第261話 盗賊討伐の報酬
「本当に、ありがとうございましたっ!!」
白金の月10日、俺たちエレマントマスターが盗賊討伐とグリードゴア探しを終えてスパーダの寮へ帰って来ると、出迎えてくえたのはシモンでもウィルでもなく、見ず知らずの少年であった。
だが、彼の隣に眼鏡の少女が立っていることから、どういう関係の人物であるのかすぐに見当がつく。
「どういたしまして、彼女が無事で良かったな」
そう応えると、少年は感極まったように泣き出す、震える声で感謝の言葉を何度も口にしながら。
「もう、そんなに泣かないでよエディ、なんか私の方が恥かしいでしょ」
「だ、だっでよぉぉおお!」
号泣する少年の名はエディ、彼はこの眼鏡をかけた少女の幼馴染にして、王立スパーダ神学校の騎士候補生であるらしい。
そして、シェンナという名の少女は俺たちが盗賊のアジトから救出した七名の女性の内の一人だ。
彼女がこうして無事に帰ってくるまで、エディがどういう思いを抱いて日々を過ごしていたのかは想像に難くない。
「あの、すみません、何かコイツが一人で大騒ぎしちゃって……」
困り顔でエディを小突くシェンナ、俺はそんな二人の微笑ましい様子に思わず相好が崩れる、苦笑を浮かべるとも言うか。
「いや、わざわざお礼を言いにきてくれたんだ、構わないさ」
「すみません、ありがとうございます」
そうして、お互いについて少しばかり会話を交わした後、シェンナはエディを引っ張るようにしてその場を辞した。
ちなみに、去り際にエディが、
「クロノさん! 何かあったら俺、力になりますんで、何でも言ってください!!」
と申し出てくれた。
「ありがとう、覚えておくよ」
「とりあえず、クロノさんがアヴァロンのお姫様を押し倒したっていう噂がデマだったって流しときましょうか?」
「あ、それはちょっと本気で頼む」
なにはともあれ、そうしてエディとシェンナの騎士候補生コンビは去っていった。
後は俺の悪い噂が治まるのを期待して……いや、そんなことよりもだ。
「全て元通りになったみたいだな、リリィのお陰だ」
「えへへー」
屈託の無い笑みを浮かべるリリィの頭を撫でる、だが、俺の心にはエディに対して一つだけ嘘をついたことが、僅かな罪悪感となって心がチクリと痛んだ。
彼女が無事で、なんて言ったが、あれは完全に嘘だった。
俺は直接見たわけではないが、彼女は身も心もボロボロになっていたことは確かだ、あそこに捕まっていた女性がどういう扱いを受けているかについては、盗賊側にいたザックから聞いている。
だが、それを全て‘無かった事’にしてくれたのがリリィだ。
妖精の霊薬をつぎ込んで七人分の女性の体を全快させただけでなく、テレパシー能力を応用して捕まってからの記憶を全て消し去った。
聞けば、シェンナの記憶は紅炎の月20日から全て無くなっているらしい、他の女性も同様に、連れ去られる数日前のあたりで記憶が消えている様子だった。
そして、忌まわしい記憶を全て消せたからこそ、女性たちは盗賊に‘何もされなかった’という嘘も成立する。
「これで、良かったんだよな」
「はい、今回の状況からいって、最善の結末でしょう」
フィオナが強く肯定する。
本来なら彼女達は今後長い年月をかけて心の傷を癒さなければ、いや、下手をすれば立ち直れず一生悪夢に苦しむことになっていたかもしれない。
痛ましい事実を受け止めて乗り越えていく精神力は偉大かもしれない、だが、幸せという観点で見れば、全て忘れてなかったことにするのが一番である。
だから俺は、事実をありのままに伝えるなんて事はしない、リリィが創ってくれたこの優しい嘘を信じたまま、彼女達は今後の人生を幸せに歩んでいけば良いのだ。
「ああ、本当に良かった」
今回の一件は、全て救われた形で決着がついた、俺にとっては、それが何よりも嬉しく、金や名誉よりもありがたい報酬だ。
翌日、白金の月11日。
スパーダの街は今日も活気に満ちている、だが、それ以上に人々の口からは明るい噂が流れていた。
それは王立スパーダ神学校の誇るランク5パーティ『ウイングロード』が悪の奴隷商人を成敗したというものだ。
