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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第283話 無銘(ネームレス)(2)

「ふんぶるぐいぁああぇえあおおっ!!」

 と、口角泡を飛ばして絶叫しているのは、つい先ほど俺に無銘ネームレスの意味を教えてくれたイケメンエルフだ。

 細い眉は限界以上に釣りあがり、目は血走り半分白目、飢えた犬のように歯を向き出しにしては舌を垂らして荒い息を吐く。

 今やその美貌は見る影もない。

「やっぱり、止めておくべきだったか……」

 颯爽とアリーナへ出陣していったエルフは、意外にも鋭いその剣戟でつい先ほど呪いにとり憑かれたばかりのリザードマンを仕留めたところまでは良かった。

 華麗に無銘ネームレスの剣を奪い取った次の瞬間に、彼はリザードマンと同じ末路を辿ることになったのだ。

「ぶぅうぇえええええええええいっ!」

 そしてこの有様である。

 なんとも酷い、と頭につけたくなるところだが、もっと酷いのは観客である。

 秀麗な色男エルフが醜く呪いにとり憑かれた様は、リザードマンよりも好評だったようで、会場の盛り上がりは上昇の一途を辿っている。

「さぁ次に登場するのは、最近急激なランクアップを果たしてギルドで密かな話題となっているランク3冒険者パーティ『エレメントマスター』所属、黒魔法使いクロノ選手でぇーっす!!」

 密かな話題になってるとか初めて聞いたぞ。思わぬ事実なのか盛り上げる為のウソなのか判別はつき難いが、まぁ、今はどちらでもいいだろう。

 会場に響き渡る熱い男のアナウンスを聞きながら、脇に立っている係員が俺にアリーナへ行くようGOサインを出す。

 ここは、戦いの舞台へ続く選手用通路だ。

 三歩先にある入り口を潜り抜ければ、アリーナの中央付近で咆哮を上げている狂ったエルフは即座に俺を認識し、襲いかかってくるだろう。

 この入り口、いや、アリーナの全方位取り囲むように結界、しかもダイダロス城壁の結界のように透明なヤツ、それが敷かれているので、その内側に立ち入らない限りは呪いに狂った者が襲うことはありえない。

 認識阻害の魔法と、他にも遠距離攻撃が客席へ飛んでいかないよう強固な防御魔法も施されているに違いない。

 ともすれば重要な城塞に施されてしかるべき高度な結界だが、何というか、剣闘にかけるスパーダ人の情熱が伝わってくるようである。

 それはさておいて、今はさっさと試合を終わらせてしまおう。

「行くぞ」

 そう小さく呟いてから、俺は一気にアリーナまで駆け抜けた。




「さぁ次に登場するのは、最近急激なランクアップを果たしてギルドで密かな話題となっているランク3冒険者パーティ『エレメントマスター』所属、黒魔法使いクロノ選手でぇーっす!!」

 拡声魔法によって、歓声に沸く会場でもはっきり聞こえる大音量のアナウンスが発せられた瞬間、数万ある客席の一つに腰掛けるエリナは心臓の鼓動が高鳴った。

 それはギルドで密かな話題としている張本人だからではなく、もっと純粋に、自身の思い人を心配してのことである。

(クロノ君、本当に大丈夫かしら……)

 今、アリーナで振るわれている呪いの剣は、一回戦目から全ての相手選手を呪いに狂わせている。

 あのエルフの剣士はランク3冒険者で、その剣術は確かな技量があった。ついでに何度かナンパされたこともある。全部お断りしたが。

 ともかく、相応の実力を持つ彼でも、ああしてあっさりとり憑かれてしまっているのだ。いくら無銘ネームレスといえども、改めて呪いの武器の脅威を見せ付けられた思いのエリナであった。

(ううん、大丈夫、あの殺人犯の方がもっと怖かったんだから)

 エルフ剣士の狂いぶりは、エリナを恐怖のどん底に叩き落した連続殺人鬼ジョートを彷彿とさせるが、彼女はその一件を悪夢としてみることはない。

(クロノ君は絶対に負けたりしない!)

