第307話 白金の月21日・イスキア古城司令室(1)
イスキア古城の中央部に位置する堅牢な造りの司令室を、スパーダの学生達もそのまま本来の役目通りに利用している。
もっとも、ここにはイスキア丘陵の地図を広げた大きな机と椅子、それと野外演習の参加生徒三百名の個人データ、部隊編成、などなど、最低限の情報が集められているのみ。
明確な敵軍の存在する戦争とは異なり、所詮はフリーのモンスター討伐である、単なる演習を実行するには不足はない――はずだった。
「一体イスキア丘陵に、何が起こっているのだ……」
大将が座るべき上座に腰掛けたウィルハルトは、酷く草臥れた様子でそう呟いた。
だが、そんな情けない第二王子を叱責できる者など一人もいない。身分の差ではなく、ただ純粋に、誰もが同じ思いを抱いているからだ。
司令室は今、重苦しい雰囲気が漂っている。
それは不安、動揺、恐怖、様々な感情に起因するものではあるが、最も決定的な原因は疲労に違いない。
「とりあえず、モンスター共が退いて一段落、だな」
いつもよりさらに気だるそうに口を開くのはネロ、彼もまた少なからず疲労感に苛まれているのだろう。
如何に天才ともてはやされても、一人の人間であることに変わりはない。戦い続ければ肉体・精神共に疲労は蓄積され、いずれ魔力とて限界が訪れる。
戦い――そう、突如として出現したイスキア丘陵のモンスター軍団との戦いは、つい先ほどまで続けられていたのだ。
始まりは午前中の撤退戦。
ランク5に恥じぬ獅子奮迅の活躍ぶりで突破口を開いて見せたウイングロードと、割合的には全滅と呼べるほどの死者を出しつつも見事に殿を勤め上げた教師陣のお陰で、二百五十名の生徒たちは一人も欠ける事無なくイスキア古城にまで辿り着いた。
しかし、戦いはそれでは終わらなかった。
正午を挟み午後からは、執拗に本隊を追ってきたモンスター軍団と、今度は城に篭っての防衛戦を演じることとなる。
この時点で頼れる教師は半数以上が死傷、ここから先は生徒自身が本格的に戦いの矢面に立たされる事となった。
結果的には、防衛成功。
こちらの損害は軽微、対するモンスターはイスキア古城の周辺に夥しい数の屍を晒している。
だが、ダンジョンのモンスターを総動員しているのではと思えるほどの大軍勢である、この一戦をもってしても殲滅にはほど遠い。
つまり、戦いはまだ緒戦を終えたばかりということだ。
「それで、これからどうするよ、大将?」
だらしなく机に頬杖をつきながら放ったネロの一言は、実に核心的な問いであった。
名目上は間違いなく大将であるウィルハルト、彼がどんな答えを出すのか、司令室に集った数十名の幹部候補生が注目する。
「むっ、いや、ちょっと待ってくれ、まだ考えが――」
むむむ、と右手を額に当てて悩むポーズをとりながら、何とも情けない回答がなされた。
「あーもうっ! ホンっとにバカな兄貴なんだからっ!!」
正しく雷鳴が轟くかのように、甲高い声の罵倒が司令室に響いた。
ウィルハルトを兄と呼ぶ人物など世界中を探してもただ一人しか存在しない、つまり、実の妹であるシャルロット・トリスタン・スパーダである。
憤然たる様子で立ち上がったシャルロットは、その勢いのまま兄に代わって解決策を言い放った。
「どうするか、なんて決まってるでしょ、モンスターを倒すのよっ!」
瞬間、一斉に「はあっ」という溜息の合唱が司令室に響いた。
だが、最も盛大な溜息をつきそうなネロは「とりあえず続きを話せよ」とシャルロットへアイコンタクトを送っている。
任せなさい! とばかりにケフンと一つ偉そうな咳払いをしてから、シャルロットは説明を始めた。
「みんな覚えてるでしょ、最初に現れたデカいモンスター。アイツの名前はグリード……あご?」
「ゴア」
「グリードゴアっ!」
ネロによる完璧なアシスト、流石はランク5パーティのチームワーク。
