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黒の魔王  作者: 菱影代理
第15章:スパーダの学生
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第243話 ファーレンの盗賊

 ネルとシャルがあの薄気味悪い触手野郎に襲われてから一週間が過ぎようとしているが、こうして食堂に足を運ぶと未だに思い返してしまい胸糞が悪くなる。

「なんだーネロ、まだあの事が気になってんのか?」

 この剣術バカのカイにも心中を見抜かれてしまうほど、分かりやすくも不機嫌な表情を俺はしてしまっているようだ。

「まぁな」

「誤解だってネルは言ってたじゃないかよ」

「馬鹿、アイツに言わせりゃ犯罪者でも善人扱いだ」

 ネルは優しすぎる、傍から見ていて不安になるほどに、他人の悪意に鈍感だ。

 だが、それを悪く言うことはしない、兄貴である俺が守ってやればいいだけの話だ、これまでも、これからもそうする覚悟はある。

「それはそうかもなぁ」

 こんな馬鹿でも、ネルのドがつくほどのお人よしぶりは理解できている。

「なによりあの男には、途轍もなく嫌な気配を感じた」

「え、そんなにキモかったのか?」

 いや、そういうことじゃねぇよ、顔に関して言えば強面だがかなり整っていると言える。

 問題なのは面なんて外見的なことじゃない。

「あの時、アイツは何も感じちゃいなかった」

 絶世の美女といって差し支えない美貌のネルを胸に抱いても、シャルを触手で絡めとっても、そしてなにより、この俺の殺気を正面から受けても、あの黒と赤の目には何の感情の揺れも見えなかった。

 二人のような美少女に手を出せば、男なら感じて然るべき下品な助平心が僅かほども無かった、本当にネルのことは転びそうだったから抱きとめただけ、シャルは正当防衛しただけ、そう言わんばかりの無表情ぶり。

 俺が殺気を向けても、あの野郎、前にネルが立っている所為で斬りかかれないことをよくよく分かって、警戒する素振りすら見せなかった。

 触手を使うという以上に、そんなアイツの雰囲気がとにかく気味の悪いものだった。

「へぇー、それじゃあソイツ強いのか?」

「弱くは無ぇな、もしかしたら、俺らと対等に戦えるだけの力があるかもしれねぇ」

「おおースゲーじゃん!」

 俺はカイと違ってバトルマニアってワケじゃねぇし、そういう意味で興味は無い。

 興味は無いが、気にはなるので、あの男、クロノとかいうヤツについて少しばかり調べさせてもらった。

「なぁカイ、『エレメントマスター』ってランク3パーティは知ってるか?」

「ランク3? そんな雑魚のことまで一々覚えてられねーよ」

 だろうな、コイツと真っ当に戦えるのはランク4になってからだ。

「クロノはこのパーティで冒険者をやってる」

「くろの?」

「あの男の名前だよ、さっきから言ってるだろうが」

「あ、あーうん、クロノね、ふーんなるほど、そんな名前なのか」

 本当に人の名前を覚えるのが苦手なヤツだ、だが、俺が「対等に戦えるかも」と言った所為で、大いに興味を引いたにちがいない、もう忘れることはないだろう。

「この『エレメントマスター』は、つい先月までランク1だったらしい」

 それが今ではランク3、たった一ヶ月そこそこで2つもランクを上げているのだ。

「マジで、それって俺らと同じくらいハイペースじゃんかよ!」

「そうだ、明らかにランク4以上の実力を持ってる状態で、ランク1から始めていやがる」

 田舎から出てきた新人が、実は凄まじい才能を秘めていてハイペースでランクアップ、って話は無いことも無いが、普通は何か事情があるもんだ。

 恐らく、妖精と魔女とか呼ばれているらしい二人の仲間もそうなのだろう。

 あのクロノが何を抱えているのかまでは知らねぇが、アイツには確実に何か裏がある、俺のよく当たる勘がそう言っている。

 いや、あるいはアイツがこれから何かをするというのか……

「ウィルのヤツが最近やけに自慢してくる何とかバーサーカーってのも、どうやらクロノのことらしい」

 俺らがラースプン討伐を果たして学校中が湧いている中で、ウィルのヤツだけは何があったのかやけに浮かない面をしていた。

 野郎の事情なんぞに興味は無いので聞くことも調べることもしなかったが、ある日突然、


「貴様らがあの恐ろしきラースプンを討ち果たしたのは全て悪夢の狂戦士ナイトメアバーサーカーの獅子奮迅の大活躍があったればこそ、所詮は手負いの獲物を横取りしたに過ぎんのだ、そのことを努々忘れるでないぞ、ふぁーっはっはっはっは!!」