 そう心に決めたと同時に、アリーナに疾風の如く、一つの黒い人影が踊りこんだ。

 地上一階に相当するアリーナからこの二階観客席までは、会場の大きさも相俟ってかなりの距離はあるのだが、アリーナ全面を囲う結界には、観戦するにうってつけの魔法も組み込まれてある。

鷹目ホークアイ』のように視力を底上げするタイプではなく、透明な結界の表面がレンズのように作用し、観戦する客によく見えるよう拡大表示されるのだ。

 故に、エリナの澄んだ空色の瞳にも、その人影の姿ははっきりと映る。

 黒髪と同じ色合いをしたコートを翻らせ、軽やかにアリーナへ現れたのは一人の男。

「きゃぁーっ! クロノ君、頑張ってぇー!!」

 第四試合の参加選手、クロノへとエリナはあらかんかぎりに黄色い声援を送った。

 無論、離れたアリーナに立つクロノにまで声が届くはずもない。この会場の騒々しさを思えば、客席の二つか三つ先くらいまでが限界だろう。

「何、あの女?」

「さぁ、あのクロノとかいう選手の知り合いなんじゃないの?」

 隣に座る若い女性客が、少しばかり白い目でエリナを見る。

(ふん、アンタ達なんかにクロノ君の魅力がわかって堪るもんですかっ)

 恥かしさよりも、クロノに対する思いのほうが強いエリナはそう憤った。

「顔はさっきのエルフの方が好みだわ」

「黒コートもダサいし」

(クロノ君の、魅力が、わかって堪るもんですかぁああああああああ!!)

 クロノの姿を酷評する女性客を、ギリギリと歯軋りしながら恨みがましく横目で睨むエリナ。

「頑張れーっ!」

 それにしても、素直な声援を送っている隣の子を見習って欲しいものである、とエリナは鋼の理性でもって溜飲を下げながら思う。

 その黒髪赤眼の子供は、男か女か判別のつかない中性的な顔立ち。だが、王立スパーダ神学校の男子制服を着ていることから、可愛い男の子であると判別した。

 定番の観戦アイテムであるポップコーンを片手に、元気な応援をクロノに送る姿を見て、エリナの心は癒される。

「さて、早くも第四試合になりました! 黒魔法使いという珍しいクラスのクロノ選手ですが、おっと、よく見ればクロノ選手、武器を所持しておりません! まさか僧兵モンクのように徒手空拳で戦おうというのでしょうかぁ!?」

 どこか白々しさすら感じるほど熱い実況の台詞だが、なんとなくポップコーンを頬張る隣の子を見ていたエリナの耳にはあまり入ってこなかった。

「さぁ、クロノ選手は一体どんな戦いを見せてくれ――」


 ボボンッ


 という、重なり合う爆発音がアナウンスを遮って闘技場に響き渡った瞬間、エリナは何事かと視線をアリーナへ戻した。

 そこには、右手で呪いの長剣を握るクロノと、つい今しがたまでその剣の持ち主であったエルフの男の死体が転がっていた。

 死体だと一目で判別できるのは、額から上の頭部がほとんど弾け飛んでおり、血と脳漿を派手に土の地面へぶちまけているからだ。

「……え?」

 何が起こったのか、という疑問を抱いたのは、どうやらエリナだけではないようだ。

 目を離していたのはほんの一瞬。ならば、その刹那の間に、クロノはどうやってかエルフから呪いの剣を奪い取り、かつ、その頭を吹き飛ばしたということになる。

 その決定的瞬間を、周囲の観客は確かに見ていたはずなのだが、誰もが、その時なにが起こったのか理解できなかったようだ。

 疑問は即座に、ざわめきの波紋となって場内を駆け巡っていく。

 クロノは勝ち名乗りを上げるでもなく、いつの間にか黒一色に変化していた無銘ネームレスの剣を自身の背後に伸びる影へ無造作に放り込む。

 空間魔法ディメンションなのだろう、影へと吸い込まれるように剣は消えていき、クロノは再び無手となる。

 そうして、そのまま何事もなかったかのように、踵を返して悠然と退場を始めた。

「え、なに、なんなの?」

 その疑問に答えられるものは、やはり誰もいなかった。




 呪いに狂ったエルフを仕留めるのに必要なものは、通常の魔弾バレットアーツである擬似完全被鋼弾フルメタルジャケット一発と、威力を抑えた榴弾砲撃グレネードバースト一発、合わせて二発の弾丸のみ。

