグリードゴア討伐を進める第一段階としてその位置を探っておきたいシャルロットは、ここで否とは言えなかった。

「わ、分かったわよ」

 顔をのぼせたように真っ赤に染めながら覚悟を決めて申し出るシャルロット、それに対して「そう」と涼しい顔で応えるサフィールは、すでにニヤニヤ笑いを隠してしまっている。

 友人のお姫様を陥れるとは、どこまでも狡猾なハイドラ家の天才ぶりであった。

「ご、ご主人様……」

 俯き加減で肩を震わせるシャルロット。

「ご主人様、どうかシャルのはしたないお願いを――」

 そうして、スパーダの一般書籍では伏せなくてはならない単語をいくつか含む台詞を、シャルロットは勢いのままに絶叫した。

「はぁ……はぁ……」

 いよいよ頭から湯気が出るんじゃないかというほど羞恥に耐え忍んでみせたシャルロットへ、サフィールは優しい微笑みを浮かべて言葉をかけた。

「まさか本当にやるとは」

「うがぁあああああああああああああああっ!!」

 絶叫と共に迸る稲光。

 かくして、サフィール所有の『黒髪メイド触手調教日記』(サークルモルジュラ著・定価820クラン)は、無詠唱の雷矢ライン・サギタに貫かれ見るも無惨な燃えカスとなった。

 ひとしきり怒りと恥ずかしさと理不尽さが収まったところで、サフィールは全く悪びれもせずに淡々と話を戻した。

「あの黒いグリードゴアの素材は是非欲しいところよ、騎士団か冒険者に譲るのは御免だわ」

「だったら最初からそう言いなさいよっ!」

「カイも城に引篭もっているよりかは、ランク5モンスターと戦いに行きたいでしょうし」

 シャルロットの全くもって正統な訴えを華麗にスルーしながら、サフィールは言葉を続ける。

「問題はネロよ、なんだかんだで篭城のメリットを分かっているでしょうし、なにより、わざわざグリードゴアを倒しに行くのは面倒がりそうじゃない」

「うっ、確かに……」

 ネロが討伐作戦に乗り気ではない事は、先ほどの司令室での一幕を見れば理解できる。

 やろうと思えば、その明晰な頭脳を発揮して、ウィルハルトを口先だけで丸め込むことも可能だったとシャルロットは思っている。

 それをしないという事は、ウィルハルトの案に素直に従う意思があるからだ。

「シャルが可愛くお願いしたらネロの気も変わ――」

「バカなコト言わないでよっ!!」

「けど、ネロは大丈夫よ、なんとかなるわ」

 どこか確信に満ちて言うサフィールに、シャルロットの疑惑の眼差しが向けられる。

「本当に?」

「ええ、だってシャルはお願いしなくても可愛いもの」

 その意味不明な答えに、シャルロットは困惑顔でハテナマークを浮かべることしかできなかった。

『影渡・ハンゾーマ』の加護の凄さは、第109話『黒き神々の加護』で確認できます。自由を愛するスライムが大活躍です。

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― 新着の感想 ―
サフィールは自己快楽主義なのか??嫌いな理由もわかるわ
[一言] 読み返してて思うけど全編通してやはりサフィールが一番嫌い
[良い点] スースさん… シャルロットバカ可愛いなぁ
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