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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第267話 試作型ライフル

 お姫様の魅力的なお誘いを蹴ってまでやって来たのは、学校の演習場である。

 演習場、と言ってもこの王立スパーダ神学校おいては幾つか種類がある、闘技場コロシアムや野戦を想定した山野、果ては遺跡系ダンジョンを模した地下施設なんてものまである。

 そんな中でも俺がいるのは弓や攻撃魔法を試し撃ちする為の場所で、そう大げさな設備があるわけではない。

 適当な距離を隔てて的になる人形が立っているだけで、あとはただグラウンドのようにだだっ広いだけの屋外空間である。

 一応、周囲を囲む土砂の壁と防御結界が展開されているので、俺が魔弾をフルバーストしても流れ弾の危険はない。

 さて、ここで俺を待っている人物は、

「あ、お兄さん新しいローブ買ってきたんだ。っていうか、コート?」

「むむ、なにやらただならぬ気配をそのコートから感じられる。はっ、それはまさか遥か古の時代に葬り去られた忌まわしき悪魔の――」

 シモンと、何か壮大な設定を一人語りするウィルの二人だ。

 学内である以上、その格好は当然制服姿。ウィルは幹部候補生の証たる赤マントもしっかり装備している。

「『悪魔の抱擁ディアボロス・エンブレス』だ。どうよ、似合ってる?」

 ちょっと自慢げに胸を張って、この素敵な黒コートをアピールする。

「うん!」

「なにぃいい、まさか本当に悪魔系素材の防具とは!?」

 これでいて、実は博識なウィルが一番このコートの凄さを理解してくれたようだ。

 どこで買っただの、幾らしただの、答える度にとるリアクションが面白い。

 まぁ、普通に考えたら上層区画の店でなければ買えない高級品のはずだ、学校近くの店で無料譲渡とくれば驚くだろう。

 だが、驚くのはウィルばかりではなく、俺の方もそうである。

 なぜなら、この二人は揃って同じ銃を肩にかけているのだから。

「それで、ソイツが試作型ライフルってヤツか?」

「うん、ついさっき受け取ってきたんだ。今から試射だよ」

 そう、これが本題である。

 シモンが銃の量産化計画を立ち上げた一ヶ月以上前のあの日から、ひっそりと開発を続け、ついに今日、その試作型が完成したのだ。

「見せてもらっていいか?」

 勿論、と快く、それでいて自信満々に答えるシモンからライフルを受け取る。

「……凄いな、もうこれは本当に普通のライフル銃だぞ」

 より厳密に言うなら、ボルトアクション式小銃、と呼ぶべきだろう。

 戦争映画などで、兵士が手でレバー、遊底ボルトという部品だが、それをガチャリと引いて弾丸を装填するシーンがあれば、それがボルトアクション式の小銃だ。

 この試作型ライフルは、かつて銃マニアの友人が見せてくれた、太平洋戦争で日本軍が使っていた三八式歩兵銃のモデルガンを彷彿とさせる。

 単純にこういう形の銃は現実に多く存在するので、もっと似ているモノはあるのかもしれないが。

「これは本当に遊底ボルトを引けば装填できるのか?」

「ちゃんと作動するかは、試してみてからね」

 とは言うものの、シモンの表情は成功の確信に満ちている。

 果たして、この天才錬金術師は本当にフリントロック式並みの単発銃から、一足飛びにボルトアクション式の手動連発銃の開発に成功したのかどうか、確かめさせてもらおうじゃないか。

 期待を篭めて銃を返すと、

「それじゃ、僕の研究成果、見ててよね!」

 シモンは的となる人形が立つ方へ向くと、そのまま堂に入った動作でライフルを構えた。

 的の人形はスライムが人の形をとったような赤いゼリー状の肉体をもっている。

 そのゼリーは丁度人間の肉体と同じ程度の硬さであるらしく、矢や魔法の他にも、剣で切ってよし、槍で突いてよしの理想的な的。

 ついでに、この赤色が血肉を思わせ現実での殺傷に対する抵抗力もつくとかつかないとか。

 ちなみにこれは野生のスライムを原材料にしているワケではなく、召喚術サモンを応用した魔法具マジック・アイテムによって自動生成される。

 もっとも、一体あたりタダというわけにはいかないが。

「じゃあ、撃つよ」

 俺が応えると同時に、試作型ライフルの銃口からマズルフラッシュが閃き、乾いた発射音が響いた。

 暴発することもなく発射された弾丸は、そのまま真っ直ぐ飛んで行き、人形スライムの頭部にヒットするのが見えた。

 あれが本当の人間であったなら、血と脳漿を撒き散らして地面に倒れていることだろう。

 人形スライムが赤いゼリーを吹き出す様は俺が撃ち殺した十字軍兵士と重なる。

 そんなことを思った瞬間、ついにシモンが遊底ボルトに手をかけて、内部の固定弾倉から薬室へ次弾の装填と薬莢の排出を行った。

 ほとんど予想通りの、ガチャリという金属音と共に異世界版ボルトアクションは正常に作動し、


 パァン!