 呪いの武器を確実に手放させるために、右手首に榴弾を、本体のトドメとして額へ魔弾を一発。

 かつて『呪鉈「辻斬」』にとり憑かれたゴブリンは、確実に魔弾、あの頃はまだ『ライフル』に『アンチマテリアル』だったな、ともかく、それを見切って回避、あるいは刃で弾くほどの超反応をみせた。

 グレードが低い無銘ネームレスなら、あれよりかは狂化バサークのレベルは低いと予想できる。

 ようするに、普通に撃っても当たるんじゃね? と思ったのだ。

 そして予想は的中、弾も見事に的中というワケである。

「あっけないもんだな」

 額から血を、後頭部からは頭蓋骨の中に収まっている全ての脳味噌をぶちまけながら倒れ伏すエルフの男を眺めながら、そんなことを呟く。

 俺の手には、すでに無銘ネームレスの剣が握られている。

 これは狙ってやったワケじゃない。榴弾砲撃グレネードバーストで吹き飛んだ剣が、たまたま俺の方へ弾丸ライナーの如く向かってきたのだ。

 そのまま突っ立ってれば顔のど真ん中に命中する軌道だったことと、回避したあと拾いに行くのも面倒だし、ということで、そのままキャッチすることにした。

 矢のような速さで飛来してきたが、伊達に俺は改造人間ではない。魔法の強化ブーストなんてなくても、飛んで来る剣の一本くらい掴み取るのは造作もない。

 その後は例によって例の如く、握った柄から頭に響く恨めしそうな声を黒化でムリヤリ黙らせて、そのまま影空間シャドウゲートへと収納。

 あまりにあっけない戦いの終幕に、観客達も不満なのかざわめくだけで、拍手の一つも飛んでこない。

 まぁいい、俺は別に彼らを喜ばせる為に参加したのではないのだから。

 こうして、俺の初めての剣闘大会は終わりを迎えたのでした、まる。

「……ん?」

 とは、いかなかったようである。

 退場しようと選手用通路の出入り口に向かって歩いていた俺だったが、不意に周囲から魔力の気配――いや、もっと単純に、何かが光り輝いているのが見えた。

 物凄く嫌な予感がするが、ここで振り向かないという選択肢はありえないだろう。

「なんか、似たような経験を前にした記憶が……」

 光の発信源は合わせて八つ。

 幾何学模様と異世界アルファベット文字を組み合わせた直径2メートルほどの円が、青い光で描かれている。

 それがどういう術式なのかはわからないが、魔法の効果は即座に理解できる。ようするに、召喚魔法サモンだ。

 そこから現れるのは、それぞれ異なる武器を携えた、人間、エルフ、ドワーフ、ゴブリン、オーク、ラミア、サイクロプス、ガーゴイル、と種族も異なる八人。

 彼らはみな一様に白目を剥き、鼻息荒く、涎をたらしながら唸り声をあげている。

 完全に狂化バサーク状態、そして、その原因は言わずもがな、その手に硬く握られている呪いの武器。

「おおぉーっとぉ! ここでアクシデントが発生しましたぁ! どうやら誤って控えの呪いの武器使い達がアリーナに解き放たれてしまったようですね!!」

 なるほど、これがサプライズってヤツか。

 わかっていても、このシチュエーションは嫌でも‘アレ’を思い出させるんだよな。

 円形の舞台に敵が一人、倒したと思ったら、増援が十人も登場しやがった。

 そう、俺が初めて黒魔法を発動させた、あの忌々しい機動実験だ。

「嫌なこと思い出させやがって」

 影空間シャドウゲートの中で、ドクンと脈動するように強烈な気配が伝わってくる。

 俺の怒りにこうも敏感に呼応してくるのは、アイツしかいない。

「いいぜ、久しぶりに俺の八つ当たりに付き合ってくれよ――」

 己の影に向かって手を翳せば、腹を空かせた猛獣が餌に飛び掛るような勢いで、漆黒の柄が現れる。

「――行くぜ、『絶怨鉈「首断」』」

 神はいつも、貴方を見ている・・・ポップコーン片手に

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