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黒の魔王  作者: 菱影代理
第17章:14日間
307/1035

第306話 白金の月21日・アヴァロン貧民街

 雲一つない青空は鮮やかな夕焼けに染まり、古都アヴァロンの街並みを朱色に照らしていく。

 スパーダとは違った様式の建物や、古代から伝わる伝統的な高い尖塔の立ち並ぶメインストリートは夕陽の赤と相俟って情緒に溢れているが、少しばかり通りを外れて奥まった方向に進めば、そこは途端に不気味な雰囲気へと一変する。

 無秩序に建てられた石造りの家や集合住宅アパートは、人が住むというよりもモンスターが闊歩する迷宮ダンジョンのよう。

 いいや事実、この貧民街と呼ばれる掃き溜の住人は、外部からの侵入者に対してよく牙を向く。

 特に、見目麗しい少女と幼い女の子を連れた姉妹など、格好の獲物である。

 同じ黒髪に青い瞳をした二人は見習いの証であるローブを纏っているが、いっそ気品と呼んでも過言ではない雰囲気から、それだけの装備でも大層身なりが良いように見えた。

 中でも少女が手にする金属製の長杖スタッフなど、さりげなく細かい装飾が随所に施されたシンプルながらも凝った造りで、素人目に見ても凡百の杖より高価であると察することができるだろう。

「へへっ、こんなトコロに何の用だいお嬢ちゃん?」

 故に、姉妹が路地裏を歩み始めて十分と経たずにこうして絡まれるのは、自明の理である。

 薄ら笑いを浮かべた一人の中年男が、二人の行く手を遮るように現れた。

「この辺りをウロつくなんてよくないなぁ、危ないヤツらに襲われちゃうよぉ」

「そうそう、俺らみたいにな!」

 後方からさらに二人、逃げ道を塞ぐように現れる。

 前の男は取り立てて目立った身体的特徴が見られないことから人間だと推測できるが、後ろの片方は尖った耳からエルフ、もう片方は狼の頭をしているので間違いなく狼獣人ワーウルフだと判断できた。

 エルフという種族の誇りを捨て去ったかのように横に肥えた体格は、下手をすればドワーフにさえ見える。

 もう片方の狼獣人は逆に痩せこけており、もはや誇り高き狼というよりも、餓えた野犬といった印象。

 そんな見事に種族も特徴もバラバラの三人組ではあるが、彼らがチンピラだとかゴロツキだとか、そういった不名誉なクラス名を冠する者だというのはわざわざ説明されるまでもない。

 話に聞くだけなら鼻で笑ってバカにできる底辺の人種であるが、いざ目の前に現れれば大抵の人は恐れおののくのみ。

 まだ刃物の一つもチラつかせていないが、すでに十分な威圧感を持っている。

 まして、少女と幼女の二人組みなど、今すぐ泣き喚いて助けを求めてもおかしくないシチュエーション。

「白光教会の孤児院へ行きたいのですが、ご存知ありませんか?」

 しかし、眼鏡をかけた理知的な雰囲気そのままに、姉と思われる少女はどこか眠そうな無表情でそう質問を発した。

「チッ、テメェらあのクソガキ共の一味かっ!」

 侮辱でも挑発でもなんでもない言葉であったはずだが、どうにも目の前の男を怒らせる意味合いを含んでいたようである。

「おい、どうするよ?」

「グルル、全部喰っちまえば分かんねぇよ!」

 白光教会、という部分が彼らを怒らせる原因となったようではあるが、果たしてどんな因縁があるのかということは、今この状況下で問いただすことなどできそうもない。

 背後の狼獣人は、台詞が冗談ではないことを証明するかのように鋭い牙を剥き出しに今にも飛び掛らんばかりの迫力。

 正面の男も、太ったエルフ男も、どちらも姉妹を逃がすつもりはないとばかりに剣呑な気配を漂わせる。

「悪ぃなお嬢ちゃん、あのクソッタレなカルト信者だってんなら、手加減はできねぇぜ」

 腰から下げた短剣に手をかけ、言葉通りに一切の容赦なく男が襲い掛からんとした、その時だった。

「おい、待てよオッサン共、なぁに勝手なコトしてんだよ」

 正面の男の向こう側から、制止の声が上がった。

 現れたのは三人の少年、胸元に十字のエンブレムがあしらわれたダボついた白い服を着込んでおり、その顔と体格からいって、恐らく未成年であると推測できる。

 数の上では同じ、だが、痩せていても人間よりはパワーに優れる狼獣人ワーウルフを含む大人の男三人と、特別に高い実力を秘めているわけではなさそうな少年達では、割って入るには無理があるように思えた。

