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黒の魔王  作者: 菱影代理
第16章:天使と悪魔
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第260話 強欲を征す

 ランク3ダンジョンの『イスキア丘陵』は、スパーダとファーレンの二国間に跨る広大なダンジョンである。

 そもそも、自然の一地域をダンジョンと呼ぶのは正しい用法ではないのだが、冒険者にとっては遺跡の中だろうと森の中だろうと、モンスターと戦うフィールドは全てダンジョンと一括りに認識する為、本来の意味を拡大して呼び習わされているのだ。

 ともかく、豊かな自然に包まれたイスキア丘陵だが、ダンジョンと呼ばれている以上そこには多種多様なモンスターが生息している。

 丘の周辺に鬱蒼と生い茂る深い森を進んだところにある一つの沼、『雷雲沼』と呼ばれるこのエリアも、イスキア丘陵の範囲に含まれている。

 もし今ここに冒険者が立ってこの沼を見渡したとするならば、何故ここが‘雷雲’などと不穏な名前を冠するのか理解できなかっただろう。

 そこに広がっているのは、泥で濁った薄汚い小さな沼が一つあるだけで、取り立てて目を惹くような特徴などないからだ。

 どこの森にでもあるような、何の変哲も無い沼、そして、その沼へ水を求めてフラリとモンスターが立ち寄るのも、この世界ではどこでも見られる当たり前の光景である。

 だがしかし、今この場に現れたモンスターはかなり珍しい種であった。


 ゴギャァアアアアアアアア!!


 と、大地を割らんばかりに大音響の咆哮が轟く。

 瞬間的に十数メートルも地面が隆起し、そこに根を下ろしていた大木ごと吹き飛ばし、本当に大地を割ってモンスターはここへ出現した。

 盛大に吹き上がった土砂はスコールのように周囲一体に降り注ぐ、土砂降り、とは正に読んで字の如くである。

 この泥の雨を降らせて登場したモンスターこそ、近頃ギルドで噂になっているランク5モンスター、グリードゴアであった。

 恐竜、いや、この異世界において正しくは地竜と一括して呼ばれる典型的な形態、すなわちダガーラプターのような二足歩行で頭と尻尾が水平に並ぶフォルムをしている。

 だが、このグリードゴアは2メートル前後のランク1モンスターとは比べ物にならないほどの巨体を誇っていた、それこそランクの数字だけ倍したとしても及ばないほどに。

 鼻先から尻尾の先までは実に30メートルはあるだろう、全高も10メートルを優に超えている、数あるモンスターの中でもかなり大型の部類に入る。

 長方形の角ばった頭部に、全身を覆うレンガのような色と形の甲殻から恐竜型のゴーレムといった風貌だ。

 土属性との親和性が高いゴーレムであるが、このグリードゴアはその巨体で地中を移動したように、大地を操作するほどの強力な土の固有魔法エクストラを秘めていることが分かるだろう。

 もしも周囲に他のモンスターでもいれば、その固有魔法エクストラが攻撃に使われるところも見られたかもしれない。

 もっとも、大抵のモンスターなどグリードゴアにとっては一口サイズの手ごろな餌にしかなりえないので、能力を引き出すほど戦えるモンスターはこのダンジョンのランクを思えば存在しないだろう。