 とか物凄いドヤ顔で言ってきたが、どうやら、クロノがラースプンと戦い、手傷を負わせたということらしい。

 なに馬鹿なこと言ってんだとあの時はシャルに蹴飛ばされるウィルを眺めながら思ったが、なるほど、あの男ならラースプンの右腕一本くらいは斬れる力があるかもしれない。

「まぁアイツがどれだけ強いのかは知らねぇが、いけ好かない野郎だってのは間違いねぇ」

「そうだな、一度戦ってみてぇよな」

 ああダメだ、クロノとやらは近いうちにこの馬鹿に決闘という名目で絡まれるかもしれないな。

 まぁいいか、その時はカイにボコられればいいさ、そうなりゃ少しは俺の気も晴れるってもんだ。

「それにしても、シャルのヤツ、人のこと呼んでおいて遅――」

「お待たせ、新しいクエスト見つけてきたわけよ!」

 噂をすれば何とやら、今日のパーティ召集の号令をかけた張本人であるシャルが現れた。

 その後ろにネルを引き連れて、恐らくギルドでのクエスト探しに同行していたのだろう。

 これでいつもの待ち合わせ場所である食堂の席へ四人揃ったワケだが、サフィはラースプンの素材で新たなシモベを造るべく今日も研究室に篭りきりで欠席だ。

「それで、何を見つけてきたって?」

 やけに上機嫌なシャルを見ながら、これはまた面倒くさいクエストを見つけてきたに違い無いと若干憂鬱になりながらも、聞いてやることにした。

「私らに丁度いいのがあったからね、即断で受注してきたわ!」

「相談も無しかよ」

「あの、ごめんなさいお兄様、私も今回のクエストはどうしても受けたいと思いまして」

「へぇ~そりゃあ珍しいこともあるもんだな」

 俺もカイと同意見である。

 ネルが一押しするってことの意味は凡その察しがつくのだが、大人しく説明を促した。

「最近、ファーレンを騒がせる盗賊の話って聞いた事あるかしら?」

 表立って各国が争う群雄割拠の戦国時代は過ぎ去って久しいが、そこそこ平和な今のご時勢でも、盗賊やら山賊やらが絶滅することは無い。

 そういうクズ共が調子に乗って暴れまわってる、なんて噂はどこの国でも一つや二つ、定期的に発生する、モンスターが沸くのと同じだ。

 だが、スパーダの隣国であるファーレン一国に限定するならば、特別に噂を聞いた事は無い。

「名乗りをあげるほどの盗賊の話は、聞いたことねぇな」

「うん、このファーレンのヤツも、盗賊団を名乗るほどじゃないのよね」

 賊ってのはもれなく徒党を組むものだ、組織になれば自称でも通称でも名前の一つも自然とつく。

 だが、名が知れるってことはそれだけの被害が出ているってこととイコールで結ばれる。

 自分たちで大仰な団名を名乗ったとしても、速攻で潰されてりゃ噂に上ることは無い。

 もっとも、少しでも頭が回れば知名度が上がるという事はそれだけ自分達が国やら冒険者やら賞金稼ぎやらから狙われやすいということにもなる、よほど大規模な略奪でもしない限り、自ら名乗り上げることなどしない。

 つまり、シャルの言う「ファーレンの盗賊」ってヤツらは、わざわざ名乗りを上げず、また通り名がつくほど大きな噂になるほどでもないのだろう。

「でも、ついこの前にファーレン貴族の娘が何人かその盗賊に攫われたらしくて、それをきっかけに噂が大きくなりはじめているのよ」

「けど、そんな被害が出てるなら、騎士団が黙っちゃいねぇだろ」

 ファーレンは大陸中央にある都市国家のうちの一つ、アヴァロンやスパーダほど強大な兵力はないものの、一国家としては中堅、自国の治安維持をするには問題無い安定した国である。