「くそっ!」

 だが、忌々しそうな台詞と視線を一度だけ少年達へ向けただけで、そのまま三人は路地の向こうの闇へと退散して行った。

「見ろよ、ダセぇ!」

「ははっ、人間様に逆らってんじゃねぇぞ魔族が!」

 去り行く背中に、愉快そうに少年達の罵声が響く。

 そんな様子を、絡まれていた眼鏡の少女は変わらぬ無表情のまま傍観し、その足元には姉に隠れるように幼い妹が寄り添っている。

「白光教会の方ですか?」

 先に言葉を発したのは少女であった。

 その質問に、三人組の先頭に立つ金髪の少年が嬉しさと誇らしさの入り混じった表情で回答する。

「おう、俺らは白光教会の信者だぜ。今の見てただろ? この辺は俺らが仕切ってんだよ」

 調子に乗った子供の妄言、と言い切れないのは、正しく先の一幕で証明されている。

 間違いなく力で優れるはずの大人三人を、少年が一喝しただけで退いたのだ。それは何かしらの‘権力’と呼ぶべき類のパワーが働いていると見るべきだろう。

「そうなんですか、そんな凄い方と出会えるなんてとても幸いです」

 全くこれっぽっちも幸いに思ってないような、気だるい目つきと平坦な口調で少女が感想を述べる。

 だが、眼鏡の奥に輝く麗しい青い瞳に真っ直ぐ見つめられた少年は、ただそれだけで僅かに頬を朱に染め気持ちが舞い上がった。

「そ、そうそう、俺はスゲーんだ、だからさっきみてぇなヤツらが来ても俺が守ってやるからな!」

「それはどうもありがとうございます」

 ますます抑揚のない機械的な発音だったが、少年の耳にはその言葉の意味だけしか届いていないようである。

 ついでに、両脇に控える仲間の少年二人から「おい、お前だけズルいぞ!」などと手荒なツッコミが入っていることも気にならないようであった。

「ところで、白光教会の孤児院を探しているのですが――」

「おお、任せときな、案内するぜ、ついて来いよ!」

 ここぞとばかりに案内役を買って出た少年は、意気揚々と先導を始める。

「ありがとうございます」

 それに相変わらず無表情、無感動に礼を述べる少女。

「ふふっ……」

 そして、彼女の背後に隠れるように佇んでいる幼い妹が、ニヤリと口元を邪悪な笑みで歪ませた。




 リリィとフィオナは首尾よく白光教会の信者と出会うことができた。

 もとより、貧民街の中でも公に信者を名乗る少年達が、ここ最近かなり幅を利かせているという情報は冒険者ギルドでも知ることの出来る有名な話であった。

 ようするに、その気があれば彼らと接触するのはそれほど難しくないということである。

「へぇ、姉妹で巡礼の旅をしてるなんて、偉いじゃねぇか!」

 こうして、我が物顔で路地裏を突き進む少年達の姿を見れば納得できる。

 そこかしこにたむろする貧民街の住人は、あからさまに少年達を避けており、大の大人が素直に道を譲っている有様だ。

 ギルドの噂も、リリィが情報屋で仕入れたネタも真実であると証明された。

「いえいえ、全ては白き光のお導きによるものですから」

