第278話 回復役(ヒーラー)
「それはダメですクロノくんっ!」
つい先ほども似たような台詞を冒険者ギルドで聞いたのだが、まさか、寮のラウンジでネルから再び言われるとは思いもよらなんだ。
昼休み、授業が終わってニコニコ笑顔でやってきたネルに、
「俺、明日この剣闘大会に出るんだ」
と自信満々にギルドで拝借してきた『呪物剣闘大会』のチラシを差し出したら、この台詞が返ってきたのである。
「いいですかクロノくん、呪いの武器は単純な実力だけでどうこうなるものじゃ――」
「ネル、こいつを見てくれ」
またしてもさっき聞いた内容の注意が出そうだったので、さっさと証明をすることにする。
足元の『影空間』から呼び出すのは、最近黒魔法の研究ばかりでしばらくご無沙汰だった我が愛剣『絶怨鉈「首断」』。
親も村人も追手の騎士も悉く惨殺せしめた彼女の怨念は、今日も刀身から赤黒いオーラとなって勢いよくブボボモワァっと吹き出ている。
前にウィルが言っていたのだが、どうやらこの如何にもヤバ気なオーラは、やっぱり本当にヤバいものらしくて、これを一目見れば誰でも「呪いの武器だ」と判別できるくらいのレベルであるらしい。
コイツは二回も進化しているし、なにより呪いの度合いがどれくらい深まっているのかというのは、使用者である俺自身が一番良く知っている。
そんなワケで、コレを見せれば一発で俺が呪いの武器使いであることを理解してくれるだろうと思ったのだが、
「きっ、きゃぁあああああああああああああああああああああああっ!!」
ネルを泣かせてしまった。
俺はそろそろマジで、不敬罪で処刑されるかもしれん……
「ご、ごめんなさいクロノくん、私、その……ビックリしちゃって……」
なんやかんやあって、何とか場は収まった。
これがもし人気のある校舎内であったなら、確実に収拾のつかない大惨事になっていたことだろう。
「いや、俺の不注意だった、すまない」
もう戦闘以外で呪鉈を出すのはやめよう、俺はそう硬く誓った。
「あの、それで、本当に『呪物剣闘大会』に出場するんですか?」
俺が呪いの武器使いであるということは、もうこれ以上ないほどに理解してもらえたはずだが、それでもネルは心配そうである。
「ギルドでも注意されたけど、そんなに危険な大会なのか?」
新たな呪いの武器が得られるとあって、戦力拡充が至上目的の俺にとっては渡りに船といえるようなクエストである。
「呪いの武器はどんな特殊な能力を秘めているか分からないんですよ。それに、とり憑かれた人は理性を失う代わりに狂化状態で、身体能力は大きく上昇しています」
殺人鬼ジョートの時は『悪食』の能力は判明していたからな、まだ対処の仕様もあった。
だが、あのパワーとスピードで、さらに未知の能力が隠されていれば、危険度はさらに増していただろう。
「クロノくん、お金を稼ぐだけなら、他にも沢山クエストはありますし、あんまり危ないことはしないでください」
危険じゃないクエストを選ぶ、というのは決して臆病な行為ではない。
生活のための職業冒険者であるならば、実力に見合った安全なクエストを選択するというのは非常に重要だ。
無論、中にはあの用心棒のルドラという男のように、戦いだけを求める者もいるが、この世界で活動する多くは職業冒険者であろう。
「違うんだ、ネル。俺は生活のために冒険者をやっているんじゃない、少しでも強くならなきゃいけない理由があるんだ」
「えっ、そうなんですか!?」
ネルには俺が真っ当な冒険者に見えていたのだろうか。
いや、そうとしか見えないだろう、冒険者コースに通いながらクエストもこなしていくのは、スパーダでは若年冒険者のスタンダードだ。
「あの、それって……」
聞いていいのかどうか迷っているのだろう、ネルはそわそわと落ち着かない様子、背中の羽もどこか不安げに揺れているように見える。
「俺には、どうしても殺さなきゃいけないヤツらがいるんだ」
十字軍総司令官、第七使徒サリエル。
どこまでもふざけた偽冒険者、第八使徒アイ。
そして、俺の仲間達を弄んで殺した、第十一使徒ミサ。
白き神の加護を宿す、人間でありながら超人的な能力を誇る『使徒』。俺はアイツらを倒せるだけの力が欲しい――否、絶対に手に入れるのだ。
「すまないが、それ以上は言えない」
だが、これは俺の問題だ。
ネルには簡単に打ち明けてよいものではない、友達なら、尚更だ。