 と、見事にリロードした弾丸を発射。

 そのまま、シモンは同じ動作を三回繰り返し、試射を終えた。

 合計で五発発射された弾丸は、一発も的を外す事無く命中していた。

「凄いなシモン、完璧じゃないか!」

「でしょっ!」

 思い描いているイメージ通りの銃の出来を見て、半ば興奮気味にシモンとハイタッチ。

 俺の拙い知識を元に、こうも早い期間でボルトアクション式小銃を造り上げた錬金術師の天才ぶりを褒め称えるが、

「なんだウィル、やけに面白くなさそうな顔してるな」

 俺とシモンの喜びを共有できていない友人が一人。

「いや、新型の銃というから期待していたのだが、なんというか、その、地味なのだな」

「は?」

 ウィル、お前は今、地球のガンマニアと銃器メーカーと全米ライフル協会を敵に回したぞ。

 シモンも「あーあ、コイツなんにも分かってねーな」みたいな顔してるし。

 そして、なにより銃撃を「地味」とか言っちゃうその感性は完全に俺の心の地雷を踏んだぞ。

「地味ってなんだよ、ちゃんとボルトアクションは作動して完璧なリロードだっただろ」

「あのガチャガチャやっていたやつか?」

「そうだ、この機構のお陰で素早い次弾の装填が出来るんだ。いいか、銃口から弾を入れるような初期型じゃあリロードが上手くても一分近くかかる。そこを、ボルトを引くワンアクションで済ませて素早い射撃ができる、これは銃の歴史において技術的ブレイクスルーなんだぞ、その凄さが分からないのか!」

 ボルトアクションは次の、というより現代の主流となる自動小銃が登場するまでは世界中の歩兵が装備した代表的な方式だ。

 現在でもボルトアクションはオートマチックと比べて単純な構造から、精度、整備、耐久などの面で優位性があり、精密射撃の適正から狙撃用、狩猟用、競技用と使われ続けている。

 言うなれば、今日この日、異世界の銃技術は地球の現行技術に僅かながらも確実に追いついたということだ。

「だ、だがしかし、爆発するわけでもないのだろう?」

「爆発したり光ったりすれば偉いってもんでもないだろ!? 大事なのは相手を殺すに足る必要最低限の殺傷力を得られるか否かだ! その合理性を地味とか言うんじゃない!」

「ああ、その……済まない、俺が悪かった」

 思わず素で謝罪するウィルに、ようやく理解を示してくれたかと安堵する。

「分かってくれて何よりだ、それじゃ、ウィルもこの銃を試し撃ちしてその素晴らしさを体感してくれ」

「そ、そうだな」

 快い返事をくれたウィルは、ちょっとぎこちない構えを取りながらも、先のシモンと同じように50メートル先の的に銃口を向けた。

「ふぅ、何だか熱くなってしまったぜ」

「でも、やっぱり銃の良さを分かってくれるのはお兄さんくらいだよ」

 と、満足そうな笑みを浮かべるシモンに、俺もまた笑顔で応える。

「いや、これからきっと銃の威力を認めるヤツはどんどん増えていくぞ。なんたって、天才錬金術師が凄いのを造ってくれたんだからな」

 と、シモンの灰色の髪をワシワシと撫で回す。

少しばかり気恥かしそうな表情だが、俺の賛辞を受け取って素直に喜んでくれている。

「で、でもほら、実戦で使えるかはこれからだし、今回はより複雑な機構を組み込んでるわけだから、耐久性も不安だし」

「確かに、そこは実際に使ってみて、不具合があったら改良していくしかないよな」

 ボルトアクションはあくまで自動小銃と比べた上で構造が単純、と呼べるのだ。剣や弓とは比べようも無いほど複雑な構造をしているのは一目見れば分かる。

 とりあえず今の段階では問題なく射撃できている、後ろでウィルがパンパンと撃ち続けているので、そこは証明済み。

 だが、これを風雨に晒し、泥に塗れ、時には思わぬ衝撃が加わり、と実際に屋外での戦闘に用いた場合、果たしてこのボルトアクションは正常に動作し続けるのかどうかというのは重要な点だ。

