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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第292話 魂の盟友へ

「お疲れ様です。見事なファイトでした、クロノ様」

 退場して選手用通路に入ったところで俺を待っていたのは、やけに顔色の悪い燕尾服姿の青年だった。

 モルドレッドの執事を名乗るその男は、突然の登場に困惑気味な俺がなにかしら疑問の声をあげる前に、矢継ぎ早に要件を口にする。

「こちらはファイトマネーの、総額一千三百万クランとなります。どうぞ、お納め下さい。それとこちらは――」

 そこから次々と、執事の『影』から見覚えのある武器が出るわ出るわ。見覚えあるっていうか、全部、俺がついさきほど相手にした呪いの武器たちである。

 八本の無銘ネームレスに加え、しっかり漆黒の薙刀まで。極めつけは、ポーションの瓶詰めになっている、紫の瞳が妖しくも美しい二つの眼球。サイードの魔眼だ。

 これらの武器を一体いつ回収したのか、魔眼はどうやって採取した、っていうかポーションに漬けとけば大丈夫なのかよ。もう、色々と気になるところ満載である。

 だが、突っ込む間もなく、報酬を勝手に俺の影へ仕舞いこんだ執事――いや待て、『影空間シャドウゲート』を他人が開けるのかよっ!?

「失礼、お手が塞がっているようでしたので」

 いや、確かに俺は未だにネルを抱きかかえたままではあるが、そんな驚愕の気遣いは必要なかったです。

 しかし、これが空間魔法ディメンションへの干渉ってやつか。なんとなく聞いた覚えがあるのだが、いざ目の前でやられると驚きだ。

 まぁ、文句を言っても今更だし、とりあえず、影の中で黒化を施しておく。特にサイード、お前のは厳重に、丁寧に、右腕の恨みを篭めて。

「それでは、医務室へご案内いたします。人払いは済ませてあるので、どうぞ、ごゆっくり、お二人の時間を心行くまでお過ごし下さい」

「はぁ、それはどうも」

 しかし、たかだか医務室への案内ごときに、ホテルのスイートルームへ、みたいな口上だ。ちょっとネルを休ませて、あとは右腕に異常がないか再確認さえすれば、こんなところとはさっさとおさらばだ。

 と、この時は思っていました……

「クロノくん」

 すぐ耳元でネルの優しい声が響いて、またしてもドキリとさせられる。

 白く清潔なベッドの上で、俺とネルが身を寄せ合っている――なんていえば、酷く誤解を招きそうなシチュエーションではあるが、断じていかがわしい状況などではない。

「まだ治療中ですから、動いちゃダメ、ですよ?」

 そう、今は案内された医務室にて、ネルに治癒魔法キュアーを使ってもらって、復活した右腕を癒してもらっている。

 だが、アリーナからこのベッドまで成人女性一人プラス両翼の重量をもつネルをお姫様抱っこで運んできたのだから、特に問題はないはず。あくまで念には念を、という程度のものだ。

「あ、ああ……」

 だが、こんなにドキドキしているのは他でもない、ネルがしっかりと俺の右腕を抱え込んでいるからだ。

 忘れてはいけない、今の右腕は『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』が破れていて素手が剥き出しのまま。

 おまけに、治療の邪魔になったらまずいということで『黒髪呪縛「棺」』も外してある。

 外す際には「ご主人様ぁ~騙されちゃいけませぇーん!」という謎の絶叫をして凄まじい抵抗を示し、えらく苦労したが。

 ともかく、俺の右腕は指の先まで完全に素手となってしまっている。

 感覚を遮るものが何もない状態で、ネルの冒険者稼業をしているとは思えない柔らかく真っ白い手のひらが腕を撫で回し、そして、厚い生地越しとはいえ、確かな重量感と暖かさを感じる胸の感触が押し付けられる。

 おまけに、ネルは頭を俺の肩に預けるような体勢。彼女の声がすぐ耳元から聞こえてくるのは、そのせいだ。

「なぁ、ネル、その、もう少し離れた方が……」

「ダメですよ、まだ治療中、なんですから」

 そう言われてしまえば、俺には黙ることしかできない。

 当たり前だが、どうしようもなく気恥かしくて、すぐ傍にあるネルの顔を直視できない。

 適当に視線を逸らして、意味もなくこの室内の観察に集中してしまう。そうでもしないと、別の柔らかい感覚に集中しそうで……ええい、落ち着け俺。

 そもそも、ここに俺とネルの二人しかいないのがまずいんじゃないのか?

