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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第284話 無銘(ネームレス)(3)

 青い光の召喚魔法陣を潜り抜け、目の前に立ち並ぶ八人の呪いの武器使い。

 俺が『絶怨鉈「首断」』を振り上げて一歩を踏み出すのと、ヤツラが駆け出すのはほぼ同時だった。

 傍から見ている観客からすれば、俺かヤツラ、どちらが呪いにとり憑かれた狂人であるか区別がつかないかもしれない。

「破ぁああああっ!」

 こうして、気合を入れて雄叫びもあげているしな。

 八人は同時に俺をエモノと認識して真っ直ぐ襲い掛かってくるが、彼らにチームワークという概念はない。

 結果、パーティプレイの鉄則をガン無視で、足の速いものから順番に俺の元へ到達するという間抜けなこととなる。

「キヨォオオオアっ!」

「うぉあああ!!」

 奇声を上げて目前に迫ってきているのは、ゴブリンと人間の女の二人である。

 前者は盗賊クラスがよく使う大振りのダガーを、後者はスパーダの憲兵ローガーディアンも使っているシンプルな短槍ショートランスを、それぞれ装備している。

 まぁ、素人や低ランク冒険者なら、呪いの武器の狂化バサーク能力で、そのまま一刀の下に伏すこともできるのだろうが、

「黒凪っ!」

 俺はそこまで甘い相手じゃない。

 横薙ぎに放つのは最も使い慣れた武技。轟々と唸りをあげるようにオーラを吹き出しつつ、迫り来る狂人二名の胴を一閃。

 バスターソードサイズまで巨大化した刀身を備える『絶怨鉈「首断」』ならば、いくら大きめとはいえダガーの間合いの外から一方的に斬ることが出来る。

 流石に短いショートと名がつくものの、槍のリーチには敵わないが。

 とりあえず、心臓を狙って突き出された穂先は『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』にかする事も無く回避できているし、大した問題ではない。

 すでに両者の上半身と下半身は寸断されている、槍を突き出すことも、ダガーナイフを振り下ろすことも無い。

 血とハラワタを撒き散らしながら吹き飛ぶ二つの上半身が地へ落ちる前に、俺は振り切った刃を素早く引き、回避行動に移る。

「ゴオオアッ!!」

 先頭の二人に三歩遅れて俺へたどり着いたオークが、戦士の定番装備であるバトルアックスを大上段に振り上げている。

 視界の左端には、狂っていても狡猾な蛇らしいとでも言うべきか、ラミアが曲刀シミターを構えて回り込んできていた。

 さらに狡猾なのは、大柄なオークの背後に隠れるように、レイピアの切先をこちらに向けているエルフの男だろう。

 ついさっき射殺したアイツほど色男ではないが、どこか悪知恵の働きそうな顔をしている。もしかすると、狂っていても元の性格はある程度反映されるのかもしれないな。

 そんな呑気なことを思いながら、三者三様の攻撃をバックステップで大きく距離をとって逃れる。

 俺の残像でも攻撃するかのように繰り出される刃は、当然、虚空を通りすぎるのみ。

 間合いの中にいても防ぐ自信はあるが、オークのバトルアックスが宙を舞うゴブリンの上半身ごと叩き斬って、一歩先の空間には血の雨が降っている。率先してアレを浴びたいとは思わない。

 恐怖とは別の意味でゾっとしつつ、バックステップで飛び退いた足を土の地面につけると同時に、再び地を蹴って距離を詰める。

 狙いはラミア。

 この乱戦において、蛇の下半身をくねらせて二足歩行とは異なる不規則な機動をとるラミアを野放しにしておくのは危険だ。今度こそ死角をつかれるかもしれない。

「はっ!」

「キェイイっ!」

 流石に体ごと移動した俺が間合いをつめるよりも、片手剣の範疇に納まるシミターを戻すほうが早い。

 ラミアは完全に迫り来る俺を迎え撃つ体勢を整えている、つまり、再び剣を振るっているということだ。

 だが、無銘ネームレスと二回進化を果たした鉈とでは格が違う。ついでに、人間を辞めた俺の腕力と、女の細腕とでは、パワーに大きな差がある。それは低度の狂化バサークで埋められるほどではない。

