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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第274話 魔法と料理の協力関係

魔弾バレットアーツ――」

 右手に握る『ラースプンの右腕』、その赤い刃の先端に、黒色魔力が渦を巻き黒々とした弾丸、否、砲弾を形成する。

 ただひたすらに硬質な物質化マテリアライズによって作り出される流線型の弾体、その内側にありったけの‘炎’を詰め込んでゆく。

 雷管代わりの起爆術式は最も単純な衝撃感知型、ようするに、当たれば爆発する。

「――榴弾砲撃グレネードバースト

 そうして完成した一発の砲弾は、30センチほどの大きなサイズでありながらも、通常の魔弾と変わらぬ速度で撃ち出される。

 速度の秘密は砲弾の後方から噴き出る黒いジェット噴射。

 現代魔法モデルにおける、属性を断続的に放出するブラスト系の術式を模倣することで実現した漆黒のブースターは、見事に砲弾を高速で飛ばす推進力を与えてくれる。

 かくして、轟々と黒煙の尾を引きながら飛翔する黒い砲弾は狙い違わず的へ命中。

 硬質な弾頭が的である赤色の人型スライムの胸元に大穴を空けて貫いた瞬間、『榴弾砲撃グレネードバースト』が内に秘める爆発力を解放した。

 この王立スパーダ神学校の野外演習場に爆音が轟く。

 それだけならば、攻撃魔法の試し撃ちをする演習場においては当然の現象だろう。だが、どうやら俺の起こした爆発は通常よりも大きかったようだ。

 黒炎の大爆発は俺が設置した人型スライムだけでなく、両隣にある的も一緒に爆風で吹き飛ばしてしまっていた。

 威力を見誤ってしまったか。ふっ、派手な魔法で申し訳ない。

 少し離れて左右に並ぶ魔術士クラスと思われる学生から、驚きなのか怒りなのか判別のつきがたい視線が俺へと突き刺さる。

 とりあえずは一言だけでも詫びようかと思った時に、

「クロノさーん! 大成功ですねーっ!」

 と、黄色い声援が俺へ届けられた。

「はい、ネルさんのお陰で上手くいきましたよ」

 適当な社交辞令で言っているのではない、この『榴弾砲撃グレネードバースト』は彼女が協力してくれたお陰で完成したのだ。

「凄い威力でしたねクロノさん、これで冒険者ランクが3だなんて信じられませんよ!」

 自分の事のように新魔法の成功を喜んでくれるネルさんが俺へと駆け寄ってくる、その大きな胸を揺らしながら。

 そして俺へ真っ直ぐ向けられる麗しきロイヤルスマイル。

 この瞬間、俺の隣にいる魔術士クラスの男子生徒の視線は、完全に敵意の篭ったものへと確定した。

 彼らが言わなくても、俺だって薄々感づいているよ。

 この三日間、学園のアイドルと呼んでも過言ではないネル・ユリウス・エルロードその人を、俺一人が独占するように行動を共にしているのだから。

 今日は白金の月23日、ネルさんが俺を訪れてきた時から三日が経過している。

 そしてこの三日間は、ずっと俺のところへ通い詰めであったりする。

 一つは、俺の魔法の研究開発に協力してくれる為に、もう一つは、俺に料理を習う為に。

 いわば、今の俺とネルさんの関係は、互いに必要な事を教えあう、ギブアンドテイクな関係になっているのだ。




「やっぱり、お料理には作る人の独創性が必要ですよね!」

「いえ、素人には必要ありません」

 俺は決して、料理が得意と言えるほどの腕前はない。

 高校生としてはチャーハンなどの簡単な手料理を作れるくらいだし、冒険者としては最低限の調理技術を身につけているという程度。

「お料理は火力が命、ですよね!」

「黒焦げになるだけです、やめましょう」

 だが、それでも料理の基本、常識というレベルは十分に持ち合わせている。

「お料理は色んな隠し味が――」

「余計なことはせず、レシピ通りに作ってください」

 まぁようするに、そんな俺でも、

「お、お料理は、愛を篭めればなんでも美味しく……」

「幻想です」

「うぅ……」

 料理のイロハから覚えねばならないネルさんには、俺の調理知識でも十分に教えられるのだ。

 とりあえず、サンドイッチは安全に作れるよう指導しよう――と決意してから三日が経ち、

「うん、何とも普通なタマゴサンドが……ついにやりましたねネルさん!」

「はい、クロノさんのお陰です!!」

 ついに、無難な出来のサンドイッチの完成に至る。

 寮の広さだけはあるキッチンにて、俺とネルさんはハイタッチを交わして喜びを分かち合う。

 三日とはいえ、ここまで中々に厳しい道のりだったと思う。

 ネルさんの台詞から、すでにして彼女の料理観は推して計るべしなのだが、真の恐怖は実際に料理をしてからである。

 すでにして魔法のある異世界での生活に馴染んだと断言できる俺ではあるが、まさか、料理をするのに魔法を使うとは予想外だった。

 いや、この言い方は少し語弊があるか。調理に魔法を使う事は普通にある、火にかけたり、水で洗ったり、そうそう、冷蔵庫代わりに氷結の術式を刻んだ箱なんて便利アイテムも存在する。