だがシャルロットの頬は自身の髪色と同じ赤に染まり、ちょっとだけ恥ずかしそうである。
「そう、このグリードゴアってヤツがモンスターの大将よ。コイツさえ倒せばモンスター軍団は全滅するわ!」
あまりに自信満々な言葉に、司令室がどよめく。
驚く幹部候補生を代表するように、ウィルハルトが問うた。
「何故、そう言い切れる?」
「さぁ?」
私に聞いたお前が悪いと言わんばかりの態度でシャルロットが素っ気ない返事をする。
よほど兄貴を嫌っているのだろうか、真面目な視線を寄越すウィルハルトであっても、腕を組んだ状態で完全にそっぽをプイと向いている。
「……ネロ」
埒が明かないと早々に察し、シャルロットのお世話役と密かに任命している幼馴染の王子様へとヘルプを求めた。
「サフィが分析した結果だ」
おお、と信頼できそうな情報ソースに、再びどよめきが起こるが、説明を求めるべき本人、サフィール・マーヤ・ハイドラはこの場にはいなかった。
今この司令室に座っているウイングロードのメンバーは、ネロとシャルロットの二人だけ。カイとサフィールの両名は警備についている。
相手は人間ではなくモンスターである、中には夜にこそ動きが活発化する夜行性の種類も多い。
大規模な夜襲を仕掛けられる可能性は十分にありうる、もっとも、モンスターには夜討ち朝駆けなどという奇襲戦法を行っている認識は皆無だろうが。
どちらにせよ、戦力の中核を担うウイングロードメンバーの誰かは、常に警戒につかせておきたいのだ。
「詳しく聞かせてくれないか」
さておき、重要なのはグリードゴアに対するサフィールの推測である。
ネロは特に意地悪く言い渋ることもなく、流麗な声音で語って聞かせた。
「あのモンスターどもは寄生にかかってる」
「寄生だとぉ!?」
驚きの声を真っ先に上げるのはやはりウィルハルト。
だが、考えてみれば確かに辻褄のあうカラクリではある。
寄生とは、少々特殊な分類にはなるが、魔法の状態異常に含まれる。
効果は正しく読んで字の如く、相手に寄生することで、様々な異常を発生させるのだ。
代表的な寄生といえば、植物系のモンスターが多く持つ吸収効果の種子だろう。
その種に寄生されると、体の養分や魔力を吸い取られてしまうのだ。
中には、寄生相手を混乱や睡眠、麻痺などなど、さらなる状態異常に陥れるものも存在する。
要するに、寄生された者の意識を操る効果というのは、多用な影響力を持つ寄生においては、そう珍しいものではないだ。
「属性は雷だと確認した」
「確認、とは?」
「ラースプンの腕でケンタウルスの頭蓋骨をそのまま――」
「いや、そうではなくてだな、何をもって属性と寄生の確認か、ということだ。そんな血生臭い確認方法など詳しく聞きたくないわ!」
ほとんど素に戻りながらウィルハルトの珍しいツッコミが入った。
ネロがボケたのか、それとも天然だったのかは果たして明らかにならなかったが、とりあえず説明は続けられた。
「頭の中に雷の蛇がいた」
「雷の蛇?」
「魔法生物の類だろう、恐らく、分身体だな」
なるほど、とウィルハルトを含め学業成績優秀な幹部候補生たちは揃って理解を示した。
「寄生している肉体が死ぬほどのダメージを受けると、コイツも一緒に消えるらしい。頭を割ったところは俺も見たが、蛇は一瞬だけ現れて、すぐ消えた」
弱くて助かったな、という続きに、皆は揃って首を縦に振る。
当然だろう、倒したと思ったら、今度は自分に向かって寄生しようと向かってくるのだ、その脅威は想像するに難くない。
そこまでいけば最早、寄生というよりも、いっそ呪いといった方が適切な効果だろう。
「ネルがいれば楽に片付いたんだがな……ツイてねぇぜ」
呟くようなネロの悪態を耳ざとく聞いたウィルハルトだが、素直に納得もできた。
「寄生だというのなら、状態異常の解呪は単純に攻撃になりえるな、治癒術士達にしかと通達しておこう」