 それを証明するかのように、グリードゴアが地中より姿を現した時点で周囲に潜んでいたモンスターは一目散に逃走を図っていた。

 幸運にも今のグリードゴアは空腹よりも喉の渇きが勝っているようで、自分から離れていく気配に興味は示さず、真っ直ぐに沼へと歩を進めた。

 もっとも、喉が潤った後は、そのまま沼に住む魚も虫もモンスターも丸ごと全て喰らい尽くして貪欲な胃袋を満たすこととなるだろう。

 グリードゴアは自分の進む先にある全てを貪り食いながら、ここまでやってきたのだから。

 ズシン、と重々しい音を響かせて一歩が踏み出される度に、沼には波紋が広がる。

 超重量の歩みを阻む者など存在せず、そしてそれを当然の如く心得ているかのように、グリードゴアは周囲へ全く注意を向けずに鼻先を泥で濁った水面へと近づけた。

 ナイフのような、否、すでに剣と呼べるほどの大きさを誇る牙が二列にもなって並ぶ凶悪な口腔を開くと、そのまま沼の水を全て飲み尽くすかのような勢いで啜り始める。

 だがこの時、まるで沼の水位が下がる前にこの強欲な巨体を止めようかというタイミングで、グリードゴアの鼻先で雷鳴が弾けた。

 短い絶叫――いや、威嚇の声をあげながら、グリードゴアは水面から頭をあげる。

 周りからはバチバチと電撃が弾けるような甲高い音が響いてくる、気づけば、沼の周囲一体には黒い霧が立ち込め始めていた。

 いや、この黒い靄は実際に紫電をその内に含ませている、ならば、これは正しく雷雲と呼ぶに相応しい。

 あっという間に、電撃が迸る暗雲はグリードゴアを含む沼全体を覆いつくしてしまった。

 この雷雲をそのまま地上に落としたかのような現象が発生するからこそ、この沼は『雷雲沼』と呼ばれるに至っているのである。

 そしてこの現象を引き起こす原因となっているモンスターが、グリードゴアの前に姿を現した。

 水面がそのまま盛り上がるようにゆっくりと沼の底から浮上したのは、不気味な紫色の滑った皮膚を持つ大きな魚。

 その姿を一言で現すならば『ナマズ』と言うより他は無い、扁平な頭部に幅広い口、長い口髭、粘液に覆われた鱗の無い体表など、凡そ全ての特徴をその巨大魚は備えている。

 体長は10メートルを確実に超えている、沼の大きさからいってこのサイズの魚が何十何百と潜んでいるとは思い難い、恐らく、この沼の主といったところであろう。

 しかし、この巨大鯰をモンスターたらしめる最大の特徴は体の大きさなどではなく、強力な雷属性を操る固有魔法エクストラを秘めているという点だ。

 それが危険度ランク3『マズナクルス』と呼ばれる電気ナマズ型モンスターである。


 ゴアアアッ!!


 大口を開けて威嚇の咆哮を轟かせるグリードゴアに向かって、紫に煌く一筋の雷鳴が迸った。

 マズナクルスの雷撃は口から撃ち出すブレスタイプでは無く、全身から放出するブラストタイプである。

 丁度背中のあたりから放出された電撃は、落雷が横向きになったような軌跡を描いて進んでゆく。

 しかもそれはただの雷とは違い、直進する度に大きく、太く、その内に宿す電気量を増大させているのだ。

 この沼を覆いつくす雷雲はマズナクルスの能力の一つ、いわば雷属性強化の結界である。

 もっとも、単独で発動させることは出来ず、沼に住む他のマズナクルスが協力することによって初めて効果が発揮される。

 本来群れる習性の無いマズナクルスではあるが、己が住む世界の全てである沼に危機をもたらす外敵が現れた際には、一致団結して立ち向かうよう行動する。

 時として人の知性を凌駕するほどの合理性を発揮する野性の本能に従って、マズナクルスは世界を滅ぼすに足る力を持つと認識したグリードゴアに対し、こうして勝負を挑んだのだ。

 マズナクスルの種の存亡をかけた雷撃は、グリードゴアに届く頃になるとまるで大蛇の如き巨大さを持つに至り、触れる物全てを焼き焦がさんと岩山のような巨躯へ襲い掛かった。

 グリードゴアは雷撃を回避するほどの俊敏性をもちえていないのか、一歩も動く事無く直撃する。

 盛大に弾ける紫電、まるで目くらましの閃光フラッシュでも焚いたかのように連続的に眩い光がスパークした。

 それは見た目の派手さだけでなく、事実として大概のモンスターを、それこそ人の定めたランクを越える相手さえも打倒しうるほどの威力を誇っている。

 沼の主が放つ電撃に、他の個体が強化ブーストする、まるで冒険者パーティの連携攻撃のような一撃はしかし、


 ゴギャァアアアアアアアア!!


