第246話 盗賊ホイホイ
ターゲットは三人組の冒険者だと言う。
「へい、ちっとばかし一悶着ありやして、キッチリ落とし前つけさせてやろうってワケなんですわ」
ザックが館にいた盗賊もとい奴隷商人メンバーを数人連れて応援に駆けつけると、イスキア村の正門前で待ち合わせていた男から、そんな事情を聞いた。
ギルドカードを確認できなかったのでランクは不明、なんとも不安を感じさせる事前情報ではあるが、そんなことよりも、
(どうにも嘘臭ぇなオイ、よほどの上玉を見つけたから掻っ攫おうってとこか)
本当に相手の冒険者と揉め事を起こして一旦引いてきたという状況であるならば、もう少し剣呑な雰囲気になっていて然るべきである。
用心棒であるザックの手前、一応の理由をこじつけたといったところだろう。
だが、それを確かめる手間も時間も無い、なにより怪しいながらも用心棒の仕事をどうにかこうにかこなしてきたのである、契約期間終了を目前に妙な言いがかりをつけて報酬の支払がおじゃんになっては元も子もない。
(まぁ、そんな別嬪をこれ見よがしに連れ歩いてる冒険者が悪ぃってことで)
ヤル気は出ないが仕事はこなすという心持ちで、男の先導でザックたちは街道を馬で駆けて行く。
すでに陽は沈み夜の帳が下りているが、それなりに広く整備された街道であれば馬を走らせるにそこまで支障は無い、というよりも、それだけの腕前は持っているというべきか。
しばらく進むと、冒険者を追跡していただろう先行部隊と合流し、冒険者があの学生パーティと同じように街道脇で野営している場所へと静かに向かった。
「おいおい、番の一人も無しとか、とんだ素人冒険者だな……」
草むらや木など身を隠せるほどの大きな遮蔽物のないだだっ広い草原、そこにはテントが一つと燃えっぱなしになっている焚火がある。
すぐ傍には地面に打たれた杭に繋がれた、二頭の黒い馬が立っていた。
そこらの村人でもしないような無防備ぶりだ、いったいどれほどの馬鹿がこんな杜撰な野営をしているのかとザックは他人事ながらレクチャーの一つでもしてやりたい気分だ。
聞けば冒険者の構成は男一人に女二人、もしかすれば貴族のボンボンが美人のメイドでも連れて冒険者ごっこに興じているのかもしれない。
そう思えば同情の気持ちも湧かない、ましてあのテントの中で美女二人とよろしくやっているのだとすれば尚更である。
「一応聞いとくが、あの野営地、すげぇ結界でも張ってあるわけじゃねぇよな?」
ランク4以上の魔術士ともなれば、種々の結界を使いこなし、見張りが無くとも鉄壁の防御を張ることもできると聞いた事がある。
不用意に踏み込めば火達磨になる炎の結界、氷漬けになる氷の結界、などなど、そんな魔法の力に特別に対抗手段を持たないザック以下のメンバーである、最低限の警戒はするにこした事は無い。
「無いっすね、少しばかり探りを入れましたが、なんの反応もありやせんでした」
「で、どうすんだ? 前の時みてぇに‘交渉’すんのか?」
「いえ、今回は一気にいきやす、男を刺して、女は攫う、向こうはぐっすり寝入っているようですし、こりゃ五分もかかりやせんよ」
どうやら奇襲作戦に出るようだ。
見張りのいない野営地、無防備に寝入る相手、これだけの好条件が揃っていれば、確かに一気に始末してしまったほうが早い。
「俺らが行きますんで、先生は後ろで、もし何か起こったらそん時に加勢してくれりゃいいですぜ」
「了解だ、出番がねぇことを祈ってるぜ」
そして盗賊たちは獲物を狙う蛇のように野営地へと忍び寄っていく。
ザックは少し離れた後方でバトルアックス片手にその様子を、息を潜めながら黙って見ていた。
盗賊たちは松明やカンテラなどの灯りを持たず闇に溶け込んでいるが、目的地である野営地は丁度良い目印のように焚火が照っている。
障害物のない平原にたつテントに対し、こちら側は人数を生かして四方から同時に襲い掛かることが出来る。
焚火の灯りに照らされて、男たちが手にするナイフがキラリと光った。
すでに野営地は何十人もの男によって包囲され、次の瞬間にはテントの布を切り裂いて突入する――かのように思われた。
「魔弾全弾発射」
その時、静寂の支配する夜闇に、高らかに乾いた爆発音が轟く。
「なっ!?」
ザックは驚愕に目を見開いて、全く予想だにしない光景、つまり、相手に反撃される場面を目撃する。
それが一体どういう攻撃なのかは全く分からなかったが、テントに突入せんと迫っていた男たちは苦悶の絶叫を上げてばたばたと倒れていった。
焚火の近くに居たお陰で姿がはっきり照らし出されている男などは、その頭部が踏み潰した果実のようにはじけ飛ぶ様がありありと見えた。
一瞬の内に何人もの仲間が死傷し、生き残った半分ほどの男たちが明らかな動揺を見せる。
不測の事態に誰かが次の行動の指示を飛ばそうとするが、相手の冒険者が動く方が早かった。