実はこの‘悪の奴隷商人’とやらが、俺たちが討伐した盗賊の黒幕であったようで、彼らのお陰でアジトにはいなかった他の女性たちは無事に救出されたのだった。
もしかすれば盗賊の黒幕と一戦交えるかもしれなかったが、気づけば全ての決着がついてしまっていたのだから、何とも気の抜ける話である。
だが、今後予想していた余計な面倒事は全て避けられたことには変わり無いので、むしろありがたいと言える。
上層区画に館を構える奴隷商人をこれほどあっさり成敗できたのは、彼らウイングロードがランク5の実力者であるという以上に、メンバーが王族と四大貴族という超絶上流階級の身分があったというのが大きいだろう。
フリーの冒険者でしかない俺たちだったら、それなりに財力と権力を持ちうる商人相手に、思いもよらぬ絡め手で攻められていたかもしれないのだから。
ともかく、そんなハイソなパーティのお陰で俺たちは一切の憂い無く今日も活動できるというものだ。
そういえばウイングロ-ドのメンバーにはアヴァロンの第一王女であるところのネルさんも含まれている、もし今度会うことがあれば一言お礼を述べよう。
もっとも、近くに刀を振り回す兄貴とヒステリックなお友達がいなければの話だが。
そんなことを考えながら、俺はようやく目的地へと到着する。
「さて、今日こそは良いローブを買うぞ」
その目的地とは、魔女のようなおばさん店員が待ち構える魔術士ローブ専門店『フィクス&フィカ』である。
対グリードゴア用の黒化鎧は、ルドラの刀であっさり腹に穴をあけられてしまったので、この後ストラトス鍛冶工房へ修理に出す予定である。
それに、俺の標準装備はやはりローブだ、なんと言っても俺のクラスは『黒魔法使い』であって、断じて呪いの武器を扱う『狂戦士』などではない。
まぁ鎧も悪くはないのだが、やはり一着はちゃんとしたローブは揃えておいた方が良いだろう。この先、別な試練のモンスターを相手にするときには物理防御よりも魔法防御が優先される場合もある。
「ふふふ、今日こそ俺の財力を見せ付けてあの魔女店員に愛想の良い接客をさせてやるぜ!」
そんな意気込みが漏れるほど、今の俺の財布は潤っている、というか、お金がなければそもそもローブは買えないのだから、当然の前提条件ではある。
勿論、この潤沢な資金の出所は盗賊討伐の報酬だ。
ギルドから正式に討伐クエストを受けたわけではないのだが、結果的に討伐を果たしたことは認められたので、それ相応の報奨金が支払われた。
その上、討伐した相手がその場で所持していた財産はそのまま参加した冒険者パーティの懐にいれても良い、ということになっているので、およそ二十人分の所持金を丸ごとゲットしたのだった。
盗賊相手に略奪とは酷い話に思えるが、それくらいのボーナスが無ければ盗賊討伐クエストは成立しないのだろう。
まぁそういうワケで、今日はこの店で一番高いヤツを買ってやる意気込みでもって、俺は強気に店の扉を潜った。
店内に入ると数多のローブが出迎えてくれる、あの「新入生御用達!」と書かれたプレートがくっついている見習いローブを纏った人形も、俺の来訪を歓迎しているようにすら思える。
ふふ、悪いな、俺は今日ついに見習いローブを卒業するのさ。
すでにして今の俺はローブを纏わないシャツにズボンの一般人装備、つまり、ここで購入した新たなローブをその場で着て帰る、「ここで装備していくかい?」の回答はハイとイエスの二択なのだ。
ちなみに、見習いローブはフィオナが付加の実験に使うとか何とか言っていたので、そのまま贈与した。
もし実験が失敗して消し炭になってしまっていたとしても、そこは全く惜しくなどないね、あのローブを着て散々舐められた記憶も一緒に炎に浄化されたと思えば清々する。
そんな絶対的な決別の意思を固めた今の俺に、最早歩みを止めるものなど何も無い。
視線の先には、やはり前に来た時と同じように例の魔女店員がカウンターに座っている。
どうやら俺の来店には気づいているようで、さっきまで手にするハードカバーの本に落としていただろう目はすでにこちらへ向いている。
さて、今日はどんな嫌味が口から飛び出すのか――
「エレメントマスターのクロノ様ですね、ようこそお越し下さいました」
え、なにコレ、ドッキリ?
