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黒の魔王  作者: 菱影代理
第2章:異世界の日常
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第25話 イルズ村道具屋

「いらっしゃい」

 年季の入った木製の扉を開くと、雑然とした店内の奥から男の声が聞こえた。

 カウンターに腰掛けている恰幅の良い中年男が、このイルズ村道具屋店主のキッシュという人だろう。

「こんにちは、私は先ほどギルドで登録を済ませた新人の冒険者なんですが、必要なものをまとめてそろえようと思いまして」

「あぁはいはい、そういう事でしたらウチで全部揃いますよ。

 私は店主のキッシュと申します、今後とも是非ご贔屓に」

「はい、私はクロノといいます、よろしくお願いします」

 人の良い笑顔を浮かべる店主、異世界でも営業スマイルってのは商売人の基本スキルなようだ。

「ところでクロノさん、その背負っているのはもしかして……」

「リリィは今ちょっとお昼寝中なので、なるべく静かにお願いします」

 冒険者講座を睡眠学習でこなしたリリィだが、ギルドを出た今でも夢の世界に旅立ったままだ。

 仕方無いので俺がおんぶして店までやって来たのだ。

「よかったら、こちらの椅子にでも寝かせておきましょうか?」

「すみません、助かります」

 店主の厚意に甘えて、リリィを長椅子におろす。

 妖精だからなのか、見た目以上に軽いリリィだが、背負ったまま店内をウロウロするのは不便だし、あんまり動かしたらリリィも悪い夢を見てしまいそうだ。

「いや、驚きました、クロノさんはリリィさんのお知り合いですか?」

 流石リリィ、ここでもさん付けだぜ。

「はい、友人です、これからはリリィの住んでいる小屋にお世話になります」

「そうですか、そりゃまた一体どうして――」

「色々と事情がありまして、あまり追求しないでもらえると助かります。

 ですが、私はこれからイルズ村で冒険者をやってしばらく生活していこうと考えているので、この先は必ずお世話になります」

「それはこちらとしても有り難い話ですよ、冒険者をサポートするのはギルドだけの仕事ではありませんからね、私も力になります。

 えーと、それで冒険者として活動する準備をしたいと、そういうことですな?」

「はい、ですがこういった事は初めてなもので、何を揃えればいいのか分かりません。

 適当に見繕ってもらって良いですか?」

 見栄をはっても仕方ないので、素直に言う。

 これで多少余計な物を買わされても、まぁ仕方ない、まさか20ゴールドをオーバーすることは無いだろうし。

「勿論良いですよ、と言っても、新人冒険者用のセットというものがあるんですけどね」

「それは……随分と都合の良いモノがありますね」

「新人は何かとアイテムの不備が多いですからね、なのでこちらとしても最初に必要なものを揃えて販売しようと、そういうことなんですわ」

「ああ、なるほどちゃんと需要があるんですね」

「ん、クロノさん、需要なんて言葉を知っているなんて、商人の生まれですかな? 言葉遣いも随分と丁寧なようですし――おっと、余計な詮索はしない方が良いんでしたね。

 こちらとしてはクロノさんが冒険者で、ウチで買い物してくれる、それだけで十分ですからねぇ」

「ありがとうございます」

「では、新人セットをご用意しますので、少々お待ち下さい」

 新人セットって言うのか、またストレートな商品名だな。

 けど、今の俺にとって一番必要なモノであるのは確かだ、正直助かるね。

 どうやら買い物もスムーズに出来そうだ。



「――はい、確かに2ゴールド、お買い上げありがとうございます」

 俺が買った新人セットは一番高いやつになった。

 別に騙されたわけでは無く、野宿するのに必要なテントなども纏めて含まれているからである。

 ただでさえ持たざる者なのだ、色々追加していったらこの値段になってしまった。

 今回の買い物で一番感動したポイントはポーションなる回復薬があるところだ。

 クエストの説明文にポーションの材料を集めて~というのがあったが、実物を前にすると中々感心する。

 細い小瓶に入るポーションは、正しくRPGのイメージ通りではあるが、ポーション本体である液体は緑や赤といった原色ではなく、灰白色とスポーツドリンクみたいな色合いだ。

 ポーションは飲み薬だが、他にも傷薬と称すべきか、軟膏のような塗り薬もある。

 出血を伴う外傷はこちらを使うのだとか、でも戦闘中なら『肉体補填』で傷口をふさいだ方が早いのは間違いないだろう。

 兎も角、そうした諸々含めて2ゴールドの新人セットを購入したのである。

 なんだか自分の物があると嬉しいな、これが今の俺の財産だぜ!

「クロノさん、結構な大荷物ですが、持ち帰りは大丈夫ですか?」

 そういえば、俺は鞄の類もないし、まして馬車など持ち合わせていない。

 一抱えでは済まない荷物の量、体一つではどうにもならない、が、今の俺は黒魔法使いだ!