 鉈の巨大な刃と比べれば、頼りなさすら覚えるほど細身の曲刀は、その見た目と秘められたスペック通り、一合撃ち合っただけであっさり弾き飛ばされる。

 どうにか剣を手放さず耐えられたようだが、すでにラミアの構えは崩れ、その細い首でも、豊かな胸元でも、くびれた細い腰でも、好きなところを狙える。

 それならば迷うことも無い、この銘の通り、首を断たせてもらう。

「「「ガァアアアアアアアアアアアっ!!」」」

 本来の美貌を損なう恨みの形相を浮かべるラミアの生首が宙を舞うと同時に、三つの巨大な刃が俺を襲う。

 一つは、土の地面にめり込むほどの攻撃をしたオークが、再びバトルアックスを振るったもの。

 他の二つは、その鈍足でようやくこの地点に追いついた、ドワーフとサイクロプスの二名である。

 ドワーフの手にあるのはオークと同じ斧。先端に蝶が羽を広げるように一対の刃がついているバトルアックスに対して、こちらは片刃。トマホークと呼ぶべきだろうか。

 もう一人のサイクロプスは、ああ、コイツは機動実験で戦りあった以来に目にするな、小柄なドワーフと並べば、その大きさもより一層に引き立つ。

 実際の大きさは2メートルの半ばといったところか、オークのようなボディビルダー体形ではなく、でっぷりと腹の出た横綱体形。縦にも横にもデカくて、より一層に大きく見える。

 そんな太めの一つ目巨人が握るのは、その身長よりもさらに長い柄を持つハルバードだ。

 槍の穂先と斧の刃の両方を組み合わせた独特の形状の刀身は、様々な攻撃を繰り出すことができるのだが、その分、扱いは難しい。

 果たして狂った頭で使いこなせるのだろうかと僅かながら疑問を抱くが、サイクロプスが力任せに叩き付けるだけなら、木の棒でも殺傷力は得られるのだ、刃の形など些細な問題だろう。

 オーク、ドワーフ、サイクロプス、三者とも人間を遥かに越える腕力の持ち主である。

 力自慢の種族三人組が繰り出す一撃の三重奏は、まさに大地を割らんばかりの勢い。

 俺の選択は再び回避、だが、後ろにではなく、前だ。

「二連黒凪」

 飛び込むのは、三人の中で最も大きな体格を誇るサイクロプスの懐。

 ラースプンの剛腕を潜り抜けて斬りつけた時と同じく、前へ飛び込んで回避すると共に通り抜け様に攻撃、使った武技も同じ。

 まず右に向かって繰り出された一撃目の黒凪は、岩を思わせる灰色の体を持つサイクロプスの右脇腹を深々と切り裂く。

 俺と同じような黒革のズボンをはいているだけで、コイツの上半身は裸。いくら筋肉と脂肪の分厚い装甲を誇っていようが、それだけで呪いの刃を防ぐ硬度などありはしない。

 鉈の切先は腹筋を裂き、あばら骨を断ち、臓腑を散々に蹂躙してから体を通り抜ける。

 次の瞬間には、切断面から襤褸切れのようになった内蔵が鮮血のシャワーと共に勢いよく飛び出すだろうが、その前に黒凪の二連撃目は振るわれている。

 左方に向かって迸る呪いのオーラを纏いし刃の向かう先には、こちらの動きを目で追い切れていないドワーフの頭がある。

 種族の象徴とも呼べる長く厚い髭の束は、さながら獅子のタテガミのように雄雄しく、また、首元を守るのにも役立つだろう。

 だが、この『絶怨鉈「首断」』の刃を止めるには、些かどころではない防御力不足だ。

 鉈からは歓喜の声をあげるように、不気味な唸りが風切り音に紛れて聞こえてくる。

 斬らせろ、首を斬らせろ、敵は殺せ、一撃で殺せ――斬首を求めて止まない呪いの刃は、止まらない、止まるはずもない、俺に止めるつもりもない。

 生い茂る森のような髭を伐採し、切り株の如き太い首も、薪を割るよりも鉈は容易く斬り落としてみせる。

 かくして、黒凪の二連撃はサイクロプスとドワーフを同時に斬殺せしめた。

 両者の脇を俺はすでに通り過ぎ、背後では盛大に流血しながら地面に崩れ落ちる大小の人影があることだろう。

 振り返れば、予想通りに二つの死体が自ら作り上げた血の海に沈んでいる様子が見えた。

 だが、俺は確認のために振り向いたのではない。

 背後から隠す事無く殺気を放ちながら攻撃してくるヤツを迎え撃つ為である。

 それは、先ほどオークの後ろに隠れながらレイピアを突き出してきた、呪われても尚、狡賢く立ち回るエルフの男だ。

 俺から一拍遅れて同じルートを辿ったのだ、その身はサイクロプスとドワーフの血に塗れていた。

 武技を放ち終わった瞬間を狙ったのだろう、後の先としては基本にして理想的なタイミングでもある。

 事実、俺には目前に迫るレイピアを鉈で弾くことは出来そうもない。ついでに、最短距離を最速で走る突きを完全に回避しきるほどの余裕もない。

 ならばこの一撃を受けるか――いや、まだ手はある、より具体的に言うならば、鉈を握っていない左手が空いているのだ。

 フェイントは無し、先と同じく素直に心臓を狙う一撃必殺の一突き。

 だからこそ、軌道も読みやすい。

「――っと!」

 迫るレイピアの刀身を左手で鷲掴む。

 素手だったら指を切り落とされるだけだったろうが、俺の手は何かとうるさい黒髪メイドによって守られている。

 刃を掴み取った今も、頭の中では「ご主人様のお手手は私が守ります」云々と声高に叫んでいる。

 お手手って、俺は子ども扱いかよ……まぁいい、グローブが頑張ってくれたお陰で、俺の手は無傷だし、ついでに髪の毛と同じ細さの『影触手アンカーハンド』の展開によって刀身を瞬時に絡めとり、完全に突きを止めることに成功した。