 グリードゴアを倒すには至らなかった。

 レンガのような甲殻は、強烈な雷撃に打たれた所為で正に焼きレンガのようになってしまっている。

だがそれだけ、分厚く堅い甲殻の下にまでその電撃は届かなかった。

 こと防御という点において土属性というのは、それそのものが硬い物質ということもあり、他の属性よりも圧倒的に優れた能力を発揮する。

 特に雷を防ぐには最適、岩の電気の通りにくさは勿論、そこで発生する電熱も十分に遮断できる。

 マズナクルスからすれば、土属性特化のグリードゴアは相性最悪の相手であると言える。

 そして、グリードゴアはまるで自身の優位性を知り及んでいるかのように、悠々と沼の方へ歩みを進めた。

 ザブザブと大いに水面を波立たせながら、沼の中央に浮かぶマズナクルス目掛けて直進してゆく。

 己の縄張りに侵入されたことで、いよいよマズナクルスは激高し、その10メートル超の体から全力全開で雷を放出させながら、水面を滑る様に泳ぎ始める。

 方や大口を開けて巨大鯰を喰らわんとするグリードゴア、方や世界の全てを守るため外敵を排除せんとするマズナクルス。

 両者は全く躊躇することなく、沼の中で一直線にぶつかりあう。

 勝負は一撃でついた。

 最大電力の雷撃を体当たりと同時にかましたマズナクルスは、やはりその攻撃をものともしないグリードゴアによって、そのまま腹部を食い千切られてしまった。

 泥水に混じって赤黒い液体が広がってゆく。

 巨大な顎で腹の一部をごっそりと齧りとられたマズナクルスはすでに絶命しており、反射的に動く尾ひれが強かに水面を叩くのみ。

 グリードゴアは大物を捕えたことに喜びの声をあげると、そのまま沼のど真ん中でここの主を貪らんと、再び大口を開けたその時であった。

 食い千切られた腹から、一筋の電撃が飛びだした。

 いや、それはよく見ると雷では無い、弾ける紫電を纏ってはいるが、それは何か別のモノだった。

 くねる蛇のような下半身と、両腕と頭をもつ人のような姿、それはラミアという種族によく似た形状をしているが――


  ゴアアッ!?


 その謎の電撃が何なのか、はっきりと視認する前に、それはグリードゴアが開いた口腔へと飛び込んだ。

 不気味な何かを噛み砕かんと反射的に口を閉じるが、ガキンと音を立てて牙がかみ合わさっただけ。

 己の口の中に消えていった存在をどうこうする術など無く、即座に異常も感じ無かったグリードゴアは、そのまま電撃の存在など忘れてしまったかのように改めて食事を再開した。

 変化は、マズナクルスの肉を食い尽くした後に起こった。

 それはまるで喰らった肉が毒を持っていたかのような反応、つまり、グリードゴアは突然もがき苦しみだしたのだ。

 30メートルもの巨体が全力で沼の水面で暴れるのだから、まるで魔術士部隊が攻撃魔法の一斉発射を叩き込んでいるように巨大な水柱が吹き上がる。

 だが、程なくしてそれも治まる、ついに力尽きたのか、グリードゴアはそのまま静かに沼の底へと身を沈めていった。

 死んだ、傍から見ている者がいればそうとしか思えない様子ではあったが、次の瞬間には、再びグリードゴアは浮上する。

 そうして今度は、何事も無かったかのように酷く落ち着いた様子でそのまま地上へと引き返していった。

 いつの間にか雷雲の結界は消え去っており、周囲はすっかり元の風景に戻っている。

 しかし、何故か未だにバチバチという紫電の弾ける音だけは響き続けている。

 その音の発信源はグリードゴア、だがそこに宿す固有魔法エクストラは土属性のみ、どうやってもホタルの光ほどの電気を生み出すことすらできはしない。

 だが今のグリードゴアは、まるでマズナクルスのように全身から妖しい紫色に輝く雷光を纏っているのだった。

 おや、グリードゴアのようすが・・・

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