第250話 三人目の用心棒
宙に浮かぶリリィが、俺とフィオナを抱えたままゆっくり地面に降り立つ。
内心、落っことされないかハラハラしていたのだが、流石に真の姿のリリィは馬力が違う、人間二人分の重量を難なく持ち上げ運んでくれた――と思いきや、途中でフィオナが本当に落ちそうになったりしたので、やっぱり二人は重いらしい。
危ないので今後は自重しよう。
そういえば、リリィに空でお世話になったのはガルーダの巣に宝剣を取りにいった個人クエスト以来だ。
四ヶ月ぶりってことか、今や懐かしい思い出である。
「ガルダンとかいうゴーレムは聞いた通りのヤツだったな」
ザック曰く、ゴーレムの用心棒ガルダンは血の気が多いので説得に耳を貸す事は無く、武技を扱うわけではないが種族特有の身体能力でパワーとタフネスだけは高い、とのこと。
先の一幕を見れば、彼の人物評が正しいことが証明された。
「アレはマトモに相手をしていたら時間を食いましたね」
魔弾を正面から喰らってもちょっと仰け反るくらいで済むほど頑丈だったからな、倒そうと思えば二度三度と強力な攻撃を当てなければならない。
「上手くスルーできて良かった」
そんな面倒なゴーレムを労する事無くご退場願えたのは、丁度良くつり橋があったからだ。
あのつり橋を目にした時思った、これは落とすしか無いだろうと。
まぁあのゴーレムも雇われ冒険者なワケだし、あまり殺す気は無かった、頑丈な彼なら数十メートルの高さを自由落下しても耐えられるだろう、たぶん、きっと、恐らく。
いや、こういう場合は「あの高さでは助かるまい」と言った方が良いのか。
どちらにせよしばらく動けないくらいのダメージは確実に入っているだろう、すぐに戻ってくる事は無い。
「銃の威力も実証されたしな、有益な戦いだった」
クールに言うが、実は俺もシモンがプレゼントしてくれた銃があれほどの威力が出るとは思わなかった。
せいぜいが『ブラックバリスタ・レプリカ』を使ったくらいの上昇効果だろうと思ったのだが、まさか2メートル超の鋼鉄の塊をブッ飛ばすほどとは。
専用の弾丸を使って撃てば十字軍の重騎士も大盾ごと粉砕できそうだ。
ただ、弾丸は一発ごとにシモンが手作りしているので大量に用意できそうにないが。
あの恐ろしいフィオナ特性目覚ましポーションをシモンにガブガブ飲ませるなんて事は、この俺が絶対に許さない――無論、俺自身も二度と口にしないと誓った。
あんなもんを服用し続けたら、目が覚めるどころか他のナニカが覚醒しそうに……いや、もうこれ以上は考えるまい。
「じゃ、先を急ごう」
そうして、俺たちは再び夜の林道を駆け出す。
目的地まであと少し、だが、俺たちが先を急いでいるのは何となくでは無い、明確に焦りを感じる理由があるのだ。
「しかし、ヤツらはどうやって俺たちの接近を察知したんだ?」
ガルダンがつり橋の前で待ち構えていたということは、その時点より前に俺たちが接近していることを盗賊側が知っていたということである。
用心棒を一人で向かわせた、あの性格を考えれば勝手に飛び出してきた可能性も否めないが、それでもまず懸念されるのは、襲撃を察知した盗賊が逃走するのではないかというものだ。
「トラップに引っかかった覚えはありませんし、探知用の結界も無さそうです」
俺はダイダロスの城壁で見た光の結界を思い出す、アレは探知用では無く完全に侵入者を物理的に拒む防御用だったな。
足を踏み込んだ者を探知するタイプの結界は、高度なモノだと侵入者に引っかかったことを悟らせないものもあるという。
ただ、最初に殺した盗賊のレベルを思えば、この盗賊団がそれほど高度な結界を展開する魔法具を所持、あるいは魔術士を雇えているとは考えがたい。
「見張りがいたんでしょう、たぶん使い魔ね」
「そうだな」
リリィの言う可能性が最も高い、やはり目で見て警戒するのが確実。
あの盗賊のようなヤツらが見張っているのであれば、気配で何となく察することもできそうだが、そういうものはこれまで感じなかった。
警備に適した使い魔、例えば鳥なんかがその代表格だ、そういうのを使われると、明確に敵意や殺意は感じられないのでこちらも気配を察知しにくい。
なにより、それほど高等な使い魔でなくとも、その有効性はアルザス村で証明されている、ウィンドルを一匹二匹放つだけで、警戒範囲はかなり違ってくる。
高度な結界を使ったというよりも、そこそこの使い魔に見張らせていた、と考えるのが、相手のレベルでいけば妥当だ。
