第240話 四つの時代
「ややっ、そこにいるは『黒き悪夢の狂戦士』クロノと、その運命の絆に導かれし仲間たるリリィ君とソレイユ君ではないか! 何と奇遇な、否、この出会いもまた、遥かなる神代より定められし宿命の――」
「よう、ウィル」
「よぉー!」
「こんにちは、ウィルハルト王子」
昨日、食堂で色々あって昼食がとれずじまいだったので、本日の放課後に学食の味を確かめに訪れた俺達エレメントマスター三人組なのだが、偶然と言うべきか、ウィルと出会った。
各コース最後の時間の授業が終わった後ということもあってか、昼休みにはあれほどの賑わいを見せる食堂も、どこか閑散として見える。
学生達はクラブ活動やクエストの準備など、授業以外にも色々と忙しいという。
なので、こんな時間に一人寂しく、否、メイドを脇に控えさせてお茶を嗜む優雅なティータイムを過ごしているウィルハルト王子様は、どうやら本日の放課後の予定は皆無であるらしい。
まぁ、こちらとしては話しかけるには好都合だし、ついでに、他の王族生徒でもあるネロ・ユリウス・エルロードの姿も見えないので尚更に良い。
昨日騒ぎを起こしたばかりの俺が、どの面下げてあの怒れる王子様と相対できるというのだろうか。もしも彼が食堂に登場すれば、俺はスーさん並みに気配を消して速攻退散する所存だ。
さて、そんなワケで友人と過ごす楽しい放課後の一時を満喫しようと、まぁ要するに、話のネタの一つとして、俺は前々から聞こうと思っていた話題を振ることにした。
それは古の魔王ミア・エルロードの伝説について教えて欲しい、というものだ。
「なんとっ! この我に禍々しくも神々しい、血塗られた闇の歴史を語れと――」
「ああ、ウィルはかなり博識みたいだから、詳しいんじゃないかと思って」
「ふぁーはっはっは! この我の全知たる灰色の頭脳を頼ろうとは、見事な英断であるぞクロノよ!
よかろう、他ならぬ汝の頼みだ、栄光に彩られし輝かしい伝説も、大いなる深淵に沈む影の歴史も、このウィルハルト・トリスタン・スパーダが、とくと語って聞かせてくれよう!!」
お世辞に乗せられたみたいな感じのウィルだが、冗談抜きでその知識量が豊富であることを俺はすでに知っている。
ついでに、シモンもウィルの博識ぶりに驚いていたくらいだ。
錬金術師のシモンは理系の天才、王子様のウィルハルトは文系の秀才、といったイメージ。
そう思えば、ウィルの右目にかけられる片眼鏡も理知的な輝きを宿しているように見えてくる。
まぁ、そんな俺の評価など知らないリリィとフィオナは、完全にウィルの語り口にどん引きしている感じだ。
ウィルとの初遭遇でもあった入学初日においても、同じように困惑と冷淡さが入り混じった微妙な視線を送っていたので、どうやら彼に対するイメージは未だに『変な王子様』から覆ってはいないようである。
ついでに言えば、ウィルの背後に気配を消して佇むメイドのセリアも、上機嫌に語る主にどこか冷たい視線を送っている。
まぁ、彼女も彼女で、色々と大変なのだろう、と気にしない事にする。
「とりあえず、俺は最近‘こっち’に来たばかりだから、基本的なことから教えてくれると助かる」
「うむ、確かにそうであるな。となれば、まずは大まかな歴史の区分から話すこととしよう。
それは黒き神々が紡ぐ全なる運命の始まり、原初の光景、世界は光に満ちていた――」
え、天地開闢から話を始めるのかよ。
壮大にして想像もつかないプロローグから始まったワケだが、その辺は流石にウィルということか、要所はしっかり押さえてある。
それを踏まえてこの異世界、いや、このパンドラ大陸において伝わっている歴史の区分は理解できた。
それは神代、古代、暗黒時代、そして今に繋がる現代、の四つである。
まずは、世界の始まりにあたる『神代』。
これは人ではなく、神々がこの世界を創造し、そして実際に暮らしていた時代であるらしい、正しく神話と呼ぶべき内容そのままである。
勿論、この時代に関する事は一切が明らかになっていない。
神代の存在は、次なる古代の時代に残されている歴史的資料から推察できるというもののようだ。
言うなれば、現代における古代のような位置づけだろうか、古代には神代の遺跡や魔法が、伝説として残っていたということである。
次に『古代』。
これが魔王ミア・エルロードをはじめ、今を生きる俺達に加護を与えてくれるパンドラの『黒き神々』が実際にこの世界で生きていた時代だ。
しかしながら、この時代こそが正確なパンドラの歴史の中で最も長い期間にあたるらしい。
いうなれば、神の時代が終わり、人の世が始まった、つまり日本史でいうところの縄文時代から始まり、幾多の戦乱や文化の隆盛、技術発展を経て、今のパンドラや現代日本を越えるほどの魔法文明を確立した時期まで含まれるのだ。