状態異常があれば、当然、それを回復、克服する魔法も存在する。
様々な異常や呪いを、元の健康状態に戻す効果を持つ魔法は解呪と呼ばれ、そうした魔法を専門に習得するのは治癒術士に代表される回復役の役目である。
勿論、ランク5パーティに所属するネル・ユリウス・エルロードは、その実力に見合った才能と実力を持ち合わせている事は、メンバーではないウィルハルトでもよくよく知り及んでいる。
つまるところ、下手な範囲攻撃魔法よりも、ネルが解呪を唱えた方が寄生モンスター軍団を沈黙させる効果は高い。
だが、今ここにいない人物の話をしても仕方がない、重要なのはウィルハルトの言うように現実にできる対策を講じることである。
「モンスターが雷属性による寄生によって操られている、というのは分かった。しかし、グリードゴアが本体であると何故言い切れる? 目立たないモンスターに擬態している可能性もあるだろう」
ドラゴンに代表される大型モンスターは、逃げも隠れもする必要がない圧倒的なパワーを誇る。
寄生などの搦め手と呼ぶべき能力を持つモンスターは、翻って、そこまで単純な戦闘能力には劣るということでもある。
ならば直接的な戦闘を避ける習性を持っているのが自然、ウィルハルトの疑問は考えすぎ、と馬鹿にできるほどではない。
「逆探知で割り出した」
「なんと、戦闘中にそこまで……」
ウィルハルトの素直な驚きを意に介さず、ネロは淡々と説明を続けた。
「雷属性特有の『電波』っつー波長で、本体と分身体が繋がってる。サフィのシモベが探知した結果、ネットワークの中心にグリードゴアがいることが判明した、ってところで、鳥モンスターの群れに飲まれてやられたらしい」
雷の固有魔法を持つモンスターは、この『電波』というのを使うことで、精神感応を用いずに遠隔距離にある仲間と意思疎通を図ることができるというのは、有名ではないが、しっかり学問に励んでいれば知っている情報である。
雷モンスターを行使する召喚士や雷が得意な魔術士も、この電波を利用した連絡手段を用いることができる。
もっとも、あまりメジャーな技術ではないので、ここにいる三百名の生徒の中に一人使い手がいるかいないか、といったところだろう。
「なるほど……しかし、グリードゴアはそもそも土の単一属性のモンスターのはずだ。雷の固有魔法を行使するとは考え難い。もしかすれば、ヤツも寄生されている一体に過ぎぬかも知れんぞ」
「その辺はサフィも引っかかると言ってたな。色違いらしいから、別系統の能力を獲得した突然変異の可能性もある」
モンスターの突然変異はそう珍しい現象ではない。
ただ毛色が違うだけの変化から、体長の大小、身体能力、属性変化、新しい固有魔法、などなど、その変異度合いは多岐に渡る。
それこそ、四頭身のコミカルな風貌のプンプンさえ、突然変異を起こせばランク5モンスターへと恐怖の変貌を遂げるのだから。
モンスターの如何なる変化も、絶対にありえないとは言い切れない。
今回のグリードゴアは本来、赤褐色のはずが黒へと体色が変化している、突然変異を起こした可能性は非常に高い。
「なんにしろ、グリードゴアが中心だってのは間違いない」
「うむ、そうだな」
とりあえずは、敵の大将が確定しただけでも有益な情報といえるだろう。
「それで、電波の通信能力に関してだが、説明の続きを頼む」
再び話の筋をウィルハルトが戻し、ネロも素直に答える。
「電波はテレパシーと違って直線にしか進まない、おまけに地形によっては遮られることもある。今回のフィールドでいけば丘を挟んでグリードゴアと電波通信のやり取りはできないはずだが、これは空中モンスターを中継させることで問題をクリアしている」
「そうか、だから攻撃に参加させなかったのか!」
今度こそ偽装、である。
木を隠すなら森の中、と言わんばかりに、電波通信の中継能力を持つ個体を隠蔽するために、鳥モンスターの群れは飛ばしっぱなしにしているのだ。