 一度止めてしまえば、腕力に劣るエルフでは押し切ることはできない。

 俺は掴んだレイピアをそのまま横に押し退けると同時に、右手一本で鉈を振りぬく。

 エルフの細い首を断ち切るのに、武技など必要ない。

 軽く薙いでやるだけで、一本の雑草を刈り取る鎌のように簡単に切り落とすことができた。

「次はオーク――いや、その前にガーゴイルか」

 背中に翼を生やす悪魔の種族であるガーゴイルは、その見た目に違わず飛行能力を持っているようだ。

 それほど長時間かつ高速での飛行は出来ない、と知識では知っているが、空飛ぶガーゴイルと戦うのは初めての経験である。

 一応、機動実験で空を飛ぶタイプのモンスターと戦ったことはあるのだが、まぁ、何と言うか、戦いづらいの一言に尽きるよな。

「おっと!」

 そんなこんなで、オークに先んじて空から襲来したのは、世間一般で悪魔のイメージにあるようなデカいフォークの槍、改め、三叉槍トライデントを携えたガーゴイルである。

 脳天から串刺しにしようと、石像がそのまま動き出したような姿の悪魔が三本の穂先を向けて降って来る。

 頭上という死角からの攻撃とはいえ、凄まじい殺気と怨念の感覚、おまけに、

「キョォワァアっ!」

 と耳障りな甲高い奇声付きでやって来られれば、直前に察知して回避は十分に可能だ。

 横にステップしてトライデントの着地点から瞬時に逃れる。

 翻ったコートの端が引っかからないかとヒヤリとするが、別にちょっとくらいなら破れても再生するのだから問題無いかと思い至る。

 そんなつまんない事を考えた所為か、反撃を叩き込むのが僅かに遅れた。

 俺が鉈を振るった時には、すでにガーゴイルは再び空へ舞い上がる。

「逃がすかよ」

 丁度、ヤル気に満ちているメイドもいることだ、是非とも彼女に活躍してもらおうじゃないか――「お任せ下さいご主人様っ!」

 左手を空に掲げれば、そのまま腕が伸びていくような感覚で『影触手アンカーハンド』がガーゴイル目掛けて飛んでいく。

 呪いの黒髪で編みこまれた三本のワイヤーは、それぞれ意思を持つ触手モンスターのようにガーゴイルの足先に絡みついた。

「ギイッ――」

 天国へ逃げ出した罪人を再び地獄に叩き落すかのように、いいや、真実、このガーゴイルはこれから地獄へ落ちることとなる。

 地獄の前に、まずは地面にであるが。

影触手アンカーハンド』に空中から勢いよく引き摺り下ろされたガーゴイルは、鈍い音を立てて硬い土のグラウンドへと激突する。

 かなりの衝撃で叩き付けられたはずなのだが、それでもやっぱり呪いの武器を手放さないのは流石と言うべきだろう。

 ただ、そうするだけで精一杯なようで、墜落のダメージを回復し、即座に反撃に移るほどの余裕はないようだ。

 こうして、俺が大上段に鉈を振り上げていても、ガーゴイルはピクリとも動く様子は見られないのだから。

 石像のような外観をしていても、ガーゴイルの内側にはちゃんと血肉があるようだ。

 実際に皮膚にあたる部分は石で出来ているので、人間と比べればずっと硬いのだが、この鉈を使えば首を斬り落とすのに、どちらもそう大差はない。

 さて、残るのはオーク一体だけなのだが、まぁ、これだけの行動をしていて、いくら鈍重な斧装備の戦士クラスだとしても、三度目の攻撃を加えるには十分すぎる隙になっている。

 ようするに、ガーゴイルを斬首した俺の背後で、すでにオークが大きな両刃のバトルアックスを振り上げているのだ。

 流石に、真後ろに立たれた相手を今の鉈を振り切った体勢から斬るのは難しい。

 うん、それなら、もうこの辺で鉈の出番を終えてもいいだろう。怒りもすでに治まった、というか、気は済んだ。

 至近距離でオーク一体を仕留めるだけならば、追加の剣は一本で足りるだろう。

 折角だから、さっき入手したヤツを使わせてもらおうか。

「貫け、魔剣ソードアーツ

2012年10月10日


 バトルアックスとトマホークの形が逆では? という指摘がありました。トマホークは両刃ではなく片刃の斧だと私も確認しましたので、文章をバトルアックスが両刃、トマホークが片刃、となるよう修正しました。

 曖昧な知識をそのまま書いて、とんだ矛盾となってしまいました。申し訳ありませんでした。

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