ちなみに、ミアちゃんはこの魔法文明が発展した古代初期の生まれである。
そしてパンドラ大陸を統一したエルロード帝国が誕生し、その後、実際にどれくらい続いたのかは不明だが、帝国が崩壊したことで『古代』は完全な終焉を迎える。
次の『暗黒時代』は、名前の通り、その時なにがあったのか一切不明の空白の時代である。
唯一判明している事は、進んだ魔法文明がこの時代を経ることで完全に失われてしまったということだ。
この暗黒時代も、またどれほどの間続いたのかは不明だが、それでも人が生きていた以上、国は生まれ、文明は発展していくのだろう。
そして今に繋がる『現代』と時代が移り変わる。
この現代時代、と言うと違和感あるが、ともかく、この時代の始まりは、暗黒時代を脱し、文明の痕跡を残せるほどに発展し始めた国々の誕生である。
そうした国々は、今に至る千年ほどの間に、またかつてと同じような戦乱と荒廃と復興を繰り返す。
多くの国家は消滅したが、中には、今も残る国もあったりする。
その一つがスパーダであり、また、隣国のアヴァロンでもあるのだ。
この現代史の中でも、僅かながら『黒き神々』の仲間入りを果たした伝説的人物も存在する。
その一人が、スパーダ建国の祖となった、初代国王であるのだとか。
「――おっと、あまり我が栄光のスパーダ史ばかり語るワケにはいかぬな、話を魔王伝説へと戻そうか」
そしていよいよ、魔王ミア・エルロードについての話である。
「古代は高度な魔法文明が発達していたというのは、今も残る遺跡系ダンジョンを一目見れば理解できるが、不思議なことに、今と変わらぬ部分も多くあったようだ」
「というと?」
「例えば、うむ、そうさな、クロノよ、幼き頃のミア・エルロードはとある職業に就いていたのだが、それが何か分かるかな?」
思わぬところで質問返し。
しかし、幼いミアちゃんが、って今も十分に幼い気もするが……はて、なんだろうか?
「黒魔法使い?」
「確かに、黒魔法は幼少より扱えたようだが、冒険者のようにそれを職業としていたワケではないようだ」
黒魔法は使えたのかよ、ミアちゃん、恐ろしい子! いや、後の魔王だから、それくらい出来て当然と言えば当然なのかも。
「黒魔法使いじゃないなら、もう予想がつかないな、何だったんだ?」
「羊飼いだ」
それを聞いた瞬間、モコモコの毛皮を纏ったミアちゃんがメェーメェー鳴きながら牧場をゴロゴロしているイメージが脳裏に浮かび上がる。
いや、違うだろ、ミアちゃんが羊なんじゃなくて、羊を飼っているのがミアちゃんなのだ。
今度は羊の大群にモフモフされて目を回しているイメージが……
「えーと、なんか随分と牧歌的な仕事をしていたんだな」
「うむ、だがしかし、アスベル山脈にあったという小さな牧場から、魔王ミア・エルロードの伝説は始まるのだ」
どちらかというと、小さな田舎の故郷からスタートするRPGの勇者みたいな成り上がり方だな。
いや、でも農民から天下人になった豊臣秀吉の実例がある以上、どんな身分からスタートしても、絶対に不可能ではないということでもある。
「勘違いしがちなのだが、エルロード帝国はミア・エルロードが、まだただの羊飼いであった頃から存在した国なのだ」
「え、じゃあミアちゃ――ミア本人が建国したワケじゃあないのか?」
危ない、最近あまりにもちゃん付けが俺の中で定着していたので、口にも出るところだった。
その内、本人にも言いそうである、気をつけなければ。
「うむ、羊飼いのミアは、本来であればそのまま一人の村人として生涯を終えたのだろうが、当時のエルロード帝国では皇位継承を巡る争いが激化していたのだ」
「それが一介の羊飼いにどういう関係が?」
「エルロード皇帝の隠し子だった、らしい」
うわぁ、それで歴史の表舞台に引きずり出されたってワケか。
「果たして、どういう思惑や経緯があったのは、流石にエルロード皇帝となる前の話である故、詳しい文献は残っていないので不明だ。
だが、担ぎ出されたミアは騎士学院、そうさな、この王立スパーダ神学校の幹部コースと同じようなものだ、そういう学校へ通うこととなったのは間違いない。
恐らくは、将来的にミアを戦場の最前線に立たせても惜しくない、都合のよい皇族将軍にする為だったのだろう。
皇位継承問題もそうだが、当時はそれ以上に、他国との諍いが絶えない群雄割拠の戦国時代であったからな」
この戦国時代設定は、流石の俺でも聞いた事がある。
こういう戦争が起こってもおかしくない時代背景だったからこそ、魔王が誕生する余地もあったということだろう。