テントの入り口を突き破るような勢いで飛び出した人影は三つ、それを見た瞬間、ザックはさらなる驚愕で頭の中が真っ白になる。
「あ、アイツは!」
先頭を切って飛び出したのは大柄な男、その漆黒の鎧に不気味な印象を覚える以上に、兜を被らず向き出しになっている素顔の方にこそ目がいく。
その黒髪にやたら鋭い目つきをした黒と赤のオッドアイの珍しい色を持つ男には、明らかに見覚えがあった。
それは、自分が真っ当な冒険者に戻らざるを得ない原因を作った人物、忘れられるはずがない。
「嘘だろ、な、なんで――」
だが、その男が冒険者であることはギルドカードを下げているのを見てすでに知っている、こういう出会い方も無きにしも非ず。
ザックがどうしようもなく驚いてしまうのは、その因縁のある男と共にいるのが、よりによって、命の恩人であるからだった。
「――なんで妖精さんまで一緒にいるんだ!?」
男のすぐ後ろに続くのは光り輝く小さな人影、それは誰がどう見ても妖精としか呼ぶことの出来ない美しくも可憐な姿をしていた。
見間違えるはずもない、臨時パーティの仲間に捨て駒にされ、スライムに喰われて骨まで溶かされる運命を覆してくれた妖精のことは、今も脳裏に鮮烈に焼きついている。
虹色に輝く二対の羽、プラチナブロンドの長髪にエメラルドグリーンの瞳、その神秘的な美しさをもつ小さな女の子は、今再びザックの前に現れたのだ。
そして、あのスライムを悉く殲滅しつくした白い光もまた、ここに再現されるのであった。
「うおっ、眩しっ!?」
妖精から迸る閃光は、焚火の小さな光と比べ物にならないほど煌々と周囲を照らし出す、無論、美しいだけでなく、攻撃の余波である熱風も吹きぬけていった。
スライムならばゼリー状の肉体が飛び散るだけだったが、今その破壊の光が向けられた相手は全て人間、撒き散らされるのは赤い血潮、吹き飛んでいくのは明確な形を持った手足や胴である。
そうして熱と爆発で殺傷せしめているのは妖精だけではない。
三人目の冒険者である黒尽くめの魔女が短杖を振るうたびに、白い閃光と同じように爆発を起こす火の玉をいくつもばら撒いている。
赤い炎と白い光が周囲一体を焼き尽くさんばかりに猛威を振るう。
そんな破滅の嵐の渦中で、特別な力をもたない人間の男が生き残る術など無かった。
テントを襲った何十人もの男は、それこそ五分もかからず瞬く間にこの地上から消え去る、後には四散五裂した黒焦げの残骸があるのみ。
「あ、あ……」
呆然と仲間が返り討ちに、いや、これはただ一方的に蹂躙されていくと言った方が正しい。
そんな様子を見せ付けられたザックは、‘何かあれば加勢する’という用心棒本来の役割など完全に忘却し、ガクガクと大きな体を震わせながら恐怖で竦む足を必死で動かそうとしていた。
だが、自分の両足がこの場を脱する為に全力で動き始める前に、
「ひっ!」
黒と赤の視線に捉えられた。
その鎧の男と自分の距離は何十メートルもの距離がある、今の自分は立ち上がったとしても闇に紛れて見えない。
そのはずだが、男の両目は真っ直ぐこちらに向けられる――ようするに、目があった。
「うあぁあああああ!」
バトルアックスを放り出し、ついにザックは身を翻し全力で走り出す。
野営地を襲う際、音を立てず接近するために少し離れた場所に馬を繋いでおいたのが恨めしい。
(あそこまで行けば、逃げられるっ!)
今はその希望を一心に信じて走る。
だが、野営地に冒険者の騎馬が繋がれている以上、向こうがそれをさっさと駆り出せば確実に追いつかれる、そんな単純な論理も今のザックには持てなかった。
結果的に、冒険者が騎馬で追ってくる気配は感じられなかったのだが、その代わり、草地を踏みしめる足音が、すぐ後ろから聞こえてきた。
信じがたいが、何十メートルものアドバンテージがありながら、決して鈍足ではないザックに三十秒もしない内に追いつかれたのだ。
嘘だろう、そう思った頃には、すぐ隣を猛スピードで黒い影が疾風の如く通り過ぎてゆき、
「止まれ」
目の前に、左目だけが真紅の輝きを放っている、全身黒尽くめの男が立ち塞がった。
右手にはバスターソードかと思うような大きな刀身の鉈が握られており、そこから禍々しい赤黒いオーラが立ち上っている。
この男を打倒せしめる要素が何一つ思い浮かばない。
最初に出会ったあの時も強いと思ったが、ここまで圧倒的に隔絶した存在であるということを、今この瞬間になって理解する。
この男が本気になれば、自分の命を奪うなど赤子の手を捻るが如く容易い、前回は真の意味で‘見逃してもらった’だけ。
己の生殺与奪が完全に相手に握られてしまっていることをどうしようもなく理解したザックは、自然と膝を屈し、両手を挙げて降伏のポースをとっていた。
「ま、待ってくれ……助けて、助けてくれ……」
掠れる声で、そう命乞いの言葉をなんとか吐き出す。
無様な自分を見下ろす男の目はやはり鋭く、どこまでも冷酷な光を湛えていた。