 すっかりフィオナの美貌に魅入られた少年は、あからさまに棒読みな台詞を疑う事なく信じ、調子の良い相槌を打つことしきり。

 勿論、彼女の口から語られる「姉妹で巡礼の旅を続ける敬虔な修道女シスター」の設定は、完全無欠に嘘八百である。

 それでも、その演技力を除いてもボロが出そうにないのは、生まれも育ちもシンクレア共和国のフィオナが十字教について詳しいからだろう。

 そもそも、いくら少年達が信者といっても、その風貌からして真の意味で宗教としての十字教について造詣が深いはずがない、誤魔化しなどいくらでも利く。

 つまり、一人の信徒としてフィオナの偽装は完璧であった。

 このままいけば難なく孤児院へ潜入できるだろうし、彼らの中心人物と目される「司祭様」とやらにも上手く出会えるかもしれない。

 全てはリリィの計画通り、順調に進んでいた。

「なぁ、その指輪って、もしかしてカレシからのプレゼント?」

 金髪の少年が、不意にその話を振るまでは。

 指輪とは勿論、フィオナの左薬指に輝く思い出のシルバーリングである。

 左手で握った長杖スタッフ『アインズ・ブルーム』を突きながら歩いていたからこそ、目にもつきやすかったのだろう。

 質問の意図はどうであれ、フィオナには真実を語るつもりなど毛頭ないし、ローブの裾をさりげなく握って無言の注意を促すリリィの存在もある。

「……いいえ」

 ただ、否定の言葉だけを咄嗟に返すことしかできなかった。

 しかしフィオナは、これだけは伝えるべきであったかもしれない、この指輪が何よりも大切に思っている、彼女にとって一番の宝物であると。

「だよな、こんな安物のダセー指輪を贈るヤツなんて今時いねぇよな!」

 それさえ知らせておけば、たとえ冗談でも指輪をけなすような台詞を、いくら能の足りないチンピラ小僧だって口にする事はなかっただろう。

 だが、今や全てが手遅れだった。

「実は俺さぁ、アンタに似合うスゲー指輪持ってんだよね。へへ、寄付を拒否ったケチな商人ヤロウから巻き上げたやったんだけどさぁ――」

 少年が自慢げに懐から大粒のダイヤモンドがはめ込まれた指輪を取り出すと同時。

「――あ?」

 彼の瞳に、両手で長杖スタッフを思い切り振り上げて――否、すでに渾身の力を篭めて振り下ろしている最中のフィオナが映った。

「ふげっ――」

 顔面にめり込んだ硬質な金属の杖は、満足に悲鳴さえあげられないほどの打撃力を発揮したようだ。

 肉を打つ鈍い音。かすれた呻き声。少年の体がドサリと汚らしい割れた石畳の上に落ちる。暗い路地に響き渡ったのは、そんな物音だけ。

 つまるところ、誰もが声を上げることができなかった。

「クロノさんが私の為に選んでくれたんですよ……なにふざけたこと言ってるんですか……」

 頭をやられたせいで確実に前後不覚に陥っている少年目掛けて、フィオナはブツブツと呟きながら容赦のない追撃を仕掛けた。

 今度は杖の先端部による殴打ではなく、歩く際に地面を突き、時には土を削って魔法陣を描く杖の下部、石突と呼ばれる部分を、すでに鼻骨が砕け鼻血と涙でグシャグシャになった顔面に突き立てる。