 強いて言うなら、西方から流れてきたダークエルフが多く、そのお陰で魔法や薬学が独自の発展を遂げてるってのが特徴か。

「それが出来ないから、私らの出番ってワケ」

「まぁ、そりゃあそうなんだろうけど……ってことはアレか、その盗賊のヤツらは国境を跨いで活動してるってとこか」

「流石、その通りよ」

 まぁ、それくらいしか騎士団が手を出せない理由なんて思いつかんしな、ファーレンが内輪で揉めてるなんて話も聞かないし。

 騎士団でも相手にならないくらい強い、というのは勿論無い、そんなヤツらがいればとっくに戦争になってる。

「この盗賊が略奪するのはファーレンだけど、アジトはどうやらスパーダ国内にあるみたいなのよ」

 正に騎士団逃れの典型例だ。

 如何に精強な騎士団といえども、他国へ踏み込むには少々面倒が起こる、そもそも立ち入りを断られることも珍しくない。

 どれだけ自国を荒らされようと、盗賊が他国へ逃げ込めばそれ以上は簡単に追いかけることが出来ないのだ。

 そこで、国の軍隊である騎士団では無く、外国との出入りが緩い冒険者にこういった面倒な手合いを始末させるというわけだ、冒険者ギルドに盗賊や山賊討伐のクエストが舞い込んでくるのはそういうカラクリである。

 勿論、自国でのみ活動しているような頭の悪い賊は、その国の騎士団によって漏れなく包囲殲滅されるのがオチだ。

「だから俺らがそのアジトを潰してやろうってワケか、それで、ネルがそう珍しくも無い盗賊退治に躍起になってるってことは、誰か知り合いでも襲われたのか?」

「相変わらず鋭いですねお兄様は……その通りです、直接的な知り合いというわけではないのですが、ウチの騎士候補生がこの盗賊団に襲われたそうなのです」

 とある騎士候補生のパーティ二つが合同でクエストに挑んだ、まぁ騎士コースの実戦的なカリキュラムでは日常茶飯事である。

 そのパーティがクエストを終えて帰還中に、盗賊の襲撃を受け壊滅、どうにかその場を脱出した生徒の一人が事の顛末を伝えた、ということらしい。

「組んでた片方のパーティは女子だったってのは、不運だったな」

 男だけなら、その場で殺されて終わり。

 だが、女はそうはいかない、生きている可能性の方が高い。

 もっとも、生きていたとしても死んだ方がマシな目にあってるのは間違いないが。

「同じ神学生として、私はどうしても彼女達のことは放っておけないんです!」

「ウチの学生やってる以上、そういうことになる覚悟はあって然るべき、でも、知ったからには助けてあげなきゃいけないじゃない」

 ネルもシャルも、どちらもこれはかなり本気になってるようだ、これは俺がNOと言っても二人だけでクエストに向かうに違い無い。

 まぁ、俺としても断る理由はないけどな。

「そうだな、神学生に手ぇ出されて、俺らが黙ってるわけにはいかねぇよな」

「おう、盗賊なんざ余裕でぶった斬ってやるぜ!」

 さて、ランク5に上がった『ウイングロード』最初のクエストは盗賊退治に決まったワケだが、

「ところでシャル、ファーレンの盗賊の噂は知らなかったが、最近スパーダでやけに羽振りの良い奴隷商人の噂は知ってるぜ」

「え?」

「この一件、少しばかり裏があるかもしれないぜ?」

2012年 5月20日


 一週間ばかり遅れましたが、なんと『黒の魔王』が連載一周年です。あと文字数も百万文字を越えました、なんともキリが良いですね。

 ついでにポイントもちょうど三万を超えたところです。昨年の時点では、三万ポイントといえば総合ランクでも10位以上じゃないと獲得できないほどだったように思えます。そんなポイントにまで自分の作品が届いたかと思うと、本当に感無量です。これまで『黒の魔王』を読んでくれた読者のみなさま、本当にありがとうございます。完結目指して、これからも連載頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします!

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