「サラマンダーは、まぁ、もしもの時の護衛ってこところか」
サラマンダーほど強力なモンスターに中継能力を与えることができていれば、恐らく偽装を施すことはなかっただろう。
「逆に、そこまでして隠すという事は、本体との通信が途切れればモンスターは行動不能、あるいは、大幅に戦闘能力を喪失させることができるということではないのか?」
「鋭いなウィル、けど、ここまでやるヤツが、それを許すと思うか?」
通信の要となる中継能力を持つ個体は、一体だけとは限らない。
「つーか電波が直接届く範囲にグリードゴアが来れば、それで終わりだろ」
「むっ、確かに……いや、そもそもグリードゴアは何故戦いに参加しなかった?」
思い返せば、強烈なデモンストレーションで登場したグリードゴアであったが、自分達への攻撃は手先のモンスターに任せるばかりで、そのままどこかへ消えてしまった。
いや、正確にいえば撤退したのはこちらなので、丘を下って逃げた際にグリードゴアを見失ってしまったのだ。
確実に分かっている事は、今日の戦いにはまったく姿を現さなかったことくらい。ついでにいえば、近くに潜んでいる気配もなかった。
「ヤツはモンスター軍団を引き連れて何処へ――はっ、まさか!?」
「ようやく気づいたか、アイツら今頃、街道を我が物顔で進軍してる真っ最中だろうぜ」
面白くなさそうに吐き捨てるネロ。
街道を進軍、それはつまり、彼らの向かう先にあるのは、人里、スパーダの村々、より具体的にいうならば――
「イスキア村か!」
「早ければ、明日の朝には到着するんじゃねぇか?」
「そんな呑気な事を言ってる場合かっ! 早く知らせねば、大変なことになるのだぞ!!」
思わず椅子から立ち上がり叫ぶウィルハルト。
ランク5モンスターを含む大軍勢が、人の住む村を襲おうというのだ。
下手な侵略よりも性質が悪い。もし避難が遅れれば、村人全滅もありえない話ではない。
「落ち着けよウィル、こっちの状況を忘れてんのか? 助けて欲しいのは俺らの方じゃねぇかよ」
「うぐっ……」
自国の民が殺戮されるかもしれないという危機感はウィルハルトを大いに焦燥せしめるが、灰色の頭脳はネロの言葉を真面目に受け止め、必死に現実を見ようと努めた。
とりあえずは、大人しく着席する。
「だから、グリードゴアさえ倒せば全部解決なのよ!」
そうして、シャルロットの声音が再び司令室に響き渡った。
今度こそ彼女の意見はきちんとした説得力をもって受け入れられたようで、集った幹部候補生達は概ね賛成するような雰囲気となっている。
確かにモンスターを操る本体であるグリードゴアさえ倒せばこの危機的状況を切り抜けられる。だがしかし、である。
「どうやってグリードゴアを倒すのだ?」
その全ての大前提となるべき方法が問われる。
果たして、モンスターの大軍団を率い、かつ、自身もランク5という最上級の戦闘能力を誇るグリードゴアを、一体如何なる方法で討つというのか。
常識的に考えるまでもなく不可能――そのはずだが、シャルロットはその黄金の瞳を爛々と輝かせて言い放った。
「当然、私たちが倒しに行くのよっ!」
ウィルハルトは酷く疲れた顔で溜息をついた。
これを言えば、確実に妹の雷が、いや、真実、雷属性の魔法攻撃が頭上に炸裂するかもしれないのだから。
それでも、自分が言わなければならない。例え名目上でも形式上でも、ウィルハルトが神学生三百名の命を預かる大将であるが故に。
「……その作戦は、許可できない」
「なっ――」
シャルロットによる暴言の嵐がひとしきり収まったところで、ウィルハルトは釈明を始めた。
「シャルロットよ、我はなにもウイングロードの実力を侮っているワケではない」
「だったら!」
「ウイングロードが抜けたら、この城は誰が守る?」