「だから多少の危険は冒してでも、俺は呪いの武器を手に入れるために大会に出るよ」
少しズルイ言い方になってしまったかもしれないが、こうやって押し切るより他はない。
俺の事を大切なお友達と言ってくれたネルに隠し事をするようで、僅かながらの罪悪感が湧いてくるものの、全ての秘密を包み隠さず打ち明けるのが、何も正しい友情の姿ではないはずだ。
「ごめんなさい、余計な事を聞いてしまったようですね……分かりました、クロノくんを止めたりはしません」
どうやらネルも理解を示してくれたようで、心の中でホッと安堵する。
「でも、私にもお手伝いさせてくださいっ!」
「えっ?」
またしても、とんでもない事を言い出す人だな……いや、彼女の性格を思えば当然なのかもしれない。
「手伝い、と言っても、戦うのは俺一人だけだぞ?」
パーティを組んでいるとかいないとかではなく、純粋にこの『呪物剣闘大会』では、呪いの武器にとり憑かれた相手と挑戦者の一対一で戦う決闘方式が採用されているからだ。
そして、勝利すれば相手が使っていた呪いの武器を手にいれることができる。
上手く相手を倒せたとしても、呪いを制御することができなければ、そのまま新たにとり憑かれ、次なる挑戦者と戦うことになるか、あるいは封印されて来年の大会に持ち越されるか、ということになるらしい。
なんとも残酷な末路ではあるが、それでも参加するかどうかは自分の判断だ。少なくとも冒険者ギルドでの募集はされていたのだから、全て自己責任であることに間違いはない。
ともかく、戦いの場においては一人であることが前提条件、味方からの直接攻撃は勿論、強化系魔法での支援なども一切禁止である。
「うふふ、そのルールは知っていますよ。でも、剣闘士には試合後の傷を癒す回復役は欠かせませんよね」
「あ、そういえばネルのクラスは」
「はい、私のクラスは治癒術士ですから、治癒魔法にだけは自信があるんです!」
どうだ、とばかりに自信満々な表情で宣言するネル。
その大きな胸も、いつもより誇らしげに揺れている気がする。
「なるほど、回復役か……」
思えば、当然といえば当然である。
冒険者のクエストであれば、モンスターとの戦いを回避することも立派な手段の一つであるが、戦いそのものが目的である剣闘士はそうもいかない。
戦えば軽重に関わらず傷つき、疲労やダメージは肉体に溜まる。
現代の地球で行われているような、徒手空拳や防具と非殺傷武器の装備が前提条件の格闘技とは異なり、この異世界では本物の武器を使った文字通り命懸けの戦いが繰り広げられるのだ。
勝利したとしても、剣で一突きされていれば重傷、その場で回復魔法が施されなければ手遅れになる。
ネルの言うとおり、剣闘士には回復してくれる仲間のサポートが必須だ、生命線といってもよい。
今の俺にはリリィがいないのだ、頼りになる『妖精の霊薬』を持ってはいるものの、本人がいなければその場でできる処置も限られてくる。
彼女の申し出は、アイテムと唯一の治癒魔法である『肉体補填』しか持たない俺にとっては非常にありがたいものだ。
それに、ネルが直接戦場に立つわけじゃないのも安心できる。
「本当にいいのか? 大したお礼はできないけど――」
「いえ、お礼なんていりませんよ、だって私たち、お友達じゃないですか!」
友達じゃないか、とはありふれた台詞だが、何と言うか、いざこうして聞くと凄まじいありがたみである。
しかし、リリィといいフィオナといい、俺は女の子に助けられてばかりだ。いつかこの膨大な恩返しをしなければならないかと思うと、中々のプレッシャーだな。
今回はせめて、治療の必要がないほど圧勝して、安心させてやりたい。
「ありがとう、それじゃあ、よろしくお願いするよ」
「はい、私にお任せですぅ!」
クロノ「コイツを見てどう思う?」
ネル「すごく・・・呪われてます・・・」
2012年9月21日
前回の話で、剣闘大会のルールである『勝ち抜け戦』という表現が、分かりにくかった、ことをお詫びします。
『勝ち抜き』ではなく、一度勝ったら試合終了、大会から抜ける、という意味で『勝ち抜け』という表現にしました。
一応、後の話を読めば詳しいルールは判明するようにしたのですが、余計な誤解を招く表現をしたことをお詫びします。近い内に、修正します。申し訳ありませんでした。