「大丈夫です、全部入りますから――」

 足元から延びる自分の影、そこから泥沼に沈んでいくように新人セットが取り込まれてゆく。

「これは……いやぁ、驚きました、空間魔法まで習得しているとは!」

 ギルドカードは見せているので、俺が黒魔法使いというのは知っていただろうが、新人なので大したレベルではないだろうと思われるのは当然か。

 というか、空間魔法っていうのかコレ。

 とりあえず、ランク1の魔法使いが習得するのは珍しいような魔法というのは分かったぞ。

「クロノさんは結構な魔法の腕をお持ちのようですね。

 そういえば、武器の方は用意されていますか?」

「武器、ですか、まぁそれは一応」

 呪いの大鉈とかあるしな。

「そうですか、武器は村はずれに工房があるので、そちらでお買い求めになるといいでしょう、魔法関係の武器以外は全て手入れしてくれます。

 杖や魔道書は、専門ではないですが多少はウチで見ますよ。

 あと、ウチは武器の鑑定もしているので、ダンジョンで手に入れた際には是非お見せ下さい」

「鑑定って、どういうことですか?」

「クロノさんは魔法の武器があるのはご存知ですか?」

「はい、何度か見たことも、使ったこともありますよ」

「それなら話は早い、ウチの鑑定はそういった魔法の武器が、どういう力を秘めているのか、使うにはどうすればいいのか、などを解明することですね。

 刃の切れ味だとか、業物がどうとか、そういう魔法以外のことは専門外でして、そちらは工房で尋ねるといいでしょう」

「なるほど……鑑定って呪いの武器も出来ます?」

「の、呪いの武器ですか? 危険ですが、どんな呪いか分からないと対処できませんからね、一応出来ますよ」

「そうですか、なら――」

 俺は内心ワクワクしながら、影より呪いの大鉈を取り出す。

「コレの鑑定をお願いできますか?」

 カウンターの上に、刀身から柄の先まで真っ黒な大鉈を置く。

 俺の魔力なのか、鉈の怨念なのか、湯気のように刀身から幽かに黒いオーラが迸っている。

「こ、これは……またとんでもないモノをお持ちですね……」

 店主の顔が若干引き気味になっている、やっぱり普通の人が呪いの武器を前にしたらこうなるよな。

 いや、彼は商売人だからこそ、この程度で済んでいるのだろうか。

「……クロノさん、もしかして、解呪、いや、黒魔法で呪いを上書きしました?」

「上書きって言うんですか? 自分が使うために、黒色魔力で包んではありますよ」

「そうですか、大したものです、呪鉈の怨念をほとんど押さえ込んでいる……見事なものだ、上書きはやり方こそ単純ですが、その分魔力量を消費する、クロノさんは凄い才能をお持ちのようですな」

「そうなんですか、自分ではよく分からないもので。

 ただ、呪いの武器と私の黒色魔力は相性が良い様に思えるので、この鉈くらいならどうとでもできますね」

「素晴らしい! クロノさん、貴方は呪いの武器をそのまま扱える大変珍しいタイプですよ。

 もし良ければ、ウチにある呪いの武器を格安でお譲りしますよ」

「はぁ、いいんですか?」

「呪いの武器というのは、使い手は勿論保管するだけでも面倒なんですよ。

 モノによっては完全に封印までしないといけないし、そうでなくとも定期的に処置しなければ、どんな災いがふりかかるか分かったものじゃない、なにより縁起が悪い。

 私も商売だから大体のものは買取りますが、どこの店でも安値でいいから売り払ってしまいたいのが本音ですよ」

「そうなんですか、普通に使えたら凄い威力なんですけどね」

「命には変えられませんから、どんなに強くても本末転倒なんですよ。

 それで、どうですか?」

「凄い気になりますけど、今日はそろそろ帰ります」

 日はまだ照っているが、夕方頃に村を出るとなると、文字通り真っ暗な夜道を歩かねばならない。

「そうですか、なら鑑定結果も明日ということでよろしいですか?」

「はい、また明日来ます、呪いの武器もその時に見せてもらえれば。あ、それと別な武器も見てもらいたいんですけど」

「ええ、どうぞ」

 懐から取り出したのは、一振りの小ぶりなナイフと黒いタクト。

 ローブと一緒に宝箱に入っていて、ナイフは使い方がよく分からない、タクトは何となく分かるが、一応鑑定してもらうに越したことは無い。

「鑑定のお値段は一つあたり2000シルバーとなりますが、よろしいですか?」

 結構するなと思うが、鑑定するのは専門技術的な魔法が必要だし、『触媒』と呼ばれる魔法の発動に必要な材料もあるようで、ここがぼったり価格なのでは無く、どこでもこれくらいの値段らしい。

「はい、お願いします」

「かしこまりました、それではまた明日」

 俺は武器を店主に預け、店を出――ようとして、足を止めた。

 すっかり忘れていたが、今の俺の格好は黒のローブにパンツ一丁と通学路に出没する変質者と同程度の装備しかしていないのだ。

 俺に今すぐ必要だったのは、魔法の武器でもアイテムでもなく、普通の服だ。

「すみませんが、服や下着はどこで買えますか?」

 ローブの下パン一なんですよね、と余計なことは言わず、勤めて平静を装って店主へと聞いた。

「ああ、それでしたら――」

 最も重要なお買い物情報を入手した俺は、今度こそクールに店を出る。

 ちなみに、リリィはまだ寝ていた。


 クロノは新人セットを手に入れた! 漸く冒険者としての準備が整いました、レッツ冒険者ライフ!!


 結局クロノってローブにパン一じゃない? というご指摘を頂いたので、ちゃんと服を買いに行くような描写を追加しました。

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[一言] クーールw
[気になる点] ここがぼったり価格
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