イスキア古城は確かに往年の防衛力を残した堅城ではあるが、そこを守るのは歴戦のスパーダ騎士ではなく、未だ見習いの学生達、それもたったの三百人。
対する相手は、寄生によって下手な騎士団よりも統率のとれたモンスター軍団。
恐怖も感じず、ただ命じられるままに戦い続けることを可能とする今の彼らは、兵士の理想像の一つといっても良い。
そんな脅威のモンスター軍団を相手に、学生達だけでどれほどの間、篭城戦を続けられるというだろうか。
「ウイングロードの活躍は、これまでも、そして今日この日の戦いでも十二分に見せてもらった、ランク5の実力は疑いようもない。汝らがいなければ、恐らく我らは丘の上で果てていたことだろう。
なればこそ、ウイングロードの存在は名実ともに我が軍の支柱。汝らがいるから、生徒たちはまだ希望を持って戦えているのだ。ウイングロードがいれば何とかなる、モンスターなんかには負けないと――だが、一時的とはいえ汝らが抜けたタイミングに合わせて、モンスター軍団が一気に攻勢に出ればどうなるか……わからぬわけではあるまい?」
「でも、だからってこのままじゃ――」
「救援を呼ぶのだ!」
事ここに至り、ウィルハルトの脳内にようやくこの危機的状況を乗り切るプランが立った。
ネロからもたらされたグリードゴア以下、モンスター軍団の情報を鑑みても、やはりそれしか方法はないと確信する。
「スパーダの騎士団でも冒険者の救助隊でも、どちらでも構わん。救援を求め、それが到着するまでここで篭城を続けるのだ」
ウィルハルトの言い放った作戦は、どこまでも教科書どおり、だが、だからこそ堅実であり現実的である。
普段は「妄想王子」と心中でバカにしているだろう幹部候補生達も、流石に真っ当な意見を述べられれば理解を示す。
結果、討伐作戦と篭城作戦の二つの案の支持率はちょうど半々といった雰囲気となる。
さらなる賛成を求めるため、ウィルハルトは言葉を続けた。
「幸いにも、我らは野外演習の予定期間を十分に乗り切るだけの兵糧もあれば武器もある。スパーダから『ブレイブハート』の重装歩兵が救援に来るのだとしても、到着まで物資が尽きる事はあるまい」
元よりある程度の期間、不特定多数の敵と交戦する事を目的としているのだ、余剰分を含め物資の準備に抜かりはない。
補給のできない篭城作戦を実行する上で、必要な条件の一つは十分にクリアできている。
「ちょっと待ってよ、今すぐグリードゴアを倒しに行けばそんなこと――」
篭城作戦に賛成が傾き始めた流れを察し、シャルロットが慌てて反論しようとするが、ネロが片手を上げて遮った。
「わかっちゃいると思うが、ウィル、グリードゴアを俺らが最も確実に倒せる時は今しかないぜ?」
「承知している、篭城すれば汝らとて消耗する、ましてネル姫もおらぬのでは尚更だろう」
「それでも、お前は篭城を押すか?」
「無論だ、皆が生き残る最も確実な作戦はこれしかないと自負している。逆に問おう、ウイングロードはグリードゴアを相手にすれば勝てるか?」
「当然でしょ!」
「まぁ、今ならな」
「ならば、グリードゴアが穴を掘って逃げればどうか?」
「うっ!?」
「そりゃあ、流石にどうにもならねぇな」
ぐぬぬ、と悔しそうに固まるシャルロットと、初めからその解答を心得ていたかのように苦笑するネロ。
ウイングロードならば、確かにグリードゴアをも打倒しうるかもしれない。だが、それはあくまで相手も乗ってきた場合に限る。
逃げの一手を打たれればなす術がないのは勿論のこと、相手が狡猾であれば、手勢を遣って足止めをするかもしれない。むしろ、この行動の可能性は最も高いと想定すべき。
グリードゴア討伐の勝算はある。しかし所詮は「ある」というだけで、絶対確実ではないのだ。
「さて、わざわざ問うまでもないと思うが、我が鉄壁のイスキア篭城作戦に反対する者は手を挙げるが良い」
かくして、神学生三百名の運命を決する作戦方針は、篭城に決定した。