第245話 三人の用心棒
ファーレンで活動する盗賊団、そのアジトはスパーダ南西部に位置する『イスキア丘陵』というダンジョンと同じ名前を冠するイスキア村の外れにある。
盗賊のアジトと言えば、小汚い山小屋や薄暗い洞窟などのイメージを浮かべる者がパンドラでも多いが、ここに限ってはそのステレオタイプとは随分とかけ離れた印象を覚える。
なぜなら、それはとても盗賊が出入りしているとは思えない小奇麗な館であるからだ。
緑に囲まれた閑静な立地を思えば、貴族が所有する別荘だと思うだろう、そして、何年か前まではそれも事実であると言えた。
果たしてどういう因果でそんな館が盗賊に利用されるに至ったか、それを知る者は彼らのメンバーでもトップに近いごく限られた一部である。
しかしながら、詳細は知らずとも凡その事情は全員が知っている、それは用心棒として雇われた外部の人間であっても、どうやら同じのようだ。
「とある奴隷商人が保有する館、とだけ聞いている」
つい先日、王立スパーダ神学校の学生パーティを襲った三人の用心棒、その内の一人であるスキンヘッドの大男、ランク2冒険者のザックがアジトであるこの立派な館に対して疑問を口にした答えが、それであった。
ザックの問いに解答したのは、同じく用心棒の一人、ルドラと名乗る金髪碧眼の刀使いである。
その虚ろな目とやつれた様子から、果たしてマトモに口を利くことができるのかと初めて出会った時にザックは疑問に思ったが、これまでの付き合いで彼は問題なく受け答えできると知り、今ではそれほど物怖じずに声をかけることができた。
「けっ、俺からすりゃあこんなとこ小せぇ小せぇ、もっとデカいとこに住みてーぜ!」
少なくとも、ガルダンとかいうこの大口ばかり叩く一つ目巨人なゴーレムよりかは、よほど話しやすいとザックは感じている。
「とある奴隷商人ね、本当の雇い主様ってヤツは案外、俺でも名を知ってるような大物なのかもしれねぇな」
そもそも、ザックら用心棒を雇った依頼主は匿名である、ただ金払いの良い商人という情報しか知らず、護衛対象である盗賊団、もとい奴隷商人の一団の代表であるロバートと名乗る男を窓口にして契約したのだ。
学生パーティを襲った際、先頭に立って話をしていたのがロバートである、如何にもチンピラという口調と風貌だが、件の奴隷商人と唯一直接的な繋がりを持っている、案外、彼の本職が商人というのも冗談ではないのかもしれない。
要するに、奴隷商人を親玉として、ロバート率いる一団が盗賊紛いの方法で商品である奴隷を調達しているという寸法だ。
はっきりと背後関係を調べてはいないが、ザックのその予想は正解だろうと半ば以上の確信が持てた。
この三人の中で、ランク2で武技の一つも使えない図体だけの彼ではあるが、それなりに自分達が住む裏社会の仕組みのようなものを把握するだけの頭は持ちえていた。
「まぁ、金さえ払ってくれんなら、誰でもいけどな」
そして、余計なコトは知らないままの方が良いということも知っていた、所詮自分は雇われの身、昔馴染みに紹介されなければ、真っ当な冒険者に戻っていたザックはこん
な胡散臭い個人契約のクエストなど受けようとは思わなかった。
もっとも、報酬金額も十分以上に魅力的である、ギルドのランク2クエストとは比べ物にならないほど。
「賢明な判断だ」
ルドラからお褒めの言葉を聞きながら、ザックは革張りのソファに寝転がった。
「ところで、ルドラの旦那よぉ」
ザックがわざわざそんな呼び方をするのは、この男が三人の中で圧倒的な実力者であることを短いながらこれまでの付き合いで知り及んでいるからだ。
残念ながら二番手はガルダン、武技も魔法もなければ人間がゴーレムにパワーで勝てるはずも無い。
「なんだ?」
「旦那はアッチの方にゃ参加しねぇのかい、初モノをくれてやるって誘われてたじゃねぇか」
奴隷商人の手先であるからして、基本的に商品になりうる上玉の娘は一切手付かずのまま送り出される。
もっとも、奴隷同然の女を前にして、盗賊稼業に身を落とすような男がそうそう我慢など出来るはずも無い、厳しく手出し無用を命じたところで綻びが出るのは確実。
そこで、並の娘なら何人か好きにしてよいというような措置がとられる、とりあえずの欲望のはけ口があれば、命を賭けてまでワンランク上の少女を襲おうとはそうそう思わない。
そんなワケで、先日捕らえたばかりのスパーダの女学生は、盗賊たちの新たな慰安の道具として使われることとなった、いや、今も一つ下の階で使われている最中だろう。