 この医務室は、世間一般におけるイメージ通りとはいかず、無骨な石造り向き出しのままではあるが、腰掛けているベッドをはじめ、棚に収められている薬品やポーション類などの充実ぶりを見れば、十分な備えをしてあることが窺える。

 はい、観察終了。再び、密着するネルの存在が気になって仕方がない沈黙の時が流れる。

 ここ最近は毎日顔を合わせ、楽しく談笑した仲なのだが、今この時においては全く話題が思い浮かばない。治療のお礼、というのも違うだろう、それはついさっき散々言ったばかりだし。

 俺はどうすればいいんだろうか、このまま黙っていても良いのだろうか、それとも無理やりにでも何か話すべきか。

 例えば、うーん、ついさっき進呈された呪いの武器の話とか?

 いや、ダメだ、「この魔眼ってどうやって使えばいいのかなぁ」とか気軽に言える雰囲気ではない。

 『紫晶眼アメジストゲイズ』とかいうらしい名前の魔眼は、とりあえず黒化のお陰で大人しくなっている。

 だが、黒化を解除すれば再び呪いの大発光を起こすだろうと思えてならない。そんな、不気味な感覚がする。

 これは下手に自分で使うよりも、売り払ってしまった方がいいかもしれないな。有名らしいし、一個百万クランはかたいだろう。

 そんな事を考えているだけで、やはり無言のまま時は過ぎ去っていく。感じるのは右腕から伝わるネルの体温と、その小さな息遣いだけ。

「……クロノくん」

 白い光をぼんやりと発する治癒魔法が不意に止むと同時に、呼びかけられた。

「なんだ?」

 流石に話しかけられればそっぽを向き続けるわけにもいかない。

 視線を右下方に向けると、そこにはまたしても熱っぽい潤んだ瞳で俺を見つめるネルがいた。

 その両目は加護の効果が切れた今となっては、元のスカイブルーに戻っている。

 この近距離で見つめると、澄み渡った青さに吸い込まれそうな錯覚を覚える、まるで魅了の魔眼だ。

「あの、私――」

 彼女が何かを言いかけたその時、やけに強いノックの音が室内に響き渡った。

「わひゃぁあああっ!?」

「うおっ!」

 突然のノックに驚きはしたが、もっとビビッたのは過剰なリアクションをするネルの方である。

 一体誰だよ、というか、人払いしたんじゃなかったのかよ?