どうであれ、盗賊に逃げられれば完全な無駄足になるし、捕まった女子学生まで連れて行かれれば救出すら出来ないということになる、それだけは絶対に避けたい。
残念ながら、盗賊団に連れ去られた女性のほとんどは、元締めの奴隷商人の下へ送られてしまった後だと聞いた。
館に残っているのは、全く、胸糞の悪くなる話だが、盗賊たちの慰みものとして残された女子学生含めた数人ばかり。
すでに手遅れと言える状態ではあるが、ならばこそ、出来る限り早く救い出さなければならない。
「見えてきたな、あれがヤツらのアジトか」
つり橋から五分ほど走っただろうか、林の向こう側にようやく屋敷の外観が見えてきた。
盗賊のアジトにしては随分と立派なお屋敷であるが、金持ちの奴隷商人が所有するものだと思えば納得もいく。
灯りは無く、夜の闇に浮かぶ大きな館は静けさしか感じられない。
やはり逃げたと考えるのが妥当か、だとすれば急がなければ――と思うが、俺は急ブレーキをかける様にその場で足を止めた。
声をかけずとも、リリィとフィオナも同じように歩みを止めている。
そう、すでに俺たちは気づいている、
「出て来い」
そこに敵が待ち構えていることに。
「ふむ、中々に優秀な冒険者のようだ」
問いかければ、即座に男の声が返ってきた。
一つの人影が、ユラリと木陰から現れる。
チラリと左右を視線だけ動かして窺うが、この男の他には誰もおらず、気配も感じられない。
たった一人で現れるということは、
「用心棒か、殿でも命じられたか?」
「如何にも、ここから先は一歩も通さぬ――と、言いたいところだが、どうやら私一人で全員を止めるのは無理そうだ」
ゆっくりと歩み寄ってくる男の姿が、リリィが纏う妖精結界の光に照らされ、夜闇の中にはっきりと浮かび上がった。
くすんだ金色の長髪を首の後ろでくくり、光のない淀んだ碧眼、元々はそれなりに整った顔立ちであったのだろうが、その妙にやせこけた顔と体の所為で、不治の病に侵された病人のような雰囲気である。
首元からつま先までやつれた細身を覆う黒いコート姿は、『復活の地下墳墓』に出没するアンデットのよう、つまるところ、不気味の一言で済む容姿だ。
「なら、諦めてクエストを放棄しろ。なにより、お前の雇い主は犯罪者だ、このまま加担し続ければお前も罪に問われるぞ」
ガルダンには問答無用で押し通らせてもらったが、この男に対してはあまり有効ではない。
ザックの言葉を信じるならば、ルドラというらしい用心棒最強の男は、ランク4以上の実力を有するという。
話し合いで解決できるなら、それに越した事は無い。
「そんな事はすでに知っている、その上で言わせて貰おう、断る、と」
「なぜだ?」
「私の望みは強者と刃を交えること、故に、説得は無意味と知れ」
なるほど、戦闘狂なタイプか。
行動原理は単純至極だが、だからこそ面倒だ、戦いは避けられないのだから。
「私の雇い主を追うならばさっさと行くが良い、ただし、最低でも一人は残ってもらうがね」
ルドラは腰に差した剣、あの形から言って刀か、その鞘に左手を当て、右手を柄に添える。
素人目で見てもわかるほど見事な居合いの構えをとったルドラは、静かに殺気を放ち始めた。
本物の侍と相対したら、こんな気分になるのだろうか、かなりの緊迫感だ。
「リリィ、フィオナ、先に行ってくれ」
「承諾しかねます」
「ええ、三人で相手するほうが安全確実よ」
即答で拒否されてしまった……
「ダメだ、急がないと盗賊に逃げられる」
「ではリリィさんを」
「フィオナが行きなさいよ」
「救出が最優先、リリィ、フィオナ、二人で行くんだ、さっさと片付けて戻ってくればいい」
相手は評判どおりの実力者と見受けるが、使徒並みでも無い限り、瞬殺されない自信はある、いや、もうちょっと前向きに言えば、タフさには自信がある。
「……分かりました」
「無茶しないでね、クロノ」
渋々といった風だが、ようやく承諾してくれた二人、コンセンサスさえとれれば後の行動は迅速だ。
リリィは少女状態に再変身、フィオナは移動系武技で、それぞれの高速でもってこの場を離れ盗賊の追撃に向かった。
「待たせたな」
未だ居合いの構えを崩さないルドラに対し、俺も『絶怨鉈「首断」』を影から取り出し構える。
「構わん。先に名乗っておこう、私の名はルドラ」
すでに知っている、などと無粋な事を言うつもりは無い。
「俺はクロノだ」
ここはただ、名前を返すだけでいい。
俺も男だ、こういう時の礼儀は心得ているつもりだ。
「ではクロノ、いざ、尋常に勝負」
おや、エレメントマスターのチームワークが・・・