 それで何が問題なのかと言うと、魔法を食材そのものに使う、という事だ。

 つまり、俺が調理する食材に『黒化』を仕掛けるようなものである。一体、誰がそんな怪しげなもんを食べようと思うだろうか。

 だがしかし、ネルさんは魔法をかければ美味しくなると本気で信じていたようだ。

 無論、その結果がパンの間に挟まっていた暗黒物質ダークマターの誕生である。

 いや、マジでアレの味は未だに思い出すだけでも、

「……恐ろしい」

「クロノさん、どうかしましたか? お腹空いたんですか?」

 まぁいい、それも今は昔の話である。

 ネルさんはこうして真っ当な料理道を歩み始めたのだ、これからは素直に彼女の上達に期待しよう。

「そうですね、それじゃあ早速、いただきましょう」

 弟子の成長を見守る師匠のような心持ちな俺ではあるが、あえては言うまい。

 ここはただ、少しばかり不恰好だが確かに普通のサンドイッチを食すとしよう。




 翌日、白金の月24日。

 ネルさんの手料理を昼食にするのも、早いもので四日目である。

 明日からでも、サンドイッチ以外の料理に挑戦してもらうのもいいかもしれない、いつまでもタマゴサンドばかり食べるのもアレだしな。

 昼食のメニュー的に考えれば、次はスープが欲しいところだが……いや、まだ早いか、彼女ならとんでもないモノで出汁をとる可能性がある、スケルトンの骨とか。

 それならば、野菜を盛り付けるだけのサラダにした方が無難だろう。

 うん、よし、これでいこう、明日からはサンドイッチに野菜サラダがつく、いかにも軽食らしくて良い組み合わせだ。

 そんなことを考えながら、午後の授業が終わり真っ直ぐ寮への帰路へつく。

 俺が出席した基礎薬学の授業は初心者冒険者に人気だが、未だに冒険者コースの生徒に友人はいないので、当然のように教室を出るときは一人。

 しかしながら、俺の顔と名前は食堂の一件で売れてしまったようなので、ちらほらと好奇の視線を感じることもある。

 中には殺気一歩手前の恨みがましい視線も。

 だが勿論「なぁに見てんだコラぁ!」とイチャモンをつけることはしない、これ以上の汚名なんて被りたくはないし、そこまで心の狭いチンピラ根性も持ち合わせていない。

 それはさておいて、こうして学内を一人歩きのワケだが、放課後にちゃんと人と会う予定があるお陰で、寂しさなどは感じない。

 無論、その会う予定の人物はネルさんである。

 昼は俺が料理を教えたが、放課後はネルさんが魔法を教えてくるのだ。

 脳内で自動翻訳されない単語が存在する所為で現代魔法モデルの習得不可能と思われたが、テレパシーを使うことで、直接その意味やイメージを伝えてくれる。

 もっとも、単純に彼女の教え方が良いというのもあるが。

 現代魔法モデルについて最も博識なのはフィオナであるのは間違い無いが、その才能ゆえか、他人に教えるのは苦手なようである。

 一体誰があんな擬音語オンリーの解説を理解できるというのか。

 リリィも結果的には現代魔法モデルと同じ魔法が使えるのだが、それは全て固有魔法エクストラによるものなので、実際に使用される術式は全く異なる。

 論理的に体系化されたわけではない、種族が持ちうる自然な能力そのものである固有魔法エクストラは、そもそも他人に教えるのは絶対に無理。

 人間が魚に対して二足歩行の仕方を教えるようなものだ、構造的に不可能なのである。

 ネルさんは種族こそ人間ではないが、真っ当に現代魔法モデルを習得している。それでいて本人も不器用なところがあって、努力しながら学んだという。