「故あって、女は断っている」
「へぇ、そりゃまたストイックなことで」
「なーにが女だくだらねぇ、朝から晩まで盛りやがって、目障りなんだよ」
それはお前が性欲の無いゴーレムだからだろう、とはわざわざツッコンでやる義理は無かった。
「私としては、お前の方がアレに手を出さない理由が気になるが」
「へへ、やっぱそう見えるかい?」
どこか自虐的な笑みを寝そべったまま浮かべるザック、彼とて自分が他人からどういう風に見られているのか理解している。
そして、ほとんど見た目通りの男でもあるということも。
しかし、
「女のガキには手出ししねぇって決めてんだよ」
「随分と殊勝な心がけだな」
「そんな大層なモンじゃねぇよ、ただのゲン担ぎさ」
生と死が隣り合わせの冒険者稼業、加護が無くともやたら信心深かったり、なにかと縁起を担いだり、占いの結果を気にしたり、あるいは自分で定めた独自ルールを持っている、そういった者は多い。
「こんな俺でもそうしてりゃあ、もう一回くらいは命が救われるかもしれねぇと思ってな」
そう感慨深く言ったザックの胸元には、チェーンを通したギルドカードと共に、妖精の羽を模したアクセサリーが輝いていた。
「はっ! バカかテメぇは、神様にお祈りかよ? それこそもっとくだらねぇ」
「うるせぇ、お前も九死に一生なんて経験すりゃ、ちったぁ信心深くなるってもんだぜ」
だがそう言ったところで、そういう感情は理解できないだろう、実際、ガルダンの口、いや、ゴーレムなので正確には発声器官とでもいうべきか、そこからはやはり否定の言葉しか出てこない。
「それに、一緒んなって女に手ぇだしゃ、引くに引けない関係になるだろ、俺は本格的に盗賊の仲間入りすんのは御免なんだよ」
ロバートが学生達に言い放ったように、表向きは奴隷商人ということになっている。
用心棒の仕事をしていても、実際に村を襲って娘を攫うような場面は直接お目にかかっていないが、幌馬車に乗せて護送する際の雰囲気からいって、まず間違いなく人攫いに手を染めていると確信が持てた。
それに先日の学生パーティ襲撃の一件、商品の奴隷強奪の報復、という名目にしては些か行きすぎの感は否めない。
「は? 盗賊ってなんだよ、俺らは奴隷商人の用心棒だろうが」
まぁ、中には言われたことをそのまま信じ込むバカなヤツもいる、そういう者にわざわざ教えてやる義理も無いと思い、ザックはガルダンの発言をスルーした。
「さっき送り出したダークエルフの女なんざ、ありゃどう見ても身売りされた村娘じゃねぇ」
ルドラが静かに頷き同意を示す。
ただ、その娘がどういう出自であるのか、まではルドラもザックもそれ以上言及しようとはしない。
「なんにしろ、もうちょいで契約期間は終了だ、その後はこのヤバそうなとこから抜けさせてもらうぜ」
「へっ、腰抜けの人間が、いざとなりゃあテメぇの力でなんとかしようって気概はねぇのかよ」
人一人の力には限界がある、そんな当たり前の事も分からないのかと軽蔑の眼差しを向けるザック。
だが、このゴーレムが自分の実力に根拠も無しに絶対の自信をもっている類の勘違い野郎であると思えば、哀れみも感じるのだった。
そんな不穏では無いが面白くも無い空気になっている最中、両開きの扉からノックの音と同時に男の声が聞こえてきた。
「ちょいと失礼しやすよ先生方」
そう言って入室してきたのは、一団の代表であるロバートである。
「村に下りてる連中からヘルプが入りまして、誰か一人でいいから来てくれないかと、そういうことなんすが、どうでしょう?」
「一人でいいのか?」
不測の事態に備えるなら三人全員動かすべきである、特に一番弱いザックは、予想外に強い相手やモンスターが出現した場合非常に困るのだ。
「ここには最低二人は残ってもらいたいんすよねぇ」
この館は村から少し離れた山中に立地している、モンスターが出現する可能性は村と比べればずっと高い。
それに万が一、このアジトを突き止めた冒険者が襲い来るとも限らない、男子学生の一人を逃してしまった以上、少年経由でギルドが動くかもしれないのだ。
「分かった、俺が行く」
ザックはソファの傍らに立てかけておいたバトルアックスを手に取り立ち上がった。
マジメに用心棒の仕事に取り組もうというのではない、ただ少女が辱められているこの館に居るのは少しばかり居心地が悪いと思えたからだ。
「おお、ザックさん、ありがとうごぜぇやす」
用心棒仲間の二人からは、特に見送りの言葉など無く、ロバートに連れられてザックは部屋を後にした。