 ピックのように尖った石突は見事に少年の右目に命中。グチャリと血と肉の混ざる水音を立てながら眼球が零れ落ちた。

 次はきっと左目を狙うだろう――つまり、追撃は二度、三度、フィオナの気が済むまで続けられるという事だ。

「お、おい! 何やってんだよぉ!?」

「やめろって!!」

 事ここに至って、ようやく仲間の少年二人が静止の声を上げた。

 しかし、あまりに突然の凶行であることと、フィオナの有無をいわせぬ圧倒的な狂気の迫力を前に、腰が引けて体を張って止めるまではいかない。

 それでも、もう十を越えるほどに杖を突きこみ散々に顔面をかき回したフィオナの手は止まった。

「邪魔、しないでくださいよ」

 ゆっくりと‘生き残り’である少年二人へと視線を向けたフィオナの瞳は、青と金がまだら模様に浮かび上がった、不気味な色合いへと変化していた。

 眼鏡のレンズ越しに見た瞳の色は確かに青。しかし、今は殺意そのものが黄金の色彩をもったかのように煌々と輝いている。

 それは美しいというよりも、ただただ混沌の様相を呈しており、視線を合わせた少年達を恐れおののかせるには十分すぎる眼力があった。

「ひ、ひぃ!」

 聖書にて説かれる自己犠牲の精神など欠片も持ち合わせていないかのように、少年二人は踵を返して我先にと仲間を見捨てて走り出す。

「あーあ、台無しじゃないフィオナ」

 そして、その逃走を許さなかったのは、今まで黙っていたリリィであった。

「あちゃー」という台詞が聞こえてきそうなほど悩ましげな顔と仕草を浮かべる幼女姿だが、妙に様になっているのは意識が大人のものだからだろう。

 彼女が軽く手を振るうと、中空に白い光の球体が閃き、次の瞬間には逃げ去る少年達の背中に向かって放たれた矢の如く飛翔する。

 事実、矢と同等かそれ以上の速度で飛ぶリリィの光弾は、あっという間に少年へと追いつき、二人の目の前にまで回りこんでから炸裂した。

「ぎゃっ!」

 と、短い悲鳴をあげて転倒した二人は、揃って目元を抑えてのたうち回る。

 不埒な考えで撫で撫でを迫る神学生をあしらう時に使用する優しい閃光フラッシュとは違い、直視すれば確実に失明する光量と、そうでなくても目元を焼く熱量が弾けているのだ。

 不良少年如きが耐えられる痛みではない。逃走の為に再び立ち上がる事はしばらく不可能であろう。

「その辺にしときなさいよフィオナ、こんなところでも人が集ると面倒だわ」

「でも、この人まだ生きてますよ?」

 はぁ、と小さく溜息をついてから、再びリリィは手元に光を生み出す。

 今度は弾でもなければ光線でもない、白熱の輝きで作り出された光刃フォースエッジである。

 それを、妖精の霊薬を使っても元には戻らないほどに顔面が陥没した金髪少年、その首元に差し込んだ。

 ジュッ、と肉の焼ける音と匂いを迸らせ、熱したナイフでバターを切り裂くようにあっさりと首が落ちる。

 元よりクズのような少年であったが、これで名実共に汚い路地裏に打ち捨てられるに相応しい生ゴミと化した。

「これで死んだわ。さぁ、先を急ぎましょう」

「……分かりました、取り乱してしまって申し訳ありません」

「いいのよ、クロノをバカにするヤツはみんな死ねばいいから」

 渋々ながらも素直に頭を下げて非を認めるフィオナと、それに優しい微笑みを浮かべて理解を示すリリィ。素晴らしい友情である。

「ところでリリィさん、私が言うのもなんですけど、これじゃあ案内役がいないですよね」

 どうやら正気に戻ったらしいフィオナ、瞳の色も再び眼鏡の偽装が働き青一色に戻っている。

 そんな真っ当な質問をぶつけるフィオナに、

「大丈夫、なんとかなるわよ――」

 ウフフ、と素敵な幼女スマイルを浮かべるリリィは、その小さな指先で天を指す。

「――もう、満月が昇っているから」

 そうして、身に纏う見習い治癒術士プリーストローブを一息で脱ぎ去り、その下で幼い肢体を飾る黒いワンピースドレスと、妖精の証たる二対の羽が露わとなる。

 次の瞬間には、全身が妖精結界オラクルフィールドの光で繭のように包みこまれ――気がつけば、フィオナの前には美しい少女へと変化を遂げたリリィの姿が現れた。

 もっとも、変装用魔法具マジック・アイテムであるリボンとコンタクトレンズはそのままなので、髪型は変わらず黒髪ツインテールに、瞳も青のままである。

「それでは、よろしくお願いします」

「ええ、任せてちょうだい」

 にっこり微笑む少女リリィは、その手に他者の頭脳を好き勝手に弄くり回せる悪夢の固有魔法エクストラたる光の針を形成しながら、未だ痛みにのたうつ二人の少年へと歩み寄っていった。

 首ポロリもあるよ!


2012年12月10日

 申し訳ありません、真に勝手ながら、今週は水曜更新はお休みとさせていただきます。

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