わざわざ椅子から立ち上がってほぼ直角の礼をされれば、そんなことを思わずにはいられない。
というか俺、この人に名前もパーティ名も名乗った覚えはないのだが……
「なるほど、貴女の娘さんでしたか」
これもまた世間は狭いとでも言うべきか、この魔女おばさん店員はなんとシェンナの母親であったのだ。
こちらが言うまでも無く全ての事情は娘を通して把握済み、一応、俺が娘の命の恩人であると分かっていての対応だったわけか。
「申し訳ありません、お礼にはこちらから出向こうと思っていたのですが――」
「いや、そんな、いいですよ、冒険者としての仕事をしただけですし、報酬もちゃんとギルドから出ていますので」
この懇切丁寧な対応には、これまで散々嫌味を言われてきた相手だと思えば違和感があることこの上ないのだが、
「そういうわけには参りません、貴方のお陰で娘は助かったのですから」
娘の命を救った相手へ、涙ながらに礼を述べる母親の姿を見せられてしまっては、とても茶化す気になどなれるはずがない。
俺としてはその感謝の気持ちだけで十分だ、報酬として多額の金銭を得ているのも事実だし、それ以上を求めるほど強欲でも傲慢でもないつもりだ。
「いえ、もともと救出クエストの報酬にと用意したものでございます、どうぞ遠慮なさらずお受け取り下さい」
被害者の家族が報酬を出し合って救出クエストをギルドへ依頼したのは昨日聞いた話だ。
金額で心を計るわけではないが、それでも決して安くは無い報酬額だったらしく、捕まった彼女達の身を案じているのだということが伝わってきた。
なにより、俺は正規にそのクエストを受注したわけではない、目的そのものは達成したとはいえ、報酬を受け取る正統な権利があるとは言いがたい。
だが、ここまで押されてしまっては、頑なに断り続けるのもかえって失礼な気もしてくる。
何分、こういう状況は初めてなので、どうするのが適切なのか計りかねるぞ。
「それに、もしまだクロノ様が『悪魔の抱擁』をお求めであるというのなら、この報酬はそれに叶うものであると思いますよ」
そう切り出した彼女の目は、どこか鋭い光を宿している。
むむ、やはりこの人は侮れない――いや、今回は報酬を受け取ってもらおうとしている善意なのだから、警戒する意味は無いか。
「まさか、『悪魔の抱擁』があるんですか?」
「少々お待ちを」
と、言い残して一旦店の奥へと退いて行く。ぐぬぬ、何と思わせぶりな。
恐らく五分も経ってないのだろうが、やけに長く待ち時間が感じられる。
程なくして、彼女は両手で折りたたまれた黒いローブを手に戻ってくる、そして俺の前でそれを広げて、先ほどの問いに応えてくれた。
「バフォメットと双璧を成す高等悪魔、ディアボロスの皮で作られた『悪魔の抱擁』でございます」
それはバフォメットの毛皮とは異なり、本革のような重厚な質感を持っており、そのデザインも相俟って元々着ていたものとはかなり印象が違うように見える。
だが、そこに宿す濃密な黒色魔力の気配は、疑いようも無くコレが『悪魔の抱擁』と同等、いや、もしかすればそれ以上の力を宿した一品であることを証明している。
「ふふふ、どうやらお気に召していただけたようですね」
「ああ、これは……良い品だ」
つい先日まで見習い魔術士ローブを使っていたので尚更である。
その力強い魔力の脈動が伝わってきそうな漆黒の革の光沢に、俺はすっかり魅了されてしまったようだ。
「どうぞ、着心地もお確かめください」
「……はい」
断れるはずもなかった。
ローブ、というよりコートに近い形状の『悪魔の抱擁』を広げる彼女に向けて、黙って背中を向ける。
一見すると、コートの大きさは俺よりもワンサイズ小さいように思えたが、いざ腕を通してみれば、不思議と窮屈さなど感じられない。
いや、事実として、これは着用者の体に応じて自在にサイズを変化させているのだ。
そうだ、この自分の体にピッタリと吸い付くようにフィットする感覚に、身に纏った途端に熱くも寒くも無い快適な温度への変化。
ああ、何だか酷く懐かしい感触に思える、そうか、アレってこんなに着心地が良いものだったんだなと、改めて実感する。
「よくお似合いですよ」
そんなシンプルなおだてる言葉も、この着心地を感じていれば真実に思えてくるから不思議なものだ。
いや、この際もう自分に似合っているかどうかなど問題ではない、ただ純粋に‘欲しい’と思わせる何かがここにはある。
「さて、いかがでしょうかクロノ様、こちらの『悪魔の抱擁』を私からのお礼として、受け取って頂けますよね?」
その答えはすでに聞くべき必要がないほどであると、彼女には分かっているだろう。
俺にはもう、これを拒絶する遠慮という感情を軽く吹き飛ばすほどの魅力を感じてしまっているのだから。
「ありがたく、頂戴します」
それ以外に、俺は言うべき言葉を見つけられなかった。
ねんがんの『悪魔の抱擁』をてにいれたぞ!
クロノは黒コートを装備した。クロノの中二レベルがあがった!