 これまでの単発式ではほとんど起こらなかった弾詰まり、ジャムるなどと呼ばれる現象をはじめ、予期せぬ動作不良が起こる可能性は十分ある。

 それ以外にも実際に使ってみることで、取り回しなど改良点は多くでてくるだろう。

 そういった部分はやはり試行錯誤を繰り返し改善してゆく他は無い、何と言っても、この異世界においてはシモンの銃が最初の一丁であって、参考に出来るものは無いのだから。

 もし元の世界に一時的に戻ることが出来れば、米軍基地からM4カービンの一丁でもパクってきたものを……いや、無いものねだりをしても仕方無いか。

「とりあえずは、このボルトアクション式を実戦向きに改良していく方針か?」

「うん、オートマチックの方は、流石にちょっと難しいよ。それに、出来たとしてもパーツは多いし細かいし、ちゃんと生産できるかどうか不安だね」

 流石に自動小銃の製造はかなり先になりそうである。

 もし俺がもっと銃に詳しい、あるいは自衛隊に入隊して89式小銃の分解清掃でも経験していれば、詳しいパーツの形状も覚えられたかもしれないが。

「いや、槍と弓で武装した十字軍歩兵を相手にするだけなら、ボルトアクション式でも十分だ」

 もし上手く生産出来たとすれば、単純に太平洋戦争当時と同じ水準の装備を兵士にさせることができる。

 もっとも、機関銃など他の銃器もなければ、完全に同じとは言えないが。

「そういえば、見たところ弾は完全に新規で造ったみたいだな」

「うん、毎回お兄さんに作ってもらうワケにはいかないからね」

 弾丸は丸い鉛玉から、完全に薬莢のついた円錐状の形となっている。

 この弾丸一つとってみても、俺でも造れる弾頭部分と、火薬の詰まった薬莢部分と二つ以上のパーツで構成されている。量産体制の整っていない為に、一発造るのにもそれなりに高くなるだろう。

「結局、これ一丁造るのに幾らかかる?」

「えーと、大体100万クランかな、弾も含めて」

 なんと呪いの武器が一本買えるお値段である。

 いや、全くのイチから造ったと思えば安いといえるのか、いや、どちらにせよ問題なのは、

「待て、ソレが二丁あるってことは200万クランもどっから出したんだ?」

 俺は以前シモンに約束したとおり、ある程度の金を開発資金として渡している。

 ジョートの懸賞金も半分近く渡して、まぁ、これのお陰で鎧を買う時にリリィとフィオナの折半になってしまったのだが、さておき、それなりにまとまった金額がシモンの懐に入ったはずではあるが、200万クランには届かないはずだ。

「二丁目の方はウィルが買ってくれるって」

「おお、流石は王族だな」

「分割払いで」

 どうやらスパーダ国民の血税は王子様の装備には使われないようである。

 果たして、ウィルが在学中に100万クランを一人で稼げるかどうかは疑問だが、とりあえず友人として頑張れとエールを送っておこう。

「けど、それじゃあ結局手元に200万必要じゃないか。どこから捻出した?」

「ああ、それはリア姉が学費にって渡してくれたお金を使ったよ」

 あっけらかんと言い放つシモン。何という事だ、学費を使い込んで全く罪悪感を覚えて無いぞこの子。

 いや、そもそも学費は自分で稼ぐ腹積もりだったのだ、姉から学費と言われて渡されたところで、素直に使う必要もない。だからといってあっさり別目的に使ってしまうのもどうかと思うが、義理的に考えて。

 だが、そのお金があったからこそ、俺にプレゼントしてくれた試作型銃も造れたんだろう。アレはどう考えてもこれまで俺がしてきた投資分で足りるとは思えない。

「まだ残ってるし、これから改良していく分には足りそうだよ」

「そ、そうか……」

 まずいな、シモンには早くお姉さんのお金に手をつけなくても済むだけの資金を投資せねば。

 とりあえず、今日使い切るはずだったローブの購入資金を後で渡しておこうか。

「あ、そうそう、今回から銃には‘アレ’を実装したよ」

 と、シモンがやけに気になる言い回しをしながら取り出したのは、一本のダガーナイフである。

 シンプルなデザインながらも、大振りで抜群の切れ味を思わせる鋭い輝きを宿す刃。

はて、どこかで見たような記憶が……

 なんて逡巡している内に、シモンは手早くそのダガーナイフを試作型ライフルの銃身に装着した。

「おお、銃剣か!」

「うん、これはアイデアさえ聞けばすぐ出来たからね」

 一見すればこれほど分かりやすい機能もないだろう。銃身の長いライフルの先端部に刃物を装着すれば、それだけで接近戦に対応できる短槍ショートランスの出来上がりだ。

 流石はシモン、俺の雑多な話の中から利用できるものをきっちりと拾い上げて実現している。

「けど、コレを使うってことは、敵が目の前に来てるってことだから、出来れば使う機会が無ければいいな」

「あはは、そうだね、でも――」

 シモンは銃身に装着したダガーナイフの煌きを、どこか眩しそうに見ながら言葉を続けた。

「このスースさんのダガーナイフなら、また僕を守ってくれそうな気がするんだ」

 ようやく合点がいった。

 どこにでもあるようなデザインであるが故にすぐ分からなかったが、言われればはっきりと思い出せる。

 そのダガーナイフは確かに、アルザスの河原で数多の歩兵と重騎士の喉を切り裂いた一品であることに。

「ああ、そうだな、きっとまた守ってくれるさ」

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