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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第262話 クロノには言わないで

「すぅー、はぁー」

 フィオナは先ほどからそんな深呼吸を繰り返している。

 これが柔らかな木漏れ日が差し込む森林であったり、爽やかな微風が吹きぬける草原だったりすれば、その行為は実に清清しい健康的なものであったと言えるだろう。

 だがしかし、

「すぅー、ふぁー」

 ここは寮の一室、フィオナはいつかクロノも見た黒い下着姿でベッドに身を投げ打ち、時折身を悶えるようにゴロゴロ転がったりしながら、胸に抱いた黒ローブに顔を埋めているのだ。

「んー、クロノさんの匂い……」

 うっとりするような声音を漏らしながら身を震わせるフィオナ。

 彼女が手にしているローブは、紛れも無くクロノが今日の朝まで着用していた見習い魔術士のローブだ。

 盗賊討伐のお陰で結構な額の報酬が入ったので、クロノがローブを買い換えようかなと漏らしていたのを耳ざとく聞いていたフィオナは、これ幸いにと見習いローブを譲り受けたのだった。

 元よりこのローブに特別愛着のあるわけではないクロノから、「付加エンチャントの実験に使いたいので、良かったら私に譲ってくれませんか」などと適当な理由を並べれば、至極簡単に入手することができた。

 ちなみにここでいう‘適当’とは、とってつけたような場当たり的なものではない。

 ローブに付加エンチャントをかけてみたのでちょっと着てみて下さい、というような流れにもっていけば、再びクロノにこのローブに袖を通させ、半永久的に匂いを持続させられるという寸法だ。

 この悪魔的な無限ループを考案したフィオナは正に魔女と呼んで然るべき、真っ当な人間ならそんなことはしない、という意味で。

「んふふ、クロノさん」

 愛する男の香りに包まれて幸せそうな顔を浮かべるフィオナだが、その姿はどこまでも不純であるといえるだろう。

 愛しい相手が身につけているモノまで特別に見える、欲しい、なんて思うのは、正に恋の病の症状の一つではあるが、今のフィオナはどちらかというと下着泥棒的なニュアンスが強い。

 どうにか彼女をフォローするならば、このローブは思いを自覚した切欠となったラースプン戦にて、鉈で斬られた後にクロノが優しく体にかけてくれた素敵な思い出の一品であると言い張れないこともない。

 だが、もしもクロノが今穿いている下着を入手できる正統な理由があったとすれば、フィオナは間違いなくそれにも飛びつくだろう。

 そう思わせるだけの説得力が、今のフィオナの痴態からは感じられてならない。

 そうして、心行くまでクロノローブとベッドの上で戯れているだろうと思われたが、

「フィオナ、いる?」

 ノックの音とともにかけられたリリィの声によって、彼女のお楽しみタイムは強制終了と相成った。

 そのはっきりとした口調から、すでに大人の意識でいることが窺い知れる、下手なごまかしはきかない。

「はい、今でますよ」

 フィオナはローブを脇に置いてあった三角帽子の空間魔法ディメンションへさっさと放り込み、クローゼットにかけてあった部屋着のケープを手早く纏って、ドアの鍵を開けた。

 すでにして、いつもと同じ眠そうな無表情に戻っている。

 恐るべき切り替えの早さ、つい先ほどまでとろけた表情で不純な行為に耽っていたとは全く思えない何食わぬ顔で、フィオナはリリィを出迎えた。

「……ん」

 リリィは幼女姿ではあるものの、格好は黒ワンピースでも制服でもなく、クロノがプレゼントした白プンローブであった。

 どうやら、今日は完全にオフであるらしい。

 そんな寝巻き代わりなリラックススタイルのリリィはしかし、入室すると同時に僅かに眉をしかめて呟いた。

「クロノの匂いがする……」

 ドキリ、と一瞬だけフィオナの鼓動が高まると同時に戦慄を覚える。

 よくもローブの残り香だけで感知できたものだ、獣人ならまだしも妖精の嗅覚など人間並みでしかない。

 まさか、この白プンローブを着ていると嗅覚がプンプン並みになる効果が、などとバカな考えが一瞬よぎる。

 だが、ここで動揺を表すわけにはいかない、なぜなら、すでにしてリリィの円らな瞳から疑惑に満ちた視線が向けられているのだから。

 ついでに、彼女が被っているフードの顔もジト目で睨んでいるように思える。

「そうですか、今朝、クロノさんが着ていたローブを‘実験の為に’譲り受けましたからね」

 折角、リリィの見ていないところで秘密裏(?)にクロノと交渉したというのに、こうも早く明らかになってしまうとは、とフィオナは内心舌打ちする思いだった。

 しかしリリィ相手に下手な嘘はつけない、それはある程度の心を防護プロテクトしていたとしてもだ。

「ふーん、実験の為に、ね」

「ええ、実験の為ですよ」

 少しばかり不穏な空気が二人の間に流れる。

「その割には、貴女の体からクロノの匂いがするんだけど? 何かやましいことに使っているわけじゃないでしょうね」

「まさか、ちょっと着てみただけですよ、着心地を確かめるために」

 前半部分は事実でもあった、フィオナはローブを実際に身に纏い、「こうしているとクロノさんに抱きしめらているように思えますね」なんて寝言をほざきながら喜んでいたのだ。

 無論、着心地というのは完全にとってつけた理由でしかない。

 だが、実際に着たことは認めても、その時どういう心情であったかは今この場で証明できるものでもない。

 フィオナはリリィの疑惑の矛先を逸らすために、ここで少しばかりの反撃をすることにした。

「そういうリリィさんこそ、クロノさんの左目を持っていますよね。何かやましいことに使っていたりしませんか?」

「なっ、なんでそれを!?」

 思わずあがる驚きの声、リリィの頭の上で揺れるウサ耳が自身の動揺をそのまま表しているかのようだ。

「子供の時は割りと注意力散漫ですからね、デレデレした顔で目玉入りポーション瓶を眺めているところをクロノさんに見られないよう気をつけてくださいよ」

「う、ぐぬぬ……」

 狡猾なリリィを知っていると、普段の子供状態は演技では、なんて思えるかもしれないが、あれは本当に思考能力が幼児退行してしまっているのだ。

 そんな状態では、多少なりとも隙を晒してしまうのも仕方ないだろう。

「クロノさんが自分の眼球をリリィさんが常に持ち歩いているなんて知ったら、どん引きするかもしれませんね」

「か、勘違いしないでよ、左目が必要になる時がくるかもしれないから、私が大事に保管してるだけなんだから」

 なるほど、一応の理論武装はしているかと半ば予想通りの切り替えしを聞いたフィオナは、この辺が落としどころと踏んだ。

「そうですか、では、リリィさんは責任を持って眼球を保管しているだけ、そして私は、ある魔法の実験の為にローブを利用しているだけ、どちらもやましいところなど何も無い、そういうことですよね」

「……そうね、変に勘繰って悪かったわ」

 やはり、大人のリリィは冷静で引き際をしっかりと心得ていた。

 無益な争いはせず、ここは大人しく二人とも黙ってクロノ由来の品を所持し続けていればよいのだ。

そして、それをどう使っているかなんてことは、本人が知らなくてもいいことなのである。

「貴女とはこれから‘二人旅’になることだし、余計な仲違いをしたくはないものね」

「いえ、こちらこそ、少し出すぎたことを言いましたね、すみません」

 とりあえず和解を果たした二人は、リリィがさり気無く言ったように、これから二人で行動を共にする予定であった。

 そしてそれが、リリィがフィオナの部屋へ訪れた理由でもあった。

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