「開いてるので、どうぞ」

 とりあえず追い返す理由はない、もしかしたらさっきの執事が「やっぱさっさと帰れ」と文句を言いにきたのかもしれないし。

「失礼いたします」

 そう言って入室してきたのは、黒い衣装の女性であった。

 ついさっきまで戦ったサイードのデカい体が纏っていたような全身スーツタイプで、魅惑的な女性らしい体のラインがハッキリと浮き出ている。

 もっとも、手足や腰元に装着されたパーツも異なっているので、サイードの装備とは全く違った印象を覚えるが。

「あの、どなた、ですか?」

 警戒感を滲ませて誰何を問うネルは、俺の右腕を抱く力が強くなる。

 それ以上はヤバいって、いくら巨乳に興味がないといっても、直接的に感じてしまったら意識せざるを得なくなるワケで――いや、それよりも、問題なのはこの女性である。

 その装備から見て、盗賊か暗殺者のクラスだろう。

 だが、ついさっきまでアリーナで戦ってきたかのように、その衣装はボロボロで、左手の手甲などは完全に砕けてしまっている。

 まさか俺の後に試合をした人だろうかと思うが、よくよくその女性の顔を見ると、どこかで見覚えがあった。

 鮮やかな緑の髪を後頭部で一まとめにした髪型に、涼やかな水色の瞳をもつ、如何にも綺麗なお姉さんといった風な容貌は、うん、やっぱり見たことあるぞ、この人。

「あれ、もしかしてセリアか?」

「はい、お久しぶりです、クロノ様」

 と、恭しく一礼する姿は、いつもウィルハルトの背後に影のように控えている護衛メイドと完全に一致した。

「そして、このような格好で御前に立つ非礼をお許し下さい、ネル姫様」

「いえ、貴女は確か……ウィルハルト王子のメイドさん、ですよね? どうぞお気になさらず」

 流石に王族同士、ウィルもネルもお付のメイド含めて面識があるようだ。

「お楽しみ中のところ、大変申し訳ありませんが」

「いや、別に何も楽しいことしてないけど。それで、どうしたんだ? ウィルと一緒に野外演習に行ったはずじゃ――」

「野外演習はランク5モンスターの襲撃によって中断となりました」

 え、という疑問の声が二つ重なった。

「どういうことだ?」

「詳しくはこちらに」

 セリアが懐から一枚の紙を取り出し、俺へと差し出す。それは冒険者ならば最も見慣れた書類、つまり、クエストの依頼書であった。


緊急クエスト・助けてくれ

報酬・望みのまま

期限・今すぐ

依頼主・ウィルハルト・トリスタン・スパーダ

依頼内容・クロノよ、汝を我が魂の盟友と見込んで頼みたい。どうか我らを助けてはくれまいか。

 ことの起こりは省く、だが、現状だけは記そう。

 我ら王立スパーダ神学校の野外演習の参加生徒全員は、現在、イスキア古城にてモンスターの大群に取り囲まれ、孤立無援の状態にある。騎士団の救援も、冒険者の救助隊も、間に合わないかもしれん。

 だが、汝ならば、きっとこの窮地にも馳せ参じてくれると我は信じている。ガラハド山中にてラースプンに追われる我を救ってくれたように。

 だからこそ、名指しでこの依頼書を託す。他の誰でもない、黒き悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカークロノに。

 最後に、この情報だけは記しておく。

 現れたモンスターの大群を率いるのは、ランク5モンスターのグリードゴアだ。

 だが、どうやら通常のグリードゴアではなく、色が黒いことから亜種の可能性がある。そして、多種多様なモンスターの軍団を従えているのは間違いなく、この黒いグリードゴアである。

 モンスターとの交戦により、雷属性の寄生パラサイト能力によって操られていることが判明したが、それ以上のことは不明だ。

 もしモンスターと同じ様に操られた神学校の生徒が、いや、この我がいたとしても、一切の躊躇なく斬り捨ててくれ。

 すでに皆、その覚悟はできている。

 追伸、シモンも汝の到着を心待ちにしておる、あの可愛らしい錬金術師を泣かせるでないぞ。


「ご覧のとおり、現在、イスキア古城は危機的状況にあります。ウィルハルト王子は、クロノ様、貴方に対して王族命令で緊急クエストを発行なさいました」

 依頼書の片隅に、王冠と二つの剣が交差したスパーダの紋章が赤インクで捺印されている。

「まだギルドを通していない非公式クエストですが、お受けいただけますか?」

 公式だろうが、非公式だろうが、関係あるか。

 イルズ村、アルザスの戦い……俺はまた、仲間の危機に居合わせることができないのか?

 いいや、そんなワケにはいくか、もう御免だ、二度とあんな思いは御免だ、三度目なんて、あっちゃならない。

 絶対だ、絶対に助け出す、今度こそ、間に合わせてみせる。

「当然だ、今すぐ行くから絶対に生きて待ってろ、ウィル、シモンっ!!」

 クロノ、物語始まって以来の大収穫。一千三百万クランは大金ですが、これまでの貢ぎ総額を思えばはした金もいいところですね。


 さて、第16章は、これで終了です。

 みなさんグリードゴアのこと、覚えておられるでしょうか・・・16章の冒頭、第260話に登場したランク5モンスターです。

 それでは、次章もお楽しみに!

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ご主人様を狙うお姫様ってもうひつぎちゃんドドド地雷か
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