「しかし、この学院通いによってミアは頭角を現し、また、後にエルロード帝国軍の主力を担う伝説の騎士達と出会うのだ、正に運命であるな!」
おお、何かミアちゃんも学生の頃は頑張ってたんだな。
しかし、学生のミアちゃんのイメージが学ランとセーラーの両方とも思い浮かんできて、頭の中が大混乱だ。
「そうそう、かの有名な魔王ミアに仕える最初にして最強の騎士、『暗黒騎士フリーシア』とはこの学生時代にて邂逅を果たしている、なんでも入学式当日に街中で暴れるプンプンを廻る騒動に巻き込まれたのがキッカケだった、と発掘された回顧録と思しき文献から判明している」
色々と驚くポイントはあるが、一番驚きなのは古代からプンプンが生息していたことだ。
いてもおかしく無いのかもしれないけど、こんな形で魔王伝説に関わってくるとは……
「他にも『蒼雷騎士アルテナ』、『冥剣聖ヨミ』」、とパンドラの黒き神々として君臨する、名だたるメンバーと出会いを果たすのだ」
アルテナ、って『戦女神の円環盾』のやつか、思わぬところで聞いた、というより、どこかで耳にする事が多いほどポピュラーな神様ってことかな。
ヨミの名は聞いた事無いが、名前からいって剣士に加護を授けるんだろう。
微妙に和風な名前なので、もしかしたら刀限定なのかもしれない。
「そして、三人とも魔王の妃になるのだから、何とも濃い学生時代であるな」
「結婚すんのかよ!?」
「うむ、他の四人は本格的に戦争が始まってから出会ったようだ」
「他の四人って、全部で七人もいるのか!」
「魔王の妃、七人の戦女神の話は有名であるぞ、そこの壁にも彼女達を題材にした絵がかかっているだろう」
ウィルがビシっという効果音が聞こえるほどの見事な指差しをする先には、確かに『七人の戦女神』というタイトルの巨大な絵画が飾られている。
昨日見た時はただの美術品にしか思えなかったが、そこに描かれている美女達がミアちゃんの嫁だと思うと、また違った複雑な思いが湧き上がってくる。
果たしてミアちゃんは彼女達と結婚式を上げる際には、白いタキシードだったのか、それとも純白のウェディングドレスだったのか……いや、待てよ、相手が女性ならば、答えは当然決まってくるよな。
「妃、ということは、ミアは男だった……んだよな?」
「ふむ、魔王の性別に疑問を抱くとは、妙にマイナーな説だけは聞き覚えがあるようだな」
はて、マイナーな説、とはなんのことだろうか。
「文献によって、魔王ミア・エルロードは大きく異なる姿で記されていることがあるのだ。
絶世の美青年であったとか、巨大な鎧冑姿であったとか、あるいは、幼い子供のようだったとか、可愛らしい少女の姿をしていた、というのもある」
「へ、へぇ、そうなのか……」
ダメだ、これは益々ミアちゃんの性別不明ぶりに拍車がかかってしまった。
いっそ聞かなければ良かった……
「まぁ、直系の子孫たる現代のアヴァロン王族なれば、魔王の真なる姿を知っているやもしれん、もっとも、それはこの我をもってしても未だ解き明かせぬ秘密であるようだが、な」
とりあえず、ネロ王子には絶対聞けるような雰囲気じゃないので、もしネルさんと話す機会が今後廻ってくれば聞いてみようかな。
今度こそ謎が明らかになることを願って。
「む、時にクロノよ、アヴァロン王族と言えば、先日、この食堂にて騒ぎがあったようなのだが――」
「あ」
と言って固まるのは俺。
「クロノ?」
「クロノさん?」
つい今しがたまで、ウィルの話よりもメイドのセリアが淹れてくれるお茶の味に夢中になっていたリリィとフィオナであるが、昨日の一件に関する話が出た瞬間、瞳の奥に静かな怒りを湛えた恐ろしげな二つの視線が俺へと向けられた。
無論、二人は俺に対して怒りを覚えているワケではない、これはアレだ、クエスト中の戦闘において、リーダーである俺に『攻撃の指示』を窺うアイコンタクトである。
ティーカップ片手に優雅なたたずまいのフィオナがそんな目を向けてくるのも恐ろしいが、セリアに撫でられてはしゃいでいたリリィが、そのままの体勢で冷たい視線を送ってくるのも恐ろしい。
「いや、大丈夫、大丈夫だから、昨日のことは気にしてないからな」
「むぅー」
「そうですか」
とりあえず、渋々ながらも怒りの矛先をすぐに治めてくれて助かる。
「……な、なんだ、そんなに聞いては拙いことだったか?」
不穏な気配を感じ取ったのか、ウィルがちょっと引いた様子で問いかけた。
「いや、ウィルには聞いて欲しい」
俺の証言を信用してくれそうな、数少ない人物である。
「うむ、そうか、では心して聞こう!」
そして五分後、ウィルはこう言った、「妹が迷惑をかけて済まない」と。