 ようするに、フィオナと違ってちゃんと‘出来ない人’の気持ちが分かるのだ。

 そんなワケで、たったの三日間ではあるが、現代魔法モデルに対する理解がかなり進んだ。

 しかしながら、どの原色魔力も一切存在しない俺の体では、どう頑張っても現代魔法モデルを本来の形で発動させることはできないのだが。

 魔法理論だけで魔法が発動できるなら、シモンは錬金術師では無く真の意味でのエレメントマスターを名乗れただろう。

 まぁいい、俺だって天才的な頭脳があるわけじゃないのだ、どちらにしろ魔法理論を完全に理解するのは無理そうだ。

 今だって、厳密に現代魔法モデルの術式を理解してはいない、だが、それで俺の黒魔法開発に役立ってくれているのだから、これはこれでOKだろう。

 少なくとも、念願の『永続エタニティ』もついに習得できたことだし、魔法学習の幸先としては上々だ。

 さて、今日は何を教えてもらおうか、なんて勤勉なようでいてどこか浮ついた考え事をしていると、

「こんにちは、クロノさん」

 ふいに、そんな声を背後からかけられた。

 台詞単体で見ればネルさんと同じ口調ではあるが、ここ数日で彼女の声はしっかりと覚えている。聞き間違えることはない。

 ようするに、これは別な女性の声であるということだ。

 しかし、ネルさんを除き、今この王立スパーダ神学校で俺の名前を呼ぶ女性というのに、全く心当たりがない。

 一体誰が――まぁ、答えは振り返れば即座に判明するだろう。

「ああ、エリナさん、こんにちは」

 果たして、答えは即座に出た。

 そこに立っているのは、スパーダ冒険者ギルド学園地区支部の看板受付嬢のエリナさんである。

「うふふ、本当に神学校で学生してるんですね、クロノさん」

 上品に微笑むエリナさんは、そのまま女性向けファッション雑誌の表紙を飾れそうなほど絵になっている。

 もっとも、スパーダにそんな雑誌があるかどうかは知らないが。

 どちらせよ、白いケープを纏い、丁寧に髪を結い上げた彼女の姿は、ギルドの制服とは異なる私服ならではの魅力を放っている。

 ああ、白ケープにこの髪型は、ジョートに襲われたあの時と同じか。

 うーん、やっぱり、ここまでファッションに変化があると、同一人物でもがらりと雰囲気が変わって――いや、そんなことよりも、

「はい、ついさっき授業が終わったところです」

 ここが学校内ということもあるが、今の俺が神学校の制服姿であることが決定打だ。

 本当は『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』をずっと着ていたいところなのだが、流石にこの夏場で厚い黒革のコート姿は少しばかり奇異に見られてしまう。

 せめて授業のある時間くらいはと、制服を着用するようにしている。

 まぁ、折角買った制服だし、活用しないと。

「それじゃあ、もう放課後なんですね。ちょうど良かった、クロノさん、少しお話しませんか?」

 いつもギルドの受付で見る笑顔よりも、三割増しに気持ちが篭っているような気がするのは、果たして俺の気のせいだろうか。

「いいですよ。けど、この後に人と会う約束があるので、あまり長くは話せないですけど」

「いえ、構わないですよ」

 そんなワケで、俺はエリナさんと連れ立って歩き始めるのだが、アヴァロンのお姫様に続いて、ギルドの人気受付嬢とのツーショットだ。

 道行く男子生徒の視線が痛い……

 

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